第93節 リーインカーネーション



 四月になって春休みが終わり、今日4月8日月曜日から新学期が始まる。


 俺はこの日の朝に、新しい中学校に通うことになる妹の美登里みどりと、大阪おおさかから引っ越してきた従妹いとこあおいと一緒に、運転手として四月から雇うことになった楽保よしやすさんがハンドルを握っている、ドイツ製高級輸入自動車である BWMビーベーエム に乗っていた。


 この、父さんが東京とうきょう青山あおやまで選んで買った車はドイツ製の自動車であるといえども、日本向けの輸入車として造られているので右ハンドルになっている。


 自動車の色は、インペリアルブルーと呼ばれるらしい高級感こうきゅうかんあふれる深い青色のものとなっている。


 俺とあおいは後部座席に並んで座り、美登里みどりは運転席に座る楽保よしやすさんの左である助手席に座っている。


 まず俺とあおい二高ふたこうの近くに降ろしてもらって、それから楽保よしやすさんに美登里みどりを新しい中学校まで送ってもらう予定だ。


 とりあえず、二高ふたこうの校門近くの塀際へいぎわ、歩道沿いに停車してもらい俺とあおいで二人して降車する。


 一昨日おとといの土曜日にあおいと一緒に訪れた東京とうきょうで買った腕時計うでどけいを左手首に着けて、襟元に青いマフラーを巻いた俺は、路側帯ろそくたいから美登里みどりに助手席の窓を開けてもらい、兄として勇気づける。


「じゃあな、美登里みどり、新しい校舎で頑張れよ。楽保よしやすさん、美登里みどりを中学校までお願いします」


「おまかせを」


 さむらいのようにたのもしい大人の男性である楽保よしやすさんの返答を聞き、一声も発することなくパワーウィンドウを閉めた美登里みどりの乗っている深い青色の高級外車が走り去る様子を、高校を囲む塀の近くであおいと一緒に見送った。


 俺の隣に立っている、二高の新しい女子ブレザー制服を着てチェック柄の膝上スカートを穿いている、ショートカットでダブルテールの黒髪頭くろかみあたまにラピスラズリの青い宝石をつけた従妹いとこあおいが、高級車の後ろ姿が見えなくなってから俺に猛禽類もうきんるいのようなまるを向けてこんなことを言う。


みっちゃん、大丈夫なんかな?」


「わかんねーけど、まかせるしかないだろ。ここからはもう、美登里みどりの問題だ」


「そうやね。それに、みっちゃんが新しい中学校に馴染めんかってまた不登校になってしもたら、けぃにぃちゃんが一生面倒見て可愛がってあげたらええだけやし」


「いや、そういう訳にはいくかよ。これは俺なりの筋の通し方なんだっつーの」


 そんな会話を春から同じ家で暮らすことになった従兄妹いとこ同士どうしでおたがいにわしながら、俺たちは登校中の生徒らが大勢いる歩道から校門を通じて、クラス分けの掲示がされているであろう中庭へと入っていく。


 俺は一年生のクラス分け掲示がされている場所近辺にあおいを案内し、俺の名前が掲示されているであろう二年生のクラス分けを見に行こうときびすを返す。


「じゃーな、あおい。クラスの皆と仲良くやれよ」


 ギュッ


「待ちや」


 マフラーの巻かれた襟元を後ろからおもいっきりつかまえられ、少し首が締まった。


「何すんだよ! 苦しいだろ!」


 従妹いとこに首を絞められかけた俺は、勢いよく体ごと振り返ってそう叫んだ。


 すると、あおいが気持ち顔を赤らめて視線を逸らし、マフラーを握ったままこんなことを言う。


けぃにぃちゃんのクラス分けを見てからでええわ、ウチの名前を確認すんのはその後でええ」 

 

「なんで俺のクラスをあおいが確認する必要があるんだよ?」


 俺がそう尋ねると、あおいが若干頬を染めながら真正面から声を張り上げる。


「そんなん……そんなん……ちょっとは常識的に考ぇや! ウチ大阪おおさかから埼玉さいたまに引っ越してきてこっちに友達一人もおらへんのやで!? そら、けぃにぃちゃんのクラス知っといた方が何かと便利やん!?」


「あー……そうだったな。じゃあ一応、一緒に見とくか」


 なんとなく、それ以上深堀りするとまた蹴られそうだという直感を得た俺は、素直にあおいの言葉に従うことにした。




 二年生のクラス分け名簿が掲示されているところ近辺にて、ふわふわの栗色の髪の毛をボブショートにして肩上まで伸ばした、幼馴染の女友達である萌実めぐみがいるところに出くわした。


「よっ、おはよ。萌実めぐみ


 俺が朝の挨拶あいさつをかけると、同じ幼馴染おさななじみ可憐かれんから誕生日にプレゼントされたアクセサリーメガネを胸元に着けた萌実めぐみ気安きやすいで、淡白たんぱく態度たいどを返してくる。


