第11章 感謝を示すにはどんなことをすればいいのだろうか?

第71節 サバンナ




 俺が萌実めぐみ誕生日たんじょうびかるはずみなラインを送信そうしんしてしまってから、翌日よくじつ


 すなわち、2月1日木曜日もくようびあさことであった。


 いつものようにタクシーで学校がっこうへと到着とうちゃくした俺は、いつものようにかたからかばんげつつ昇降口しょうこうぐち上履うわばきにえ、いつものように昇降口しょうこうぐちちかくにある階段かいだんみしめて俺たち一年生いちねんせい教室きょうしつならんでいる2かいへとがった。


 そして、廊下ろうかけた俺がいつものように自分じぶん所属しょぞくするクラスにはいったところ、いつもとちがにした光景こうけいは――


 窓際まどぎわ一番いちばんうしろにある俺のつくえうえに、ブレザー制服せいふくスカートでおおわれた女子じょし高生こうせいにしてはちいさめのしり遠慮えんりょなくせてすわり、さとしすぐる高広たかひろ悪友あくゆう三人組さんにんぐみたのしそうに談笑だんしょうしているそとハネシャギーショートの日仏にちぶつハーフ金髪きんぱつ元気げんき新庄しんじょう凜奈りんなさんの姿すがたであった。


 窓際まどぎわにある俺のせきの近くで、さとしすぐる高広たかひろ男子だんし悪友あくゆう仲間なかま三人組さんにんぐみは、となりのクラスの金髪きんぱつ美少女びしょうじょとさながら昔馴染むかしなじみの友達ともだち同士どうしみたいに、なにやらたのしくはなんでいる。


 なお、俺のせき椅子いす新庄しんじょうさんがつくえすわるのに邪魔じゃまなのか、すこはなされた場所ばしょ位置いちしている。


 襟元えりもとあおいマフラーをいている俺がちかづくと、その気配けはいづいたのか新庄しんじょうさんが、草原そうげん獲物えものつけた野生やせい動物どうぶつみたいにきゅうなアクションでそとハネの金髪きんぱつらしていて、にこやかに挨拶あいさつをかけてくる。


「あっ! おはよっ! 太郎たろうくんっ!」


「ああ、おはよう。で、よければそこどいてくれるかな?」


 俺は、ひとつくえしりせてはなんでいるという彼女かのじょ無作法ぶさほうなふるまいを、なるべくきつい口調くちょう非難ひなんしないようにとやわらかくつたえた。


太郎たろうくん太郎たろうくんっ! 昨日きのうのグループラインでおくってたバレンタインチョコレート20ばいがえしの約束やくそくって本当ほんとうっ!?」


――いちゃいねぇ。


 俺が新庄しんじょうさんの自由じゆう闊達かったつさにこころなかあきれていると、すぐるがなんとなくニヤニヤしてこんなことを言う。


「20ばいがえしとは、またいかにも億万長者おくまんちょうじゃらしく豪奢ごうしゃたなぁー、えぇ? 啓太郎けいたろぉー」


「いやいやいや、あれはグループラインじゃなくって萌実めぐみとの個別こべつのトーク画面がめん勘違かんちがいしていただけでな……」


 俺が事態じたい説明せつめいしようとすると、おなじくなんとなくにやついたさとしかえしてくる。


一度いちどしちまった言葉ことばはもう二度にどめられねーんだぜ、啓太郎けいたろう。ラインでもなんでも、っちまったことはしっかりとまもらねーとな」


 そして、高広たかひろつづく。


啓太郎けいたろうくんって義理ぎりがたいから、だれかとした約束事やくそくごとはきっちりとまもってくれるほうだしね。それとも昨日きのうのラインでのメッセージは言葉ことばあやとか?」


