第91節 ウォールフラワー



 俺が学校中の女子じょし生徒せいとに上限1万円分のお返しを済ませた3月14日のホワイトデーが過ぎての翌日、3月15日金曜日は埼玉県さいたまけんの県立高校である二高ふたこうの卒業式であった。


 体育館でいかにも高校らしい卒業式がつつがなく終わり、校門付近の中庭では卒業生らが集合写真をったり、集まって駄弁だべったりしている。


 少しひまができた俺が、卒業生らのいる中庭の光景を眺めていると、ブレザー制服の胸元に造花ぞうかをつけた卒業生である長身な三年生男子生徒が、卒業証書の入っているつつを手に俺に近寄ってきた。

 

 以前、部活動の振興費として壇上だんじょうで二千万円の小切手を手渡した、元生徒会長の高梨たかなし先輩せんぱいであった。


「やあ、たちばなくん。ちょっとばかりおれと話いいかな?」


「へ? 別にいいですけど。どうしたんですか?」


 襟元えりもとに青いマフラーを巻いた俺が少し戸惑ってそうこたえると、カンガルーみたいにスラリと背が高く、甘いマスクでさわやかな感じの三年生男子である高梨たかなし先輩せんぱいが笑顔でこんなことを言う。


「どうしてもお礼をいいたくてね。君のその強運を少しばかり分けてもらったお礼をね」


「お礼って……なんかいいことでもあったんですか?」


――高梨たかなし先輩せんぱいは男子だから、ホワイトデーに返礼品は渡してないんだけどな。


 俺が心の中でそんなことを思っていると、身長が181センチあるすぐると同じか、少しばかり丈が高い高梨たかなし先輩せんぱいよろこびにちた面持おももちでこんなことを言う。


「君が宝くじで当てた300億円に比べたらたいしたことじゃないんだけど、推薦すいせん東京とうきょうの第一志望校の大学だいがくへの合格が決まったんだ。小切手を受け取った時に握手して、君の強運を分けてもらえた、そのお礼を言いたくてね」


――それ、俺の力じゃないと思いますが。


「いえ……それは高梨たかなし先輩せんぱいの実力だと思いますよ」


 俺が軽く見上げてそう上級生の顔を立てると、高梨たかなし先輩せんぱい得意とくい満面まんめんな表情になって自信たっぷりにこんなことを言う。


「あー、やっぱりそう思う!? あはは、まいったな! おれ、たちばなくんにお墨付すみつきをもらっちゃったな!」


――相変わらず、空気読まねーな。


 ちょっとだけイラっと来たが、今日卒業式を迎えた先輩にそう神経しんけいとがらせることもないだろうと判断した俺は、平静へいせいさを取り戻す。


 で、せっかくだからと俺と高梨たかなし先輩せんぱいとで SNS である Instangram インスタングラム を交換したところ、いきなり俺の背面はいめんから生徒会せいとかい執行部しっこうぶの二年生女子が二人、沙羅さらさんと鈴弥すずみさんの二名が現れて両サイドから俺の両腕をがっちりとつかまえてきた。


 茶髪の向かって左側にお団子を結ってサイドテールを垂らした、天然ゆるふわ系女子の斎藤さいとう沙羅さらさんが、木の枝に捕まるかのように俺の左腕を抱きしめて明るい声で話しかけてくる。


たちばなくん、たちばなくん、ちょっとの間だけお姉さんたちと一緒に来てくれるかな?」


 そして、頭に紺色こんいろのヘアバンドを着けた毒舌黒髪女子の都築つづき鈴弥すずみさんもました声で、反対側から俺の右腕を捕えてそれに続く。


HENTAヘンタ……高梨たかなし元生徒会長に用がある物好ものずきな一年生女子がいましてね。しばらく行動を共にしてください」


 いきなり両サイドから二年生の女子に抱きつかれ、俺は困惑する。


「え? え? いきなりなんですか? そんなの急に言われてもすんなりとは聞けませんよ!」


 俺が上級生に対して精一杯の反抗をしていると、沙羅さらさんは俺の腕を抱き締めたまま、幼い子供をなだめるかのような振る舞いをする。


「いいから、いいから。おねえさんにまかせなさーい」


 すぐるに F カップあると見定められた、その沙羅さらさんの胸にある柔らかい感触が女子ブレザー制服を介して俺の腕に伝わってくるのはまあ、思春期の男子高校生としては悪い気がしなかった。


