第79節 大脱走



 カバーのついてないねえちゃんのスマートフォンを裏表紙うらびょうし厚紙あつがみから回収かいしゅうして、電源でんげんれて、最初さいしょにしたことは睡眠すいみんモードへの移行いこうとアラームスイッチがオフになっていることの確認かくにんであった。


――アラームおんとかがって、マフィアにスマートフォンをっていることを気付きづかれたら、そこでわりだ。


 そんなことをかんがえ、俺はこの一枚いちまいうす電子デジタル装置デバイス一枚いちまい小切手こぎっていのち希望きぼうつなげるどころであり、この絶望的ぜつぼうてき状況じょうきょうたよるべき手段しゅだんであることを再認識さいにんしきする。


 そして、きっちりとおとない状態じょうたいにしてから深呼吸しんこきゅうをして、これからすべきことの青写真あおじゃしんあたまなか構築こうちくしていく。


 まず、電池バッテリーれたらそこでわり。


 俺がたすかるような状況じょうきょうになるよりまえに、スマートフォンをっていることがマフィアにばれて、げられてもわり。


 このスマートフォンで警察けいさつ連絡れんらくしても、警察けいさつ悪戯いたずらなにかだとおもって警官けいかん近辺きんぺん巡回じゅんかいするだけでかえってしまえば、マフィアにあやしまれて身体しんたい検査けんさをされてわりだ。


 なんせ、このビルははいビルなのだから。


 俺がマップで現在地げんざいち調しらべて、警察けいさつつたえてこの場所ばしょした警官けいかんがやってきたとしても、ビルのなかにいるマフィア集団しゅうだんいきひそめたままだったら、そのままやりすごされる可能性かのうせいがある。


 かりに、ちかくに警官けいかんがやってきたさいまどから大声おおごえしてなんとかそとにいる警官けいかん危険きけんつたえたとしても、このはいビルのかぎ警官隊けいかんたいやぶるにはそれなりの手続てつづきや道具どうぐ時間じかん必要ひつようだろうし、それまでにマフィアがじゅうなりナイフなりでサクッと俺をころしてもそれでわりだ。


――まずは、俺を全面的ぜんめんてき信用しんようしてくれるひと連絡れんらくするのがさきだ。


 というわけで、GPS マップで現在げんざい位置いち画像がぞう確認かくにんしてから、全面的ぜんめんてきに俺を信用しんようしてくれる家族かぞくであるいもうと美登里みどり連絡れんらくをすることにした。


 マップで現在げんざい位置いち確認かくにんしたところ、どうやらこのはいビルは東京都とうきょうとひがしほうである墨田区すみだく下町したまち荒川あらかわ西岸せいがんすぐ近辺きんぺんにあるらしいことがわかった。


 ねえちゃんのふるいスマホなので、当然とうぜんのことながらねえちゃんのあたらしい連絡先れんらくさき登録とうろくされていない。


 それに、とうさんとかあさんはいまのところおそらく太平洋たいへいようじょうなので、この状況じょうきょうつたえられても不安ふあんになるだけでなにもできないだろう。


 そんなふうに判断はんだんした俺は、ねえちゃんのスマホに登録とうろくされていた『みどり』の番号ばんごうに、SMS でこんな文章ぶんしょうをフリック入力にゅうりょく送信そうしんする。


『みどり、お兄ちゃんマフィアに誘拐されて監禁されている。隠し持ってた姉ちゃんのスマホ使ってるけど、音が出るといけないので電話はかけずに SMS で返してきてくれ』