 そこで俺は理解りかいした。


――新庄しんじょうさん、もうとっくに三人さんにん籠絡ろうらくえてんだな。


 そうとらえた俺はどこかあきらめた心地ここちで、つくえうえすわったままの新庄しんじょうさんにつたえる。


「あーうん、新庄しんじょうさんからもバレンタインデーにチョコくれたらホワイトデーにちゃんと20ばいがえしするよ。だから、そこどいてくれないかな?」


 すると、新庄しんじょうさんがあしをぶらぶらさせてほがらかにこたえる。


「うーんとねーっ! じゃー名字みょうじ新庄しんじょうさんじゃなくってーっ! リンナちゃんってした名前なまえんでくれたらつくえからどいてあげるっ!」


――賭金ベットげてくるとは。


 新庄しんじょうさんは、俺がなに返答へんとうしないのもおかまいなしに、あかるく言葉ことばつづける。


「だってさー! だってさー! ワタシ太郎たろうくんのことを太郎たろうくんってちゃんとした名前なまえんでるもんっ! それなのに、太郎たろうくんがワタシのことをリンナちゃんってばずに新庄しんじょうさんってぶのは不公平ふこうへいじゃないっ! なかってのは、もうちょっとこうフェアにいかなきゃ!」


 俺はあまり感情かんじょうをこめずに返答へんとうする。


「あーうん、じゃあわかったから凜奈りんなさん、そこどいてくれる? いまその凜奈りんなさんがすわってる場所ばしょ椅子いすとかじゃなくって俺のつくえうえだから。本来ほんらいすわるべき場所ばしょじゃないからね?」


 その言葉ことば新庄しんじょうさん、いや凜奈りんなさんが笑顔えがおのまま「わかったよ!」とこたえて、そのすわっている身体からだおおきくしたげた。


「よっと」


 そしてつぎ瞬間しゅんかん凜奈りんなさんはうでちから身体からだのバネを利用りようしてすわったままおおきくジャンプをし、たかびあがったとおもったらそれなりの滞空たいくう時間じかんて、両腕りょううでおおきくひろげた格好かっこう教室きょうしつゆかにほとんどおとてずにふわりと着地ちゃくちした。


「「「おおー」」」


 パチパチパチ


 悪友あくゆう三人組さんにんぐみが、その華麗かれい運動うんどう神経しんけい発露はつろ歓声かんせいげ、柏手はくしゅつ。


 そのあまりにもびとしたのこなしに、俺はあたまなかでこんなことをおもう。


――なんっつーか、凜奈りんなさんって。


――日本公共放送局N K H動物どうぶつドキュメンタリー番組ばんぐみてた。


――サバンナに生息せいそくする、ジャンプが得意とくいなネコ野生やせい動物どうぶつみてーだな。


――サーバルキャット? って名前なまえだったよなたしか。


 俺は、かたからげていた通学用つうがくようかばんはずし、凜奈りんなさんがりた俺のつくえわきにそのかばんひもっかける。


 そして、彼女かのじょつくえうえすわるためにすこはなされていた椅子いすってせきこうとすると、凜奈りんなさんからこんなことをたずねられた。


「ねーねーっ! 昨日きのうのラインでは、バレンタインデーにチョコくれるなら義理ぎりチョコでもなんでもいいっていってたよねーっ! それって、だれからのチョコもこばまないってことだよねーっ!?」


 その、元気げんきいっぱいな日仏にちぶつハーフ金髪きんぱつ美少女びしょうじょ気迫きはく若干じゃっかんされ気味ぎみになりながらも、俺は律義りちぎこたえる。


「ああ、べつだれからのチョコも拒否きょひしたりなんかしないけど?」


 すると、凜奈りんなさんがかがやかせて元気げんきこえはっする。


「ってことはさー! となりのクラスのワタシのお友達ともだちとかからでも、バレンタインデーにチョコレートもらったら20ばいがえしってことだよねーっ!?」


――へ?


