NOWHERE

緑茶

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 かの小国の王は、かつてよりその能力の至らなさを他国より嘲笑われ、侮辱され、地位に相応しくない男であるということを幾度となく糾弾されていた。

 なるほど、王は確かに無能であったかもしれない。しかしながら、国を思う気持ちは誰よりも本物であった。


 だが、どういうわけか、ある時期を境に、その国は急速な発展を遂げ始めたのである。

 そこにはかつてのような弱腰はなかった。強気に外交を推し進め、領土拡大に熱を上げるそのさまは、まさにみちがえるようだった。持ち腐れと言われていた威光が本来の効果を発揮して、もはや大国に王手をかけていたようなものだった。


 隣国の記者であった私は、いかにしてあの小さな国がそこまでの発展を遂げたのかを知るべく、潜入調査に向かった。恐ろしく危険のともなう仕事ではあったが、王にひと目見て、その変貌の理由を知ることさえできれば、後はどうなっても良かった。


 私はなんとかして、国の領土に到着。城塞の内部へと入り込んだ。――おかしなことに、警備が居ない。一国の城でありながら、簡単に潜入を許すとは。私は薄気味悪い気持ちになったが、それが足を止める理由にならない。

 違和をおぼえながらも、城の内側、薄暗いレンガ造りの壁が左右に並ぶ狭い路地のような場所を、身をかがめて歩き始めた。


 ……一体どれほどその場所を歩いていただろう。レンガの砦は途方もない曲道を繰り返しながら延々と続き、時間だけが過ぎていって、今自分がどこに居るのかという感覚を喪失させていった。まるで、登ったはいいが何故か延々と続く階段の途中に居るようだった。私はそれでも歩き続けた。もはやどれほどの時間をその場所に費やしたか分からなかった。

 その、ひとつの悪夢を抜け出すと、私はようやく城の裏口へとたどり着いた。そして一息ついてから、一気呵成に城の中へと乗り込んだ。


 ――その場所で、私はこの国の真実を知ったのである。


 城の内部には、何もなかった。がらんどうの廃墟同然だった。なるほど確かに壁や手すりを飾る装飾品の数々やシャンデリアは、そこが紛れもなく王の城であることを告げている。しかし、何もなかった。それどころか、誰も居なかった。誰も、誰も。

 私は動揺しながら、誰も居ない場所を駆け巡った。それから、玉座を見つけた。


 そこには一つの髑髏だけがぽつんと置かれていた。

 頭蓋の一番上に、こう書かれている。


『私はもはや居ない――必要なのは名前だけ。私は死んだが、王としての私は生き続ける。下々の民による統治の中で』


 ……間もなく後方から怒声が聞こえてきて、私を追ってきた兵士が後方で銃を構えていることに気付いた。私が振り返ると、兵士の一人が前へと歩み出て、言った。


「おまえで、85人目だ」


 それは、この場所に辿り着いた存在の人数だった。

 彼は間もなく、すべてを語った。この場所の真実を。

聞いている間、私の心は、背後で空虚な暗黒を見せている髑髏の眼窩に注がれていた……。


 かつて王は、自らの至らなさを恥じ入った。しかし同時に、王という権威がギリギリのところで国を保っていることにも気付いていた。ならば――と、彼は計画を実行した。

 自らの存在を、まるごと消してしまうことだったのだ。それが自殺であるか、他殺であるかはさしたる問題ではなかった。とにかく王は――あの時期を境に、居なくなった。その代理を、王の治める人々のうち一部が請け負った。彼らは王よりも優れた能力を持ちながら、支配者の肩書を持たぬ名も無き民だった。しかし、王の計画の礎となることで、彼らは――『王となった』のだ。そして、国を取り囲む状況を次々と打破していった。あたかも、王の人がすっかり変わり、その権威を十全に発揮しているかのように。


 王は居ない。しかし、王の名は生き続ける――私は伽藍堂の中に居座るひとりの男を幻視した。

 彼の判断は間違っていなかったのだと思う。私の存在に気付いた者たちが居て、今まさに、王の定めた秩序のために私を殺そうとしているのだから。

 兵士に聞けば、簡単に忍び込めるようになっていたのは、王という存在に疑問を持つ者を炙り出すためだし、あの複雑極まりない回廊は、その者達さえも厳選するためだと答えた。


 ……それで良いのだと私は思う。この真実は、墓場まで持っていかなければならない。


 もしかしたら――私は考える。

 王は、誰かに示したかったのではないか。こんなまわりくどい過程さえすり抜けて、自分の不在に辿り着くような誰かに。

 ――『王は、確かにここに居る。その存在の是非を問わず』。

 その叫びを、届かせるべく。

 

 私は全てに合点がいって、すっかり晴れやかな気持ちになっていた。これからもこの国は発展を続けるだろう。後は、この真実が、私達以外に知られないことを願うばかりだ。

 ……間もなく、後方で発砲の合図があった。

 


 閃光がひらめいて、衝撃とともに意識が途切れるまで、私の目は、髑髏が持つ虚空の眼に注がれていた――。

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