第14章 生きるのに何を大切にすれば良いのだろうか?

第92節 青い体験




 高校一年生の三学期の終業式も終わり、俺もねえちゃんと同じく春休みに突入した。


 かなでさんは、来月から始まることになる通信制つうしんせい高校こうこう説明会せつめいかい御両親ごりょうしんと一緒に出席しているので、今日は夕方まで家にいない。


 あおいはまだ色々と引っ越しの準備があるらしく、大阪おおさかにいる。


 美登里みどりは新しい中学校への転校手続きを俺と島津しまづさんとで済ませたものの、いつものように部屋にこもってゲームをしている。


 で、春休みである三月下旬のある日の午後、リビングのダイニングチェアーに座っていた俺は、目の前で繰り広げられている女子大生4人の鉄火場てっかばと言うにはあまりに遠い、いかにも娯楽ごらくらしいゆるい勝負の様子をながめていた。


 明日香あすかねえちゃんと、結果ゆいかさん、潤子じゅんこさん、莉央りおさんら女子大生4人が年末年始には毛布がはさまれ炬燵こたつとなっていた四角いたくを囲んでそれぞれクッションに座り、昼過ぎからリビングにて麻雀マージャンを行っているのである。


 ジャラジャラジャラジャラ


 洗牌せんぱいというらしい、麻雀マージャンぱいをかき混ぜる際の音が響き渡る。


 年上のお姉さんたちである女子大生4人が遊戯ゆうぎを楽しんでいる様子を、高校生の俺はダイニングテーブル近くの椅子いすに座りながらはたから眺めていた。


――なんか


――全員、わりとはだ露出ろしゅつした格好かっこうしてるんで目のやり場に困るんだけど。


 実のあねである明日香あすかねえちゃんは見慣れているのでともかく、結果ゆいかさんも潤子じゅんこさんも莉央りおさんも、男である俺がこの場にいて見られているという前提をあまり意識していないような、だらしない格好をしている。


――結果ゆいかさんは、かた太腿ふとももさらしたバスタオル巻いてるような格好かっこう大胆だいたんむらさきいろの服着てるし。


――潤子じゅんこさんなんか、丈が短くて太腿ふともも丸出しの白いミニスカ和服わふく? どこで売ってんだそんなの。


――莉央りおさんも、鎖骨さこつ見えててむね強調きょうちょうされてるフリル付きのエプロンみたいなミニスカワンピースだし。


――つーっか、俺って本当に男として見られてないんだな。


 洗牌せんぱいをしている、いつものようにタンクトップにショートパンツといったラフな格好をした、茶髪ショートカットの体育会系女子である明日香あすかねえちゃんが、俺に顔を向けてこんなことを言ってくる。


啓太郎けいたろうー、冷蔵庫のスポーツドリンクボトル持ってきてよー。あとグラスもー」


 俺は椅子から立ち上がりながら、応える。


「はいはい」


 すると、姉ちゃんの友達の女子大生3人も相次いで言葉を放つ。


「あ、弟さん、ワタシにもお願いします」


おらにも頼むっちゃ」


莉央りおにもお願いなのー」


 俺がなんでリビングにいるかというと、メイドのかなでさんが休みなので明日香あすかねえちゃんの命令を聞く、女帝じょていのようなあねに従う弟としての役目を果たしているためだ。


――この家の所有者、一応俺なんだけどな。


――ま、いつもかなでさんがやってくれてることだしこれくらいの仕事はするか。


 俺はそんなことを思いながらスポーツドリンクのボトルを持ってきて、雀卓じゃんたくとなっている四角い低いテーブルのすぐ近くにそのドリンクを置き、人数分のグラスを調ととのえる。


 はいを山として四方に積んだ姉ちゃんと三人からお礼を言われたところで、俺は再び雀卓じゃんたくのすぐ近くのダイニングチェアーに座り直す。


 すると、二つの丸がくっついたようなヘアアクセサリーを着けた、両もみあげお下げ髪でスレンダースタイルな結果ゆいかさんが四つのはいを山から取りながら、そのととのったかおをこちらに向けて微笑ほほえみつつ冗談じょうだんめいてこんなことを言う。


「弟さん、本当に礼儀正しいし素直ですね。条例じょうれい抵触ていしょくする未成年じゃなくって、もうちょっと年上でしたらワタシも真剣にアプローチをかけていたんですが」