 俺がすこ面食めんくららってるのもおかまいなしに、凜奈りんなさんは言葉ことばつづける。


「それとも、あのラインでってたことうそとか冗談じょうだんとかっ!? 義理ぎりチョコでもなんでもバレンタインデーにチョコもらったら20ばいがえししてやるってのはっ!?」


 そんな凜奈りんなさんの言葉ことばに、くにけなくなった俺はしぶしぶながらも返答へんとうする。


「あーっと、べつ凜奈りんなさんの友達ともだちとか、らないひとからでもバレンタインデーにチョコレートもらったらホワイトデーに20ばいがえししてやるよ」


 俺がそうったつぎ瞬間しゅんかんであった。


 凜奈りんなさんが背中せなかせ、教室中きょうしつじゅうにいたほかのクラスメイトにかって両手りょうてげ、りながらこんなことをさけんだ。


「みんなーっ! 太郎たろうくんとの約束やくそくけましたーっ!!」


「「おおー!」」


 パチパチパチパチパチ


 すると、クラスじゅう女子じょし生徒せいと全員ぜんいん歓声かんせいげておおきな拍手はくしゅらした。


――へ? どういうことだ?


 凜奈りんなさんに対する拍手はくしゅ喝采かっさいの中で俺がポカンとしてまるくしていると、うさぎのような幼馴染おさななじみ萌実めぐみ一緒いっしょに、ライオンのような金髪きんぱつポニーテールのセクシーギャルである親友しんゆう可憐かれんが、微妙びみょうわらがおで俺たちに近寄ちかよってきた。


 ひらかれたブラウスのうえからなまめかしいむね谷間たにま主張しゅちょうしている可憐かれんが、空笑そらわらいをしながらこんなことをう。


「ケータ、じつはね、ケータが昨日キノーのグループラインでおくった中身なかみ、そのがもうクラスじゅうどころか学年中がくねんじゅうヒロめちゃってたの」


「え? マジ?」


 俺がかえすと、可憐かれんとなりにいた萌実めぐみもうわけなさそうな表情ひょうじょうをしつつ、両手りょうてわせてこんなことをってくる。


啓太ケータアタシがついグループラインで写真しゃしんおくっちゃったから……こんなことになっちゃってごめんなさい」


 そんな状況じょうきょう様子ようすに、俺は唖然あぜんとする。


 そして、ちかくにいたすぐるが俺のかたうでまわして意気いき揚々ようようつたえてくる。


「はっはっはぁー! 迂闊うかつだったな啓太郎けいたろぉー! まあ大金持おおがねもちになったがゆえ税金ぜいきんだとおもって大人おとなしくホワイトデー20ばいがえしの約束やくそく負担ふたんするといい!」


 そして、さとし言葉ことばつなげる。


多分たぶんだけど、ぜんクラスどころかぜん学年がくねん女子じょし生徒せいとからバレンタインデーのチョコレートもらえるだろーぜ。なんせ500えん程度ていどのチョコだとしても、ほんの一か月いっかげつで1万円まんえんくれーのおかえしにけるんだからなー」


 さらに、高広たかひろつづける。


べきれないぶんのチョコは、ぼく三人さんにんだけじゃなくてクラスの男子だんし全員ぜんいんべるのってあげるから安心あんしんしてね、啓太郎けいたろうくん」


――もしかして。


――完璧かんぺきに、ハメられた?


 俺がなにえないでいると、凜奈りんなさんが俺にちかづいてこんなことをう。


「だってだって、太郎たろうくんのってるその強運きょううん太郎たろうくんだけでひとりめしてちゃずるいもんっ! やっぱり、おな学校がっこうのみんなにもある程度ていどおすそわけするべきだよっ!」


――本当に、悪気わるぎがないしわるびれないなこの


――ただ、その悪念あくねんのなさが余計よけいまわりをまわしてんだけど。


――まったく悪意あくいがないゆえまわりに悪戯いたずらをする、あくむすめだな。


 俺がそんなことを心中しんちゅうひそかにおもっていると、始業しぎょう開始かいし五分前ごふんまえ予鈴よれいって凜奈りんなさんは自分じぶんのクラスにかえってった。


 俺もほか生徒せいと同様どうように、うしろのロッカーから教科書きょうかしょ資料集しりょうしゅうしてきて、今日きょうけるはずの授業じゅぎょう準備じゅんびすすめる。


 そして、始業しぎょう時間じかん合図あいずである本鈴ほんれいって担任たんにん女性じょせい教師きょうしよこにスリットのはいった膝上ひざうえスカートのレディースーツを佐久間さくま雫音しずね先生せんせいはいってきた。


