第89節 スキャンダル



 美登里みどりの友達が初めて家にやってきたその日の夕食は、かなでさんが海鮮かいせん手巻てま寿司ずしを簡単に作れるような食材一式と、浅蜊あさりのお味噌汁みそしるを用意してくれた。


 大学生の深月みつきさんが年上のお姉さんらしく、手巻てま寿司ずし円彦かずひこくんと美登里みどりの中学生二人に巻いてあげて、それに二人がかぶりつくといった感じの光景が、ダイニングテーブルにて繰り広げられている。


 俺は高校生なので、自分で寿司桶すしおけから海苔のりの上によそったご飯に海鮮かいせんの具を置き、そのまま海苔のりで巻いて自分で食べていた。


 ちなみに明日香あすかねえちゃんは、新しくできたという酒吞さけのみ友達と一緒に、東京とうきょうのお酒と料理が美味おいしいお店を教えてもらってあるいてくるというので、今晩は帰るのがかなり遅くなるらしい。その酒吞さけのみ友達に関しては、わりと年上の女の人だということしか教えてくれなかった。


 上座かみざに座り、おわんに入れてくれた味噌汁みそしるを飲み、俺はテーブルの近くで忠犬ちゅうけんのようにお澄まし顔で命令を待機しているりょうみおがみのメイド服姿のかなでさんに、いつものように感謝かんしゃ言葉ことばつたえる。


「うん、今日のお味噌汁みそしる美味おいしいよ」


「今日もおめの言葉、ありがとうございます。啓太郎けいたろうさん……」


 両手を下で重ねたままかしこまった様子でお礼を述べ会釈えしゃくをしたかなでさんを見て、寿司を巻いていた深月みつきさんが俺に、こんなことを訪ねてくる。


太郎たろうくん、いつもそんな風にご飯を作ってくれた人に、美味おいしい美味おいしいってお礼を言ってるの?」


 俺は返す。


「え? あぁ、はい。いつも父さんがご飯を作ってくれた母さんに美味おいしいってお礼を言ってましたから……俺もなんとなくっていうか、習慣ですね」


「ふーん……そうなんだ。天然モノか」


――天然モノ?


 深月みつきさんの思いもよらない表現に俺が呆気あっけに取られていると、深月みつきさんは寿司を巻き終え、自分の分のお皿にのせて椅子に座る。


 そして、こんなことをつぶやく。


太郎たろうくんと将来結婚する相手は、おそらく三国一の幸せ者ね。どこでどんな徳を積んだのかしらね」


 すると、メイドとしてテーブルの傍らで命令を待機していたかなでさんが微笑ほほえがおで反応する。


「そうですね、わたしもそう思います……。啓太郎けいたろうさんに選ばれるのはどのような方なんでしょうか……わたしにはまだわかりませんが、きっと、神様に愛された素敵な方なんだと思います……」


――いや、かなでさんが笑顔でそう他人事たにんごとみたいに返すの俺にとっては辛いことだから。


 俺が心の中で声にならないなげきを抱いてると、手巻き寿司を食べていた美登里みどりがこんなことを深月みつきさんに尋ねる。


「……そういや、お父さんはお母さんに美味おいしい料理を作ってもらったのが決め手になって、お母さんと結婚したくなったって聞いたことある。深月みつきさん、やっぱり女の子にとって料理って大事なの? わたしお兄ちゃんにチョコ作ってあげたことくらいしか料理したことないんだけど」


 すると、深月みつきさんが軽快けいかい口調くちょうでこんなことを言う。


「そりゃそうよ? おんな料理りょうり美味おいしくつくれるってだけで、将来しょうらいつかまえられるおとこのランクが2つか3つくらいがるのよ? なんだったら、明日あしたのおひるごはんでイタリア料理りょうり一緒いっしょつくる?」


「……イタリア料理? なんか難しそう」


「あはは、ごめんごめん。難しくないわよ、ただのパスタ。乾燥かんそうパスタを大量のお湯で時間をはかってでて、ザルでお湯を切ってお皿に盛りつけてソースをあえるだけ。簡単よ?」


