第77節 身代金




 2がつ23にち金曜日きんようび天皇てんのう誕生日たんじょうびである祝日しゅくじつよいくち


 俺たちクラスの生徒せいとみなは、学校がっこうやすみであるその東京とうきょう新宿しんじゅくにて私服しふくあつまって、夕方ゆうがたからはじまった高級こうきゅう海鮮かいせん料理りょうりパーティーを、ここ新宿しんじゅくにある大勢おおぜい参加者さんかしゃ会合かいごうできる宴会えんかい会場かいじょうにて、一緒いっしょになってたのしんでいた。


 男子だんし友達ともだちであるさとしすぐる高広たかひろ女子じょし友達ともだちである萌実めぐみ可憐かれん西園寺さいおんじさん、それからここ数か月すうかげつですっかりとそれぞれをへだてるカーストのかべがなくなったクラスメイトの面々めんめんとの、ワイワイガヤガヤとしたたのしいこん学年がくねんにおける最後さいご晩餐ばんさんひろげていた。


 数十人すうじゅうにんきゃく収容しゅうようできるこの和室風わしつふう大広間おおひろまにずらっとならべられてあるテーブルには、俺が事前じぜんにこのおみせたのんでいた種々しゅしゅ多様たよう海鮮かいせん料理りょうり刺身さしみ大皿おおざら寿司すしざら船盛ふなもり、小鍋こなべなどなどが、瑞々みずみずしくもあざやかにそなかれている。


 俺の目前もくぜんのこの広々ひろびろとした宴会えんかい会場かいじょうでは同級生どうきゅうせいらがその豪華ごうか絢爛けんらん高級こうきゅう海鮮かいせん料理りょうり河豚ふぐしや雲丹うにしゃぶ、伊勢いせ海老えび姿すがたづくりなどなど、クラスメイトの大多数だいたすうYouTuveユーチューヴ でしかたことがないとっていた高級こうきゅう御馳走ごちそうに、がりながら舌鼓したつづみっていた。


 つい一週間いっしゅうかんほどまえに、じつ大企業だいきぎょう御令嬢ごれいじょうとかではなく一般いっぱん庶民しょみんであったと判明はんめいした西園寺さいおんじ桜華はるかさんも、上品じょうひんかつ丁寧ていねい箸使はしつかいで、その高級こうきゅう海鮮かいせん料理りょうり堪能たんのうしているようであった。


 俺はもちろん、クラスメイトのだれにも、悪友あくゆう三人組さんにんぐみにすら西園寺さいおんじさんの本当ほんとう経済けいざい状況じょうきょうつたえていないし、これからも家族かぞくにすらうつもりはない。


 これは、西園寺さいおんじさんが一学期いちがっきに俺にたいしてとってくれた態度たいどへの、ささやかなおれいだ。


 ちなみにこの新宿しんじゅくにあるみせ高級こうきゅう海鮮かいせん料理りょうりパーティーのおだいとしては、ざかりの高校こうこう一年生いちねんせいであるクラスメイト四十よんじゅう人分にんぶん宴席えんせきたのむのに、アルコールきでだいたい三百さんびゃくまんえんほどを出費しゅっぴした。


 まだ高校こうこう一年生いちねんせいの16さい未成年みせいねん子供こどもぎない俺が、新宿しんじゅく海鮮かいせん料理屋りょうりややく三百万さんびゃくまんえんもの宴席えんせき予約よやくをしても、おそらく悪戯いたずらだろうとしかおもわれなさそうだったので、消費税しょうひぜい10%をふくめて99万円まんえん三日みっかけて三回さんかい合計ごうけい297万円まんえんをこのみせ事前じぜんんで予約よやくしたのである。


 料金りょうきん支払しはらいを数回すうかいければ、総計そうけいすう百万円ひゃくまんえん出費しゅっぴであるのならば、とりわけ島津しまづさんの了解りょうかい必要ひつようとしない。


