第90節 恋愛準決勝戦



 3月上旬もなかば過ぎという頃、大阪おおさかにいるあおいから RINE ライン が来た。


 なんか、当然のように二高ふたこうに合格したらしい。


 あおいは自分の受験じゅけん番号ばんごうが高校の合格発表ページに記載きさいされていることを確認した上で、次の土曜日にさいたま市にやってきて、高校こうこうへの正式せいしき入学にゅうがく手続てつづきや、住むことになる部屋に合うような家具かぐ調度品ちょうどひん調ととのえなどを行うというメッセージを送ってきた。


 で、今日はその土曜日、襟元えりもとあおいマフラーを巻いた私服しふく姿すがたの俺は、大宮おおみやえき新幹線しんかんせん改札口かいさつぐちからすぐ近くの、やってくる人波を見渡せる場所にて待機していた。


 午前11時過ぎになって、大阪おおさか吹田すいたに実家があるあおい新大阪しんおおさかえきから大宮おおみやえきまで新幹線を乗り継いで、到着したのを少し過ぎた時刻になっているはずである。


 人でごったがえす大宮おおみやえき新幹線しんかんせん改札前かいさつまえで俺は、向こうから流れてくる群衆の中に、頭にラピスラズリの青い宝石を着けていてキャリーケースを転がした、昔からよく見知った従妹いとこの姿を見つける。


――あおいだ。


 俺が笑顔で手を振って改札口向こうに合図を送ると、ショートカットでダブルテールの髪型でミニスカート姿のあおいも、いかにも美少女然とした様子でこちらにくりっとしたまるを向けて笑顔で手を振って返してきた。


 あおいが乗車券を改札口に挿入そうにゅうして、改札ゲートをくぐり、ゲート脇で待機していた俺に近寄ってきたので、俺は頭一つ分背丈が低いあおいあさ挨拶あいさつをかける。

 

「おはよ、あおい大阪おおさかからの長旅お疲れ様」


「うん、おはよ。けぃにぃちゃん、もうすぐ昼やけど」


 従兄妹いとこ同士どうし何気なにげない挨拶あいさつを交わしたところで、あおいに後ろからついてきた、10代半ばくらいの二人の少女が並んでいることに気付いた。


 その二人は、まるで鏡合わせで浮かび上がった虚像きょぞう同士どうしみたいに対称たいしょうであった。


――双子ふたご


 おそらく一卵性いちらんせい双生児そうせいじであろう。少しだけ茶色の入った姫カットロングストレートの髪型をしたその二人の少女は、整った顔も、前髪をぱっつんに切りそろえたサラサラの髪質も、細い体型も、何から何までかがみに映したように同じであった。


 パッとで見分けがつけられる違いは、その服装ふくそうとヘアアクセサリーのみであった。


 右にいる、黒を基調きちょうとした服を着た少女は、頭の向かって右側にあか組紐くみひも橙色だいだいいろがらのついたリボンを――


 左にいる、白を基調きちょうとした服を着た少女は、頭の向かって左側にあお組紐くみひも水色みずいろがらのついたリボンを着けていた。


 そして、あか組紐くみひもを髪に結んだ少女が、俺の前に近寄ってきて対面し、若干じゃっかん笑顔えがおになってなまりの強い口調で話しかけてくる。


「ええーっと、アンタが啓太郎けいたろうくんで間違いないんかな? あおい従兄いとこで一つ年上のお兄さんの」


 そんなふうに大阪弁おおさかべんで尋ねられた俺は、あおいの友達とおぼしき少女の質問に、素直に応える。


「ああ、そうだけど」


「せやったら、いきなりで悪いんやけどちょっとつむってくれへん?」 


 あか組紐くみひもを髪に結んだ少女の申し出に、すこ戸惑とまどったが俺は言われるがままに応える。


「ああ、こう?」


 俺はつむった。


 パシーン!!


 暗闇くらやみなかで、するどいたみがおとと共に俺のみぎほほひびく。


 おもいっきりビンタされたことに、一瞬いっしゅんおくれて気付きづいた。


――え? え?