「はぁ……それはどうも」


 気の抜けた感じで俺がそう返すと、それぞれ二つに分かれたツインテールの髪型をした、童顔どうがん低身長ていしんちょうなのに胸が大きく、アライグマみたいに愛嬌あいきょうのあるオタサーの姫である莉央りおさんが、はいを並べながらため息を漏らしてこんなことを言う。


「はぁー、それにしても大学生になってから彼氏を見つけるのがこんなに難しいことになってるとは計算外だったのー」


 そんな莉央りおさんのなげごえに、俺は返す。


「彼氏とか、女子大生ならわりと簡単にできるんじゃないんですか? 父さんと母さんが東京とうきょうの同じ大学に通っていた頃はそんな風だったって聞いたことありますが」


 すると、姫カットロングの黒髪に枝豆えだまめのような三つの丸い膨らみのある緑色のヘアバンドを着けて、ほのかな緑色の模様もようをあしらったしろ布地ぬのじくろえりな丈の短い和服わふくから大胆だいたん太腿ふとももせた、フェレットみたいに人懐ひとなつっこい性格の潤子じゅんこさんがはいの並べを組み替えつつ口を開く。


平成へいせいまではどこの大学でも、わりとそんな感じだったらしんけどなー。もう令和れいわになってから五年経ってっからなぁ、時期が悪かったなー」


「どういうことですか?」


 俺が尋ねると、整った顔立ちだがどこかやさぐれた雰囲気を身にまとった結果ゆいかさんが、憮然とした表情を雀卓じゃんたくに向けたまま、こんなことを言ってくる。


令和れいわの始めに施行しこうされた法律なんですが、今は非同意ひどうい性交罪せいこうざいっていう刑法犯がありましてね。18歳で成人年齢に達した男が軽々しく女子学生と寝ることができなくなってるんですよ。ざっくり言うと男子大生が女子大生をヤリ捨てすると証言だけで性犯罪で前科一犯になって大学も退学処分になるんです」


 そして、潤子じゅんこさんが続く。


「で、結局けっきょく大学内では男が同じ大学の女と付き合う際には、体目的でないプラトニックな関係か、卒業後に結婚を見据みすえた真剣な交際しかなくなったんだぁ。性犯罪で大学を退学させられることになったら人生が詰むからなぁ」


 莉央りおさんも、言葉を連ねる。


「体目的での関係を法律で事実上禁止されれば、いくら若いといえども女の価値なんてそんなものなのー。性欲を解消したいだけのヤリモク男はみーんな同じ大学のを狙わずに、マッチングアプリとかのお手軽な方法に切り替えちゃったのー」


 そんな三人の話を聞いて、俺は納得する。


――姉ちゃんが、大学生になっても彼氏ができないってぼやいてたのはそういう訳だったんだな。


 すると、当の姉ちゃんがこんなことを言う。


「でもさー、マッチングアプリってのは相手が本当はどんな男の人かわからないから怖いじゃーん? 知らない男の人と会ってホテルに行って、病気びょうきかかったりトラブルに巻き込まれたりするってのもよくある事らしいしさー」


 その声に、結果ゆいかさんが生真面目きまじめな様子で返す。


「そうですね。遊ぶ金やブランド品欲しさに、パパ活という名の売春をしている女子大生が東京とうきょうには大勢いるという話もちらほら聞きますが、リスクをしっかりと考えるべきです」


「そんだなー。いくらなんでも数万円欲しさに騙されたり病気とかになっかもしんねぇ危険にさらされて、女にとって一番大切な体売るとか、信じられねぇなぁ」


「けどまあ、東京とうきょうは住むにはお金がかかる街だし、地方から出てきて貧困で苦しんでいるたちにも同情をせざるをえないのー」


 そんな潤子じゅんこさんと莉央りおさんの発言に、俺は尋ねる。


「……もしかしてみなさん、わりと裕福な方なんですか?」


 すると、結果ゆいかさんと潤子じゅんこさんと莉央りおさんが、麻雀卓を各々おのおの真剣な表情で囲みつつ、山から牌をツモって捨てたりしながらこちらに順番に顔を向け、続けざまに伝えてくる。


ワタシの家は、東京とうきょう墨田すみだでスカイツリーの近くに店舗てんぽけん住宅じゅうたくを構えているお惣菜屋そうざいやさんです。実家じっかから電車で大学に通えるので家賃いりません」


