第72節 サタデー・ナイト・フィーバー



 それから二週間にしゅうかんちかくがって、2がつ14水曜日すいようび


 すなわち、バレンタインデー当日とうじつあさことであった。


 俺が凜奈りんなさんのさそいにせられて、チョコレートを女子じょしからもらったらホワイトデーに20ばいがえしをするという約束やくそくは、色々いろいろあってその内容ないようについて若干じゃっかんだが変更へんこうをきたすこととなった。


 この学校がっこう女子じょし生徒せいとから今日きょうチョコレートをもらったら、それがたとえ義理ぎりチョコであろうがなにチョコであろうが、一律いちりつ万円まんえん金額きんがく上限じょうげんとした希望きぼう返礼品へんれいひんをその女子じょしのクラスと名前なまえともきとって、その物品ぶっぴんあとってホワイトデーに俺から直接ちょくせつ手渡てわたしするということになった。


 いつもとおなじような時間じかんたい昇降口しょうこうぐち上履うわばきにえ、階段かいだんのぼると2かい一年生いちねんせい教室きょうしつめんする廊下ろうかには女子じょしながながれつしてならんでいた。


――うわー、本当ほんとうにずらっとならんでるよ。


 女子じょしたちがれつをなすわき廊下ろうかあるいていると、そのれつなかにて特徴とくちょうのある金色きんいろそとハネがみをした凜奈りんなさんが、そのなかにチョコレートがはいっているのであろう紙袋かみぶくろかかえて、友達ともだちとおしゃべりをしているのが視界しかいはいった。


「あっ! おはよっ! 太郎たろうくんっ!」


 襟元えりもとあおいマフラーをいている俺にづいた凜奈りんなさんは、おそらくはおなじクラスのであろう友達ともだちとのおしゃべりをやめ、そんなあさ挨拶あいさつをかけてくる。


「ああ、おはよ。これってもしかして、俺へのチョコレートの行列ぎょうれつ?」


 すると、凜奈りんなさんがサバンナに生息せいそくするネコ野生やせい動物どうぶつのように、てのひらちゅうをひっかく。


「やだなーっ! そうにまってるってばっ! ほら、ワタシ昨日きのうばんにパパと一緒いっしょにチョコレートつくってってきてあげたんだよっ!」


 凜奈りんなさんがかかげてみせたその紙袋かみぶくろはどうやら、俺が去年きょねん年末ねんまつ短期たんきのアルバイトをしていた凜奈りんなさんの実家じっかのケーキ、パティスリー・ソレイユの店名てんめいロゴがはいった紙袋かみぶくろであるようだった。


 俺は半笑はんわらいになってそっけなくかえす。


「あーうん、まあたのしみにしてるよ」


 そんなことをつたえ、俺はふたた廊下ろうかあるはじめる。


 俺が女子じょしれつけて自分じぶん所属しょぞくしているクラスにはいったところ、悪友あくゆう三人組さんにんぐみ一番いちばんうしろのおくまったところ、いつもの場所ばしょあたりでつくえならべて受付うけつけをやっていた。


おぅっそーいぞ、啓太郎けいたろうとう本人ほんにん一番いちばんおくれてどうする」


 そんなすぐるからの言葉ことばけ、俺はもうわけない気持きもちになってかえす。


「あー、わりーわりー。で、どんなかんじなんだ?」


 俺のまえでは、れつならんでいる女子じょしたちが次々つぎつぎ高広たかひろにラッピングされたチョコレートをわたして、となりさとし順次じゅんじ番号ばんごういた厚紙あつがみ整理せいり番号ばんごうカードとしてえに手渡てわたしてゆく。


 高広たかひろは、それがたしかにバレンタインデーのチョコレートであることを確認かくにんして、おおきさにおうじていろことなる付箋ふせんをつけ、うしろにある大中小だいちゅうしょうおおきさにられたそれぞれ複数ふくすうだんボールばこ次々つぎつぎ適切てきせつれていく。


 なお、これらの色違いろちがいの三種類さんしゅるい付箋ふせんにも、大中小だいちゅうしょうそれぞれのチョコレートがそれぞれいくつあるのかが一目ひとめかるように、あらかじめ番号ばんごうがつけられている。