 それは、俺なりの小賢こざかしい知恵ちえのつもりだった。


――まあ、まだ俺の手元てもとには300億円おくえんがまるまるのこっているんだし。


――それをかんがえれば、このくらいのおすそけは許容きょよう範囲内はんいないだろな。


 宴会えんかい会場かいじょう一番いちばん上座かみざがわにあるながつくえ中央ちゅうおう座席ざせきすわっていた俺は、ゼロカロリーのコーラをみながら、まえひろげられている高校こうこう一年生いちねんせいらしいにぎやかなうたげながめつつ、そんなことをおもっていた。


 ちなみに、今回こんかい佐久間さくま先生せんせいばなかった。


 なぜなら、前回ぜんかい焼肉やきにくパーティーでいつぶれて生徒せいと部屋へやまでおくらせてしまうという失態しったいをやらかしたからだ。


 それに、一切いっさい大人おとながいないってことは、一切いっさいアルコールきという前提ぜんてい料金りょうきんプランをててもらえるということで、そちらのほうが俺にとっては都合つごうがよかった。


 先生せんせいとかいなくても、べつに俺一人ひとりちから上手うまくやれる。


――そのときの俺は、たしかにそうおもっていたのだ――


――残念ざんねんながら、子供こどもはやっぱり人生じんせい経験けいけんんでないぶん見通みとおしがあまい――


 そんな厳然げんぜんたる事実じじつを、俺はほんのすう時間じかんおもらされることとなったのである。




 たのしいうたげわらないうちに、満腹まんぷくになった俺は帰路きろこうとしていた。


 襟元えりもとあおいマフラーをいた私服しふく姿すがたの俺は、かたから通学用つうがくようかばんげながら新宿しんじゅく街角まちかど一人ひとりあるいていた。


 ちょっとばかりしんみりした気分きぶんになりたくて、クラスメイトのみんなよりすこはや宴会えんかい会場かいじょうあとにした俺は、さきほどまでひろげられていたうたげ情景じょうけいおもかべつつ、新宿しんじゅくから大宮おおみやまでのタクシーをひろうつもりでのんきに自動車じどうしゃとおれる小道こみち大通おおどおりにかってあるいていたのである。


――しかし、それがいけなかった。


 車道しゃどう沿いをあるいていると、いきなり俺のとなりくろいスモークで内部ないぶおおかくされたくろいワゴンしゃまったとおもったら、りてきた体格たいかくのいいおとこたちにくちをふさがれもなく何者なにものかの集団しゅうだん車内しゃないまれたのだ。


 恐怖きょうふかんじつつくるままれたところ、その集団しゅうだんなか一人ひとり、おそらくは東欧系とうおうけいらしき銀髪ぎんぱつほほきずのある戦争せんそう経験けいけんのありそうなみぎすわっているダブルのスーツを中年ちゅうねん男性だんせいが、映画えいがとかでしかたことがないモノを俺にけ、流暢りゅうちょう日本語にほんごでこうってきた。


「タチバナくんだね? しばらくってもらおうか」


 ごりっとした金属きんぞくおも感触かんしょくが、俺のひたいにゼロ距離きょりせっしていた。


 うまでもなく、その金属きんぞく部分ぶぶん本物ほんものじゅう銃口じゅうこうであることがわかった。


 俺はなにもさけべなかった。


 恐怖きょうふさけべなかったのではない。


 くるままれたとおもったら、即座そくざべつおとこ猿轡さるぐつわをかまされたのである。


 ひだりにいるそのべつおとこが俺のポケットをまさぐり、学生証がくせいしょうのおそらく名字みょうじ確認かくにんしてから OK という合図あいずとそれにつづくなんらかの英語えいごではない外国語がいこくごつたえると、この俺たちをせたワゴンしゃはどこかにかって発進はっしん開始かいしした。


 そう、俺はほんの数分すうふん油断ゆだんがきっかけで誘拐ゆうかいされたのである。


 左隣ひだりどなりにいる浅黒あさぐろはだをした東南とうなんアジアけいおとこが、俺のポケットをまさぐり、スマートフォンをす。


 そして、英語えいごではない外国語がいこくご銀髪ぎんぱつ男性だんせいなにかをつたえ、それからいで俺のりょう手首てくびり、プラスチックでできた結束けっそくバンドをける。


