第75節 ソーシャル・ネットワーク



 2がつ17にち土曜日どようび


 自宅じたくのあるマンションビルからタクシーにった俺は、すぐるいえちかくまでやってきていた。

 

 時刻じこくはそろそろ午後ごご約束やくそく時刻じこくである。


 午後ごごまえ一軒家いっけんやなら住宅街じゅうたくがいにてタクシーからった、襟元えりもとあおいマフラーをいた俺は、まえにある『大友』と表札ひょうさつかかげられたすぐるいえ見上みあげる。


 以前いぜんに俺たち家族かぞくんでいた元々もともといえのように、東京とうきょうのベッドタウンたるこの埼玉県さいたまけんさいたまで、いかにもごくありふれたサラリーマンの一般いっぱん家庭かていんでそうな、普通ふつう二階にかいての一軒いっけんであった。


 ピンポーン


 俺は、玄関先げんかんさきもんでインターフォンをらす。


 するとしばらくして、ヒョロながノッポで相変あいかわらずぼさぼさあたまの、私服しふくすぐる玄関げんかんドアをけててきた。


「よくたな」


 すぐるはそんなことをって、いつもの学校がっこうでのような不敵ふてきなにやりとわらった表情ひょうじょうで、俺をむかえる。


 けられたもんくぐり、とびらから薄暗うすぐら玄関げんかんはいろうとしたところで、すぐるがこんなことをってくる。


「あまりおおきなおとすなよ。母親ははおや仕事しごとわってているからな」


 俺はくら玄関げんかんくぐけながら、ちいさなこえすぐるれるようにかえす。


いま土曜日どようび午後ごごだぞ? おかあさん、なんの仕事しごとしてんだ?」

「ああ、在宅ざいたくWebウェブ デザイナーだ。ちなみに父親ちちおやSEエスイー で、東京とうきょう休日きゅうじつ出勤中しゅっきんちゅうだ」


 そんなやりとりをしつつ、二人ふたりして二階にかいにあるらしいすぐる部屋へやかった。


 階段かいだんのぼってからすぐる部屋へやはいったところ、カーテンが半分はんぶんめられた薄暗うすぐら部屋へやなかには、なんというか趣味しゅみ没頭ぼっとうしている男子だんし高校生こうこうせい特有とくゆう陰鬱いんうつ空気くうき充満じゅうまんしていた。


 すぐる部屋へやにあるおおきな本棚ほんだなには、なにやらパソコン用語ようごらしきタイトルのかれた専門書せんもんしょめられ、おもむきある異彩いさいちた雰囲気ふんいきはなっていた。


 そして、すぐるのものとおぼしきデスクには二枚にまいのモニターがかれスクリーンセーバーらしき映像えいぞうながれている。


 そのつくえ右下みぎしたには、モニターとつながれているのであろう、いかにも重厚じゅうこうそうなデスクトップパソコンが鎮座ちんざしていた。


 どこからどうてもその部屋へやは、パソコンに相当そうとうくわしい人間にんげんのそれであった。


 すぐるがパソコンやスマホなどの情報じょうほう機器ききくわしいということは以前いぜんからいていたが、この部屋へやはいってその生々なまなましい現況げんきょうたりにするのははじめてであった俺は、素直すなお感想かんそうまえ悪友あくゆうげる。


「なーんか、PCパソコンくわしいっていてたけど、予想よそう以上いじょうだな」


「ふぅむ、まあこんなものであろう」


 そんなことを言いつつ、すぐるはデスクにえてあるチェアーをいてすわり、机上きじょうに置いてあるマウスとキーボードを操作そうさする。


 スクリーンセーバーが通常つうじょう画面がめんわり、モニターないにパソコンの出力しゅつりょく表示ひょうじされる。


「ほれ、ろ」


 すぐるうながされたので、俺はその二枚にまいのモニター画面がめんる。


 画面がめんなかにはウィンドウがあり、そのウィンドウは三分割さんぶんかつされ、そのなか表示ひょうじされているコンテンツはどうやらいもうと以前いぜん俺におしえてくれた『まんがのさと』の漫画まんがであるようであった。


 すわっているすぐるうしろにっていた俺は、その画面がめんつつたずねる。


「これがどうかしたのか?」


 すると、モニター画面がめんかったままのすぐる平然へいぜんとした口調くちょうかえす。


「これは、いま現在げんざい貴様きさまいもうとている PCピーシー画面がめんだ」


「ふーん……美登里みどりのねぇ……ってうぉおおい!」


 俺がそこそこの声量せいりょうさけんだところ、すぐるいて冷静れいせい表情ひょうじょうこたえる。


「だから、大声おおごえすなといっておろうが。母親ははおや一階いっかいている」


「あー、わりーわりー……じゃなくて、これってもしかしてハッキングってやつか? あの美登里みどりのパソコンにけた USB 機器きき、やっぱりあやしい機械きかいだったのか?」