 整理せいり番号ばんごうカードをった女子じょしたちは、その整理せいり番号ばんごう自分じぶん所属しょぞくするクラスと氏名しめい、そして希望きぼうする返礼品へんれいひん簡潔かんけつ名称めいしょうを、つくえうえいてある大学だいがくノートにボールペンでめていき、たしかにその記入きにゅう事項じこうれなくれられたかをさとし確認かくにんする。


 そして、それぞれの女子じょしっているスマートフォンにあらかじめ表示ひょうじしてもらっていた二次元にじげんコードを、すぐるがそのおのれのスマートフォンのカメラで次々つぎつぎっていく。


 この女子じょしらのスマートフォンに表示ひょうじされた二次元にじげんコードは、それぞれの女子じょしがホワイトデーの返礼品へんれいひんとしてなに希望きぼうするかをしめ電子商取引 E C サイトなどの URL アドレスに対応たいおうしている二次元にじげんコードであり、あとすぐる自分じぶんいえにあるパソコンで分類ぶんるいして整理せいりしてくれるらしい。


 この二週間にしゅうかんあいだで、簡便かんべんかつ機械的きかいてきに、なが作業的さぎょうてき女子じょし集団しゅうだんからの要望ようぼう正確せいかく処理しょりする手段しゅだんとして考案こうあんされたシステムであった。


 なお、このシステムを設計せっけい構築こうちくしたのはおおむすぐるだ。


 また、少数派しょうすうはではあるがスマートフォンをっていない女子じょし生徒せいともいるため、それらの女子じょし生徒せいとからのチョコレートは昼休ひるやすみにけることになっている。


 俺は特別とくべつなにもすることがないので、ならべられたつくえうしろから悪友あくゆう三人組さんにんぐみ事務じむ処理しょり過程かていながめていたら、見覚みおぼえのある生徒会せいとかい二年生にねんせい女子じょし三人組さんにんぐみれつならんでやってきて一連いちれん手続てつづきをえたようだった。


 その生徒会せいとかいメンバーである二年生にねんせい女子じょし三人組さんにんぐみが、つくえうしろにたたずんでいた俺にづき、近寄ちかよって挨拶あいさつをかけてくる。


啓太郎けいたろうく~ん、大盛況だいせいきょうだね~」


 小学生しょうがくせいみたいな風貌ふうぼうで、まる髪留かみどめでふたつのおがみにしている、先月せんげつ下旬げじゅん生徒せいと会長かいちょうになった裕希ゆうき先輩せんぱいがにこやかにかけてくれたこえに、俺がかえす。


「ええ、本当ほんとうに」


 すると、裕希ゆうき先輩せんぱいはこんなことをう。


啓太郎けいたろうくんにチョコレートつくってきてくれた女子じょし、すっごい人数にんずうだね~。まるでディスコみたいだね~」


 そのこえ呼応こおうして、茶色ちゃいろめたかみかってひだりでお団子だんごにして、そこからふわっとサイドテールにしてらしている沙羅さらさんがあかるくこたえる。


「チョコレートパニックだよね!」


 そして、黒髪くろかみショートヘアーに紺色こんいろのヘアバンドをつけた鈴弥すずみさんが、ましたかんじでどくはいった言葉ことばつなげる。


「チョコレイトをホワイトデーのおかえ目当めあてでおく女子じょしがこんなにおおいとは……いつかくさ外道げどうだまされないか心配しんぱいですね」


「あははー! それは、ちゃっかりとおかえしのためにチョコレートをってきた鈴弥すずみちゃんがっていいセリフじゃないよね!」


 沙羅さらさんがわらってふざけて、鈴弥すずみさんのあたまにごくかるいチョップをおともなくくわえる。


 鈴弥すずみさんが「うきゅぅ」とこえして沙羅さらさんからのチョップをあたまけると、俺のすぐちかくにいる裕希ゆうき先輩せんぱいがこんなことをつたえてくる。


「なんかね~、今日きょう啓太郎けいたろうくんにチョコレートをおくったら、おかえしに強運きょううんもらえるみたいなジンクスが女子じょしあいだまれてるみたい~」


 すると、そのうしろから鈴弥すずみさんがこえをかけてくる。


大学だいがく進学しんがくする三年生さんねんせい大多数だいたすう共通きょうつうテストがわってもう二次にじ試験しけん時期じきですからね。願掛がんかけの一種いっしゅとみなされているみたいですね」


