「影狼の……主」

 聞いた途端反芻して絶句した。この男はこの業界ではトップレベルの使い手だ。

 そんな僕の驚き加減をお構いなしに彼は僕に話しかける。

「やっぱアンタ闇村なのか?」

「……」

 僕は一時黙ったが、そうですと答えた。加えてこう付け足した。

「……十四代目、闇村公有です」


 闇村公有の名は代々引き継がれる。血縁の者でなくても引き継がれる。僕はその十四代目当主。

 闇村の家系は代々影を操る術に長けていた。その術で主に社会の裏の仕事をするのが生業でもある。

「へぇ、立派なとこに住んでるんだなー」

 ひとまず僕は、彼を自分の住む屋敷に案内した。同業の上、人殺しと知られたからには逃げようがない。

「えーっと、その……」

「キミヨリでいい」

 名を呼ぶのに躊躇っていたが、僕はその名を口にすることにする。

「キミヨリさんは、どうして僕のことが分かったの?」

 恐る恐る言うと彼は答える。

「そうだなー、まあその影無しの刻印っていうのは、アンタ……いや、闇村さんも知ってるだろうが、影の気配を大きくする作用がある」

「たったそれだけで?」

「後は俺の相棒の鼻だな」

「狼……」

 僕の言葉に彼はそうだと言った。時々揺らめくキミヨリの影を観て、僕はここまで連れてきた理由を言った。

「僕は殺し屋の家系の末代なんだ。だから、人を殺すのは当たり前なんだ。君をここへ連れてきたのは、君を殺すためじゃない」

「ほう」

 キミヨリが軽く返事をする。僕は続けた。

「僕をその狼で殺してくれないか?」

 キミヨリは暫く考えてこう言った。

「どういうことだか説明してもらう。それ次第だ」

 僕はキミヨリに、僕の過去を話す。


 時は僕が当主になってからまで遡る。僕は何も知らない訳じゃない。誰だって嫌な仕事だ、そんなことは理解している。

 でもどうしても、僕は嫌だった。いくら罪のある人間を罰するとはいえ、彼らの悲鳴を聴くのがいつも嫌だった。正確に言えば、影の悲鳴だ。

 どんな時も彼らの影は、恨めしい声と悲鳴を上げる。そしていつしか、いつも呪うような言葉を放つ。

 『タタッテヤル……マツダイマデタタッテヤル……』

 気が付いた頃には、僕の左手の甲に影無しの刻印が浮き上がっていた。一族の者にはよくあることだと知っていた。故に短命であることも。

 僕は自分が死ぬと分かった時、少しホッとしたのだ。これでもう殺さなくていいんだ。そう安堵していたのだ。しかし――

「闇村の家系にはそういうのがあるって聴いてたが、なるほどね」

 キミヨリは僕が話している途中に割って入ってきた。

「もう少し、続きがあるんだけど……」

 僕がそう言うと、キミヨリは言った。

「それは俺の狼がアンタを喰う理由にはならないよ。それに……」

「……それに?」

「アンタみたいな別嬪の女を喰わせたら夢見が悪い」

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