 日直にっちょくごえにより起立きりつれい着席ちゃくせきおこなわれ、毎朝まいあさ日課にっかとして出席しゅっせき確認かくにん点呼てんこおこなわれ、ホームルームがはじまる。


 赤茶色あかちゃいろめられたながかみを、りょうサイドにけてらしてお嬢様じょうさまみたいにくるくるとしたたてロールのカールをかけている担任たんにん女性じょせい教師きょうしは、ホームルームをはじめるなりこうった。


「えー、みなさん。今日きょうから二月にがつですが、さむさが一番いちばんきびしい時期じきですので、どうか風邪かぜなどひかないように健康けんこうにはけてください。とく今年ことしもまたインフルエンザが流行はやってますので、手洗てあらいうがいなどは徹底てっていするようにしてください」


 そんな、いかにも先生せんせいらしい忠言ちゅうげんおこない、佐久間さくま先生せんせい言葉ことばつづける。


「さて、二月にがつといえばじつは先生、明後日あさっての2月3日が誕生日たんじょうびで、そのに29さいむかえます」


 先生せんせい言葉ことばに、さきほどの余韻よいんでハイテンション気味ぎみになっていたクラスメイトたち先生せんせいに対して祝福しゅくふく言葉ことばげかける。


「「おめでとー!」」


「「先生せんせいおめでとー!!」」


 みんなやんやんやんやと祝福しゅくふくをし、さとしゆびっかをつくって口笛くちぶえまでいている。


 と、そこに先生せんせい笑顔えがおでクラスの生徒せいとからの寿ことほぎをる。


「うふふ、みんなありがとう。クラスのみんなの気持きもちはありがたくっておくわね」


 そしてつづけて、なに大切たいせつなものがけているかのように表情ひょうじょうくらくして、はらそこからひびくようなこえす。


「……でも本当ほんとうは、全然ぜんっぜんおめでたくなんかないんだけどね。あとたった一年いちねんかそこらで30さいになるこのアラサーの年齢ねんれいで、相変あいかわらず独身どくしん未婚みこんうえながいおいをのぞんでくれる彼氏かれしができる気配けはいとかが、げんにまったくないし」


 教室きょうしつのこの空気くうきが、一気いっきおもくなった――


むかしひと上手うまったもんね。いのちみじかこいせよ乙女おとめあかくちびるせぬに。まだ高校生こうこうせいのみなさんは、とく女子じょしはよくおぼえておきなさい。わかころってのは本当ほんとうにあっというわかさってものにあまえていたら本当ほんとうに、ほんっとーぅに、20だいなんてあっというっていくのよ」


 と、そこで先生せんせい表情ひょうじょう朗転ろうてんさせて言葉ことばつづける。


「うふふ、でも先生はぁー、あんまり悲観ひかんなんてしてないんだけどねぇー? なんせこのクラスにはぁー、やさしくてやさしくて超々ちょうちょう大金持おおがねもちな可愛かわい可愛かわい生徒せいとくんがいるんだしぃー」


 先生せんせいがいかにも色好いろごのみのキャリアウーマンらしく、うっとりとしたまなこでこちらをてきたので、俺はまどそと視線しせんらした。


 まるで、どくがあるかもしれないへびにらまれたかのような気分きぶんになりながら、俺は窓向まどむこうにあるはる彼方かなたにある二月にがつはいったばかりのふゆ青空あおぞら見上みあげる。