 そして、反対側から密着した鈴弥すずみさんが背伸びして俺の耳元でくぐもった声を出し、毒舌ぶりを発揮する。


「うるさいですね……。下級生であるあなたは黙って生徒会執行部の言う事を聞いていればいいんです」


 鈴弥すずみさんの方の胸のボリュームは、残念ながらそれほどでもなかった。


 女子二人に連行され、建物の陰に隠れてから当然のように俺たち三人は高梨たかなし先輩せんぱいの様子を観察していた。


 そして、卒業生である高梨たかなし先輩せんぱいに、見覚えのあるいかにもギャルな風貌ふうぼうで、身長が150センチだいなかほどとそれほど高くない一年生女子生徒が近寄っていった。


――同じクラスの可憐かれんの友達だ。


 可憐かれんみたく釣り目なギャルで、ブラウン色に染めたその若干癖っ毛なセミロングの髪の毛を向かって右で結っていて、右目近くに黒子がある、俺のクラスメイトで可憐かれんのギャル友達の春日井かすがいつむぐさんであった。


 釣り目でいかにも強気な見た目なギャルの春日井かすがいさんの首元には、俺が昨日ホワイトデーのお返しとしてポリラッピングして手渡した、勾玉まがたまの形をしたシルバーペンダントが下げられている。


 どうやら、これから春日井かすがいさんが高梨たかなし先輩せんぱいに告白する流れらしい。


 俺と一緒に物陰ものかげかくれている鈴弥すずみさんがこんなことを言う。


「あのギャル、男を見る目がありませんね。あんな外見だけの薄っぺらな男にかれるなんて」


 すると、同じくかくれている沙羅さらさんが反応する。


「そーかなー? 確かに薄っぺらなところはあるけど、たまにポケットからお菓子をくれる親切な近所のお兄さんって感じだと思うよ?」


――高梨たかなし先輩せんぱいが薄っぺらってのは共通見解なんですね。


 そんなことを心中で密かに思っていると、鈴弥すずみさんがこんなことを言う。


「でも、 HENTAIヘンタイ 中佐ちゅうさはあのギャルのこと振りそうですね。おっぱい星人が見初みそめるにはぺったんこすぎます」


 その鈴弥すずみさんの言葉に、少し離れたところにいる俺は、高梨たかなし先輩せんぱいと向き合っていて、その先輩せんぱいより頭一つ分と少し身長が低い春日井かすがいつむぐさんのその平坦な胸の様子を改めて見る。


――まあ、確かにぺったんこだけど。


――まさか、それだけで振らないよな?


