02: 2
翌日幼稚舎へ行くと、いつもは見向きもしない他の子たちが私を遠巻きに見ているのを感じた。昨日の誘拐未遂騒動の噂をしているようだった。
私は一人で、また廊下の縁側に膝を抱えて座っていた。何かが変わると思っていた。先生があんなに怒っていたのだから、両親があんなに真剣だったのだから、他の子たちも私を心配して話しかけてくれるかもと期待していた。けれどそうだ、私が盗人であることは変わらないのだ。他の子たちが私を怖がらなくなる筈もなかった。
「ねえ、」
俯いていた顔を上げると、ヒースくんが絵本を抱えて立っていた。
「いっしょに、えほんよもう」
「……うん」
ヒースくんは縁側に絵本を置いて、私たちは並んで黙々と読んだ。偶然にも私とヒースくんの読むスピードは同じで、読み終えるとするりと捲られるページにストレスを感じること無く内容へ没入することが出来た。あっという間に絵本を読み終わり、ぱたむと本を閉じる。
「いっしょによんでくれてありがとう」と礼儀正しくお礼を言うヒースくんに、ついに私は気になっていたことを問うた。
「……わたしが、こわくないの?」
「こわくないよ、どうして?」
「ヒースくんののうりょく、とっちゃうかもしれないよ」
「とるの?」
「……とらないよ」
そう言うと、ヒースくんは静かに微笑んだ。
ヒースくんは、幼稚舎の人気者だった。やんちゃな男の子たちと元気に走り回ったり、静かな男の子たちとは穏やかに話をしたり、女の子たちには丁寧な接し方をしたり、ヒースくんは誰とでも仲良く出来る男の子だった。性格が良く、運動が出来るだけではなく、ヒースくんは超能力すらも他の子たちを卓越していた。不審者の男の人を全身氷漬けしたように、ヒースくんの能力は強力な上に制御も巧みだった。それもあって、ヒースくんは他の子たちの憧れでもあったようだ。
その日から、ヒースくんは私を遊びに誘うようになった。一人ぼっちの私を心配してくれてのことかもしれないし、私が幼稚舎を再び抜け出さないか監視していただけなのかもしれないが、その当時の私はそれに救われた。最初は二人で絵本を読んだり絵を描いたりしていたが、ヒースくんに釣られて話しかけてきた子たちも混えて一緒に遊ぶようになり、次第に他の子たちに混ぜてもらって皆で走り回ったり隠れんぼをしたりするようになった。
ヒースくん以外の子が居ると顔を上げることも出来なかったが、ヒースくんからの問いかけには二択で返し、他の子からもたまに話しかけられる内に、ぎこちないながらも話をするようになっていた。徐々にそれが何だか楽しくなってきて、自分から話しかけるようになり、笑い合うようになり、名前で呼ばれるようになった。
私が盗人であることは変わりなかったが、私を取り巻く環境は大いに変化した。他の子たちは私に話しかけるようになり、遊びに参加させてくれるようになり、私の体に触れるようになった。私は笑い、よく話し、行動を共にするようになった。歩み寄れば、他の子たちは驚くほどすんなりと私を受け入れてくれた。自分を理解してもらえるよう努力すれば、能力だけで忌避されることはない。私はそれが分かって、心から嬉しかった。
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