「あっ、啓太ケータおはよ。またアタシたち同じクラスみたい、可憐カレン一緒いっしょよ」


「またか?」


 俺が他意なく返すと、萌実めぐみはいつものように受け流した感じでジト目で見てくる。


「何? もしかして、またアタシ一緒いっしょなの不満?」


「いや、そーいうのじゃ全然ねーけど……むしろ嬉しいけど……何年連続になるんだこれで?」


「幼稚園の頃からだから、もう十三年連続ね。くさえんにもほどがある」


 俺と萌実めぐみがそんな砕けたやりとりをしていると、隣にいるあおいが俺の制服のすそねたましげに引っ張って小声で尋ねかけてくる。


「ちょっとけぃにぃちゃん。この仲良さげなは誰なん?」


――ああ、そういやあおい萌実めぐみとは初対面だったな。


 そんなことを思った俺は、従妹いとこ幼馴染おさななじみを紹介しようとする。


「ああ、萌実めぐみのこと紹介するよ。こいつは……」


「ケータおーっはよっ! また同じクラスだからよろしく!」


 するといきなり、男友達のような幼馴染おさななじみのふぁっさとした金髪ポニーテールギャルの可憐かれんが、後ろから獅子ししのように飛び掛かってきた。その、いつも開けたブラウスから谷間をせている大きな胸の柔らかい感触がめられた背中に伝わってくる。


「ああ、おはよ、可憐かれん。元気だな相変わらず」


 俺がそんな風に、いかにも奔放ほんぽうな感じの親友に汗をかきながら朝の挨拶あいさつを返すと、隣にいるあおいがあからさまに不機嫌な口調で文句を言う。


「ちょっと!? このギャル何いきなりけぃにぃちゃんに飛び掛かっとるん? しっしっ!!」


「こらこら、初対面の人にそんなことを言うんじゃありません。二人とも俺が子供の頃から一緒に遊んでる仲の良い幼馴染なんだっつーの」


 俺が年下の従妹いとこ不躾ぶしつけ言動げんどういさめると、可憐かれんが俺から離れてきょとんとした目をする。


「あれ? ケータ、この女の子誰? 知り合い?」


「ああーっと、二人に紹介するよ。こいつは俺の……」


「待って」


 萌実めぐみに止められ、しばしの静寂。


 萌実めぐみあおいの事をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。


「……もしかして、啓太ケータ従姉妹いとこのアオイちゃん? 啓太ケータ、そういう名前の一つ年下の従姉妹いとこ大阪おおさかにいるって前に言ってなかった?」 


「え? そうだけど……よくわかったな、萌実めぐみ


 俺が感心すると、萌実めぐみはいつも通りの何気ない様子で応える。


「だってその啓太ケータとそっくりだから。おおまかなとか雰囲気ふんいきが」


 そんな萌実めぐみの語り口に、可憐かれんが俺と並んでるあおいを興味深そうにまじまじと見る。


「あー、確かに。言われてみれば髪質かみしつとか表情ひょうじょうとかソックリだし」


 そんな可憐かれんの言葉に、俺はあごに手をやって首をかしげる。


「そうかなー……?」


 そして、あおいあごを指で触って首を少しだけ斜めにする。


「そっかなー……?」


 俺たちの様子を見て、萌実めぐみが声を上げて指摘してきする。


「ほらほら! 仕草しぐさまでそっくり!」


「もし仮に、ケータがそのまんま女の子になっちゃったらこんな感じかもね。本当ホントー兄妹きょうだいみたい」


 可憐かれんはそんなことを言って、好奇心こうきしんあふれた視線しせんあおいに向ける。


 そして、更に別の方向から予期しなかった嬌声きょうせいひびき、女の子らしいなよやかな影があおいそばにいつの間にか近寄っていたのに気づいた。


「きゃ――――!! あおいちゃん! 良かった! ここにいたんだ!」


 そこにいたのは、俺とあおいがタクシーにて二高ふたこうの受験会場に向かう途中でコンビニに寄った際に、倒れていたお婆さんの助けを求めてきたあの親切な茶髪ロングの少女であった。

 

 その細い身体を嬉しそうに上下に揺らして、その女の子はあおいの手を両手で握りしめる。


 あおいが目の前の女の子とは対照的に、それほど抑揚よくようのない感じで話しかける。


「ああ、受験の日にタクシーで一緒に試験会場に向かった上杉うえすぎさん? 受かってたんやね、良かったわ」


「もー! 心音ここのでいいってば! ワタシあおいちゃんと同じクラスになったの!」


 あおいの両手を感激かんげきちた目で握りしめている、清楚風な茶髪ロングストレートの少女は、とても晴れやかでヒートアップした様子であった。


 あおいはそんな動静どうせいとは反対に、クールな態度で応える。


「ああ、そうなん? じゃあクラスメイトとしてよろしゅうな」


「ううん! そんな他人行儀なのやめて! あおいちゃん、どうかワタシと友達になって!」


「え? 別にええけど」


 勢いに圧倒されたあおいがそんな気の抜けた返事をしている様子を、かたわらで見ていた俺は声をかける。


「よかったな、あおい。友達もうできたじゃん」


 すると、その茶髪ロングの女の子が俺の存在に気づいて、あおいとの手をほどいて改めてかしこまった様子で向き直り話しかけてくる。


「あっ、あおいちゃんのお兄さんもこの高校の生徒さんだったんですね!? 二年生の先輩ですか?」


「ああ、そうだけど」


ワタシ上杉うえすぎ心音ここのといいます。そのせつはお世話になりました! 楠木くすのきさんのお兄さんとあおいちゃん、ご兄妹きょうだいとも、二高ふたこう新入生しんにゅうせいとしてこれからもよろしくお願いします!」