 俺が戸惑とまどいながら小声こごえでそんなことを言うと、すぐるわるびれもせずこんな言葉ことばかえしてくる。


「ま、いま現在げんざいところ遠隔リモート接続アクセスでローカルユーザーとしてんでいるだけだが、ハッキングかといえばハッキングだな。でもまあ、保護者ほごしゃであるあに許可きょかというか協力きょうりょくがあったのだから、違法性いほうせいもそれなりにうすい。安心あんしんしろ」


――安心あんしんできねーよ。


 俺がそんなふうこころなかんでいると、すぐるふたた正面しょうめんき、モニター画面がめんながらなにやらカタカタとキーボードをたたき、こんなことをう。


一応いちおう、ブラウザの履歴りれき辿たどってみたが違法いほうダウンロードサイトや無修正むしゅうせいエロ動画どうがサイトなどのあやしいサイトにはめていないようだな、感心かんしんする。ログを検索けんさくするかぎ外部がいぶから悪意あくいのあるハッカーが侵入しんにゅうした形跡けいせきもないようであった」


――いや、おまえいままさにいもうとのパソコンに侵入しんにゅうしてるだろ。


 そんな、まえのヒョロながノッポの悪友あくゆういかけたことをんだうえで、俺はあらためてくちひらく。


「で、おまえは、悪意あくいのあるハッカーじゃないんだな?」


「ああ、おれ侵入しんにゅうして破壊クラックするのは趣味しゅみじゃない。正直しょうじきって、クラッキングなんかするやつはみんなあたまおかしいぞ、啓太郎けいたろう


――おまえうか。


 そんなみをこころなかれてから、俺は確認かくにんする。


「その言葉ことばしんじるぞ、すぐる? でもおまえ本当ほんとうにパソコンくわしいんだな。デジタルネイティブなゲーマーの美登里みどり結構けっこうくわしいほうだとおもってたんだけど」

 

 すると、すぐる若干じゃっかん語気ごきつよめてこんなことをう。


「はっ! いくらヘビーゲーマーであろうと所詮しょせんはユーザーサイドからでしか、このハイスペックすぎる御大層ごたいそうPCピーシーさわったことがない、ブデネトセプアすららん小童こわっぱであろう! おそるるにりんわ!」


「ぶでねと……? なんだその意味いみ不明ふめい単語たんご?」


情報じょうほう技術者ぎじゅつしゃしからん呪文じゅもんだ。にするでない」


 俺とすぐるがそんなやりとりをわしていると、すぐるひだりひらうえにしてしてきた。


「スマホせ。啓太郎けいたろう

「なんに使つかうかおしえろ」


貴様きさまいえ家族かぞくけスマートフォンよう Wi-Fyワイファイ パスコードを調しらべるだけだ。大切たいせついもうと安全あんぜん確保かくほするため、暗証あんしょうロックを解除かいじょしてせ、啓太郎けいたろう


 そんなことをわれて、俺はしぶしぶながらもスマートフォンの暗証あんしょう番号ばんごう入力にゅうりょくしてロックを解除かいじょしてから、そのスマートフォンを手渡てわたす。


 すぐるは、左手ひだりてで俺のスマートフォンを操作そうさしつつ、もう片方かたほう右手みぎてでキーボードをることもなくながれるようにカタカタと入力にゅうりょくしていく。


 俺はまえの、椅子いすすわっている油断ゆだんのならない悪友あくゆうたずねる。


「もしかして、Wi-Fyワイファイ からも侵入しんにゅうできたりするのか?」


 すると、すぐるがこんなことをかえしてくる。


「ああ、あれは貴様きさまいもうとPCピーシー遠隔リモート接続アクセス可能かのうなローカルユーザーを設定せっていして外部がいぶ情報データばすためだけのものではなくてな。ネットワークと機器デバイスとのあいだ情報データをやりとしている Wi-Fyワイファイ 電波でんぱ送受信そうじゅしんして、Wi-Fyワイファイ 偽装ぎそうルーターの役割やくわりたしてくれるのだ」


 背筋せすじにゾクリとつめたい緊張きんちょうはしった。


――ってること半分はんぶんもわからねーけど。


――もしかして、俺とんでもねーことしたんじゃねーだろな!?