 右隣みぎどなりすわっている銀髪ぎんぱつ白人はくじん男性だんせいが俺に日本語にほんごつたえる。


「しばらく自由じゆううばうがわるおもわないでくれよ。これも保険ほけんのうちなんでね」


 移動いどうするくるまのシートにけられる加速度かそくどかんじながら自分じぶんかれている状況じょうきょうあらためて認識にんしきしたさい、俺のにはいで目隠めかくしがされていた。


 俺はその時点じてんで、自分じぶん数分後すうふんごどころか、いままえにある光景こうけいも、なにることができなかった。




 おそらくは睡眠用すいみんようのアイマスクをかぶされ、猿轡さるぐつわをかまされて、なにることができず、こえすこともできず、ただ暗闇くらやみなか自動車じどうしゃ加速度かそくどかんじることしかできないまましばらくの時間じかんぎた。


 とはいっても、そんなになが時間じかんではない。体感たいかんで15ふんから20ぷん程度ていど時間じかんであった。


 自動車じどうしゃ停車ていしゃしたのをあたまおく三半さんはん規管きかんかんった俺は、目隠めかくしをはずされた。


 そしてすぐ右隣みぎどなりにいる、軍人ぐんじん経験けいけんがありそうな銀髪ぎんぱつ中年ちゅうねん男性だんせいが、流暢りゅうちょうだがまるで感情かんじょうったかのような日本語にほんごで俺につたえる。


「ここが今夜こんやきみ寝床ねどこだ」


 相変あいかわらず、銃口じゅうこうは俺にけられたままであって、俺は是非ぜひもなくしたがうしかなかった。


 そして銀髪ぎんぱつおとこは、俺がめられたほう反対側はんたいがわのドアをけて銃口じゅうこうを俺のほうけたままうしろもずにゆっくりとくるまりる。


「ではりてもらおうか、かばんはこちらがあずかっておく」


 りょう手首てくびまえ結束けっそくされた俺は、よたつきながら椅子いすからからだをずらし、われるがままに車外しゃがいようとする。


 くらくてよくわからないが、どこかの人気ひとけのないビルがいの、くるま一台いちだいずつなんとかすれちがえそうなほそめの路地ろじであるようであった。


 俺がワゴンしゃからりようとしたところ、バランスをくずしてよろけこけち、しばられた両手りょうて部分ぶぶんをアスファルトの地面じめんいきおいよくぶつけてしまった。

 

――いつっ!


 こけてったいたさに俺がこえ我慢がまんしてうずくまっていると、まえ運転席うんてんせきすわっていたらしい中年ちゅうねんひがしアジアけい男性だんせい近寄ちかよって俺のうでってささえてくれた。


 そして、この多国籍たこくせきマフィアとおぼしき集団しゅうだんほかものとはすこことなる、ひと気遣きづかうような口調くちょうで俺にこうつたえる。


ニィハィハォ?」


――中国人ちゅうごくじん


 なんっているかはまったくもってわからなかったが、そのおじさんが中国語ちゅうごくごはなしていることはなんとなく把握はあくできた。


 そして、俺のうでささえてがらせてくれようとしているおじさんが、相変あいかわらずなにっているかわからない中国語ちゅうごくごらしき言葉ことばで、銀髪ぎんぱつ白人はくじん男性だんせいたいしてこんなことをった。


タァ只是ズィシィグゥ孩子ハィジィチン不要ブゥヤォ傷害シャンハィタァ


 すると、俺に銃口じゅうこうけたままである、さきほど流暢りゅうちょう日本語にほんごはなしていたほほきずがある東欧系とうおうけいらしき銀髪ぎんぱつ男性だんせいが、ひかりのほとんどさない暗闇くらやみなかから、感情かんじょうらしきものを一切いっさいこめずにながれるような言葉ことばしゃべる。


ビィズィウォシィ領導リンダォ


 カチャリ


 じゅうからなんらかの金具かなぐおとがした。


 いったいなんおとか、こういう銃器じゅうきかんする物事ものごとにあまりくわしくない俺ではあったが、なんらかの安全セーフティー水準レベルがひとつがったのは確実かくじつだという事実じじつ直感的ちょっかんてきかんれた。


