第76節 仮面令嬢




 すぐるいえからおいとまして、俺は大宮おおみや駅前えきまえきの市営しえいバスにっていた。


 バスのうしろのほう座席ざせきすわっている俺は、すぐるから手渡てわたされたプラスチックケースりの SDエスディー カードをつめていた。


 なんでも、この SDエスディー カードを俺のっている Windowzウィンドウズ パソコンにれれば、美登里みどりのスマートフォンの GPSジーピーエス 位置いち情報じょうほうRINEライン での会話かいわ内容ないようすべのぞることができるらしい。


 それに、わざわざんだハッキングなんかをしなくても、本人ほんにんのスマートフォンによる承認しょうにんさえあれば Googolグーゴル アカウントを使つかって、いつでもそのスマートフォンの GPS ジーピーエス位置いち情報じょうほうをリアルタイムで PCパソコン から辿たどれるやりかたもあったらしく、すぐるにはそのシステムの使つかかたおしえてもらった。


 ただ、そういったことを本人ほんにん承認しょうにんずにかくれてこっそりおこなうのには、それなりのテクニックがいるらしい。


 どうやらハッカーであるらしかったすぐるがニヤリとかべた表情ひょうじょうともに、俺にべた言葉ことばわすれられない。




 「おれいままで色々いろいろなところに侵入しんにゅうしたがな、家族かぞく協力者きょうりょくしゃがいるときほどらく侵入しんにゅう経路けいろはないぞ」




――きつねかされているような気持きもちではあるけど。


――ま、とりあえずはすぐるしんじることにしよう。


 そんなことをおもいつつ、走行そうこうするバスのうしろのほうすわっていると、こんなアナウンスが車内しゃないひびいた。


『――スーパーヤオハナに御用ごようかたは、つぎのバスていでおりください』


――スーパーヤオハナ?


――もしかして、可憐かれん親族しんぞく経営けいえいしてるスーパーとかか?


 そう直感的ちょっかんてきかんじた俺は、つぎのバスていりるために降車こうしゃボタンへとばした。




 降車こうしゃボタンをしてから、このまえ島津しまづさんと一緒いっしょ秩父ちちぶおもむいたさいあらためてあたらしく発行はっこうしてもらった電子でんしマネーカードである Suikaスイカ にてバス運賃うんちん支払しはらい、俺はバスをりた。


 バスていまえ好条件こうじょうけん立地りっちには『スーパーヤオハナ』という看板かんばんがあるおおきなスーパーが堂々どうどうきゃくむようにかまえられている様子ようすであった。


 俺は、大宮おおみや駅前えきまえもどったらいもうと美登里みどりのためにケーキとプリンをってかえるつもりなのだが、いもうとだけにお土産みやげうというのもわりと不自然ふしぜんだとおもっていた。


 というわけで、明日香あすかねえちゃんとかなでさんと幸代さちよさんのために、お土産みやげとして果物くだものでもってかえろうかとおもったのである。


 スーパーのぐちちかくにあゆると、ぐち併設へいせつしてクリーニングてんとフルーツジューススタンドがかまえられていたのにづいた。


 そのフルーツジューススタンドの店頭てんとうではいろとりどりの果物くだものジュースが、ならべられたミキサーでられていたので、俺は手持てもちの Suikaスイカ料金りょうきん支払しはらってバナナジュースをってんだ。


――そういや可憐かれんやつ、バナナジュースむかしっからきだったな。


 そんなことをかんがえつつ、俺はものきゃくであるひときかうスーパーないへと、果物くだものわせをうつもりではいっていった。


 スーパーないでは、大勢おおぜいきゃくものたのしんでいるようであった。


 なお、店内てんないものきゃくには、明々めいめい白々はくはくにお年寄としよりのかたおおい。


 店内てんないPOPポップ 表示ひょうじによると、どうやら今日きょうがつ17にち偶数ぐうすうつきなかばとしての、年金ねんきん生活者せいかつしゃのための特売日とくばいびのようであった。


 明日香あすかねえちゃんとかなでさんと幸代さちよさんのためにさそうな、フルーツわせセットとなっているバスケットをった俺は、ほかにもなにすものはないかと食料品しょくりょうひんコーナーをめぐる。


 俺が海産物かいさんぶつコーナーで商品しょうひんだな商品しょうひん物色ぶっしょくしながらあるいていると、すぐちかくにものカゴをうでげて特売品とくばいひんであるあかくなったでダコをってている、おなどしくらいの女子じょしがいたのがふとまった。


 その真剣しんけんをした女性じょせいは、目元めもとあかいフレームの眼鏡めがねをかけて、インフルエンザが流行りゅうこうしている季節きせつだからなのだろうか、口元くちもとしろ不織布ふしょくふマスクを装着そうちゃくしていた。


