第81節 ラスト・サムライ


 ◇



 多国籍たこくせきマフィア集団しゅうだんは、このはいビルの2かいにある、かつては中小ちゅうしょう企業きぎょう応接間おうせつまだったこの部屋へやでそれぞれ椅子いすすわってポーカーゲームにきょうじていた。


 集団内しゅうだんないでもとりわけポーカーフェイスのこの、多国籍たこくせきマフィアグループのリーダーであるほほきずがある銀髪ぎんぱつおとこ戦闘せんとう腕前うでまえ同様どうよう、ポーカーの腕前うでまえきんでてつよかった。


 かれには過去かこ東欧とうおう山中さんちゅうやアフリカ大陸たいりくでのゲリラせんくぐけた経験けいけんがあり、それらのとき修羅場しゅらばかんがえれば、感情かんじょうおもてさないことなどおものであった。


 うえかい監禁かんきんしている、あのアメリカのたからくじで大金たいきんてたという成金なりきんのガキの家族かぞく連絡れんらくがつけば、ありったけの大金たいきんをせしめるつもりであった。


 新宿しんじゅく海鮮かいせん料理店りょうりてんつながっていた情報じょうほう提供者ていきょうしゃである暴力団ぼうりょくだん一味いちみに、成金なりきんのガキの情報じょうほう漏洩リークだいとして支払しはらった30万円まんえんなど、数百すうひゃく億円おくえんくらべれば些細ささい金額きんがくであった。


 またこのおとこは、身代金みのしろきん首尾しゅびよくせしめたとしても、失敗しっぱいしたとしても、どちらにせよきっちりと無慈悲むじひにあの高校生こうこうせい成金なりきんのガキの喉元のどもとをナイフでさばくつもりであった。


 かつて、ゲリラせんおこなわれていた紛争時ふんそうじ戦場せんじょうにて年端としはもいかない無抵抗むていこう少年兵しょうねんへい自動小銃カラシニコフ銃撃じゅうげきでハチのにしたこともあるこのおとこに、おおよそ人間にんげんとしてのなさけというものはすでのこっていない。


 いや、そのような人間にんげんらしい感情かんじょうなど、このおとこ最初さいしょからわせていなかった。


 部屋へやには、東欧とうおう出身しゅっしんのこの銀髪ぎんぱつ男性だんせいほかに、中央ちゅうおうアジアに東南とうなんアジア、さらにはカリブかい出身しゅっしんおとこもいる。


 上層部じょうそうぶのつまらない権力けんりょく闘争とうそう策謀さくぼうで、かつては国家こっかぐん忠誠ちゅうせいちかほこたか軍人ぐんじんであったこのほほきずのある銀髪ぎんぱつおとこは、あろうことか国家こっかおびやかすテロリストに転落てんらくしてしまった。


 かれがこの誘拐ゆうかい事件じけん計画けいかくしたのも、ひとえかねためではなく、おのれをごみくずのようにてた国家こっかへの復讐ふくしゅうのためであった。


 子供ガキさらうこのようなしみったれた誘拐ゆうかい事件じけんなどにとどまらず、このおとこにはよりおおきなおおきな歴史れきし爪痕つめあとのこ野望やぼうがあった。


 だが、そのためには資金しきんがいる。


 歴史れきしのこ大望たいぼう達成たっせいのためには、この平和へいわほうけた東洋とうよう島国しまぐにでの大金持おおがねもちの子供ガキ誘拐ゆうかいなど、大事だいじまえ小事しょうじであった。すくなくともこのマフィアのリーダーである銀髪ぎんぱつおとこにとっては。


 そのとき、うえほうかいから予想よそうもしない物音ものおとがした。


 ガッシャーン!!


 銀髪ぎんぱつおとこ動揺どうようもせず、すぐにポーカーをやめて軍用ぐんようのデジタル無線機むせんきばす。


 そして、いま現在げんざい見張みはやくをしている、このくにでの合法的ごうほうてき運転手うんてんしゅとして一時的いちじてきにスカウトした香港人ほんこんじんおとこ無線むせん使つかって中国語ちゅうごくごびかける。


