絶対帰宅SEの異世界出張
時野マモ
第1話 午後十一時五十分 終電間に合うかな?
静かな深夜の
時間はもう午後十一時をだいぶまわり、そろそろ終電が気になる時間だ。
それまでに仕事が終わるだろうか?
まあ、終電と言っても、魔法がはびこるこの異世界での終電ではなく、日本の東京某所。そことつながる
もうちょっと頑張って残りの
なにしろ、僕は泊り込みをしない、絶対家に帰ることを誇りにしているシステムエンジニアなのだから——今日もそのポリシーを曲げるわけにはいかない。
とは言え、ちょっとやばい感じではある。
昼過ぎまでは、昨日のうちに完成した仮想詠唱を、時間までは一応チェックを重ねて、定時で納品して帰ってしまおうと思っていたのだったが、
「すみません……私のせいです……」
首を垂れすぎて魔法使いの帽子とメガネがずり落ちてしまいそうな様子なのはルビー——今回の僕の仕事のプロジェクトマネージャーの女魔導師である。彼女が午後一番に、一週間前にユーザから出された仕様変更の
だが、一見ユーザインターフェースのちょっとした変更に見えるそのオーダーは、データベース処理にまで手を入れないといけない結構面倒なものであり、こんな深夜まで僕は工房に残されることになってしまっていたのだった。
「……気にすんなよ。そんな落ち込まれているとこっちも落ち混んで能率が落ちてしまう」
で、その原因となった魔導師ルビーが責任を感じて一緒に残ってくれてるのだが、せっかくの美人顔を歪めて、ずっと暗い顔で横にいられると正直こっちも暗くなってしまう。彼女には、一緒に残ってくれるのなら、失敗は気にせずにもっと元気な様子でいて欲しいのだが、
「すみません……邪魔してしまって……」
「いや」
「やっぱり私はダメ女です」
「いや落ち込まないで」
「でも……」
「…………いや」
これじゃ謝罪の無限ループだな。ものすごく、すまなく思ってるだろう、彼女の気持ちは汲むけど正直ありがた迷惑だ。
このまま、ずっと横でくよくよされてると、気になってしまって本気で仕事進まなくなってしまう。
それに、この異世界の住人に、このあとしようと思っている
「私に何かできることは……」
「そうだ!」
「は、はい……」
僕の声が突然でかくなってちょっとびっくりした様子の
「……ああ、小間使いみたいな仕事で悪いけど、喉が乾いたのでコーヒー買ってきてもらって良いかな?」
「も、もちろん。でも、今の時間……」
そう、コンビニとか自動販売機なんかはないこの異世界。コーヒーを飲もうと思ったら自分でいれるか、深夜でも空いてるコーヒースタンドにいくしかない。
で、
「……二十分以上かかると思いますけど。喉が渇いているところ申し訳ございません」
繁華街にあるとはいえないこの工房。その上この時間でも空いている、もよりの
それくらいあればいけるかな?
僕は、そう思うと、
「……いってきます」
ルビーが動き出した途端、
「よしやるか……」
そそくさと机の下のかばんに手を突っ込むと、その中からあるものを取り出そうとするのだったが、
「あのー」
「ひっ!」
「……?」
慌てて振り返るといなくなったはずのルビーさんがいた。
「コーヒーに砂糖かミルクは入れてもらった方が良いでしょうか」
「あっ、ああ……ブラックで」
「はい」
ルビーさんは歩き出した後、聞き忘れたことを思い出して戻ってきたようだが、
「………………」
今度は、ちゃんと彼女が部屋から出て行くのを確認して、
「もう一度……」
僕は、机の上にノートパソコンを置き、ケーブルで机の上の
「よし……」
異世界のソフトウエェア開発環境をハックするのだった。
と言っても、電子で
「これはいったいなんなんだろね」
僕は何度目かわからない、そんな疑念をこころに抱きながらも、手の方はキーボードを叩く。
そして、手は止めないままにちらりと見たパソコンのUSBにつながった無骨なアルミの小さな箱。これがこの世界の魔石回路と僕の世界の電子回路をつなぐ謎の
それは、僕を雇った技術者派遣会社に支給されただけで、なんでそんなものが作られるにいたったのかの経緯はまったくの謎なのだけれど……そんなことを言うのなら、異世界に
いやいや!
今はそんななことを考えている場合ではない。
僕は、パソコンの画面に集中する。立ちあげたいつも使っている開発環境でソフトのいろいろなサポートも受けながらどんどんとコードを打ち込んで行く。これも会社より支給されたものだが、異世界の仮想詠唱言語を僕の世界のコンピュータ言語で記述できるようにする
すると——うん。能率が全然違う。
この世界の
それが、進化し、慣れた環境で
「できた!」
僕は、完成した
時間は午後十一時五十分。全く同じ時間が流れている日本でも同じ時間。
今、急いで駆け出せば終電にはなんとか間に合うのだが……
——あれ?
そういえばルビーさんがまだ戻ってきていない……のか?
僕は開発用のソフトを落とし、なんとなく悪い予感と鋭い視線を背中に感じながら振り返れば、
「それは……?」
手にコーヒーを入れた紙袋を持ちながら、じっと机の上のパソコンを見つめるルビーさん。
——見られた!
僕は、雇い主から厳秘と指示されいる自分の世界のチート機器を、
「うあ! なんでもなくて、なんでもない。気にしなくていいから……と言うか忘れて……」
体で必死に隠しながら、なんとか誤魔化そうとするが……。
「ふふ。意外にも、そう言うのが好きなんですね……」
「へっ?」
僕は、開発環境を落とすと、壁紙いっぱいに貼り付けられた
「それよりも」
「はい」
「『できた』って? 完成したんですが?」
「はい」
「すごーい」
キラキラ目になるルビーさん。
「さすがですね。御社より派遣されてくる人はみんな凄腕ですが、こんな短い時間で仕上げてくれる人なんてさすがにいなかったんですよ。今日は徹夜になるかと思ってましたが——もしかして家に帰れるかもしれませんね」
「……帰る。あっ!」
時間がやばい。この場をなんとか早くごまかして動き出さないと終電に乗れなくなってしまう。
そう思った、僕は兎にも角にもノートパソコンを畳んでカバンに入れるとあわてて立ち上がると、
「あの……」
ルビーさんは全てを知っているような優しい目になると、
「そのパソコンは私以外には見つからないようにしておいてくださいね」
小声で僕の耳元で呟く。
僕はその意味を、近くの建物の裏にこっそりと設置された
その答えは……?
次の日、日本の僕の所属会社にパソコンを
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