 そんな、言いようもない漠然ばくぜんとしたおびえをいだいていると、すぐるが俺にスマホを手渡てわたしてこんなことを言ってくる。


啓太郎けいたろう貴様きさまいもうとにライン電話でんわ電話でんわをかけろ」


 俺は自分じぶんのスマートフォンをりながら、たずかえす。


なんのためだ?」


「ああ、簡単かんたんはなしだ。ライン電話でんわ一般いっぱん電話でんわ回線かいせんもちいて通話つうわをするのではなく、インターネット回線かいせんもちいて通話つうわをするのだ。そして、ちかくに連携れんけい設定せっていしてある OSオーエスことなる PCピーシー があると、脆弱性ぜいじゃくせいばれるすきまれる。いいから電話でんわけろ啓太郎けいたろう。ただし、にかけるのだぞ」


 そんなことをすぐるから強調きょうちょうされた俺は、スマートフォンを操作そうさして美登里みどりにライン電話でんわをかける。


 プルルルルル プルルルルル


 プッ


『……はい、もしもし。どうしたのお兄ちゃん、ライン電話でんわでなんてめずらしいね』


 電話口でんわぐちのスピーカーからはっせられるいもうとこえに、俺はうしろめたい気持きもちになりながらたずねる。


「あーっと。いま俺、友達ともだちいえてるんだけど。かえりになんってきてしいものあるんじゃねーかとおもってな」

『……じゃ、ケーキってきて。おにいちゃんがアルバイトしてたおみせのやつ』


 いもうとこえに、俺はかえす。


「つーっと、お土産みやげしいのはパティスリー・ソレイユのケーキだな。わかった、じゃな」


 俺はそこまでうと通話つうわった。


 電話中、すぐる当然とうぜんことながら一言ひとことこえはっしなかったが、なにやらモニター画面がめんかってキーボードをカタカタ操作そうさしてるようであった。


 俺が「これでよかったのか?」とたずねると、すぐるは俺のほうきもせずこんなことをう。


「ああ、上出来じょうできだ。貴様きさまいもうとのスマホ発信はっしん電波でんぱ特定とくていできた。あとは、PCピーシーとスマホの異種いしゅ OSオーエス 連携れんけいにおける脆弱性ぜいじゃくせい最適化さいてきかしたプログラムをて、それができたら PCピーシー管理者かんりしゃ更新こうしんしてもう一度いちどライン電話でんわをかけてもらうことになる。そうだな……15ふんから20ぷん程度ていどっててくれ」


 そんなことをって、すぐるはパソコン画面がめんないなんらかの起動きどうされていたアプリケーションを最大化さいだいかさせ、そのアプリケーションのウィンドウのなかにカタカタとプログラムコードらしき英数字えいすうじはじめた。


 手持ても無沙汰ぶさたになった俺は、この部屋へやにある、おおむねは情報じょうほう工学こうがくかんしてのものなのであろうほんがいっぱいにめられた本棚ほんだな近寄ちかよる。


――すぐるやつ、パソコンにかんしてこんなに勉強べんきょうしてんだな。


 そんなことをおもい、本棚ほんだなからほんんでみるも、おそらくはプログラムをしめしているのであろうちんぷんかんぷんなコードがずらりとならんでいて、とても理解りかいができそうになかった。


 で、15分か20分ほどってからすぐるが俺に話しかけてくる。


「プログラムができたぞ啓太郎けいたろう。あとは貴様きさまふたたいもうとWi-Fyワイファイ 経由けいゆでライン電話でんわをかけるだけだ。まあ上手うまいことっかかってくれたらしめたもんだがな」


 そんなことをわれたので、俺はふたたびライン電話でんわいもうと美登里みどりにかける。


 プルルルルル プッ


『……はい、もしもし。どうしたのおにいちゃん』

「あーっと、どんなケーキがいいかいてなかったからな」


『……じゃ、いちごったショートケーキで。あとついでに、こだわりたまごのとろけるプリンも』

「ああ、わかった。じゃな」


 プッ


 この世界せかいおのれ所有物しょゆうぶつかんがえていそうな我侭わがままいもうとと、そんなやりとりをして俺は電話でんわった。


 すぐるると、椅子いすまわしてこちらにき、すわったままガッツポーズをしていた。


「うしっ! 奪取だっしゅ! 貴様きさまいもうとのスマホの rootルート 権限けんげん無事ぶじ奪取だっしゅしたぞ! 啓太郎けいたろう!」


 すぐるが、悪戯いたずら成功せいこうしたことを心底しんそこうれしがっている子供こどものような、うきうきした表情ひょうじょうせる。


「ルート権限けんげん……? なんだそりゃ?」

 