「おい、どうした」


 無線むせんびかけるも、なにかえってこない。


 銀髪ぎんぱつおとこ冷静れいせいに、共通きょうつう言語げんごということにしているスペインで、ほかのグループメンバーにびかける。


異常いじょう事態じたいだ、一人ひとりのこしてうえへあがれ」


 その言葉ことばに、ほかのマフィアメンバーもポーカーゲームをめ、すわっていた椅子いすからがる。


 そして、通信機つうしんきわたされたカリブかい出身しゅっしんおとこだけがこの部屋へやのこる。


 あのガキがあばれているのか? とほか仲間なかま階段かいだんがりながら銀髪ぎんぱつおとこおもった。


 銀髪ぎんぱつおとこほかのマフィアメンバーと、最上階さいじょうかいになっている5かいにまでがる。


 すると、あのガキを監禁かんきんしていた部屋へやドアガラスがれ、散乱さんらんしているガラスへんわき香港人ほんこんじんおとこあたまからながしてたおれているのがえた。


 中央ちゅうおうアジア出身しゅっしん仲間なかまが、香港人ほんこんじんおとこきかかえ、ほほかるくはたく。


「どうした、なにがあった」


 ったままの銀髪ぎんぱつおとこ見下みおろしつつ中国語ちゅうごくごたずねかけると、香港人ほんこんじんおとこまし、くるしそうにうめいて中国語ちゅうごくごでこうさけぶようにった。


油断ゆだんしてたら子供こどもが、ドアのガラスをってそこからてきた! みあいになってかべあたまたたきつけられた!」


 あのガキが、と銀髪ぎんぱつおとこおもった。


 仲間なかま一人ひとりである東南とうなんアジアけいおとこかぎ使つかってドアをけ、部屋へやなかはいっていく。


「ボス! どこにもいません!」


 そんな内容ないよう言葉ことばき、銀髪ぎんぱつおとこ部屋へやはいっていく。


 部屋へやなかには、粗末そまつつくえいてあり、そのドアがわにはパイプ椅子いす横倒よこだおしになってたおれていた。


 あの少年ガキ姿すがたは、どこにもなかった。


 げられた! という猛烈もうれつ激情げきじょうおとこおそった。


 バゴン! ガッターン!!


 銀髪ぎんぱつおとこは「Пошёлパショール на хуйフィ!」と口汚くちぎたなく、男性器だんせいき意味いみするスラングを大声おおごえののしさけんで、おおきなおとててつくえばした。


 すると、廊下ろうかほうから中央ちゅうおうアジアけいおとここえこえた。


「ボス! こっちです! 便所べんじょまどから!」


 その言葉ことばに、東欧系とうおうけい銀髪ぎんぱつおとこ東南とうなんアジアけいおとことも部屋へやる。


 廊下ろうかはしってそのけつけてみると、トイレのそばにあった消火しょうか設備せつび金属きんぞくぶたひらかれており、そこからホースがびてひと一人ひとりがようやくくぐれそうなまどこうへとちていた。


 すくなくとも、あのガキに部屋へやからげられたのは明白めいはくだった。


「まだちかくにいるはずだ! さがせ!」


 そう銀髪ぎんぱつおとこがスペインさけぶと、東南とうなんアジアけいおとこ中央ちゅうおうアジアけいおとこいそいで階下かいかりてった。


 そして、あたまあかれている香港ほんこんおとこが、あたまさえたまま中国語ちゅうごくご銀髪ぎんぱつ男性だんせいはなしかけてくる。


「すまない、ったあたまがガンガンするので病院びょういんきたい。まえはいらないのでオレはもうける」


 すると、銀髪ぎんぱつおとこ冷徹れいてつ口調くちょう中国語ちゅうごくごはなつ。


「ふん、まあ役立やくたたずなぞもういい。警察けいさつには連絡れんらくするなよ」


 銀髪ぎんぱつおとこがそううと、香港人ほんこんじんおとこはよたよたとかべりかかりながらしたりてった。


 ほほきずのある東欧系とうおうけい銀髪ぎんぱつおとこは、香港人ほんこんじんおとことしていたデジタル無線機むせんきひろげ、通信つうしん相手あいてであるカリブかい出身しゅっしんおとこにこうスペインで伝える。