 ちなみに SMS を受信じゅしんしても、この睡眠すいみんモードならバイブレーションがらないはずだ。


――気付きづいてくれよ。


 俺がそんなことをおもいつつむねなか鼓動こどうらしていると、30びょうくらいってから美登里みどりからの SMS が無音むおんもどってくる。


『マジ?』


『マジだ。命の危険があるので警察に連絡はせずにとりあえずお兄ちゃんの部屋に行って俺のパソコンを開いてくれ、俺の現在位置がわかる』


 俺がそうおくると、美登里みどりから了解りょうかい意味いみするメッセージがすぐさまもどってくる。


『わかった』


 それから、あたまなかかんがえる。


――とりあえず美登里みどりは、自動車じどうしゃ教習所きょうしゅうじょにいるだろうねえちゃんに連絡れんらくして。


――おないえにいるかなでさんにももちろんつたえるし、幸代さちよさんにも連絡れんらくするだろうな。


――とうさんとかあさんには、連絡れんらくはどうするんだろうな。


――できるなら、バカンスをたのしんでいるだろうおや二人ふたりには心配しんぱいかけさせたくねーんだけどな。


 そんなことを心中しんちゅうおもっていると、美登里みどりから俺のノートパソコンのロックを解除かいじょするための数字列すうじれつである PINピンおしえてしいとの SMS がとどいたので、俺はそのかぎとなっている PINピン ナンバーを送信そうしんする。


 そして、PCパソコン のブラウザをひらいてもらって俺の googolグーゴル アカウントにこのねえちゃんのスマートフォン GPS 位置いち情報じょうほうひもづけられていることを確認かくにんするよう、美登里みどり送信そうしんする。


 ちなみに、このスマートフォン位置いち情報じょうほうgoogolグーゴル アカウントのひもづけのやりかたは、ハッカーであるらしいすぐるからおしえてもらった方法ほうほうである。


 俺は、すぐるいえおとず西園寺さいおんじさんのいえにお邪魔じゃましたばんねえちゃんのこのふるいスマートフォンと自分じぶんgoogolグーゴル アカウントをひもづけて登録とうろくし、厚紙あつがみをくりぬいてスマートフォンをハードカバーの書籍しょせき厚紙あつがみなかかくしたのである。


 このスマートフォンは無線むせん充電じゅうでん方式ほうしきなので、ほんなかかくしても充電じゅうでんプレートのうえいたら充電じゅうでんできるというのは、俺にとっては至極しごく都合つごうのいいことであった。


 なお、すぐるから手渡てわたされた美登里みどり行動こうどう交信こうしんのぞることができる SDエスディー カードは結局けっきょく、俺の PCパソコン にはまなかった。


 なんとなく、家族かぞくとの信頼しんらい関係かんけいこわすことになりかねないとおもったからだ。


 数分すうふんって美登里みどりから、こんな SMS がおくられてくる。


『地図が表示された。警察に連絡すればいい?』


 俺はかえす。


『とりあえずは命の危険があるから警察に連絡しないでくれ。移動を開始するか、信号が消えたら警察に連絡して』


『わかった』


 美登里みどりからメッセージをって、俺はこんな文章ぶんしょう送信そうしんする。


『あと、コスプレイヤーの小雅さんに連絡して状況を伝えてほしい』

『なんで?』


『ここから抜け出す協力者として、通訳として中国語を話せる人が必要なんだ。あと、東京に来てもらう頼りになる大人の男性も必要なんで真田さんって人とも連絡を取って欲しい。真田さんの連絡先はこの前姉ちゃんにメイクをしてくれた高坂さんが知っている。高坂さんに真田さんの連絡先を教えてもらって』


 そんな長文ちょうぶんのメッセージをおくると、美登里みどりから返信へんしんがくる。


『わかった、明日香お姉ちゃんと幸お婆ちゃんにもすぐ連絡を入れる』

 

 美登里みどりからのそんな SMS のメッセージをけて5ふんくらいって、つづけておなじくいもうとからこんな文章ぶんしょうおくられてくる。


『幸お婆ちゃんに連絡を入れた。頼りになる大人の男が必要なら、温泉旅館の手のものを遣わせるって』


 俺は返信へんしんする。


『誰だそれ?』

『それは私も知らない。でも、東京にいるからすぐそっちへ向かわせてくれるらしい。頼りになる男だって』


――温泉おんせん旅館りょかんもの


――どんなひとだ、それ?


