第88節 キング・オブ・キングス



 あおいは2月末日に行われた二高ふたこう入学にゅうがく試験しけんを無事にこなして、翌日の朝に新幹線しんかんせん大阪おおさかに帰っていった。


 合否ごうひ結果けっかがわかるのは、おおよそ一週間後だ。


 そしてその更に翌日、3月になって初めての土曜日の夕方になって、東京とうきょうで知り合った美登里みどりの年上のオタク友達である女子大学生の深月みつきさんと、年下の男子中学生の円彦かずひこくんの姉弟きょうだいが、タワーマンションビル最上階にある我が家に泊まりがけで遊びにやってきた。


 リビングにあるひらたいひくつくえ三方さんぽうからかこむレザーブラックのソファーのひとつにて、腕を大きく広げあしを投げ出した感じになっている、分けられた前髪からおでこをさらし、ロングの黒髪で頭頂部からアホ毛の飛び出した小柄な成人女性の深月みつきさんが、ゴスロリふく姿すがたではなく大きなシャツとレギンスといったゆったりとした部屋着を着たまま高い天井を見上げ、心の底から出てくるような声を放つ。


「あー、アタシもう就活しゅうかつやめてこの太郎たろうくんのいえ子供こどもとしてきたーい! はたらきたくなーい!」


 隣のソファーに座っている俺は、そんな一流大学の現役女子大生らしからぬ深月みつきさんのなげごえに突っ込みを入れる。


「いや、深月みつきさん上智じょうちソフィア大学の大学生ですよね? もうちょっと利発りはつ年上としうえのおねえさんらしく美登里みどりのお手本になるような言動をみせてくださいよ」


 ちなみに美登里みどりは俺から見て向かい側にあるソファーにて、一つ年下の黒髪ボブカット少年で、深月みつきさんと似たような格好をした円彦かずひこくんと一緒に、それぞれが手に持った携帯ゲーム機で対戦ゲームだか連携ゲームだかをして遊んでいる。


 ゲーム中にもかかわらず無音なのは、美登里みどり円彦かずひこくんも携帯ゲーム機にリンクした無線イヤフォンを耳に付けているからだとのことだ。


 パッとでは十代前半くらいの低身長ていしんちょう少女しょうじょにしか見えない、俺より五歳年上の小柄こがら成人せいじん女性じょせいである深月みつきさんは、俺に視線を移して冷めた目をしながら、いかにも高級こうきゅう官僚かんりょう子女しじょらしく早口はやくちしゃべる。


「なーに世間知らずなこと言ってんのよ、太郎たろうくん。仕事が楽しくて楽しくてたまらないっていう一部の変わり者を除けば、ほとんどの人間にとって労働ってのは天から与えられた苦役くえきであり、ただのばつに過ぎないのよ? 働かないで気ままに暮らしていけるってのならそれが一番よ」


「ずいぶんとニートっぽいこと言うんですね……エリート大学生なのに」


アタシ綺麗事きれいごときにした、ただの事実じじつってるだけよ。綺麗事きれいごと綺麗事きれいごと事実じじつ事実じじつ現実げんじつ人生じんせい指針ししんめるのに事実じじつわずに綺麗事きれいごとなんかにまどわされてちゃ、ほぼ間違まちがいなく人生じんせいそこなっちゃうわよ?」


 俺と深月みつきさんとでそんな発言を交わしていると、美登里みどり円彦かずひこくんとのゲームでひと段落着いたのだろうか、携帯ゲーム機をソファーに置き、耳から無線イヤフォンを外した。


 身体周りがとても細くて容貌ようぼうも美少女のようにしか見えない、サイドで髪を切り揃えてやはり頭からぴょこんとアホ毛が飛び出している、ひとみの大きな美少年の円彦かずひこくんもそれに続く。