 すると、俺たちの視線の先で背の高い高梨たかなし先輩せんぱいが自分自身の頭に手を置いて、視線しせんを下げたところにいる春日井かすがいさんに軽く頭を下げた。


 どうやら、春日井かすがいさんは振られたらしい。


 その後、春日井かすがいさんは指で涙をぬぐ仕草しぐさを見せ、高梨たかなし先輩せんぱいを見上げて軽くお礼をしてからこちらに走ってやってきた。


 そして、物陰に隠れていた俺と沙羅さらさんと鈴弥すずみさんに改めて向き合い、その釣り上がった感じのひとみに涙を浮かべながらこんなことを言ってくる。


「えへへ、あーし、振られちゃった。せっかくタッちゃんにホワイトデーの御守りチャーム貰ったんだけどなー。生徒会の先輩方もセッティング有難うございました」


 そして、強気そうなギャルである春日井かすがいさんはその風貌ふうぼう沿わず、礼儀れいぎただしい女子らしくペコリと俺たちにお礼をする。


――タッちゃんというのは、名字がたちばなである俺の事だ。


――ちなみに可憐かれんは、名字が花房はなぶさだからハナっちと呼ばれている。


 鈴弥すずみさんと沙羅さらさんが、振られたばかりの春日井かすがいさんになぐさめの言葉をかける。


「あんな見かけだけの男に振られたことなんて気にしない方がいいですよ、絶対」


「そーだよー! 気にしない、気にしない! 勇気を出してよくやったよ!」


 先輩二人がそんなことを言うので、俺も可憐かれんの友達である春日井かすがいさんにいたわりの言葉をかける。


「えーっと……多分、春日井かすがいさんなら二年生になってから、もっと良い人が見つかると思うよ」


 すると、春日井かすがいさんが若干笑顔になって八重歯を覗かせながら、こんなことを俺に言ってくる。


「えへへ、ありがと。やっぱハナっちの言う通り優しいね、タッちゃん。あーしのことは春日井かすがいさん、じゃなくってつむぎん、でいいよ」


「いや、それはさすがに色々と……じゃあ、つむぐさんで」


 俺が遠慮しながら可憐かれんのギャル友達にそんなことを言うと、つむぐさんは年頃の女子にありがちな恋心こいごころ悶々もんもんとしていた気持ちが晴れたかのような、スッキリした顔でこんなことを言ってくる。


「ま、次は好きになる相手、たかいイケメン生徒会長みたいな高望みせずに、同じクラスの趣味しゅみいそうなオタクくんとかねらうのもアリかなって考えてる。あーし、動画配信サイトの巡回とか好きなんで」


 俺は返す。


「ああ、俺もかげながら応援してるよ」


「タッちゃんも、また二年生で同じクラスになったらよろしくね」


 つむぐさんはそんなことを明るく言って、先ほど好きな男に振られたばかりだというのに暗いそぶりを見せず、俺たちに手を振って走り去っていった。


 その場に残され、俺と一緒にいた鈴弥すずみさんが口を開く。


「しかし、あの男も贅沢ぜいたくものですね、あんないいを振るなんて。あのギャルが巨乳だったら絶対振ってませんでしたよ」


「それはわからないけど、他に好きな女の子がいたのかもしれないよ? もしかしたら、わたしたちが知らないだけですでに彼女さんがいるのかも?」


 沙羅さらさんがそんな風に高梨たかなし先輩せんぱいを評価するも、俺はおおむ鈴弥すずみさんの意見に同意であった。


――もし、同じギャルでも相手が可憐かれんだったら絶対振ってなかったろーな。


――可憐かれんは、高梨たかなし先輩せんぱいが昔好きだった真希菜まきなさんの妹だし、巨乳だし。


 そんなことを思ってから、ふとした疑問が沸き上がる。


――そういやいま可憐かれんってきなおとこいんのかな?


――このまえだって、きでもないおとこにはあんなはだせびらかした写真しゃしんは――


 このまえスマートフォンにおくられてきた可憐かれんずかしげもない自撮り写真セルフィー脳裡のうりによぎり、不意ふいにそんなことおもってしまったが、せっかく奇跡的きせきてき再会さいかいできた可憐レンとの友情ゆうじょうこわれるのをおそれたヘタレな俺は、くびふるわせてそれ以上いじょうかんがえるのをやめた。


――いやいや、ねーよな。


――あいつとは男女の幼馴染同士っていうより、親友同士って感じだし。


――この前の、あらわになった胸の写真も、子供の頃からの親友へのサービスのつもりだったんだろな。


 そんなことを、沙羅さらさんと鈴弥すずみさんが年頃の女子高生らしく高梨たかなし先輩せんぱいの評価をわしているかたわらで、えて強く強く思っていた。

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