 俺はかえす。


「あーっと……まあ、それで満足まんぞくしてもらえるならべつにいいですよ」


 そして、沙羅さらさんが俺をって裕希ゆうき先輩せんぱい鈴弥すずみさんからはなし、小声こごえつたえてくる。


「ところでところでたちばなくん? ちょっと三人さんにんだけで放課後ほうかご大切たいせつなおはなしがあるんだけど、いいかな? おねえさんたちとおはなししてくれるかな?」


なにをですか?」


 俺が漫然まんぜんかえすと、沙羅さらさんがこんなことをう。


花房はなぶさ生徒せいと会長かいちょうのことにかんして、あとたちばなくんと鈴弥すずみちゃんと一緒いっしょにおはなしししたいんだよね」


――花房はなぶさ真希菜まきなさん? 可憐かれんねえちゃんの。


――なんはなしだ? 裕希ゆうき先輩せんぱいきで。


 沙羅さらさんの真意しんいはわからなかったが、俺は沙羅さらさんのもうことわることなく、了承りょうしょう返事へんじかえした。




 で、とき経過けいかして放課後ほうかご


 そろそろかたむはじめた時間じかんたいに、俺は沙羅さらさんと鈴弥すずみさんと三人さんにん一年生いちねんせい教室きょうしつ廊下ろうかからつながるわた廊下ろうかなかにいた。


 ちなみにこのわた廊下ろうかければ、一階いっかい職員室しょくいんしつ保健室ほけんしつなどがあって、うえかいには視聴覚室しちょうかくしつ会議室かいぎしつなどがある、通称つうしょう管理棟かんりとう』とばれる校舎こうしゃいたることができる。


 まえ斎藤さいとう沙羅さらさんと都築つづき鈴弥すずみさんに俺はたずねる。


「で、斎藤さいとうさん? 都築つづきさん? おはなしってなんですか?」


 すると、鈴弥すずみさんがこたえる。


「いや、じつはそれほどまでにたいしたことじゃないんですよ。このまえ土曜日どようびに、たちばなさんからいただいたアルバイトだいのこりで、花房はなぶさ真希菜まきなもと生徒せいと会長かいちょう経営けいえいしているという大宮駅おおみやえきちかくのねこカフェに沙羅さらさんと二人ふたりってみたんですね」


 その言葉ことばに、沙羅さらさんがそのとき光景こうけいおもしているかのような恍惚こうこつ表情ひょうじょうかべて、いかにも天然てんねんでガーリーな女子じょし高生こうせいらしくゆるふわなかんじでこえす。


「そーそー、ねこたち可愛かわいかったよねー! さわらせてもらったら、ふかふかした毛並けなみの心地ごこち尋常じんじょうでないもふもふでー! ぜーんぜん人間にんげんこわがってなかったよね!」


 すると、鈴弥すずみさんがましたかおのまま沙羅さらさんにみをれる。


沙羅さらさん、沙羅さらさん。それはそのとおりでしたが、いま花房はなぶさもと生徒せいと会長かいちょう彼氏かれしさんらしきおとこひとはなしです」


「あー、そーだったよー!」


――彼氏かれしさん?


 鈴弥すずみさんは言葉ことばつづける。


ねこカフェのかえりに、沙羅さらさんと二人ふたり東口ひがしぐち駅前えきまえあるいていたら黒塗くろぬりの高級車こうきゅうしゃがアーケード商店街しょうてんがいちかくにまっていたんですね。それで、もしかしたら花房はなぶさもと生徒せいと会長かいちょうってきたくるまじゃないかと沙羅さらさんと二人ふたり遠巻とおまきにてたんです」


たしか、高級車こうきゅうしゃ代名詞だいめいしともいえるベンツェのくるまだったかな。そしたら、本当ほんとう花房はなぶさ真希菜まきな生徒せいと会長かいちょうがアーケード商店街しょうてんがいからあらわれたんだよ」


 沙羅さらさんの言葉ことばに、俺はこたえる。


「ああ、可憐かれんがいつもおくむかえしてもらってるらしい自動車じどうしゃも、たしかドイツせい黒塗くろぬりの Benzeベンツェ でした」


 鈴弥すずみさんがつづける。


「で、花房はなぶさもと生徒せいと会長かいちょうこえをかけたかったんですけど、できなかったんですね。そのとなり超絶ちょうぜつイケメンのおとこひとあるいてて、あるきながらおたがたのしそうに会話かいわをしている様子ようすだったんです」