 そして、美登里みどりがいつものように我侭わがままな妹らしく、無遠慮に言葉を放つ。


「……お兄ちゃん、冷蔵庫のオレンジジュースボトルとグラス持ってきて。人数分お願い」


「はいはい」


 俺はいつものように妹の要望に従い、ソファーから立ち上がってキッチンに向かう。


 ちなみにメイドのかなでさんは今、私服に着替えて近くのデパートに食材の買い出し中である。


 俺はキッチンから持ってきたグラスを人数分、すなわち4人分用意しお盆に載せ、ソファーに囲まれたテーブル机のそれぞれの前に並べようとする。


「……あ、グラスそこに置いといて。お兄ちゃん」


 美登里みどりがそんな感じで普段通りに淡白な返答をすると、深月みつきさんが若干厳しい口調になってこんなことを言う。


美登里みどりちゃん、こういうときはしっかりとお兄さんにお礼を言わなきゃ」


 すると、年上の大学生の気迫きはくにあてられたのか美登里みどりうつむき加減で俺に伝える。


「……えーと……ありがと、お兄ちゃん」


 照れながらも俺にお礼を言った妹の態度に、深月みつきさんは微笑ほほえんで、まるで家庭教師が教え子にさとすかのように、こんなことを柔和にゅうわに言う。


「それでいいのよ、美登里みどりちゃん。感謝かんしゃ謝罪しゃざいの言葉を適切に使って相手に気持ちを伝えていくってのは凄く大事なことなのよ。家族同士でもそうだし、他人同士ならなおさら。美登里みどりちゃんのこれからの人生のためにも、言葉の大切さはちゃんと覚えておいてね?」


「……うん、わかった。ありがと、深月みつきさん」


 父親ちちおや国土こくど交通省こうつうしょうつとめる高級こうきゅう官僚かんりょうであるという、深月みつきさんのいかにも聡明そうめい大学生だいがくせいらしい気遣きづかいの訓示くんじに、俺は表情ひょうじょうゆるむ。


――やっぱり、なんだかんだで深月みつきさんは年上のお姉さんなんだな。


――身体からだは、どこからどう見ても中学生くらいだけど。


 低身長でぺったんこの胸で、腰回りにもほとんど脂肪しぼうのついてないその小柄こがら細身ほそみせとした肢体したいは一見、年齢が美登里みどりと同じか少し下くらいに見えなくもないが、その顔つきと思慮しりょぶかさは間違いなく成人女性のものであった。


 円彦かずひこくんと深月みつきさんにもグラスを持ってきたお礼を言われた俺は、再びキッチンにおもむき、美登里みどりが通販で購入したという濃縮還元100%オレンジジュースの1ガロン入りボトルを冷蔵庫から取り出し、リビングに戻る。


 平たいテーブル机に、ガロンボトルオレンジジュースを置いた俺は、再びふかふかのソファーに座った。


 円彦かずひこくんが美登里みどりと自分のグラスにオレンジジュースを注いでいる際に、深月みつきさんがこんなことをぼやく。


「ま、そうはっても美登里みどりちゃん、300億円おくえんってるちょう大金持おおがねもちのやさしいおにいさんがいて、中学生ちゅうがくせいにしてもう人生じんせいちは約束やくそくされたようなもんだけどね。ああー、いいなー、美登里みどりちゃん。うちのひーちゃんとかどう?」


「……どう、って何が?」


「だから、ひーちゃんのこと彼氏にしたいとか思わない? 見た目は御覧ごらんの通りだし、何より性格せいかくおだやかだから中学校で女の子からモテまくってるらしいんだけど?」


 深月みつきさんと美登里みどりがそんなやり取りをしてると、ジュースを自分のグラスにわった円彦かずひこくんがボトルを手にしたまま、声変わりしていない少年の高い声で申し訳なさそうに返す。


「あの、お姉ちゃん、モテてるとかそういうのじゃないよ……。ただ、クラスの女子みんなが積極的に仲良くしてくれてるってだけ。それにぼく、男子のお友達は啓太郎けいたろうお兄さんしかいないし。あ、お兄さんボトルどうぞ」


――それをモテてるっていうんだと思うぞ、円彦かずひこ


 ソファーから立ち上がって円彦かずひこくんからオレンジジュースのガロンボトルを受け取った俺は、そんなことを思う。


 美登里みどりが、手を振って否定のジェスチャーをし、こんなことを言う。


「……あ、無理むり無理むり。第一印象がアレだったし体の線も仕草しぐさもまるっきり女の子なんで円彦かずひこのことは男子として見れない。というより、本当は女の子なんじゃないかってまだ思ってる」