おらは、宮城みやぎの山奥で枝豆えだまめそだててずんだもちつくってる、江戸時代から代々続く肝煎きもいりの家だっちゃ。あ、肝煎きもいりってのは関東での名主なぬしんことだぁ。関西では庄屋しょうやともいうな」


莉央りおの家は、徳島とくしまの港町で漁業権を持ってて小規模ながらぶりを養殖している養殖漁業の家なのー。水揚げされるぶりは一応ブランドにもなってるのー」


「あ……はあ。みなさん、実家がけっこうお金持ちなんですね」


 すると、三人に白けた感じの視線を返された。


「あははー啓太郎けいたろうー、それ並外れてお金持ちな啓太郎けいたろうがいっちゃだめだよー。皮肉になっちゃうからねー」


 姉ちゃんにやんわりと叱られたので、俺は恐縮して返す。


「あーっと……そうでしたね、気を付けます」


 すると、姉ちゃんが呑気にこんなことを話す。


「それにさー、この四人の中で男の人との経験あるの高校時代に彼氏がいた莉央りおちゃんだけだからねー。みーんな男の人に慣れてないんだよねー」


明日香あすちゃん、弟くんの前であんまりそういうこと言わない」


「あははー、ごめんごめんー! リーチ!」


 莉央りおさんにたしなめられた姉ちゃんが、はいと共に点棒を場に出しながらそんな声を高らかに上げる。


 潤子じゅんこさんと結果ゆいかさんと明日香あすか姉ちゃんが、相次いで愚痴ぐちを語る。


おらも高校時代に素敵な彼氏さ作ってデートとかしとけば良かったなぁ。おら田舎いなかから片道1時間かかる高校に通って弓道んばっかかまけてたんからなぁ」


「その辺りの事情はワタシも同じですよ。ワタシ深川ふかがわの高校に自転車で通って剣道の練習ばっかりしてました」


「あたしも、高校時代はレスリングばっーかやってたなー。あと筋トレー」


――乾いてるなぁ。


 俺がそんなことを思っていると、莉央りおさんがなんだか得意げな口調でしゃべる。


「まー、莉央りおはターくんとの思い出があるからなんとかかんとか大学でオタサーの姫を元気出してやれてるってところもあるのー」


――ターくん、っていうのか。莉央りおさんの元彼。


 すると、山から牌をツモった姉ちゃんが嬉々として上がりを宣言し、手牌をガタっと音を立てて前に倒す。


「あっ! ツモー! リーチ、トイトイー!」


明日香あすかさん、それ四暗刻スーアンコウです」


 姉ちゃんが役を上がって、結果ゆいかさんが突っ込んで、とりあえず一局終わったらしいところで俺は尋ねる。


「姉ちゃん、麻雀ってそんなに面白いの?」


「うんー! すっごく面白いよー!? 啓太郎けいたろうもやってみないー?」


 すると、結果ゆいかさんがどこか引いた感じで反応する。


「いや……弟さんが麻雀やったらいきなり天和テンホー上がりそうで怖いですね」


 それに応えて、潤子じゅんこさんがほがらかにこんなことを言う。


「そんだなぁ。半分以上引かれたとはいえ、宝くじで何百億円も当てるって奇跡きせきを起こせた強運の持ち主だもんなぁ」


 そして、莉央りおさんが俺に顔を向けてうきうきした感じで尋ねかけてくる。


「そういや、大晦日にはだいたい三百億円くらい手元にあるって言ってたけど、今はどれくらい残ってるのー?」


「いや、まだ300億円以上まるまる残ってますが」


 俺が返すと、クッションの上に座った潤子じゅんこさんが和服の下で膨らんだむねらして、その振袖ふりそでの垂れた両腕にて上半身を後ろの床にて支え、笑顔のまま天井を仰ぐ。


「いいなぁ、その超々強運にあやかりてぇなぁ」


 すると、明日香あすか姉ちゃんが脳天気な笑顔のままこんな案を掲げる。


「あっ! じゃあさー、大学だいがく夏休なつやすみにみんなでさん週間しゅうかんハワイこうよー! 啓太郎けいたろう今年ことしなつもまたハワイくから、そのためのおかねしてくれるー!?」