「そーそー! 本当ほんとう物凄ものすごいイケメンだったよね! 御伽噺おとぎばなしとか少女しょうじょ漫画まんがとかのおはなし世界せかいからそのまましてきたみたいな! テレビにてる芸能人げいのうじんとかでもあんなに格好かっこういいひと、なかなかいないんじゃないかな? 金髪きんぱつだったし顔立かおだちもじゅん日本人にほんじんじゃなくて北欧系ほくおうけいはいってたよね? 絶対ぜったい?」


 そんな沙羅さらさんの言明げんめいに、鈴弥すずみさんが呼応こおうする。


本当ほんとう超絶ちょうぜつイケメンでしたね。わたし沙羅さらさんもおもわず二人ふたりして看板かんばんかげかくれてしまいましたし。もしかりに、あんなにも超絶ちょうぜつイケメンな彼氏かれし以前いぜんからいたんだとしたら、高梨たかなしもと生徒せいと会長かいちょうもそりゃあそでにされて当然とうぜんですよね」


 そのはなし内容ないように、俺はかえす。


「まあ、そりゃあ年頃としごろ女性じょせいですから彼氏かれしくらいいるんじゃないんですか?」


――俺の三歳さんさい年上としうえっていったら、今年度こんねんど19さいだ。


――あんなに魅力的みりょくてき女性じょせいだったら、そりゃあ彼氏かれしくらいいるだろう。


――あの艶麗えんれいなスタイルの女性じょせいあらがえるおとこなんて、おそらくそうそういない。


 俺が、あのかみ二本にほんった金髪きんぱつ巨乳きょにゅうロングヘアー女子じょしの、写真しゃしんうつされた魅惑的みわくてき姿すがたおもかえしていると、沙羅さらさんがかえす。


「いやー、それだといまいち納得なっとくできないんだよね。なんせ花房はなぶさ会長かいちょうわたしたちのかぎりずっと高校こうこう時代じだいに『彼氏かれしはいないしつくる予定よていもないわよ』ってってたんだよ。あの聖母せいぼのような花房はなぶさ会長かいちょうが、わたしたちにうそをついていたともかんがづらいし、本当ほんとうにそのおとこひと彼氏かれしさんなのかわからないんだよね」


 俺は憮然ぶせんとした表情ひょうじょうこたえる。


「えーっと……じゃあ、高校こうこう卒業そつぎょうしてから心変こころがわりして彼氏かれしをつくったとかじゃないんですか? そういえば、真希菜まきなさんっていま大学生だいがくせいなんですかね?」


 すると、沙羅さらさんと鈴弥すずみさんが相次あいついで言葉ことばべる。


「えっーと、東京とうきょうのおちゃみず女子じょし師範しはん大学だいがく推薦すいせん入学にゅうがくしたはずだよ」


「この二高ふたこうにおいて生徒せいと会長かいちょう経験者けいけんしゃはほぼ無条件むじょうけんに、東京とうきょうのそれなりの大学だいがくへの推薦状すいせんじょうもらえるということになっているんですね。じつは」


 俺が二人ふたりはなしをただいていると、沙羅さらさんが言葉ことばつづける。


高校こうこう卒業そつぎょうしてからできたいのあさ彼氏かれしにしては、初々ういういしさがまーったくなかったっていうか、むしろ長年ながねんった家族かぞく同士どうしみたいなかんじだったんだよね。おとこひとくるま後部こうぶ座席ざせきのドアを花房はなぶさ会長かいちょうのためにけてあげて、あとからんだかんじなんて、本当ほんとう心底しんそこたがいのことをかりっているみたいに自然しぜんながれだったんだよ」


「で、そのおとこひと写真しゃしんろうかともおもったんですが盗撮とうさつ該当がいとうしますのでそれはやめまして。どういう関係かんけいなのか、本当ほんとう彼氏かれしだったのかどうかということついでたちばなさんにいてみようとおもったという次第しだいなんですね」


 鈴弥すずみさんのげんに、俺はきょとんとしてかえす。


「それでなんで俺に? そもそもからして、俺もそのおとこひとのこと全然ぜんぜんりませんが」


 すると、沙羅さらさんがあかるくかえす。


「そりゃーあれだよあれ、たちばなくんの親友しんゆう可憐かれんちゃんっていう花房はなぶさ会長かいちょういもうとさんにさりげなくいてしいんだよね! こんなことたのめるのたちばなくんしかいないんだよ!」