当初とうしょ予定よていげる。人質ひとじちは、つけ次第しだいころせ」



 ◇



 監禁かんきんされているこの部屋へやで、マフィアのおとこたちがさわいでいるのをきながら、俺は暗闇くらやみにていきひそめていた。


 この部屋へやからあのマフィア集団しゅうだんていき、しずかになったのを確認かくにんして、俺はおとをたてないようにゆっくりとかくれていた場所ばしょからすべる。


 スタリ


 俺は、天井てんじょう配備はいびされていた通気つうきダクトからなるべくやわらかくり、ゆか着地ちゃくちした。


 俺は、最初さいしょっからそとげてなんかいなかった。


 あの、中国人ちゅうごくじんのおじさんに協力きょうりょくしてもらって、ちょっとした小芝居こしばいってもらったのである。


 まず、ドアのガラスをおたがいがぬのおさえて、おとないように、したひと用意よういしてもらった金槌かなづちでゆっくりとる。


 ったガラスは、俺がなかからちからまかせでったかのように外側そとがわ破片はへんにしてばらまいてもらう。


 そして、トイレちかくの消火しょうか設備せつびからホースをばしてもらって、トイレにめんしていた、人間にんげん一人ひとりがギリギリくぐけられそうな小窓こまどこうにらしとしてもらう。


 それで、俺はドアのガラスをってして、トイレの小窓こまどからホースをつたってしたほうりたという状況じょうきょう演出えんしゅつできるはずであった。


 また、マフィアに用意よういされた粗末そまつつくえうえにパイプ椅子いすいて、天井てんじょうちかくにある通気つうきダクトまでのぼることができるようにしておく。


 つぎに、アウトドアようほそいが丈夫じょうぶなロープのはしが、まどそとのアルミニウム格子こうしわくそと用意よういしてあるかごむすけられているので、金槌かなづちはこのかごなかれておく。


 それから、まど格子ごうしそとかごむすけられたロープをとびらほうまでばして、ドアこうにいるおじさんにってささえてもらい、そこからのロープを部屋側へやがわばしてパイプ椅子いすにひっかけてから、反対側はんたいがわのロープのはしふたたびおじさんにってもらい、中国人ちゅうごくじんのおじさんがちからつくえうえかれたパイプ椅子いすをロープでくずせるようにしておく。


 俺がつくえとパイプ椅子いすがって天井てんじょうちかくにある通気つうきダクトにかくれたら、中国人ちゅうごくじんのおじさんにロープをってもらって足場あしばくずしてもらう。


 すると、ロープにけられていたパイプ椅子いすつくえうえからころちておおきなおとてる。


 そこで、おじさんがロープをささえていた両手りょうてはなせば、反対側はんたいがわのロープのはしわえけられているまどそとにあるかご重力じゅうりょく自由じゆう落下らっか開始かいしして、自動的じどうてきつながっているロープはまどそときずりされる、というわけだ。


 ちなみに、あのたおれた演技えんぎをしてもらった中国人ちゅうごくじんのおじさんがあたまからながしていたのようなあか液体えきたいは、俺が鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいのものだというしたひと用意よういしてもらった血糊ちのりである。


――うまいこと、マフィアがかぎけてくれてよかった。


 そんなことをかんがえながら、ほつれたマフラーをくびいている俺は、スマートフォンを慎重しんちょう部屋へやる。


 そして、ちかくに人間にんげん気配けはいがしないことを確認かくにんしてから、注意ちゅういぶか階段かいだんりる。


――現実げんじつは、いつも美登里みどりたのしそうにあそんでいるゲームのような世界せかいとはちがう。


――この現実げんじつ世界せかいでは、一回いっかいんだらそれでわりだ。


 安易あんい願望がんぼうもとづいて、場当ばあたりてき行動こうどうをしていれば自然しぜん理想りそうどうりに物事ものごとうごいてゆくと勘違かんちがいをしてしまっては、いのちけられた賭場とばでは破局カタストロフこすような事変イベントまねいてしまう。