「そっかー、まー初対面が女装姿ならしょーがないかな。じゃあ、美登里みどりちゃんはどういう男の人がタイプなの? あ、ありがと太郎たろうくん」


 俺が深月みつきさんのグラスにジュースを注いでお礼を言われたところで、美登里みどりは宙に視線をやりつぶやく。


「……そういうのは、まだイマイチわかんないかな。わたし、14さいになっても初恋はつこいまだだし。まあ、いてげるならおとうさんやおにいちゃんのような大事だいじにしてくれてたよりになるおとこひとかな」


 すると、深月みつきさんが納得した表情でこんなことを言う。


「おとうさんやおにいちゃんみたいな男の人かー。まあ、初恋はつこいがまだの女の子は大抵たいていそうよね。ファザコンとかブラコンとかじゃなくって、家族の中に理想の男性像を重ね合わせるの」


 深月みつきさんの話を聞いて、俺は心の中でに落ちる。


――そっか。


――かなでさんが好きなタイプを『お侍さんみたいな男の人』って言い表したのはそういう訳だったんだな。


 自分じぶんぶんのグラスにオレンジジュースをわった俺は、メイドのかなでさんのおとうさんである、戦国せんごく幕末ばくまつさむらいのようなたたずまいでしぶ精悍せいかんかおつきの、たかたくましい大人おとな男性だんせいである楽保よしやすさんの姿すがたこころおもかべる。


 楽保よしやすさんはタクシー自動車を大破させた責任を取って、勤めていたタクシー会社をつい先日辞めたのだが、多国籍マフィアに誘拐された俺を救出するために仕方がなかったということで、タクシー会社は懲戒ちょうかい解雇かいこではなく自己じこ都合つごう退職たいしょくという格好にしてくれたらしい。


――俺も、マニュアルの古いタクシー自動車を若干グレードアップした新車が買える金額で弁償した甲斐があったというものだ。


 楽保よしやすさんはこのタワーマンションビルへと歩いてこれる距離の場所に、近々賃貸マンションを借りて奥さんの湖白こはくさんと一緒に住み、4月から俺たち家族の専属運転手として働いてくれる予定だ。


 ちなみに楽保よしやすさんのおくさん、つまりかなでさんのおかあさんであるスタイル抜群ばつぐん銀髪ぎんぱつ美女びじょ湖白こはくさんは、高校生こうこうせいになるメイドのかなでさんの勉強べんきょう時間じかんあなめるためにハウスキーパーの仕事しごとをしてくれるということになっている。


 美登里みどりが、オレンジジュースの入ったグラスを手に取り、少し口に含み飲み込んだところで深月みつきさんに質問する。


「……それより、深月みつきさんはどうなの? 彼氏とかいたりするの?」


彼氏かれしかー、それがいたことないんだよねー。いや、モテないってわけじゃないのよ? むしろ大学だいがくじゃーモテモテでこまるくらい。でもほら、アタシがこんなんじゃない? っちゃいおんなきな性格せいかく微妙びみょうおとこしかってこないんだよねー。ま、将来しょうらいどうけるかわかんないから、なか友達ともだちのまま連絡先れんらくさきはストックしてあるけど」


 深月みつきさんは、21さいにしては十代じゅうだい前半ぜんはん低身長ていしんちょう少女しょうじょのような発育はついくとぼしいその身体からだおのれでぺたぺたさわり、あきらめたかのような表情ひょうじょうひらうえける。


「まー、この子供こどもみたいな貧相ひんそう身体からだじゃーしょうがないんだけどね。あらがいようのない自然しぜん摂理せつりってやつよ。でもまー、25さいになっても相手あいてつからないままだったら、おとうさんにオタク趣味しゅみ理解りかいしてくれる若手わかて官僚かんりょうおとこひと紹介しょうかいしてもらって、性格せいかくさええばサクッと結婚けっこんしちゃうつもり。エリートで優秀ゆうしゅう男性だんせい相手あいてだったら、ロリコンっぽくても多少たしょうつむることにするかな」


