籠の中の姫君はヒーローが迎えに来てくれるのを待っている

旭恭介

幼少期編

01:メリエル・スチュワートの回想1

「タカオニするひと、このゆびとーまれ!」

「やるー!」

「ごにんかあー、ほかにタカオニするひと……」

「おいっ、あんまりおおきいこえでいうなよ!」

「あっ……」


 楽しそうにわちゃわちゃと集まっていた幼稚舎児たちは、私の方を窺い見てこそこそと離れて行った。広場の中央に集まって、再び一緒に遊ぶ友達を募る。それまでボールや遊具で遊んでいた子たちは、目を輝かせて掲げられた指に止まる仕草を見せながら駆け寄って行った。

 それを体育座りをしたまま、じっと見詰める。広場に面した縁側のような廊下、其処が私の定位置だった。


 私は、周りの子たちから浮いていた。理由は二つ。

 一つは、この性格。同年代の子たちと比べ、遥かに人見知りで引っ込み思案な私は、遊び盛りの幼児たちと打ち解けられなかった。最初こそ遊びに誘われるものの、返答すら上手く返せず、徐々に遠巻きにされるようになった。

 そしてもう一つの理由、これこそが忌避される最も大きな原因となった。


 私の左の二の腕に、小さく柔らかいものが叩き付けられる感触がした。衝撃としては然程大きいものではないのであろうが、幼く脆弱な体には充分痛みを感じる刺激となった。


「ドロボーにタッチしたぞ!」

「すっげー!」


 私から少し離れたところで盛り上がっているのは、いつも連んでいる四人組のやんちゃな男の子たちだ。その内の一人、リーダー格の男の子が、私の腕を叩いたらしい。小さな短い右腕を高々と空に向かって掲げている。

 無遠慮に力一杯叩かれた腕を摩りながら、更にぎゅっと脚を抱えた。


 〝ドロボー〟、それは何も遊びの上で便宜的に使われる役割の名称ではない。正しく私を言い表す名称だ。

 もう一つの理由、それは私の超能力にある。私の超能力は、他人の超能力を奪い取ることの出来る能力だった。私に関わるといつ能力を奪われるか分からない、超能力と共に生まれ育ってきた子たちにとってみれば、それは忌避するに充分な恐怖を抱かせたのである。

 私は仲間外れにされただけで傷心するということはなかったが、盗みの能力を持っているが故に忌避されるというのは中々応えた。幼稚舎に通っていてこれならば、私の今後は高が知れているというものだ。その当時の私は幼いながらに将来を悟り、人生に絶望していた。


 だから、私は自分のことが大事ではなかった。誰も見ていないのを良いことに、私は屡々幼稚舎を抜け出した。最初は幼稚舎に面した道路に出て、景色を眺めるだけだった。それが角を曲がってみたり猫を追い掛けてみたり公園で遊んでみたり、徐々に私の逃避行はちょっとした冒険になっていったのである。

 その日も私は公園へ行った。幼稚舎を抜け出すのも自慢出来ない特技になっていた。


「君、メリエル・スチュワートちゃんだね?」


 一人でブランコを漕いでいると、サングラスをかけ黒いスーツに身を包んだ成人男性に声をかけられた。

 ブランコを漕ぐのをやめて、私はその人を見上げる。見も知らぬ人が私の氏名を知っていたことで、年の割に大人びていた私は直感した。その人は不審者だと。


「おじさん、だれ?」

「オジさんは君のお母さんの知り合いなんだ。実はお母さんが入院しちゃってね、すぐに病院に行かなきゃならない。オジさんに着いてきてくれないか?」

「うん、わかった」


 私は自分のことが大切ではなかったが、だからといって怪しい大人にその身を任せるほど自暴自棄でもなかった。私はブランコを降りて、その人に着いて行く振りをし、隙を見て幼稚舎に向かって逃げ出す。