「……おお、それならできそう。やってみる」


 深月みつきさんと美登里みどりのやり取りに、俺が不安になって口を開く。


美登里みどりが料理? ちょっと想像つかないんだけど大丈夫か?」


 すると、深月みつきさんが不敵ふてきな笑顔を浮かべて返してくる。


「おにいさんが、最初っからいもうとちゃんの可能性かのうせい否定ひていしちゃうのはいただけないなー。勉強べんきょうでも運動うんどうでも芸術げいじゅつでもなんでもそうなんだけど、最初は誰でもできるごくごく簡単なものから始めて、だんだんハードルを上げていくってのは練習の基本中の基本よ? まー、ここはいもうと美登里みどりちゃんをおにいさんとして信じてあげなさいって」


 そして、円彦かずひこくんが柔らかい口調で、隣に座っている美登里みどりに伝える。


「ぼくも手伝てつだうね、美登里みどりちゃん。料理りょうり上手じょうずなおねえちゃんからやりかたおそわってて、一応いちおう、ぼくもある程度ていど料理りょうりできるし」


「……うん、円彦かずひこにもお願いする。……というより、深月みつきさん料理上手なの?」


「おねえちゃんは料理の腕前うでまえ凄いよ。子供の頃からお母さんにきたえられてて、ほとんどプロ級だと思う」


 円彦かずひこくんのそんな話に、深月みつきさんがドヤ顔になる。


「ふふふっ、まーね。おかあさんはまえ美貌びぼうおぼれず、十代ティーンころからエリートのおとこひとつかまえるために戦略せんりゃくてて色々いろいろやってたらしいし。まー、おや背中せなか子供こどもそだつってもんよ。アタシたいしたことないんで、しっかりとわかいうちに現実げんじつ見据みすえて能動的のうどうてきうごいていかなきゃね」


 そんなことを言う深月みつきさんに、俺は心の中でこんなことを思う。


――深月みつきさんは、自分自身の容姿ようし眼瞼まぶたれぼったくて、おでこが広くて、大したことないって言ってたけど。


――もとモデルのおかあさんがいるってだけあって、それなりに綺麗きれいなんだよな。身体からだっちゃいけど。


――他人ひとから見た客観的な自分自身の容貌ようぼうのレベルって。


――案外、正しく評価できねーもんなのかもしれねーな。


 そんなことを、なんとなく考えていた。




 

 夕食が終わって、かなでさんがお風呂の用意をしてくれ、美登里みどりがこんなことを深月みつきさんに提案した。


「……良かったら深月みつきさん、わたしと一緒にお風呂入らない? 夜景が見える広いお風呂で、オタク女子同士のコアなガールズトーク楽しみたい」


「おっ、いいわねー。あれ? でも、美登里みどりちゃんと一緒にお風呂に入るんだったらいつもみたいにひーちゃん一緒に入れないね。ひーちゃん男の子で、美登里みどりちゃん他の家の女の子だし」


 深月みつきさんがそこまで言ったところで、すぐ近くにいる俺に向き直り、こんなことを提案してくる。


「じゃー、太郎たろうくんひーちゃんと一緒にお風呂に入ってあげてよ。男の子同士なら特に問題ないでしょ」


「へ? 別に構いませんけど」


 俺がそう応えると、円彦かずひこくんがなんだか顔を赤らめて身をくねらせ、もじもじとし始めた。


「お、お兄さんといきなり裸のお付き合いですか……ちょっと早い気もしますけど……お手柔てやわらかにお願いしますね……」


――いや、そういう顔を赤らめる場面じゃないぞ、円彦かずひこ


――単に、男子高校生が男子中学生を自宅の風呂に入れてやるだけだ。


 俺が当惑していると、深月みつきさんがからかい気味にこんなことを言ってくる。


太郎たろうくん、太郎たろうくん。いくらひーちゃんが可愛かわいいからってはだかにムラムラっときて悪戯いたずらとかしたりしちゃ駄目だめよ?」


「いや、するわけないですよ……BLボーイズラブ きな腐女子ふじょし価値観かちかんかんがえないでください。俺、普通ふつう恋愛れんあい対象たいしょうになるの女性じょせいですし」