「……性格せいかくさええば、って……かおとか身長しんちょうとかの外見がいけんはどうでもいいの?」


 そう美登里みどりが尋ね、深月みつきさんとのやり取りが始まる。


「そりゃかおとか身長しんちょうとかの外見がいけん大事だいじよ? 毎日まいにちるものだし子供こどもにも遺伝いでんするし。でも、一生いっしょう一緒いっしょ家族かぞくとしてらす結婚けっこん相手あいてさがうえなにより優先ゆうせんすべきは、性格せいかくおだやかさと収入しゅうにゅう安定性あんていせいで、かおとか身長しんちょうとかの外見がいけんはあくまでつぎね」


「……外見が二の次なんだ? やっぱりそっちの方がいいの?」 


「たまーに一生いっしょうともにするはずの結婚けっこん相手あいて外見がいけんこのみだけでめるっていうおんなもいるけど、そんなのってっちゃえば、一生いっしょうモノのいえ数千すうせん万円まんえんのローンんでうのに、物件ぶっけん中身なかみないで外観がいかんだけでめるようなもんよ? ちょっとしんじらんないわ」


「……そのたとえわかりやすい。 PCピーシー とかの家電かでんでもおなじだね。いくらデザインがくっても、スペックや機能きのうがボロボロだったらっても結局けっきょく後悔こうかいするもの」


「ていうか、いから性格せいかくいだろうなとか、わるいから性格せいかくぎゃくいだろうなっていう、外見がいけんしだけで内面ないめんしをはかろうって発想はっそう自体じたい非常ひじょう短絡的たんらくてき思慮しりょあさ思考しこうパターンなのよ。外見がいけんだけじゃ内面ないめんなんてなかなかわからないのに、人間にんげんかんがえるのをらくしたいものなんで、外見がいけんから内面ないめん瞬時しゅんじ見分みわけられるっておもみたいだけなの。いえでも家電かでんでも人間にんげんでも、デザインだけで中身なかみがわかったら苦労くろうしないわよ」


「……じゃあ、内面ないめんるためにはどうすればいいの?」


外見がいけんはそれこそ一目ひとめでわかるけど、内面ないめんはしっかりと対等たいとう立場たちば人間にんげん同士どうしとして関係性かんけいせい構築こうちくして、おたがいに言葉ことばわして行動こうどうともにして理解りかいしていくことでしかわからないものなのよ。面倒めんどうくさいけど時間じかんをかけて、感情かんじょうじゃなくて理性りせいによって、口先くちさきだけじゃなくておこないをも判断はんだんしていくしかないわね」


 深月みつきさんのそんな教戒きょうかいに、美登里みどりはふむふむとうなずく。


 俺は、深月みつきさんに若干じゃっかん平坦へいたんな声でこう言う。


「ずいぶんとドライなもののかんがかたしてるんですね。年頃としごろ女子じょし大生だいせいって、もっと恋愛れんあいとか男女だんじょ関係かんけいとかにキラキラしたゆめてるものだとおもってましたけど」


 すると、深月みつきさんがしらけたを俺にけてかえす。


「ドライじゃなくって令和れいわなかきる女子じょし大生だいせいがサバイバルでくための現実主義リアリズムよ。現実げんじつおんな少女しょうじょ漫画まんが主人公しゅじんこうみたいに、こいこいしていいのは将来しょうらいかんがえなくてもいい高校こうこう時代じだいまでよ? 大学だいがく生活せいかつ牧歌的ぼっかてきだった平成へいせい時代じだいならいざしらず、もう令和れいわになったいまなかじゃ大学生だいがくせいになった時点じてん婚活こんかつ予備よびせん競争きょうそうはじまるんだから当然とうぜんよ」


「……そんな時代になってるんだ。今って」


 美登里みどりの言葉に、深月みつきさんが応える。


「そうね。大学だいがく卒業後そつぎょうご婚活こんかつ上手うまくいくかどうかは、大学だいがく時代じだい異性いせいとはもちろん、相手あいて紹介しょうかいしてくれる同性どうせいともどれだけ良好りょうこう人間にんげん関係かんけいきずけたかでおおむまるの。大学だいがく卒業そつぎょうしてから危機感ききかんもなくダラダラごしていると、段々だんだん着実ちゃくじつ自然しぜん出会であいがなくなっていって、そこそこの相手あいてつかまえるのさえむずかしくなっていっちゃうのよ?」