 わずかに涙目になって俺は目を開き、眼前がんぜんの少女におびえ顔を向ける。


 その、あか組紐くみひも橙色だいだいいろがらのリボンを髪に結んだ少女は、何か爽快そうかいな顔つきになって口を開く。


「ふぅーっ! いやーっ、積年せきねんの思いがよーやっと、スッキリしたわ!」


 大阪おおさかべんの女の子の気が晴れたような声が駅に響く反面、俺の心の中では当惑とうわく感情かんじょう渦巻うずまいていた。


――え? 何? なんで俺、いきなり初対面の女の子にぶたれてんの?


――それとも、大阪おおさかの女の子って男に対する暴力がデフォなの?


 俺がそんなことを思っていると、もう一人の女の子、頭の向かって左にあお組紐くみひも水色みずいろがらのリボンを結んだ方のが俺に近寄ってきて、謝罪しゃざいの言葉を述べる。


あおいちゃんの従兄いとこのお兄さん、ごめんなさい。茜葉あかはお姉ちゃん、口より先に手が出ちゃう性質たちなんで……。妹のボクが代わりに謝っておきます」


 こっちのあお組紐くみひもかみむすんだ女の子は、大阪おおさかべんを話していきなりビンタしてきたあか組紐くみひもとはうってかわって、標準語ひょうじゅんごを話し、大人しくつつましやかな印象であった。


 ふくとヘアアクセサリー以外いがいでは一切いっさい見分みわけがつきそうにないが、どうやら性格せいかく正反対せいはんたいらしい。


 そして、その双子ふたごの姉であるらしいあか組紐くみひもを髪に着けた女の子が、いかにもあねさん気質きしつたたずまいで笑いつつ、俺にこんなことを言う。


ウチの妹の葵葉あおははこんなことっとるけど、ま、悪く思わんといてや。ウチらの幼馴染のあおいとの大事な約束忘れたアンタが悪いんやからな」


――約束?


 俺は、目の前の双子のかたわらでそっぽを向いている従妹いとこあおいに尋ねる。


「なあ、あおい。約束って……」


 頭に青い宝石の髪飾りをつけたあおいは、明後日あさっての方角を向いたまま、顔を赤らめ頬を膨らませ、こんなことを言う。


「知らんわ、けぃにぃちゃんのアホ」


――約束って。


――どう考えても、10年前に俺があおいとした約束だよな。


 俺は、一年に一度の年末年始の里帰りに必ず会っていたあおいとの、その大切だったはずの約束の内容をすっかり忘れてしまったため、出会う度に蹴ってくるあおいにいつも強く出れないのである。


 俺は小学生から中学生になるにかけて、何度かあおいにその約束の内容を尋ねたことがあるのだが、あおいは一切教えてくれなかった。むしろ尋ねるたびに蹴ってきた。


――でも、このあおいの幼馴染らしき双子姉妹なら、内容を教えてくれそう――


「ま、ゆーてウチらもその約束の内容は知らへんのやけどな」


 あか組紐くみひも橙色だいだいいろがらのリボンを髪に結った、茜葉あかはと呼ばれた女の子の言葉に、俺は心の中でずっこけた。





 正午も近いと言う事で、俺たちは昼食を取るため、大宮おおみやえき近くでそびえたつ高層ビルの低層階にあるレストランがいのステーキレストランに訪れていた。


 この二人は大阪おおさか吹田すいた市内しないに住む、あおいの子供の頃からの同学年の友達で、あか組紐くみひも橙色だいだいいろがらのリボンを着けたお姉さんの方を北畠きたばたけ茜葉あかはちゃん、あお組紐くみひも水色みずいろがらのリボンを着けた妹さんの方を北畠きたばたけ葵葉あおはちゃんといい、予想通り一卵性の双子姉妹であるらしい。


 吹田すいた新大阪しんおおさかえきの間の電車賃と、新大阪しんおおさかえきから大宮おおみやえきまでの新幹線しんかんせんの往復代金は、あおいを俺の元まで見送ってもらうということで、聖子せいこ叔母おばさんが出してくれたらしい。


 スペースが区切くぎられ、高級感こうきゅうかんあふれる半個室はんこしつのようになったテーブルせきで、天然てんねんっぽい感じの茜葉あかはちゃんがステーキレストランのメニューを見ながらこんなことを言う。


