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 クリームシチューを注文して戻ってくると、彼女たちは何事かに共感しながら談笑していた。


「分かる、めっちゃ怖かったよね~」

「正論振り翳して偉そうにして、何様って感じ」


「お待たせー。何話してるの?」


 席に座ると、彼女たちは一様に押し黙る。不思議に思っていると、彼女たちはへらりと誤魔化し笑いをして、いや、あの、と言葉を濁した。


「ちょっと、ね」

「何でもない、何でもない!」


 僅かに腑に落ちなかったが、話題が移り変わったので、特に蒸し返すことはせずその話に興じた。

 彼女たちの話は流行りのファッションやメイクのことで、用意された服を着てメイクなど一切しない私にとっては、とても新鮮で心の踊る内容だった。今年の冬は燻んだオレンジが流行だそうで、店頭に飾られていたロングスカートが可愛かっただとか、思い切ってウールコートに取り入れてみようかだとか、どの話も参考になる。メイクも、私がしたことがないと言えば、彼女たちは親身にアドバイスをしてくれた。果ては、一緒に化粧品を買いに行こう、最初はメイクしてあげる、と、放課後にも付き合ってくれるという。


「一緒に、遊びに行きたいな……」

「行こうよ行こうよ~! スチュワートさんに洋服見立ててあげるよ!」

「じゃあ、家の人に聞いてみるね……!」

「あ、スチュワートさんって、お嬢様だったっけ」

「そういえばそうだったね。お家厳しいんだ」

「全然お嬢様じゃないよ!」

「おっとりしててお上品だよねー」

「分かるー、深窓の令嬢って感じ」


 自分のことを言われている気がしなかったため、私は取り敢えず曖昧に微笑んでおく。それすらも彼女たちにとってはお嬢様像に適合したようで、高い声が上がった。


 彼女たちと行動を共にするのはこれが最後かと思ったが、たまに授業を一緒に受けたり、時折昼食を食べに行ったり、その後も交流は続いた。

 その度に私は女の子然とした情報を入手し、持っている服を駆使してお洒落に着こなそうという努力を始めることになる。姿見の前で洋服をあれこれ当てながら、それを着て何処かに遊びに行く想像をする。その相手は勿論ヒースくんであり、幼児の姿をしているというのに彼にエスコートされるところを妄想して、ベッドの上で脚をばたつかせていた。


「メリエルちゃん、好きな人とかいないの?」


 彼女たちが私を苗字ではなく名前で呼ぶようになった頃、空き教室でそういった話題になった。声を潜めながら何かを企むように笑っている彼女を前に、私は思わず顔に出してしまう。


「あっ、これは好きな人居るな~」

「えー誰々? 同じクラス?」


 色めき立つ彼女たちを抑えて、私は必死に話題を変えようとした。しかし歴戦の彼女たちはそれを許さず、意地悪な笑みを崩さずに猛攻を仕掛けてくる。踏んできた場数が違う私は太刀打ち出来ず、ついにヒースくんのことを打ち明けてしまった。


「え!? 幼稚舎の頃から好きなの!?」


 大声を出す彼女の口を塞ぎながら、廊下に聞き耳を立てている人は居ないか確認する。教室からは誰の姿も確認出来なかったため、ほっと息を吐いた。


「ご、ごめん、つい」

「純愛過ぎてビックリしたー」

「ていうか、意外だよねえ」


 その言葉を皮切りに、彼女たちは頷き合った。

 私は何のことか分からず、彼女たちを見詰める。


「だって、身近にあんなイケメンが居るのに」

「顔良し、スタイル良し、頭良し、運動も出来る、完璧でしょ」

「……誰のことを言ってるの?」


 指折り長所を数える彼女たちに、思わず問うた。

 すると彼女たちは、当然だと言わんばかりに口を揃えてこう言い放つ。


「誰って、マクスウェルくんだよ!」

「他に誰が居るっていうの?」

「格好良いよねー」


 彼女たちが溜息混じりに恍惚と話すのは餓鬼大将マクスウェルのことだったのか、と、私は衝撃を受けた。以前も味わった筈なのに、衝撃はやはり新鮮なものとして感じてしまう。


「え……、マクスウェルは……ちょっと……」

「何で? 普通マクスウェルくん以外無いでしょ」

「あーでも、それも分からないでもないかな。マクスウェルくんって彼女三人居るらしいじゃん」

「えー! ウッソ」

「他校の子と付き合ってるって」

「やっぱそっかー。モテるもんねえ」

「メリエルちゃんも幾ら格好良くても一途な人じゃないと嫌だよねー」

「一途以前に……性格が嫌というか……」

「あーちょっと俺様だよね」

「ちょっと?」


 どうやら、彼女たちと私との間では認識の齟齬があるらしい。

 マクスウェルの話題は更に発展する。


「マクスウェルくんを好きな女子なんて沢山居るもんね」

「付き合えたら嬉しいけど、ライバル多くて冷や冷やするのもなぁ」

「彼氏の近くにあんなのが居たらヤダ」

「胸押し付けて露骨だよねー」


 彼女たちの話題が不穏なものになった。私はそれを聞いて、彼女たちがケイトのことを言っているのだと気付いてしまう。黙っていると、彼女たちは鬱憤を晴らすように不満を吐き出した。ケイトがマクスウェルと共によく行動していること、容姿が派手であること、態度が気取っていること、微に入り細に入りケイトを批判する。

 出来るだけ体を小さくして空気に溶け込むようにしていたが、そんなことで姿が消える訳はない。


「そういえば、メリエルちゃんって仲良いの?」


 誰とだなんて言うまでもない。ケイトとだ。


「あ……、うん」

「ふーん、そっかあ」

「大丈夫? イジメられたりしてない?」

「そんなことないよ」


 苦笑しながらそう返すと、彼女たちは面白くなさそうな顔をした。


「メリエルちゃんとはタイプ一緒じゃないよね」

「結構いじめっ子らしいじゃん、彼女」

「女友達少ないしねー」

「転入してきたばっかだったから仲良くなったんでしょ?」

「これからはさ、私たちと一緒に居ようよ」


 彼女たちの圧さえも感じるような視線を受けながら、私は震える口を開いた。

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