 そう言って、上杉うえすぎさんはペコリと俺に向かって頭を下げた。


 そして、上杉うえすぎ心音ここのさんという清楚風だが熱量の高い少女は、何か恥ずかしそうに手を振ってその場から去っていった。


 すぐ近くにいた萌実めぐみが、先ほどの俺の発言に似た、冷やかしの言葉を述べる。


「よかったね、啓太ケータ。可愛い後輩ができたじゃない」


「ってーか、やっぱりはたから見ても兄妹きょうだいにしか見えないんだね。下手したらアスカぇやミドリよりケータに似てるし」


 そんな可憐かれんの言葉を聞いて、俺は従妹いとこであるあおいのその顔をまじまじと見る。


――そんなに似てるかな?


 と、そこで男子友達の三人である、さとしすぐる高広たかひろが二年生のクラス分けの掲示を見に寄ってきた。


 俺たちが軽く互いに挨拶あいさつわしたところで、眼鏡めがねをかけたヒョロ長ノッポのすぐるあおいの存在に気付く。


「む? その隣にいる女子メスは誰だ啓太郎けいたろう?」


 すぐるの問いかけに、俺は応える。


「ああ、大阪おおさかから引っ越してきた俺の従妹いとこあおいだよ。今日からこの高校に通うことになったんで皆よろしく頼む」


 すると、身長が181センチあると言っていたそびえるように背の高いすぐるが、身長が150センチ程度と若干低めなあおいの前に立って見下ろし、初対面の女子相手に何もはばかることなく口を開く。


「ふむ……乳のサイズは85の E といったところか。チビのくせになかなかいいものを持ってるな」


 そんなすぐる飄々ひょうひょうとした意見を真正面から聞いて、あおいすぐるの背後を見て表情を変えずこんなことを言う。


「あ、あの巨乳の女の子ノーブラや。乳首浮いとる」


「何っ!! どこだ!!」


 パコーンッ!!


「あうふっ!!」


 巨乳の女子を探すため後ろを向いたすぐるのふくらはぎに、あおいが制服であるチェック柄の膝上スカートを穿いたあしで放ったローキックが時間差なくクリーンヒットした。


 すぐるが振り返ってあおいを見下ろし文句を言う。


「なにをする! 痛いだろぉーが!!」


 あおいすぐるを見上げて、30センチ以上はある身長差にひるむことなく血気けっきさかんに声を上げる。


「何をするって、それはこっちのセリフや! 初対面の女子にいきなりセクハラかますアホがおるか!」


「セクハラとは失敬しっけいな! こっちはチビ巨乳をめてやっただけだぞ! そもそもおれは高身長巨乳が好きなんだが啓太郎けいたろう従姉妹いとこだというからえて敬意けいいを払ってやったというのに!」


「それがセクハラやっていっとんねん! そもそも何でこんな分厚い制服の上からパッと見で胸のサイズとカップ当ててきおんねん! 1センチの誤差もなく!」


「ふぁはははっ! いうなれば、日々の鍛錬たんれん賜物たまものとそれにともな才能さいのう発露はつろって奴だなぁ! ちなみに BMI もわかるぞ! 17.8 から 17.9 の間であろう!」


「だから何で端数はすうまでピッタリ当ててきおんねん!! 脳みそのスペック無駄遣いし過ぎやろ!!」


「ふふふ。まあ、そこまで言ってくれると俺も貴様を正しく評価できた甲斐があるというものだ!」


「勘違いすんなや! 一切誉めてへんわ!!」


 そんな、すぐるあおいの漫才のような掛け合いを見ていた、太っちょで食いしん坊の高広たかひろがこんなことを言う。


すぐるくんと啓太郎けいたろうくんの従姉妹いとこさん、なんか、初対面のはずなのに息ぴったりだね」


 そして、男子としては小柄でお調子者のさとしがそれに続く。


「もしかしたら、前世ぜんせ兄妹きょうだいとかだったりしてな。知らねーけど」


「前世で縁があった人とは、生まれ変わっても何かと関わりがあったり似てたりするっていうからね」


 そんな高広たかひろさとしとの会話をかたわらで聞いていて、俺の心の中にこんなことが浮かぶ。


――だとしたら、俺とあおいは前世でどんな関係だったんだろーな。


 初対面であるはずのすぐるあおい、俺の悪友と従姉妹いとこ兄妹きょうだい喧嘩げんかのようなやりとりをはたからながめ、そんなことを漠然ばくぜんと思っていた。

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