「え? 別にいいけど」


 俺が了承すると、結果ゆいかさんが生真面目な表情のまま、明日香あすか姉ちゃんに対して親指を立てる。


明日香あすかさん、ナイス提案です。いい仕事しました」


 莉央りおさんも潤子じゅんこさんも、期待にちた声を出す。


「やったぁー! ハワイ旅行楽しみなのー!」


「ハワイ連れてってくれるんかぁ、新しい水着買わなきゃなぁ」


 まあ、そんなこんなで雀卓を床の上にて囲む女子大生四人とダイニングチェアーに座った俺がやり取りをしていると、結果ゆいかさんが小さな煙草たばこの箱を取り出した。


「弟さん、この家に喫煙所きつえんじょってありますか? 一局終わったところでちょっと一服したいんですが」


「あーっと……バルコニーの外れにスペースがありますけど、家にはタバコ吸う人いないので灰皿がないんですよ。携帯灰皿持ってますか?」


「それは持ってます」


「あ、じゃあこっちですよ。案内します」


 しろかた太腿ふともも大胆だいたんさらし、平坦へいたんむねの上と下にひもしばった紫色むらさきいろのワンピースを着た結果ゆいかさんが床から立ち上がり、南側みなみがわめんしたおおきなまどにあるドアからバルコニーにともて、そのままベンチのいてある西側にしがわとおけて、このいえ喫煙所きつえんじょ紹介しょうかいする。


「えーっと、ここが一応スモーキングルームになってますね」


 強化ガラスが一面の壁となっていて、タワーマンションビルの最上階から西側にあるずっと遠くまでの景色を眺めることができる喫煙所に、一緒に入った結果ゆいかさんが感激かんげきの声を上げる。


「おおーっ! 絶景じゃないですか! 遠くには富士山まで見えます! 気に入りました!」


かなでさんにはタバコ教えないでくださいね、お願いですから」


「それは約束します。あの天使みたいな女の子に煙草たばこは似合いません」


 箱から紙巻きタバコを取り出し、砂漠に住むきつねの仲間みたいにクールなたたずまいで火をつけている結果ゆいかさんを背に、俺はスモーキングルームから出る。


 尿意をもよおした俺は、南面からではなくて西側にある別の出入り口から部屋の中に戻ることにした。


 下階かかいにふたつあるトイレのうち男用として割り当てられた方で用を済ませ手を洗った俺は、リビングに戻る途中で廊下ろうかの角の向こう側から莉央りおさんが一人だけで誰かと会話をしながら歩いてくるのに気づいた。


 そこで、咄嗟とっさに近くの洗濯機や乾燥機などが置いてあるランドリールームに隠れる。


 出入り口ドアに曇りガラスが嵌まっているランドリールームに俺が入ると、莉央りおさんはドア向こうで立ち止まり、会話を続ける。


 どうやら、スマートフォンでだれかと通話をしているようであった。


 莉央りおさんは、そのロリ声で電話口の向こうにいるらしき相手に、瀬戸内海地方らしい訛りで語りかける。


「……そっか、いきなり電話がかかってきたからびっくりしちゃったけん。ターくんも元気でやっとるん」


――ターくん、ってさっき言っていた莉央りおさんの元彼だよな。


 スカート部分に白い大きな半円ポケットのついた、エプロンみたいなミニスカワンピースを着ている莉央りおさんは、曇りガラスのはまったドアの向こうでスマートフォンを手に話を続ける。


「……ううん、莉央りおは平気やけん。東京とうきょうで友達と一緒に大学生活エンジョイしとる。莉央りおとのことは思い出にしてくれればそれでええんで、ターくんにもこれからの人生楽しんで欲しいけん」


 莉央りおさんの、昔の彼氏とのしっとりとした話をドア越しに聞いていた俺は、この場にいることを悟られまいと口をつぐんでいた。


――男と女の秘め事か。


 そして、莉央りおさんが衝撃的な内容を口走る。


「……じゃあ、ターくんもこの春からの高校生活頑張りぃよ。莉央りおお姉ちゃん、遠くから応援しとるけんな」


――へ!?


――この春から高校生って!? 俺より年下!?


 俺が呆気あっけに取られているのをドア向こうの莉央りおさんは知りもしないで、そのまま電話をやめてリビングに戻っていってしまった。


――莉央りおさん、大学受験で一年浪人してて来年度22歳だろ!?


――ターくんとかいう元彼、莉央りおさんが高校生の時に何歳だったんだよ!?


 そんな、誰にも言えない疑念ぎねんを、ランドリールームで一人ひそかに思っていた。


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