 俺がそう返すと、美登里みどりが反応する。


「……っていうか、本当に円彦かずひこが男の子かどうか、下半身についてるかどうかの確認よろしくお兄ちゃん。もしかしたら性自認が男の子ってだけの女の子っていう可能性もなきにしもあらず。平成時代のアニメみたいに」


「ついてるかどうかって……一緒に風呂まで入っておいてついてなかったら大惨事だろそれ」


 俺が呆れ顔でそう返すと、円彦かずひこくんが恥ずかしそうに頬を染めながら、控えめな声で照れ笑いをしながら告げてくる。


「あの……ええと、ちゃんとついてます。お兄さん、心配しないでください」


 そんなことを言われてから、風呂が長くなるであろう女子二人より先に、ちょっぴり不安と期待を抱いて円彦かずひこくんと一緒にお風呂に入ったのだが、瞳の大きな美少女にしか見えない円彦かずひこくんの下半身にはちゃんと少年としてしかるべきものがついていたので安心した。


 結局その日の夜は、リビングでリバーシやトランプなどのゲームなどをした後は円彦かずひこくんと深月みつきさんが一緒に両親の部屋のダブルベッドで寝ることになって、俺は自分の部屋でパジャマに着替えてベッドでそのまま床に就いた。






 で、翌朝に俺は、自分のベッドの上で体を震わせながら目を覚ました。


――寒い。


――あれ? 掛け布団が体にかかってない。寒いわけだ。


 俺がウォーターマットの上で自分の身を触ったところ、昨日の夜、確かに体に掛けたはずの、羽毛うもう布団ぶとんが掛かっていなかった。


 パジャマを着たぼけまなこの俺が、天井からすぐ脇に視線を移すと、誰かが布団ぶとんにまるごとくるまっている様子だった。頭からすっぽりと布団ふとんおおわれているのでその姿形は見えないが、その体の大きさから美登里みどり深月みつきさん、円彦かずひこの誰でもないことはすぐにわかる。


――姉ちゃんか。


――酔っぱらって夜遅くに家に帰ってきて、寝ぼけて俺のベッドにもぐりこんだんだな。


 俺はウォーターマットの上で上体を起こし、すぐ隣で人の形を浮き上がらせて寝ころんでいる、布団をかぶっている姉ちゃんと思しき物体を揺する。


「ちょっと、姉ちゃん。ここ俺のベッドだぞ、自分の部屋で寝てくれよ」


 しかし、その女性だと思われるふにふにした柔らかい物体は俺がすっても、呼びかけても何も反応しない。姉ちゃんは酔っぱらってしまうとソファーとかで眠ってしまい、そのままなかなか起きないというくせがあるので仕方がない。


 らちがあかないと感じた俺は、シーツのかけられたウォーターマットの上に座ったまま、掛け布団を両手で掴み、勢いよくその掛け布団を引きはがした。


「ちょっと、姉ちゃん。いいかげんに起きろよ――!」


 バサァッ


 布団をひっぺがしたそこには、白磁はくじのように白い素肌すはだ湖白こはくさんが、長い銀髪を後ろで結ったまま横向きになってすぅすぅ寝ていた。


 しかもぱだかで。


「ってうぉぃぃぃぃい!」


 不意なイベントに俺がそう叫ぶと、横向きになっていたぱだか湖白こはくさんは、口元からつややかな声を出しつつ身返りをうち、ゴロリと仰向けになった。


「う……ぅうん」


 どたぷんっ!


――でっっっけえ!!