 そんな認識にんしきを、俺はふかふかこころしていた。


――このきびしくも容赦ようしゃのない現実げんじつは、基本的きほんてきにはおもどおりになんかことはこばない。


――未来みらいというものは、なるようにしかならないけど。


――とく理知的りちてき戦略せんりゃくてないで、なんとかなるだろう、などとはけっしておもってはならない。


 何故なぜなら人事じんじくさない人間にんげんには、おおむ天命てんめい味方みかたしないのだから。


――現実リアル虚構フィクションとはちがい、あきらめなかったとしても手遅ておくれになることなんて、よくあることだ。


 そんなことをかんがえ、慎重しんちょう慎重しんちょう階段かいだんを2階分かいぶんりると、ここが3かいであるとの表示ひょうじはいった。


 俺は、中国人ちゅうごくじんのおじさんがおしえてくれた情報じょうほうおもす。


――たしか、おじさんは。


――マフィアのしょとなっているのは、2かいだとおしえてくれたな。


――となると、ここからしたかいりるのは危険きけんすぎる。


――マフィアの一味いちみが、階段かいだんしたかまえている可能性かのうせい非常ひじょうたかい。


――ほか脱出口だっしゅつぐちを、さがしたほうがいいか。


 階段かいだんからはなれ、廊下ろうかけるときあたりに非常灯ひじょうとうともっているざされた非常口ひじょうぐちがボードのこうにひっそりとかくされていたのがわかった。


 ボードととびらあいだには蜘蛛くもられており、ながあいだだれもこの非常口ひじょうぐち使つかっていないことは明白めいはくであった。


 俺は、スマートフォンのコンパス機能きのう使つかい、この非常ひじょう出口でぐち西側にしがわめんしていること確認かくにんする。


 そして、ちかくのごろな給湯室きゅうとうしつだったのであろう部屋へやかくれて、 SMS 機能きのうそとにいるという鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいの男性だんせいにメッセージを送信そうしんする。


『現在、3階西側の非常口近辺にいます。出ても安全かどうか教えてください』


 2分くらいって、そとにいるおとこから SMS がかえってくる。


『見通しのいい階段になってますが、今は安全そうです。出てきてください』


 そういう返事へんじり、俺は部屋へやから注意ちゅういぶかて、ボードを移動いどうさせ非常扉ひじょうとびらしずかにゆっくりとける。


 くもぞらそとひかりが、俺の身体からだたる。


 非常扉ひじょうとびらて、非常ひじょう階段かいだんをなるべくおとてないようにいそいでりる。


 一番いちばんした到達とうたつしたところ、階段かいだん一番いちばんしたにはくさりってあったが、そのこうには、あの色々いろいろ道具類どうぐるいそろえてもらった、まるで幕末ばくまつさむらいみたいな髪型かみがた鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいのものだという男性だんせい間近まぢかにいて、ばしてきてくれた。


啓太郎けいたろうくんですね!?」


 その黒髪くろかみうしろでちいさくしば首元くびもとまでらしている、四十代よんじゅうだいなかばくらいのじゅん日本人にほんじんてきしぶ精悍せいかんかおつきの男性だんせいって、俺はこたえる。


「はい!」


 そんなことをいながら、俺はそのひとにぎってくさりをジャンプしてえる。


 鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいのものだというこの男性だんせいは、たかくて体格たいかくががっしりとしている、幸代さちよさんがおしえてくれたとおりに、いかにもたよりになりそうな男性だんせいであった。


 そのひと男性的だんせいてきひく声質こえしつで俺にこんなことをう。


「すぐちかくに私のくるまがありますが、そこまではしれますか?」


「ええ、はしれます」


 そんなこたえをしていたが、その武人ぶじんのようなおとこらしい野太のぶとこえに俺はふたた既視感きしかんおぼえた。


――あれ?


――俺やっぱ、このひととどっかでったことあるぞ?


 身長しんちょうが181センチメートルあるとっていたヒョロながノッポのすぐるより、確実かくじつに5センチちかくは背丈せたけたかいこの武士ぶしのように偉丈夫いじょうふ男性だんせい見上みあげつつ、俺はそんなことをおもう。


 このひと一緒いっしょ路地裏ろじうらけようとすると、うしろのほうからマフィアらしき男性だんせいさけこえこえた。

 

¡Ahí está! アイ エスタ 


 すると、この武士ぶしのような鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいのひとは俺をまもるようにかばい、俺と一緒いっしょ路地裏ろじうらくぼみとなっている物陰ものかげかくれる。


 パァン! ガッ!


 物陰ものかげかくれてすぐ、銃声音じゅうせいおんひびいて、かくれたところのコンクリートのかどいきおいよくけた。


――じゅうってきた!