 その、あまりにも現実的げんじつてきはなし内容ないように俺は返す。


きびしいですね……その話の内容、俺の担任たんにんのもうすぐ30歳の女性じょせい教師きょうしが聞いたら泣くと思いますよ」


 すると、深月みつきさんが達観たっかんした様子でこう応える。


アタシたちの世代せだいは、うえ世代せだい失敗しっぱいからまなんでるのよ。おんなが30さいぎたら婚活こんかつ市場しじょう需要じゅようがなくなるってわけじゃないけど、それなりのおとこつかまえられる難易度なんいどがるのは需要じゅよう供給きょうきゅう原理げんりまるシビアな事実じじつ事実じじつである以上いじょうれてみとめていかなきゃいけないの。結婚けっこん相手あいて獲得かくとく競争きょうそうって少女しょうじょ漫画まんが恋愛れんあいドラマのような絵空事えそらごとじゃなくって、受験じゅけん就活しゅうかつおなじでたけって事実じじつわなきゃ到底とうてい上手うまくいかない、ただの現実げんじつでの人生じんせいかかった真剣しんけん勝負しょうぶなのよ?」


 美登里みどりが興味深そうな顔つきで反応する。


「……事実じじつ、また強調してるね。事実じじつってそんなに大事なの?」


「そりゃそうよ。いくら不快ふかいだとかんじても、道義的どうぎてき間違まちがっているとうったえても、おとことく魅力みりょくかんじるおんな年齢ねんれいは10だい後半こうはんから20だいまでっていう生物学せいぶつがくてき事実じじつえられないのよ? 社会的しゃかいてきめじゃ自然しぜん科学的かがくてき事実じじつもとづく法則ほうそく変更へんこうできないの。だったら事実じじつわきまえて、有利ゆうりなうちに戦略せんりゃくててうごくってのがかしこかたよ」


「……なるほど、わかおんなはバフでステータスが強化きょうかされているから、そのわかいうちが勝負しょうぶってことだね。バフがれないうちに攻略こうりゃくするのはゲームでも常道じょうどうだもんね」


「そうね。受験じゅけんでも就活しゅうかつでも婚活こんかつでもなんでもそうなんだけど、真剣しんけん勝負しょうぶなのに大切たいせつ時期じき現実げんじつわなかったら、勝利しょうりなんてつかめるわけがないのよ。漫画まんがとかの創作物そうさくぶつちがって現実げんじつでの勝負しょうぶじゃ、大切たいせつ局面きょくめん事実じじつ無視むしして心地ここちいい妄想もうそうおもみだけでぱしっちゃったら、そりゃーけてわるのがオチってもんよ」


「……きびしいんだね、現実げんじつって」


「そりゃーそーでしょ、現実げんじつはいつだってきびしいわよ。でも、そのことにはやくから気付きづけて戦略的せんりゃくてきうごけたおんなはずーっと競争きょうそう有利ゆうりになるから安心あんしんしといて。まー、美登里みどりちゃんはまだ14さいなんだし、ちょう大金持おおがねもちのいえなんだからさー、いぃっくらでもやりよーがあるわよ」


 深月みつきさんがそこまで美登里みどりとやり取りを交わし、美登里みどりが納得した様子でこう述べる。


「……こい戦争せんそう、ってことだね。ためになる」


 そんな、家庭教師と生徒のような女子トークを傍らで聞き、俺はソファーの上でオレンジジュースの入ったグラスを手にしつつ、こんなことを考えていた。


――事実は、事実として受け容れなきゃ勝負には負けるしかない、か。


――この前、可憐かれんに出されたクイズの答えと同じだな。


 ほんの一週間いっしゅうかんほど前に多国籍マフィアに誘拐ゆうかいされた時も、もし俺が自分に都合よく事実じじつげ、たまたま買っていた宝くじが当たるような強運の持ち主だからかみまもられているという妄想もうそうおもみで無計画むけいかくぱしっていたら、ほぼ確実に命を失っていただろう。


――おそらく。


――それぞれのくににおける法律ほうりつや、文化ぶんかによってさだめられた倫理りんり規範きはんを、そのくに地域ちいきおさめる「おうともいえる支配者しはいしゃ」だとすると――


――事実じじつもとづく自然しぜん法則ほうそく理論りろんは、でありなんだろうな。


――それも、永遠えいえんに。


 俺はそんなことを、オレンジジュースをみながらぼんやりとおもっていた。


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