 かなでさんに J カップあるとおしえられていた爆乳ばくにゅうとしか表現ひょうげんできない、ピンクいろおおきなまる乳輪にゅうりんなか母親ははおやらしくぷっくりと乳首ちくびのついた、ふたつのまるまるとした巨大きょだいなおっぱいが、なにけていないはだか状態じょうたいなまめかしくやわらかそうにぶるんと大胆だいたんれた。


 経産婦けいさんぷとはおもえないほどのくびれたお腹周なかまわりのすぐしたにある、湖白こはくさんの下半身かはんしんほうると、湖白こはくさんはただしくは全裸ぜんらではなく、布地ぬのじ面積めんせきすくないしろいパンティーだけは穿いているようだったが、ほぼ全裸ぜんらであることにはちがいようがなかった。


「ちょっと湖白こはくさん!? なんで俺のベッドではだかてるんですか!?」


 俺がそうさけごえしていかけると、湖白こはくさんはまし、視線しせんさだまらないぼやけた表情ひょうじょうをこすりながらのっそりと上体じょうたいこす。


「……ふぇ? あれ? ここどこ? あなたはだれ?」


 どうやら湖白こはくさんは、意識いしき朦朧もうろうとしているようであった。


啓太郎けいたろうです! ここは俺の部屋ですよ! なんで湖白こはくさんがここにいるんですか!?」


 すると、俺の説明にだんだん頭がはっきりしてきたのか、湖白こはくさんがその日本人とはあからさまに骨格こっかくちがう大きな尻をシーツに付けたまま、両膝りょうひざを女性らしく内股に折り曲げ気味にマットの上で立てる。


 そして、パンティー1枚のまま女性らしくぺたりと座った格好になって、そのむねにあるふたつの巨大きょだい魅力的みりょくてき女性じょせいふくらみを気兼きがねなくさらしたまま、両手を合わせてのどやかにこんなことを言ってくる。


「あー、そうでしたそうでした。昨日の晩は明日香あすかさんにお酒とお食事をおごっていただいて、一緒に東京とうきょうのお店を呑み歩いていたんでした」


「いや、それでなんでここにてるんですか!?」


 俺がそう尋ねると湖白こはくさんは両手を離し、そのはち切れそうに大きな乳房ちぶさ一切いっさい隠す様子も見せず、そのなまめかしくいろっぽい上半身じょうはんしんふくらみをこちらにすように向ける。


「えーっと、それはですねー。わたくしは酔っぱらった明日香あすかさんを終電でおうちまで送り届けて、帰りの電車がないので、わたくしもこちらに泊まらせてもらうことになったんですよ」


 20だい後半こうはんにしかえないスタイル抜群ばつぐんな37さい銀髪ぎんぱつ美女びじょである湖白こはくさんは、布地ぬのじ面積めんせきすくないちいさなパンティーを穿いただけで、そのうしのようにおおきな乳房ちぶさやくびれたお腹周なかまわり、そしてスラリとびたなが四肢しし白肌しろはださらしたほぼぱだか状態じょうたいをすぐ近くにいる俺にけにせていた。


 しかし、裸体らたいられていることなどまったくにもしないようなたおやかな態度たいどで、おなじくベッドのうえにいるおとこの俺に様子ようすもなく、スラヴ人種じんしゅっぽい目鼻めはなちのくっきりしたかおと、立体的りったいてきせまりくる大迫力だいはくりょくのまんまるな爆乳ばくにゅうをこちらにけて、笑顔えがおかたりかけてくる。


 性欲せいよくによって思考しこう支配しはいされかねない思春期ししゅんき男子だんし高校生こうこうせいにとっては、あまりにも刺激的しげきてき魅惑的みわくてき大人おとな女性じょせいはだかになんとか欲望よくぼうおさえ、理性りせいをもって湖白こはくさんに懇願こんがんする。


