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 その後も嫌がらせは毎日続いた。教科書は学校から貸与されているものであり、汚損すれば罰金を払わなければならないというのに、使い物にならなくさせられることは幾度と無くあった。体操服も、一度ロッカーに仕舞っていたら、布切れと見紛うほど切り裂かれていた。

 犯人は非常に狡猾で、授業の終わった教科の教科書、体育で使用した後の体操服、人前で使わない段になってからの私物を明らかに狙っていた。だから、教科書を毎日のように取り替えに来ていた私は、事務員さん(授業で教えてくれる先生とは違う)たちの間では有名だったものの、泣き付かなければ級友たちに露見しない瀬戸際をいっていた。クラスがあると雖も授業の振り分けに利用されるのみで、小学校のように親身になってくれる担任教師がいないということも、犯人は織り込み済みなのだろう。

 流石に学習した私は、教科書をロッカーに置かず、重いながらも車通学という利点を生かして、毎日持ち帰っていた。体操服も、常に鞄と一緒に持ち歩くことにした。授業以外の教科も勉強しなければならないというのに、ロッカーが使えず荷物が増えることは、通学以外の学校の時間に酷く負担となった。

 しかし何より、精神的苦痛が大きい。


「スチュワートさん、最近元気無いけど、何かあった?」

「え、ううん、何でもないよ」


 オルセンくんが眉を下げて尋ねてきたが、嫌がらせのことを話すのは何だか犯人に負けてしまうようで、思わず誤魔化してしまった。


「スチュワートさん、イジメられてたりして~」


 ケイトが核心をつくものだから、心臓が大きく拍動した。思わず顔を見るも、彼女は左手の爪を整えることに熱心になっており、どうやら私の様子に気付いていないようだ。


「べ、つに、虐められてないよ」

「ホントに~? キツかったらキツいって言いなよ」


 ケイトは左手を眼前に挙げて爪の具合を観察する。


「ちょっとは手加減してくれるかも」


 更に内心を掘り返されたようで、私は口から心臓が飛び出さないか気が気でない。慌てて魔法理法の教科書を取り出し、ケイトの左手と顔の間に差し出して、いつものように教授を請うた。


 ケイトに教えてもらうようになってから、魔法学の理解は格段に深まっていた。基本問題は勿論、多少の応用問題なら解けるようになっており、正直魔法学についてはこのままいけば及第点を取れる気がしている。

 しかし特に難敵なのが数学と外国語で、こちらは全暗記で何とかなるものではない。どちらも反復演習が必要不可欠であり、解法の定石を導くための勘を養う必要がある。

 歴史や地理も苦戦したが、毎日少しずつ暗記を進めて小論文対策を講じれば、先の二教科ほどではなかった。


 私物を全て携行するようになってから、暫く嫌がらせは鳴りを潜めていた。陰口を叩かれることも仲間外れにされることもなかったため、私はそれなりに平穏な日々を送れていたと思う。私はすっかり嫌がらせのことを忘れて勉強に集中していた。そんな折に、悪意は再び突然顔を出す。


「やだ、どうしよう」

「何? どうしたの?」


 教室の一角で、級友の女の子が悲鳴の如き声を上げた。彼女の友達は何事かと周囲を取り囲む。


「パパに買って貰ったポーチが無くなったの」

「えっ、それってあのブランド物の?」

「うん」

「えーっ、ヤバいじゃん!」


 そのやり取りに、教室は俄に騒然とした。騒ぎ立てた女の子が主導となって、教室中を捜索する事態に発展する。果ては一人一人の持ち物まで検査することになったのに見付からず、彼女たちは余計に慌てふためいた。


「もしかしたら、間違ってロッカーに入れちゃってるかも。皆、ロッカー確認してください!」


 言われるがまま、級友たちは自身のロッカーを開けに廊下に出る。マクスウェルやケイトたちは知らぬ存ぜぬを通していたが、私は一応ロッカーを開けに行った。私はロッカーを使っていないため、其処には空っぽの空間が広がっているだけの筈だった。


「あっ」


 私の背後から短い声が聞こえたと思えば、素早く腕が伸びてきた。


「見付けた! 私のポーチ!」


 何も入っていない筈の私のロッカーから、縫製の良いブランド物のポーチが取り出された。


「何処にあったの?」

「えっと……」

「……スチュワートさんのロッカー?」


 その呟きに、私は顔から血が引くのを感じた。彼女たちは私を疑いの眼差しで見遣り、周りの級友たちは静かに此方を見守っている。


「どういうこと? スチュワートさん」

「えっ、や、私も分からないの。ロッカーなんて、普段使ってないし……」

「でもスチュワートさんのロッカーから出てきたんだよね」

「でも……」


 二の句が継げずにいると、その場の雰囲気が私を犯人だと確信するものに変わっていくのを、肌で感じた。この流れをどうにかしなければならない、でもどうすれば、と焦れば焦るほど頭は真っ白になる。


「やってないって言ってんでしょ」


 その場の空気を切り裂くように、ケイトの凜とした普段よりも低い声が響き渡った。

 彼女たちは一瞬怯んだが、それを跳ね返すようにケイトに言い返す。


「じゃあ、どうしてスチュワートさんのロッカーから出てきたの!?」

「アンタが仕舞うロッカー間違えたんでしょ」

「そんな、」

「ロッカーなんて似たようなモンが幾つも並んでるし、アンタのロッカーとスチュワートさんのロッカーなんて隣同士だし、間違えるっしょ」

「……」

「大体、盗んだならバカ正直にロッカー開けに行くワケないじゃん。あたし等みたいに無視しときゃ良かったんだから」


 ケイトの反論に、その場は彼女の紛失事故だったということで方が付いた。見る見る内に和らいでいく空気を前にして、今更ながら心臓が忙しなく動き始める。

 級友たちが教室に戻っていくというのに動かない私を、ケイトは手を引いて連れ帰ってくれた。その手は滑らかで温かくて、ほんの少し心地が好かった。


「災難だったね」

「気にすんなよー」


 席に戻ると、オルセンくんたちがそう慰めてくれた。授業が始まる寸前だったため言葉は少なかったが、誰もが私を髪の毛の先ほども疑っていないことは十分に伝わってきた。


「あの……、スチュワートさん」


 前半の授業が終わって昼休みになると、先ほどのポーチ紛失事故の彼女たちが歩み寄ってきた。


「さっきは、ごめんね。よく考えたら、ロッカー間違えたの、私かもって思って」

「ううん、ううん、大丈夫!」


 眉尻を下げて謝ってくる彼女に、私は両手を振って謝るのをやめて貰った。


「あの……、それで、もし良かったらなんだけど、私たちと一緒にお昼食べない?」


 転入初日から憧れていた女子ランチだ、と私は目を輝かせた。


「いーじゃん? たまには行ってきなよ」

「じゃー、俺等は食堂行ってくるね」


 ケイトやオルセンくんたちはそう言い、先に席を離れていった。


「じゃあ、お昼、ご一緒させてください」


 私は、彼女たちと昼食を摂ることになった。彼女たちは一様にお弁当を持ってきていたが、私は持参していなかったので、私のみ定食を買い食堂で食べることにした。

 急ぎ足で食堂へ向かうと幸運なことにテーブルが一つ空いていて、私たちは其処に座ることにする。


「じゃあ、私、ご飯取ってくるね!」

「いってらっしゃーい」


 私は足取り軽く注文の列に並びに行った。

 その後ろ姿を、冷たい目が睨み付けていることなど知る由も無く。

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