 けれども体がすぐに動かなくなった。不自然な体の不自由さに、その人の能力によるものだとすぐに勘付いた。その人が私の両肩を掴んだ瞬間、体が動くようになったため、咄嗟に私はその人から能力を奪い取り、急所を蹴り上げ再び走り出す。


「クソガキ!」


 幼稚舎のフェンスを目前にして、背後から頭を抑え付けられた。ぐしゃりと顔から地面に転倒する。

 その人は私の後頭部を地面に押し付けながら、能力を返せと怒鳴り付けた。けれども私は決して能力を戻しはしなかった。戻したが最後、今よりももっと酷い目に遭わされ、何処かに連れ去られることは分かりきっていたからだ。

 地面が視界の大半を占める中、頭を必死で動かして上目遣いに幼稚舎を見る。教室の窓はカーテンが締め切られており誰の影も無い。だれかたすけて、短くて何も掴めやしない腕を必死に伸ばした。

 その願いが通じたのか、それともその人が騒いだのを聞き付けたのか、幼稚舎の陰から男の子が現れた。切り揃えられた銀髪に、穏やかな碧眼の、私とそう年齢の変わらない子だった。

 助けを求めて腕を伸ばす私を認めたその子は、能力を行使した。その人の足元から腕に至るまでを氷漬けにし、身動きが取れないようにする。


「だいじょうぶ?」


 その人の手の下から何とか抜け出し、顔に付着した砂埃や滲む血を拭って、その子を見る。フェンス越しのその子は何だか輝いて見えて、苦しくなった胸の辺りを思わず握り締めた。


 急いで幼稚舎に戻ると、その子は先生を伴い門で待ってくれていた。あんなことがあったのを傷だらけの顔で隠せる筈もなく、誘拐未遂騒動は先生の知るところとなった。先生をその人の居たところに連れて行ったが、其処には氷の破片のみを残して他には跡形も無かった。


「メリエルちゃん! もう勝手に幼稚舎を抜け出しちゃ駄目よ!」


 先生にこっ酷く叱られたのは、後にも先にもこの時だけだ。私は正座で叱られながら、こんなに本気で怒るなんて先生は私のことがどうでもいいのではなかったのだな、と無感動に認識した。それよりも、私の隣でじっと体育座りをしていたその子のことが気になったからだ。

 一頻り叱られた後、先生は私の両親に連絡をして、一足先に私は早退することになった。両親の来訪を待っている中、私は他の子たちの好奇の目に晒されることになったが、隣に居てくれたその子のお陰で何の苦痛も感じずに済んだ。


 迎えに来たお母さんは、両目に涙を一杯溜めて私を搔き抱いた。まさかこんなに心配させてしまうとは思わず、私は少し泣いてしまった。

 お母さんに手を引かれ帰ろうとする時になって、私は漸くその子に話しかける勇気が出た。いや、勇気が出たというよりも、その時がその子に話しかけられる最後の機会だと危機感を感じたのだと思う。


「、あの、たすけてくれて、ありがとう」

「うん、どういたしまして」

「おっおなまえ……、おしえてください」

「ヒース・イシャーウッドだよ」


 ヒースくん……、その子の名前を呼ぶと、胸の辺りが暖かくなった気がした。


 帰宅すると、家にはお父さんも居た。いつもならもっと遅い帰りだろうに、私はその事件の重大さを何となく察知した。


「まさか実力行使してくるなんて……」

「メリエルにはちゃんと言って聞かせましょう。きっと今回だけじゃないわ」

「しかしこの年の子供に言って分かることか……」


 両親は相談した後、私にこう言った。

 私の能力に目を付けた人たちが、前々から私の養育を申し出ていた。両親は再三断っていたが、それでも一向に打診を止める気配が無い。今回の誘拐未遂は、特徴だけ聞けばその人たちが関わっている可能性が高く、今後も力尽くで連れ去ろうとするかもしれない、ということだった。

 その時の私は内容を全て理解していた訳ではない。けれども私は、もう二度と幼稚舎を抜け出すまいと心に決めた。

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