「いや、それより服! はだかのままじゃなくて服着てください服! こんなところ誰かに見られたらどんな誤解ごかい受けるか……!」


 ピピッ カシャッ


 俺の部屋へやに、スマホのシャッターおんひびいた。


 俺がシャッターおんのした入り口の方に視線を移すと、そこにはスマートフォンを構えてこちらにレンズを向けていた深月みつきさんが、これ以上ないほどのネタをつかんだ芸能記者のような顔で、角の生えた悪魔あくまのようににんまりと笑っていた。


 深月みつきさんのすぐとなりには、綺麗きれい大人おとな女性じょせいである湖白こはくさんのあらわになったおおきなむねれているのだろうか、かお両手りょうておおってゆび隙間すきまからひとみのぞかせている円彦かずひこくんもいる。


 そして、深月みつきさんがきびすかえしてけだしそうになって大声を出す。


美登里みどりちゃん、スキャンダル、スキャンダルー!」


円彦かずひこめろー!!」


 俺が咄嗟とっさにそう叫ぶと、深月みつきさんより若干背の高い円彦かずひこくんが、がっちりと深月みつきさんをその体全体でホールドする。


 深月みつきさんが叫ぶ。


「ちょっと、ひーちゃん、めないで! こんな大スクープ、美登里みどりちゃんとも共有しなきゃ!」


「ごめんお姉ちゃん! でもぼくだって、大好きな男の人の命令には逆らえないんだよ! わかって!」


――円彦かずひこ! お前もさらっととんでもないこと言ってんじゃない!


「あらあら、うふふ。にぎやかなことですわね」


 口元に手を当ててそんなことをのんびりと言いながら、しろ柔肌やわはださらしたダイナマイトボディな人妻ひとづま湖白こはくさんが、ほぼ全裸ぜんらで俺とからだ近接きんせつさせたまま、ベッドの上で大人おとな女性じょせいらしく余裕よゆうみを見せる。


――いや、誰のせいでこんなことになってると思ってるんですか。


 部屋のベッド下をよく見てみると、出入り口からベッドに向かって、ベージュ色の上着、白い靴下、黒いズボン、濃い紫色のシャツ、薄紅色のキャミソール、大きなブラジャーと、せみがらを脱ぐように湖白こはくさんがだんだんと服を脱ぎ捨てて裸になっていった形跡けいせきが、点線になって散らかされていた。


――とにかく、かなでさんにられたらのがれができないくらいに誤解ごかいされる……!


 俺がそこまで思ったところで、いつものようにメイド服姿のかなでさんが、部屋の出入り口からひょいと顔を覗かせた。


「ずいぶんと賑やかですけどなにがあったんですか……? あれ、お母さん……?」


 かなでさんが、ベッドの上で近接しているパジャマ姿の俺とあられもない姿の湖白こはくさん、いくらつくろっても男女の事後じごとしか言い表しようのない状況を見て、目をぱちくりさせる。


――終わった。


 この時俺は、確かにそう思った。


 俺の心の中を、暗黒の絶望が占めていた。





 それからしばらくの時間じかんって、パジャマから部屋着に着替えていた俺は、リビングのソファーに座りながら、メイド服姿のかなでさんに頭を下げられていた。


啓太郎けいたろうさん、わたしのははがご迷惑をかけてしまい、重ね重ね本当に申し訳ありません……」


「ああ、別にいいよ。くせなんて誰にでもあるもんだし」


 コーヒーメーカーから注いだコーヒーの入ったマグカップを手に持ち、俺はなるべくかなでさんの雇い主として余裕たっぷりな振りをしていた。


 どうやら湖白こはくさんには、深夜に泥酔でいすいすると服を脱いではだかになって、旦那だんなさんである楽保よしやすさんの布団に潜り込む、というくせがあるらしい。


 同じくソファーに座りながら、隣に座っている円彦かずひこくんと一緒に朝のオレンジジュースを用意された美登里みどりが、湖白こはくさんのくせを理解した上でこんなことを言う。