 俺がたずねると、すぐるあかるい表情ひょうじょうのままかえしてくる。


管理者かんりしゃ権限けんげんのことだ。まあひらたくうと、貴様きさまいもうとのスマホの情報データ機器デバイスすべ掌握しょうあくできる立場たちばになったということだな。ほれ、これが貴様きさまいもうとのスマホからした GPSジーピーエス データによる、現在げんざい位置いち情報じょうほう表示ひょうじだ」


 そんなことをってすぐるがパソコンを操作そうさしてせたウィンドウには、俺たち家族かぞくいまんでいる大宮おおみや駅前えきまえタワーマンションビル近辺きんぺん地図ちずと、そのなかされたピンが表示ひょうじされていた。


 俺はたずねる。


「もしかして、美登里みどり居場所いばしょをリアルタイムでずっと辿たどれるのか?」

無論むろんだ。やろうとおもえば貴様きさまいもうとのスマホカメラがとらえた映像えいぞうや、内蔵ないぞうマイクがひろった音声おんせいなどもリアルタイムで受信じゅしんできるぞ」


 得意とくいげなかおすぐるに、俺はどことなく表情ひょうじょうあおざめながらつたえる。


「おまえすごいな。ってゆーか、こわいな」

「ふぅむ、まあ安心あんしんしろ。おれには子供ガキである貴様きさまいもうとのプライベートなんぞをのぞいたりするつもりなどない。 SDエスディー カードに必要ひつようなものをんだらすぐにもどしてやる」


――しんじていいのかよ。


 俺がなにえないでいると、すぐるがこんなことをう。


「まあ、不安ふあんぬぐえないのであればいえかえってあの USB 機器ききいもうとPCピーシー からはずしておけ。それでこちらからの遠隔リモート操作そうさふたた不能ふのうになる。 PCピーシーほうrootルート 権限けんげんもカーネルの脆弱性ぜいじゃくせいにパッチをてたらふたた元通もとどおりにもどしておいてやる」


「カーネル? なんだそれ?」


 俺がすぐるたずねると、こんな言葉ことばかえってくる。


OSオーエスコアというか、心臓部しんぞうぶだとおもっておいてくれればよい。貴様きさまいもうと愛用あいようしている PCピーシー に、悪意あくいのあるハッカーが侵入しんにゅうできないようにとプログラムをえてやるのだとおもっておけ」


侵入しんにゅうできないようにねぇ……しんじていいんだな? すぐる?」


「ああ、いくらおれでもハッカー電子技巧者としての最低さいてい限度げんど倫理観りんりかんくらいはわせているからな。つね日頃ひごろから学校がっこう世話せわになっている友人ゆうじんたいして、していいこととしてはいけないこと区別くべつくらいはついている」


 そんなまえ悪友あくゆう言葉ことばに、俺はおおきくいきしてこたえる。


「ま、その言葉ことばしんじるよ。勝手かってままないもうとのために色々いろいろをかけさせちまってすまねーな、すぐる


 俺がそんなふうかるれいうと、すぐるてのひらうえにしてしてきた。


「ふぅむ、では技術料ぎじゅつりょうとしてさん万円まんえんいただこうか」


かねんのかよ!?」


「まあ、おれとしても友人ゆうじんである啓太郎けいたろう家族かぞく安全あんぜんのために協力きょうりょくするのはやぶさかではないが、如何いかんせんハッカー電子技巧者はしくれとして技術ぎじゅつをタダりするわけにはいかんからな」


 すぐるはそんなことをって、ひとかすきつねのようなニヤリとした笑顔えがおかべる。


「まー、いーけど」


 俺は、自分じぶん財布さいふしりポケットからし、一万円いちまんえんさつ三枚さんまいすぐるのひらのうえいた。


「くふふ、まいどあり」


 すぐるはそんなことをって、にんまりとわらう。そして、その高額こうがく紙幣しへい三枚さんまい二本にほんゆびはさみつつ言葉ことばつづける。


「ま、億万おくまん長者ちょうじゃでシスコンの貴様きさまにはやすいものであろう」


「だーかーらー、シスコンじゃねーっつーの」


 俺の苦笑にがわらいとともみのこえが、このどことなく陰気いんき薄暗うすぐら部屋へやに、かわいたかんじでひびきわたった。


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