 俺は、この俺をかばってくれた鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいのものだという幕末ばくまつさむらいみたいな男性だんせいたずねる。


げれますか? えーっと……」


 すると、この男性だんせいが俺をもせずにブロックべいこうにいるてきにらみつけるようなかおになって男性的だんせいてきひくこえこたえる。


「ヨシヤスです、ホンダヨシヤスといいます。啓太郎けいたろうくんのことはまもいたしますよ、いのちけてでもね」


――なにこの人、すっげー格好かっこういい。


 ヨシヤスさんが、俺につたえる。


発煙筒はつえんとうけむりしてから爆竹ばくちくらして撹乱かくらんしますので、そのについてきてください、いいですかい?」


「はい」


 俺がこたえると、ヨシヤスさんはポケットから発煙筒はつえんとう爆竹ばくちくふたつ、そしてライターをした。


 ヨシヤスさんが発煙筒はつえんとう着火ちゃっかさせかべこうにほうげると、またたにこの路地裏ろじうらけむりつつまれた。


 そして、ライターで爆竹ばくちくふたつにをつけてつづけてほうげる。


 パン! パン!


 爆竹ばくちく破裂音はれつおん銃撃音じゅうげきおんあやしまれてこうが警戒けいかいしてじゅうってこないこと確認かくにんして、ヨシヤスさんは俺のにぎってけむりなか路地裏ろじうらはしる。


 られてついていく俺は、ホンダヨシヤスという名前なまえはどこかで記憶きおくというかおぼえがあるなと、なんとなくおもっていた。


 路地裏ろじうらけて細道ほそみちると、ビルをまわむように東南とうなんアジアけい浅黒あさぐろはだをしたおとこが俺たちにかってはしってきた。


 俺たちはもうちょっとで、はさちにされるところだったという事実じじつを、この時点じてん理解りかいした。


 おとこ急襲きゅうしゅうから俺をかばったヨシヤスさんに、東南とうなんアジアけいおとこつかみかかったところ、ヨシヤスさんは柔道じゅうどう選手せんしゅみたいに華麗かれいおとこをぶんげて、ちかくにあったゴミのポリバケツにたたきつけた。


 ガラッシャーン!


 げられたおとこ身体からだいきおいでポリバケツがたおれるおと派手はでひびいて、ヨシヤスさんはかる両手りょうてたたはらって俺になおる。


いそぎましょう!」


 そうって、ヨシヤスさんは何事なにごともなかったかのようにふたたび俺のって先導せんどうしてはしはじめる。


――本当ほんとうおおかみみたいに格好かっこういいな、このひと


――しかも、すっげーつよい。


――かなでさんがあこがれてるってってたおさむらいさんみたいなおとこひとって、こういうひとのことをうんだろーな。

 

 そんなことを、かれつつ細道ほそみちけながらかんがえていると、視界しかいひらおおくの一般いっぱん自動車じどうしゃはしっている大通おおどおりのわき沿うような、歩道ほどうのある一方いっぽう通行つうこう道路どうろた。


 その一方いっぽう通行つうこう車道しゃどうそくしている歩道ほどうのすぐちかくには、どこかでことのあるようなくろいタクシーがまっていた。


「このタクシーです! うしろにんで!」


 うながされたので、俺はいちもなくタクシーのうしろのドアをけてむ。


 ヨシヤスさんは、もちろんのこと運転席うんてんせきむ。


 そこで、そのタクシーの運転席うんてんせきうしろにある掲示けいじ気付きづく。


 そこにはタクシー運転手うんてんしゅ身分証みぶんしょうとして、ヨシヤスさんの上半身じょうはんしんうつした写真しゃしんともに、こんな表示ひょうじがなされてあった。


本多ほんだ 楽保よしやす


 俺はようやく、このたよりになる武士もののふのごとき男性だんせいとどこでっていたのかをおもす。


――そうだ。


――俺が、たからくじの賞金しょうきんんでもらったのを島津しまづさんにげられてから、最初さいしょったタクシーの運転手うんてんしゅさんだ。


――このひと鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかん関係者かんけいしゃだったのか。


 そうおもっていると、バックミラーに俺を誘拐ゆうかいしたあのワゴンしゃべつ細道ほそみちからこの一方いっぽう通行つうこう道路どうろしてきた様子ようすうつされた。


楽保よしやすさん、マフィアがってきます! うしろのくろいワゴンしゃです!」


 俺がそうさけぶと、エンジンをかけていた楽保よしやすさんはサイドレバーをたおしてパーキングブレーキを解除かいじょし、マニュアルのシフトレバーにばしながら、さながらまいおどっているさむらいであるかのように緊張感きんちょうかんめた口調くちょうでこうべる。


「ちょっとばかり、危険きけんなドライブになりますよ!」


 その楽保よしやすさんの宣言せんげんに俺は、これからカーチェイスがはじまるのだと直感的ちょっかんてき理解りかいした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る