可憐かれんにですか? まあできるとはおもいますけど……でもまた、なんでそんなことをおもったんですか?」


 俺がこたえつつそうたずねると、鈴弥すずみさんがすこしだけほほめてかるうつむきつつ、ずかしそうに小声こごえこたえる。


「……不確ふたしかな情報じょうほうであらぬうわさひろまって、裕希ゆうきさんを不都合ふつごうまどわしてしまうのは、あまりよくないことですからね。卒業生そつぎょうせいのスキャンダルとしては格好かっこうのネタですし。裕希ゆうきさん、本当ほんとう本当ほんとう花房はなぶさ真希菜まきなもと生徒せいと会長かいちょうのことをこころそこから尊敬そんけいしていますので」


 そんな、いままでその毒舌どくぜつぶりにおおかくされて気付きづくことができなかった、鈴弥すずみさんのいかにも幼気いたいけ十代じゅうだい女子じょし高生こうせいらしいいじらしさに、俺は意表いひょうかれる。


 そして、あたまなか理解りかいする。


――そうか。


――鈴弥すずみさんも、どくくけど心根こころねぐなんだなじつは。


――沙羅さらさんも鈴弥すずみさんも本当ほんとうに、裕希ゆうき先輩せんぱいのことを大切たいせつおもってるんだな。


 そう把握はあくした俺は、真希菜まきなさんと一緒いっしょあるいていたなぞおとこひとかんして、可憐かれんちかいうちにそれとなくたずねてみると、二人ふたりもうこころよ承諾しょうだくした。




 俺が沙羅さらさんと鈴弥すずみさんとわかれて、自分じぶん所属しょぞくしているクラス教室きょうしつかえろうとすると、その教室きょうしつ近辺きんぺんには男子だんし生徒せいとたちがあつまっていて廊下ろうかまであふれしているのが視界しかいはいった。


 教室きょうしつ周辺しゅうへんには、一年生いちねんせいのほぼ全員ぜんいん男子だんし生徒せいとあつまっているのがわかる。


 俺は人込ひとごみをかきけて自分じぶんつくえ近辺きんぺんもどり、悪友あくゆう三人組さんにんぐみ事務じむ処理しょりをしていたところに近寄ちかよった。


 ノートにシャープペンシルをはしらせていたさとしが俺にこえをかける。


「おっ、啓太郎けいたろうおかえりー。集計しゅうけいちょうどわったぜー」


 俺はたずねる。


結局けっきょく、チョコレート何人分なんにんぶんになったんだ?」


 すると、さとし軽快けいかいこたえる。


「512人分にんぶんになったなー。一年生いちねんせいから三年生さんねんせいまでの女子じょしほぼ全員ぜんいんだなー」


 その言葉ことばに、おなじくスマートフォンで事務じむ作業さぎょうをしていたすぐる反応はんのうする。


「ほぅ、512にんとな? ということはぴったり丁度ちょうどか」


 その内容ないよう疑問ぎもんかんじた俺は、すぐるたずねる。


なんで512にんがぴったり丁度ちょうどなんだ?」


「いや、にするでない。なんでもないことだ」


 すぐる言葉ことばつづいて、チョコレートを管理かんりしていた高広たかひろこえをかけてくる。


昼休ひるやすみには、佐久間さくま先生せんせいたんだよね。もちろん生徒せいとじゃなかったので丁重ていちょうことわったんだけど」


――佐久間さくま先生せんせい本当ほんとうにフリーダムだな。


 俺はそんなことをおもいつつ苦笑にがわらいをしながら、高広たかひろ管理かんりしているチョコレートが一杯いっぱいめられた、合計ごうけい12はこだんボールぐんちかづく。