 そしてなにより、うつくしくれたうまたてがみのようなつやのあるロングの黒髪くろかみと、その年頃としごろむすめさんらしい魅惑的みわくてきかおりに、いつも学校がっこうせっしているクラスメイトにたいする既視感きしかんかんじた俺は、そのとなりにいる高校生こうこうせいくらいの女性じょせいこえをかける。


「あれ? もしかして西園寺さいおんじさん?」


 すると、その女子じょしが俺のほうきゅういて、眼鏡めがねおく見開みひらいてさけぶかのような大声おおごえげる。


「ひぁっ! えっ!? いやっ!! な、な、な、なんであなたがこちらに!?」


 そのこえ間違まちがいなく、俺のクラスの学級がっきゅう委員長いいんちょうである西園寺さいおんじ桜華はるかさんのこえであった。


 西園寺さいおんじさんが大声おおごえげて俺からをかわすようなそぶりをしたところで、周囲しゅうい注目ちゅうもくが俺にあつまる。


 そして、ざわざわと周囲しゅういがざわめく。


「やだ、なにあの?」

「ストーカーかしら?」

店員てんいんんだほうがいいか?」


 俺は、まわりのお年寄としよりのひとたちにあらぬうたがいをかけられそうになって動揺どうようする。


 そんな周囲しゅういの俺にたいするいぶか様子ようすに、まえ西園寺さいおんじさんがその口元くちもとかくしていたマスクをはずし、あせがおになった表情ひょうじょうせる。


 そして、もうわけさそうなかおつきのまま、しっかりとこえげてアピールする。


「ち、ちがいますわ! このかたわたくしのクラスメイトでお友達ともだちでして!」


 西園寺さいおんじさんが大声おおごえ誤解ごかいいてくれたので、周囲しゅういのお年寄としよりのひとたちはざわめきをやめ、スーパーのものきゃくらしい平穏へいおんさをもどす。


 しかし、俺のあたまなかにはいくつもの疑問符ハテナまれていた。


――あれぇー?


――西園寺さいおんじさん、大企業だいきぎょう御令嬢ごれいじょうってはなしだったよな? たしか?


――なんでスーパーの特売日とくばいびに、値引ねびきされた商品しょうひんおうとしてんだ?


 俺がなにこえすことができないでいると、西園寺さいおんじさんが体裁ていさいわるそうにかおげつつほほあからめて、こんなことをってくる。


あらためまして、ご説明せつめいをさせて……いただけますか? たちばなさん?」


 そんな、いつもの教室きょうしつでのりんとした様子ようすちがってどこかきまりわるそうな表情ひょうじょうの、メガネをかけた普段ふだんとはことなる彼女かのじょ言葉ことばに、俺はいちもなくうなずくしかなかった。




 結論けつろんからってしまうと、西園寺さいおんじ桜華はるかさんは学校がっこううわさされていたような、大企業だいきぎょう御令嬢ごれいじょうなんぞではなかった。


 御両親ごりょうしんがおたがいに非正規ひせいき共働ともばたらきでった給料きゅうりょうで、日々ひび質素しっそにつつましく生活せいかつしているという、どこにでもいる普通ふつう一般いっぱん庶民しょみんだったのである。


 フルーツバスケットをスーパーで購入こうにゅうした俺は、すぐちかくにあった西園寺さいおんじさんのいえにお邪魔じゃましていた。


 その西園寺さいおんじさんのいえとは、豪邸ごうていでも一軒家いっけんやでもなく、さいたま市内しないの 3LDK の間取まどりとなっているらしい、マンションの一室いっしつであった。


 おとうさんは埼玉さいたま大学だいがく生物学せいぶつがく非常勤ひじょうきん講師こうし、おかあさんは東京とうきょうでフリーランスの日本語にほんご講師こうしをしているらしい。


 今日きょうはおとうさんもおかあさんも土曜日どようび出勤しゅっきんをしているため、西園寺さいおんじさんが夕食ゆうしょくつく予定よていであったらしい。


 リビングにある、あしりたためるひくめのテーブルだいはさんで、俺と西園寺さいおんじさんはウレタンせい座布団ざぶとんうえかいって正座せいざしていた。


 ちなみに西園寺さいおんじさんがかけていた眼鏡めがねは、はいっていない伊達だて眼鏡めがねであったらしく、いま現在げんざいはテーブルのうえりたたまれてかれている。


 つくえはさんですぐかいがわにいる西園寺さいおんじさんが、しおらしいかんじでげる。


「……わたくしは、お父様とうさま生物せいぶつ学者がくしゃとしてのお仕事しごと都合つごうじょうで、小学生しょうがくせい時代じだいにはずっとアメリカ合衆国がっしゅうこく西海岸にしかいがんL.A.エレィ ……つまり、ロサンジェルスにんでおりましたの。そのころは、お母様かあさま日本語にほんご学校がっこう生徒せいとさまがたにおおしえになっていたような、ごく丁寧ていねい日本語にほんごしかまなべなかったのですわ」