――でもまあ、この窮地きゅうちからたすけてくれるなら有難ありがたいことだ。


 そうおもい、俺はこの場所ばしょすくなくとも5かいあるはいビルであるということ、その5かい監禁かんきんされていること格子こうしのあるまど路地裏ろじうらめんしていることなど、自分じぶんがわかる最大さいだい限度げんど範囲はんい状況じょうきょう美登里みどり送信そうしんする。


 しばらくって、美登里みどりからたことのない電話でんわ番号ばんごうが SMS でおくられてきた。


『これが幸お婆ちゃんが言ってた、温泉旅館の遣いの人の電話番号。スマホの機能で自動拒否するといけないから、電話帳に登録しといて』


 美登里みどり機転きてんに、俺は感心かんしんしつつおれい文章ぶんしょうおくる。


『わかった、ありがと。お兄ちゃん、絶対生きて帰るからな』

『お願い』


 そんな簡潔かんけついもうとのメッセージをんで、俺はその電話でんわ番号ばんごう電話帳でんわちょう登録とうろくする。


 そして、15ふん程度ていど時間じかん経過けいかして、その発信者はっしんしゃ名前なまえもついてない美登里みどりによりおしえられた電話でんわ番号ばんごうからの SMS メッセージがとどく。


『近くに到着しました。ケイタロウくんの携帯ですか?』


――幸代さちよさんがっていた、鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんもの


――どんなひとかはらないけど、ここからたすけてくれるならたよるしかない。


『はい、そうです。でも今は廃ビルに監禁されてて見張りがいるので下手に動けません。今から送信するものを近くの量販店とかで買ってきてください』


 ドアにけてパイプ椅子いすすわっている俺が、ドアこうにいるマフィアに気付きづかれないようにそうおくると、スマートフォンこうの相手あいてから即座そくざ返信へんしんかえってくる。


『わかりました』


 そして、俺は SMS でこのはいビルから脱出だっしゅつするための道具どうぐ一式いっしき内容ないよう送信そうしんする。


――この状況じょうきょうで、したひと警察けいさつんでもらうこともできるけど。


――多国籍たこくせきマフィアが銃器じゅうきっていきひそめているという、事態じたい深刻しんこくさを警官けいかん真剣しんけんかつ正確せいかく理解りかいするまでには、おそらくタイムラグがある。


――なんせ、マフィアはタイムラグなくサクッと俺をころせるわけだし。


――俺を再検査さいけんさしたマフィアがスマートフォンをげて、警察けいさつをかいくぐって俺ごとアジトを移動いどうする可能性かのうせいだってある。


――そうなったら、もうそれでおしまいだ。


――もし楽観的らっかんてき願望がんぼうもとづいて、場当ばあたりてき行動こうどうすれば――


――後戻あともどりのできない、かえしのつかない大失敗だいしっぱいまねくことだってある――


 それは、俺が昨夜さくやのうちにかんがえ、自覚じかくしていたきびしいきびしい現実げんじつかんする考察こうさつだ。


 俺は、何事なにごと無事ぶじ生還せいかんする可能性かのうせい最大化さいだいかさせるためには、可能かのうかぎ自分じぶんちからでこの牢獄ろうごくやぶって脱出だっしゅつしなければならない、とかんがえていた。


 なんせ、時間じかんうしろにはかないのだから。


 フィクションである映画えいがやアニメやドラマなどの創作物そうさくぶつとはちがって、リアルにおいては時間じかんけっしてはやもどらない。


 ゲームみたいに、要所ようしょ要所ようしょでセーブをしてあとでロードをしてやりなおしをすることもできない。


 そして、現実げんじつにおいてはそもそもかえしがつく物事ものごとほう例外れいがいなのだ。


 後先あとさきかんがえずに情動じょうどうもとづいて衝動的しょうどうてき行動こうどうをしてしまったら、たか確率かくりつ破滅はめつまねく。


 やってしまったことは、基本的きほんてきにもうかえしがつかないのだから、致命的ちめいてき大失敗だいしっぱいをしてしまうまえにしっかりと慎重しんちょうかつ戦略的せんりゃくてきかんがえて行動こうどうめなければいけないのである。