「うっわー、たっかいわー! ウチらのお小遣いじゃ足らんでこれ!」


 すると、しっかり者な感じの葵葉あおはちゃんが、隣に座っているお姉さんである茜葉あかはちゃんに尋ねる。


「どうする? お姉ちゃん? ごはんだけにする?」


 双子姉妹の向かい側にあおいと並んで座っている俺は、先ほどみぎほほを打たれたことを気にせず、余裕をもって返す。


「ああ、店決めたの俺だし、ここは俺がおごるよ。何でも好きなもの頼んでいいよ」


 すると、茜葉あかはちゃんが笑顔になってこんなことを言う。


「ホンマ!? 啓太郎けいたろうくん案外ええやつやな! いきなりぶったりして堪忍かんにんな!」


「いや、別にいいよ」


 俺がそんな感じで鷹揚おうような年上の高校生っぽく対応をしてると、目の前の双子姉妹がメニューを開きながら、もうすぐ卒業を迎える中学生の女の子同士らしく無邪気むじゃき会話かいわわす。


「えーっと、せやなー。ウチはエビフライステーキセットにしよかな」


「じゃあ、ボクはミントソースステーキセットにするね。美味しそう」


 隣同士に座っている俺とあおいも適当にメニューから料理を決め、お店のスタッフを呼び出して注文を取ってもらう。


 スタッフさんが厨房ちゅうぼうに向かってから、茜葉あかはちゃんがこんなことを言ってきた。


「それにしても、こーんな数千円すうせんえんもするたっかいごはんおごってくれるなんてふとぱらやなー。もしかして啓太郎けいたろうくんのうちも、おやがお医者いしゃさんのあおいうちみたいにお金持かねもちなん?」


――ん?


 疑問ぎもんを感じた俺は、隣に座ってるあおいせあってひそひそ話をする。


「……なあ、あおい。この二人もしかして……知らないのか?」


「……うん、もちろん伝えてへんよ宝くじの事は」


 あおいが小声でそんな返事をしたので、俺は改めてテーブル席の向かい側に座っている双子姉妹を眺める。


――そっか。


――あおいと一緒に暮らす俺がどんな人間か、幼馴染として確かめに来たのか。


 そこまで考えた俺は、茜葉あかはちゃんの問いに答える。


「……あーっと……親が二人とも東京とうきょうのそれなりの会社勤めの、共働き家庭で生まれ育ったんで、子供の頃からそれほどお金に苦労したことはないかな」


――嘘はついていない。


 俺の説明に茜葉あかはちゃんは納得してくれたようだった。


 そして、葵葉あおはちゃんがおしとやかにこんなことを訪ねてくる。


あおいちゃんが住むことになる、啓太郎けいたろうさんのおうちってどのあたりにあるんですか? ここから歩いて行けますか?」


「ああーっとねぇ……今住んでる家は、まあ、歩いて行けるね。ここからわりと近いところかな」


 そう返した俺は、心の中でこんなことを密かに思う。


――っつーか、このビルの最上階なんだけどな。


 今俺たちが訪れているステーキレストランがあるのは、俺たち家族が最上階に住んでいるタワーマンションビルの低層階ていそうかい商業しょうぎょうエリアである。


――このら、俺が三百億円以上持ってるって知ったらどんな顔すんだろな。


 そんな考えが頭をよぎったが、言うのはひかえることにした。






 あおいの友達の北畠きたばたけ姉妹しまいとの昼食会ちゅうしょくかいが終わり次第、北畠きたばたけ姉妹しまい大阪おおさか新幹線しんかんせんで帰っていった。


 特に茜葉あかはちゃんには新幹線しんかんせんの改札口で「次、あおいを裏切ったら今度はグーでいくから覚悟かくごしぃや」とわかぎわくぎされた。


――あー、こわいこわい。


――っつーか、あおい女王様じょうおうさま気質きしつになって俺をるようになったの、絶対茜葉あかはちゃんの影響だ。


 そんなこんなでタワーマンション最上階の我が家に帰ってきたところ、リビングでしゃがんだあおいがキャリーバッグから小さめの箱が包まれている紙袋を取り出し、こんなことを言ってきた。 