 そんな、もうわけなさそうな西園寺さいおんじさんの説明せつめいに、首周くびまわりにあおいマフラーをいている俺は納得なっとくしてこたえる。


「あー、それで日本にほんもどってきてからも、その丁寧ていねい言葉ことばづかいのままクラスメイトとせっしていたから、どこかのお金持かねもちのお嬢様じょうさまだって勘違かんちがいされたってこと?」


 すると、西園寺さいおんじさんがだまったままコクリとうなずく。


 そして、くちひらいて俺につたえる。


「ピアノをくのが得意とくいであるということも、そのもないうわさつよめてしまったようですわね。中学生ちゅうがくせいのころ、小学生しょうがくせい時代じだいには西海岸にしかいがんのお屋敷やしきにていつもピアノを練習れんしゅうしていたとクラスメイトの方々かたがたにおつたえしましたところ、どこからか大企業だいきぎょう御令嬢ごれいじょうだといううわさひろまってしまいまして……」


「で、否定ひていするタイミングをつかむことができなかった、ってわけか」


 俺の言葉ことばに、西園寺さいおんじさんがもう一度いちど無言むごんでコクリとうなずく。


――そうか。


――西園寺さいおんじさんも、萌実めぐみ一緒いっしょだったんだな。


――クラスのみんなの、俺にたいする誤解ごかいをどうしてもくことができなかった。


――俺とずっと一緒いっしょにいた幼馴染おさななじみである、臆病おくびょう萌実めぐみと。


 俺が胸中きょうちゅうでそんなことをかんがえていると、西園寺さいおんじさんがしょげたかんじでげる。


「ですが……いつかはこんなるとの覚悟かくごはしておりましたわ。最初さいしょ馬脚ばきゃくあらわさなければならなかったお相手あいてたちばなさんで、まだかったともおもっておりますわ」


 俺は、そんな西園寺さいおんじさんにたずねる。


「あの、西園寺さいおんじさん? もしかして俺がクラスのみんないふらすとかおもっていない?」


「いえ、クラスの皆様みなさまいふらすという表現ひょうげん不適切ふてきせつではないかと……。ただ、たちばなさんは誠実せいじつなおかたですから、クラスの皆様みなさまうそをおつきになったりとかはなさらず、ご正直しょうじきにおつたえなさるとおもっておりますわ」


 西園寺さいおんじさんのその丁寧ていねい言葉ことばづかいに、俺はなごやかな気分きぶんになって返答へんとうする。


「いやいやいや、俺だってそんな融通ゆうづうきかねー性格せいかくとかじゃねーしさ。西園寺さいおんじさんがクラスのみんな秘密ひみつにしてほしいことだったら、べついふらしたりなんかしねーでだまってるよ」


 すると、西園寺さいおんじさんがびっくりしたかんじで俺をてくる。


本当ほんとうですか? しんじますわよ?」


「ああ、すくなくとも俺からはほかひとったりなんかはしないよ」


 その、精一杯せいいっぱい嬢様じょうさまえんじていた清楚せいそ学級がっきゅう委員長いいんちょうつたえた俺の言葉ことばは、まぎれもない本心ほんしんであった。


――西園寺さいおんじさん、俺が一学期いちがっきにクラスのみんなからストーカーあつかいされてたときにも普通ふつうせっしてくれたし。


――彼女かのじょ秘密ひみつにしてほしそうなことをクラスのみんなひろめるのは、道理どうりはんしているだろうな。


――それに、つい先日せんじつのバレンタインデーのことだって。


――本来ほんらいなら、一万円いちまんえん上限じょうげんとしたおかえしのしなもらえるはずだった彼女かのじょは、その返礼品へんれいひん必要ひつようないとってくれた。


――すくなくともその気高けだかさは、一般人いっぱんじんよりずっとずっとお嬢様じょうさまらしいいだった。


 そこまでおもした俺は、まえ西園寺さいおんじさんにはなしかける。


「そういえば、西園寺さいおんじさん。一昨日おとといのバレンタインデーにチョコレートもらったときのことだけど」


 すると、西園寺さいおんじさんが不意ふいかれたかのようにそのをぱちくりさせる。


 俺は言葉ことばつづける。


「……やっぱり、西園寺さいおんじさんと、あと萌実めぐみ可憐かれんにもホワイトデーにはほか女子じょしおなじように返礼品へんれいひんわたすよ。委員長いいんちょうとして、二人ふたりにもおかえしのしなを俺からおくるつもりだってつたえといてくれない? 三人さんにんだけおかえしがないとかそういうの、フェアじゃないしさ」


 そのもうは、様々さまざま世話せわいてくれた清楚せいそ淑女しゅくじょたいする、俺なりの気遣きづかいであった。


 そこで彼女かのじょは、いつも教室きょうしつせてくれているような笑顔えがおになって、おれい言葉ことばよろこびながらかえしてくれた。


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