 俺はおじさんのたすけをりて、まえ銀髪ぎんぱつ男性だんせい機嫌きげんそこねないようにゆっくりとがってしたがう。


 そして、くるま一台いちだいずつなんとかすれちがえそうな路地ろじから、さらほそ路地ろじうらはいり、非常ひじょう出入でいぐちとなっているらしいドアからはいる。


 どうやらこのビルは、はいビルであるらしく廊下ろうか薄暗うすぐら非常灯ひじょうとうらしているだけであった。


 ほかおとこ手持てもちの LED ハンディライトで廊下ろうからしつつ俺たちを先導せんどうし、階段かいだんいたって4階分かいぶんがったところで、ふたた通路つうろあるく。


 そして、そこにあった部屋へやまえで、先導せんどうしていたおとこがドアとびらける。


 そのドアとびらには、うえの方にまどガラスがはまっており、どうやらそとからなかのぞけるようになっているらしいことがわかった。


 となりあるいていた、ほほきずのある銀髪ぎんぱつ白人はくじん男性だんせいが俺につたえる。


「では、寝袋ねぶくろ用意よういしているのできみには今夜こんやはここに宿泊しゅくはくしてもらう。わかってるとおもうが、せない」


 そのおとこはそううとじゅうふところおさめ、そのわりにした軍用ぐんようおぼしきナイフで俺の両手りょうてしばっていた結束けっそくバンドのプラスチックを、スッとはなした。


――この分厚ぶあついナイフで脇腹わきばらとかの急所きゅうしょされたら、間違まちがいなくぬ。


――そしておそらく、このおとこ必要ひつようとあらば俺を即座そくざころす。


 そんなことおもっていると、くるまげられていたあおいカバーケースのスマートフォンがべつおとこにより銀髪ぎんぱつおとこわたされ、俺のまえかかげられた。


 銀髪ぎんぱつおとこが俺にたずねる。


きみのスマートフォンの、ロック解除かいじょコードをおしえてもらおうか」


 そして、猿轡さるぐつわべつおとこによってゆっくりとはずされる。


 いのち危険性きけんせいをさっきからかんじっぱなしだった俺は、大声おおごえさけんだりせずに、おとなしくスマートフォンのロック解除かいじょ番号ばんごうまえおとこつたえる。


 そして、銀髪ぎんぱつおとこれたつきでスマートフォンのロック解除かいじょコードを入力にゅうりょくしたとおもったら、画面がめんをタッチしてなんらかの操作そうさほどした。


 まもなく、そのおとこは俺につたえる。

 

きみあね今日きょう友達ともだちいえまると連絡れんらくれた、安心あんしんしたまえ」


――安心あんしんしたまえ、って。


 まえ銀髪ぎんぱつおとこは、俺の真正面ましょうめんから冷酷れいこくさをふくんだ表情ひょうじょうたずねる。


「まさかとはおもうが、ほか通信つうしん機器ききってないな?」


 俺は可能かのうかぎ平静へいせいよそおって、こうった。


「いや、いまさっきっていたスマートフォンはそれだけです」


――うそではない。


 スーツを銀髪ぎんぱつおとこが、俺を真正面ましょうめんからつめつづける。


 俺は、おどろくほど冷静れいせいだった。


――そう、俺はうそなんかついていない。


――いまさっきスマートフォンは、本当ほんとうだったのだから。


――俺は、本当ほんとうのことを誠実せいじつっている。


 十秒じゅうびょうくらい銀髪ぎんぱつおとこが俺をつめつづけて、そしてくちひらく。


「ふむ、まあしんじよう。身体しんたいかばん検査けんさはさせてもらうがな」


 一切いっさい温情おんじょうなどがはいすきのないつめたい口調くちょうであった。


――俺はいま、となわせの状況じょうきょうにある――


――薄氷はくひょう一枚いちまいいたら、つめたいうみさかさまだ――


 そんな、予断よだんゆるさないきびしい現実げんじつを、ひしひしとかんじざるをなかった。


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