 それらは、俺が経験けいけんした幼馴染おさななじみとのトラブルのなかまなんだ教訓きょうくんであった。


 パイプ椅子いすすわって見張みはりにけてほんんでいるふりをしつつ、そんなことをかんがえていると、手元てもとのスマートフォンに美登里みどりから SMS で着信ちゃくしんがあった。


『小雅さんと連絡取れた。お兄ちゃんを助けるのに全力で協力してくれるって。どうすればいい?』


 そんな美登里みどり心配しんぱいそうな文章ぶんしょうに、俺はこたえる。

 

『小雅さんにこの電話番号を教えて、それからお兄ちゃんに小雅さんの電話番号を教えてくれ。小雅さんには、見張りが中国の人に変わってチャンスが来たらまた連絡入れるって伝えて欲しい』


『わかった』


 美登里みどりからの返信へんしん小雅しゃおやぁさん、つまり天羽てぃえんゆぅさんのものだという電話でんわ番号ばんごうが SMS でとどいたので、電話帳でんわちょう登録とうろくする。


――時機チャンス――


――マフィア集団しゅうだんなかで、唯一ゆいいつ俺を気遣きづかうような態度たいどせてくれた、あの中国人ちゅうごくじんらしきおじさん――


――あのひと見張みはりにってくれれば、俺にもチャンスがまれる。


 また、俺はあさになってからこれまでの観察かんさつにより、こんなこともかんがえていた。


――見張みはりはだいたい、一時間いちじかんきざみで交代こうたいしている。


――ということは、れるまでに、あのおじさんが見張みはばん可能性かのうせい充分じゅうぶんたかい。


――もし、あのマフィアにしてはひとさそうなおじさんが見張みはりにったとしたら。


――そこにすきまれる。


――おじさんがかぎけてくれて、それでせれば万々歳ばんばんざいだけど。


――おじさんがマフィアのリーダーからかぎあずけられない可能性かのうせいもあるんで。


――そうなったさいのことも、かんがえとかねーとな。


 そんなことを、パイプ椅子いすすわってほんんでいるふりをしながら、一人ひとりただただかんがえていた。




 不幸中ふこうちゅうさいわいで、さきほどまで俺を見張みはっていた中央ちゅうおうアジアけいおとこのすぐつぎ番人ばんにんとして、一時間いちじかんずしてあの俺を心配しんぱいそうに気遣きづかってくれた中国人ちゅうごくじんらしきおじさんに見張みはりが交替こうたいした。


 俺は、そのことを確認かくにんしてからしたにいるという鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいのものだという、年齢ねんれい背格好せかっこう技能ぎのうも、それどころかかおこえ名前なまえらない男性だんせいにスマートフォンで SMS をおくる。


『見張りの人を買収するチャンスが来ました。もし仮に交渉が破綻したら、メッセージで合図を送りますのですぐに警察を呼んでください。ビルは特定できましたか?』


 すると、こんな返信へんしんもどってくる。


『ビルは特定できましたが、窓が特定できてません』


 俺はかえす。


『合図してから、青いマフラーを窓から垂らします。俺のいる部屋の窓を見つけたら、先ほど送った指示通りにしてください』


『わかりました』


 スマートフォンでつながる通信つうしん回線かいせんこうの、鳥之枝とりのえ温泉おんせん旅館りょかんつかいのひととやりりをわしてから、天羽てぃえんゆぅさんに SMS でメッセージをおくる。


『チャンスが来ました。中国語での通訳の協力をお願いします』


 すると、天羽てぃえんゆぅさんから即座そくざにこんな簡潔かんけつ文言もんごんもどってくる。


『いつでもいいぞ』


 文章ぶんしょう受信じゅしんし、俺のあたまなかにこんなイメージがかびがる。


――脱走だっそうのための交渉こうしょう開始かいし

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