「あとこれ、なんかお母さんがけぃにぃちゃんと明日の朝に一緒に食べなさいって言ってきたお土産みやげや」


「お土産みやげ? 聖子せいこ叔母おばさんが? 中身なんだ?」


 俺が立ったままそんな返しをすると、キャリーバッグ近くにしゃがんでいるあおいがこう言う。


「ウチはてないけど、紅白こうはく大福餅だいふくもちらしいわ。ほら、ウチこないだこのうち二晩ふたばんまったやん。で、今日きょうまると三晩さんばんまることになるからけぃにぃちゃんとウチとで明日あしたあさ一緒いっしょべるようにわれとるんよ」


「三晩泊まった朝? 大福餅だいふくもち食べるのにそんなの関係あるのか?」


「そこはなんか、たちばな古来こらいから続く風習ふうしゅうらしいわ。お母さんは、男と女が一緒に暮らすことになったら食べる『ミカヨのもち』とかなんとかっとったけど」


――たちばな風習ふうしゅうか。


――風習ふうしゅうなら、一応守っとくかな。俺、たちばなの長男だし。


「まあ、たちばな風習ふうしゅうなら従っとくけど。なんか、人生に関わるような重い意味とか入ってないよな?」


 俺がそう尋ねると、座っているあおいが俺を見上げて憮然ぶぜんとした表情で応える。


「それは知らへんけど、まあ大丈夫なん違うん? 一緒に大福餅だいふくもち食べるくらいで」


――ま、それもそうか。


――従姉妹いとこと一緒にあさもちを食べるくらいで、人生が変わる訳ねーよな。


――つーか、もちくらいなら子供の頃からいつも正月にあおいと一緒に食べてたしな。


「それもそうだな。じゃあ聖子せいこ叔母おばさんの言う通り、明日の朝一緒に食べることにするよ」


 俺がそんな了承の言葉を返すと、あおいは立ち上がりウキウキ顔になる。


「そんなんよりも、来週に中学卒業したら、ウチもこのけぃにぃちゃんらの住んでる豪邸ごうていに住めるんやろ!? ウチ、二階の一番広い部屋に住みたいわ!!」


「二階っつーか、上階な。じゃあ、今日は東京とうきょう青山あおやまに行って一緒に家具とか見に行くか?」


 そんな感じで午後には従兄妹いとこ同士どうしで、以前いぜん家具かぐ購入こうにゅうした東京とうきょう青山あおやまに行き、そこで俺はあおいと一緒に新しい住まいに必要なものを調ととのえるためのショッピングをした。もちろん予算は全て俺もちだ。


 東京とうきょう青山あおやまであらかた家具かぐ調度品ちょうどひんなどをえらび、高額こうがくなものは島津しまづさんの同意どういうえ後日ごじつ正式せいしき購入こうにゅう契約けいやくわすことにした。


 なお、あおいが中学を卒業して引っ越しが済んだら、また一緒に東京とうきょうに来て、衣装いしょうやアクセサリーなどの小物を揃えるのに付き合うと約束することになった。





 そしてあおいが泊まった翌日の朝、約束やくそくどおあおい一緒いっしょに、ちいさな紅白こうはく大福餅だいふくもちを3つずつべた。


 小さな大福餅だいふくもちだったので、俺は全て一口で食べれたが、あおい千切ちぎりながら食べていたようであった。


 リビングにあるソファーにすわって、俺が用意よういした緑茶りょくちゃみながら、あおいならんで『ミカヨのもち』とかいう紅白こうはくのおもちをそれぞれわったところ、となりすわっているあおいれくさそうにこんなことを言われた。


「ま、なんちゅーか……たびったりとかして可愛かわいげのない不束者ふつつかものやけど、これからもよろしゅうおねがいな。けぃにぃちゃん」


 あらたまった様子ようすで、ほほあからめながら笑顔えがおでそんなことを言うあおいに、俺は柔和にゅうわに返す。


「ああ、こちらこそ。これからも末永すえながくよろしくな、あおい


――ま。


――もちを朝一緒に食べたくらいのことに深い意味はないよな、多分。


 俺は、子供の頃から気心の知れた従妹いとこあおいと一緒に大福餅だいふくもちを食べた後、緑茶の入っていた湯呑ゆのみを前にしながら、そんなことを呑気のんきに考えていた。




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