 そして、そのだんボールばこたされた大中小だいちゅうしょうおおきさもラッピング形態けいたい様々さまざまなチョコレートを見下みおろしてこえはっする。


本当ほんとうに、すっげーかずだな。まー、この高校こうこう女子じょし生徒せいとほぼ全員分ぜんいんぶんだから当然とうぜんか」


――512人分にんぶん、ってことは最大さいだい総額そうがく512万円まんえんぶんのおかえしか。


――まー実際じっさいにかかる金額きんがくは、それの8けか9けくらいなんだろーけど。


――約束やくそくしちまったもんは、しっかりとまもらねーとな。


 そこで、さとし不敵ふてきなにやつきがおで、悪戯いたずらきないたちみたいにお調子者ちょうしものっぽく揶揄からかうように俺にたずねる。


「ところでさー啓太郎けいたろう昼休ひるやすみにはどーこってたんだよ? まー大体だいたい予想よそうはつくんだけどなー」


 ぎくり。


「あーっと、まあちょっとな。野暮用やぼようだよ野暮用やぼよう


 おそらく悪友あくゆう三人組さんにんぐみにはバレバレなのだろうとおもうが、じつ昼休ひるやすみの時間じかん音楽室おんがくしつにて、萌実めぐみ可憐かれん西園寺さいおんじさんから、別口べつくちでチョコレートをもらっていたのだ。


 萌実めぐみ可憐かれん西園寺さいおんじさんの女子じょし三人さんにんは、バレンタインデーにこんなことになってしまったので、そのチョコレートに高価こうかなおかえしのしな必要ひつようないとってくれた。


――幼馴染おさななじみ萌実めぐみ可憐かれんはまあかるとして、西園寺さいおんじさんもそうってくれた。


――流石さすが大企業だいきぎょう御令嬢ごれいじょうこころざしちがうな。


 俺はそんなふうに、あのうまのようにつややかなながかみ頭頂部とうちょうぶにレースのヘアバンドをつけた、いかにもお嬢様じょうさまっぽい学級がっきゅう委員長いいんちょう心遣こころづかいにむねなか感服かんぷくしつつ、チョコレートがやまのようにはいっただんボールばこ物色ぶっしょくしていた。


 もちろん、こんな数百個すうひゃっこものチョコレートは俺一人ひとりべられるわけがないので、あまったぶんはこれから一年生いちねんせい男子だんし全員ぜんいん公平こうへい分配ぶんぱいされるという約束事やくそくごとになっている。


 いま、この教室きょうしつ周辺しゅうへん一年生いちねんせい男子だんしのほぼ全員ぜんいんあつまっているのはそういう理由りゆうによる。


 そのめにかんしては、さとしまえたくみな交渉術こうしょうじゅつ発揮はっきしてくれて、すで女子じょし集団しゅうだんにも了解りょうかいけてあるのでとく問題もんだいはない。


――お、あったあった。


 俺は、物色ぶっしょくしていただんボールばこなかからひとつの紙袋かみぶくろした。


 その見慣みなれたかんじの紙袋かみぶくろには、パティスリー・ソレイユの店名てんめいロゴがはいっている。


 うまでもなく、あの金髪きんぱつ活発かっぱつなスポーツ少女しょうじょである凜奈りんなさんが、おとうさんであるパティシエの礼於れおさんとともつくってきてくれたはずのチョコレートであった。


 そして、その凜奈りんなさんからの紙袋かみぶくろを、萌実めぐみ可憐かれん西園寺さいおんじさんがくれたチョコレートがはいっている俺のかばん一緒いっしょれる。


「うん、じゃあこれで分配ぶんぱいはじめてくれ」


 その俺の言葉ことば合図あいずに、教室内きょうしつない男子だんし歓声かんせいひびき、チョコレートの一年生いちねんせい男子だんし生徒せいとへの公平こうへい分配ぶんぱいはじまる。


 女子じょしは、俺にチョコレートをおくれば、れなく上限じょうげん万円まんえんまでのおくものがおかえしとしてもらえる。


 男子だんしは、間接的かんせつてきにとはいえ女子じょしから公平こうへいにバレンタインデーのにチョコレートがもらえる。


 そして、それらを仲介ちゅうかいしたさとしすぐる高広たかひろは、クラスや学年内がくねんないでの立場たちばつよくなる。


――まあ、俺は500万円まんえんちか出費しゅっぴする羽目はめになっちまったけど。


――それで男子だんし女子じょしみんな満足まんぞくするなら、まあいっか。


――とうさんがったくるまでかかるはずだった税金ぜいきんの、代償だいしょうだとおもっておこう。


 それが、俺が大金持おおがねもちになってからはじめてのバレンタインデーにおける、学校がっこうでの出来事できごとであった。


 俺たちのいる教室きょうしつは、女子じょしらからのチョコレートをこのバレンタインデーという特別とくべつもたらされた男子だんしらの熱気ねっきで、さながら土曜日どようびよるのダンスホールであるかのようであった。

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