「……まあ、それだったら無理もないよね。今この家には、男の人はお兄ちゃん一人しかいないし」


 すると、円彦かずひこくんが気まずそうな顔になって返す。


「あの……美登里みどりちゃん。ぼくも一応いちおうおとこなんだけど」


「……円彦かずひこおとこかずに入ってなかったってことでしょ」


美登里みどりちゃん、ひどいよ! 否定ひていできないけど!」


 そんな円彦かずひこくんと美登里みどりのやり取りをかたわらで聞きながら、俺はコーヒーカップに入れられたコーヒーを飲む。


 ちなみに、明日香あすかねえちゃんは昨日の晩にお風呂に入らなかったということで、今は寝起きのシャワーを浴びている。


 リビングにあるフローリングの床には、タイトな服を着た湖白こはくさんとゆったりした部屋着を着た深月みつきさんが向き合って座って、黒と白に塗られた石をひっくり返しあうゲームのリバーシで遊んでいる。姉ちゃんがシャワーから出たら湖白こはくさんもシャワーを浴びるので、それまでの暇つぶしらしい。


 今、深月みつきさんと湖白こはくさんの勝負が終わったようだった。見た感じでは黒色の石側の深月みつきさんの圧勝っぽいが、湖白こはくさんは自分の色である白色の石で埋められている升目ますめの数を、おっとりと指を折って数えていた。


「えぇっと……負けたようですけど何目なんもくでしょうか。いち、にぃ、さん、しぃ……」


 その升目ますめ勘定かんじょうをする姿は、ずっと以前に俺が楽保よしやすさんの運転するタクシーで東京とうきょうから埼玉さいたまもどったさいに見た、楽保よしやすさんが小銭を数えている様子になんだか似ているような気がした。


 利発な大学生である深月みつきさんが、まごついている湖白こはくさんに、落ち着き払って話しかける。


「黒が47マス、白が17マスでアタシの勝ちね」


「あらあら、そうでしたか。数えるの速いのね、感心しちゃう」


 俺がソファーのある東の方角から、そんな二人の様子を見ていると、姉ちゃんが頭の上にバスタオルを乗せたままリビングに戻ってきた。


 姉ちゃんはいつものように、短めのタンクトップにショートパンツというラフな出で立ちで、湖白こはくさんに声をかける。


「シャワー出たよー。湖白こはくさんー、お次どうぞー」


「うふふ、じゃあシャワー、浴びさせていただきますわね」


 そんなことを言って湖白こはくさんが立ち上がり、俺の近くに寄ってきて、結婚けっこん指輪ゆびわ薬指くすりゆびめた左手を頬に当てながら、のほほんとなごやかにこんなことを言う。


自堕落じだらくにもおさけっぱらって、はしたない格好かっこうをおせしちゃって、ごめんなさいね。啓太郎けいたろうさん」


「あ、いえいえ、気にしないでください。こっちは気にしてないんで」


「それにしても、ショーツ1枚だけは脱がないでいてよかったです。もし、いつものように最後の下着まで脱いでいて、一糸いっしまとわぬ姿すがたでしたら、今回の件で楽保よしやすさんに浮気を疑われてしまうところでした」


「浮気になるかどうかとかの、そういう大きな問題を引き起こしかねない行動は、本当に勘弁してくださいね」


 俺はいずれ湖白こはくさんの雇い主になる人間として、高校生にしては精一杯の余裕のある振りをしながら、これからハウスキーパーとして働いてくれる湖白こはくさんの陳謝ちんしゃに、懸命けんめいこたえていた。


――かなでさんに見つかった時、きもつぶしたからな。


――美人びじん人妻ひとづまのグラマラスな裸体らたいを直接、間近で見られたのはラッキーだったけど。


――とりあえず、しばらくは目の裏に焼き付けておくって感じになるだろな。


――ま、いいもの見れた、ってことにしておくか。


 俺はコーヒーの入ったマグカップを持ちながら、性欲によって情動じょうどうが先走るどこにでもいる思春期男子っぽく、先ほど見た眼福がんぷく光景こうけいひそかにこころなかかえかえ反芻はんすうしていた。


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