 今日きょう一時限目いちじげんめ現代文げんだいぶん時間じかんなので、古典こてん教師きょうしである佐久間さくま先生せんせいもなく教室きょうしつからていくはずだ。


 そしてふゆそらながめながら、俺はぼんやりと物思ものおもいにふけっていた。


――2がつ土曜日どようびか。


――とうさんとかあさんが、横浜よこはま埠頭ふとうから世界せかい一周いっしゅうクルーズへと出航しゅっこうするだな。


 たからくじで子供こども数百すうひゃく億円おくえんというちょう大金たいきんてて、一夜いちやにしてちょう大金持おおがねもちとなった俺の両親りょうしんは、これから一年いちねんちかくという時間じかんをかけてゆったりと世界中せかいじゅう旅行りょこうするつもりなのだとか。


 ちなみに、去年きょねんおや日本中にほんじゅうをドライブしてまわるために俺名義めいぎったという高級こうきゅう輸入ゆにゅう自動車じどうしゃは、埠頭ふとうから運転うんてん代行だいこう業者ぎょうしゃ依頼いらいして大宮おおみや駅前えきまえにあるタワーマンションビルにはこばれる予定よていらしい。


 とうさんからのはなしによると、ドイツのバイエルンしゅう本社ほんしゃがあるという有名ゆうめい老舗しにせ自動車じどうしゃメーカー、 BWMビーヴェーエムの1500万円まんえんちかくする高級こうきゅう輸入ゆにゅう乗用車じょうようしゃであるらしい。


 自動車じどうしゃ所有者しょゆうしゃ名義めいぎ一応いちおう、俺ということになっているらしいので、運転手うんてんしゅやとって運転うんてんしてもらうなり、成人せいじんしたら免許めんきょって自分じぶん運転うんてんするなりして、きに使つかっていいとのことだ。


――運転うんてん免許めんきょとか、べつってなくても自動車じどうしゃって所有しょゆうできるんだな。


 そしてもちろん、おや青山あおやま輸入ゆにゅう自動車じどうしゃディーラーにてえらんで購入こうにゅうめた高級こうきゅう乗用車じょうようしゃが、俺の名義めいぎになっているのにも理由わけがある。


――高級品こうきゅうひん購入こうにゅう翌年よくとし発生はっせいする贈与ぞうよぜいを、回避かいひするためだ。


 島津しまづさんがおしえてくれたところによると、子供こどものおかねおやなに高級こうきゅう物品ぶっぴんってあげて、おやがその所有しょゆう意思いししめすことは法律上ほうりつじょうの『贈与ぞうよ』に相当そうとうする行為こういであり、贈与ぞうよぜい発生はっせい対象たいしょうになるのだとか。


 もし、俺の口座こうざからされたおかねった1500万円まんえんほどの高級こうきゅう自動車じどうしゃとうさんの名義めいぎ所有者しょゆうしゃとして登録とうろくしてしまうと、からおやへの贈与ぞうよとして購入こうにゅう翌年度よくねんどに500万円まんえんほどの贈与税ぞうよぜい発生はっせいし、さらにその税金ぜいきんを俺のっているおかね肩代かたがわりをするとその肩代かたがわりした税金ぜいきんたいしても50万円まんえんほどの贈与税ぞうよぜい発生はっせいしてしまうのだとか。


 すなわち、俺たち家族かぞくは――


 法律ほうりつのプロフェッショナルとして仕事しごとをしている、弁護士べんごしである島津しまづさんの助言じょげんたったひとつで、550万円まんえんほどの税金ぜいきん節約せつやくできたのだといえる。


 俺の両親りょうしんは、まだ高校こうこう一年生いちねんせい未成年みせいねん子供こどもである俺の法定ほうてい代理権だいりけんとかいう権利けんり自明じめいっているので、こんなことができるらしい。


 いうなればこれは、現代げんだい日本にほん存在そんざいするズルチートのひとつだ。


――本当ほんとうに。


――法律ほうりつって、っている人間にんげん味方みかたなんだな。


 俺はまどそと見上みあげながら、そんなことをぼんやりとおもう。


――助言じょげんひとつでサクッと550万円まんえんほど税金ぜいきん節約せつやくできたってはなしだけど。


――550万円まんえんって、冷静れいせいかんがえれば一流いちりゅう企業きぎょう正社員せいしゃいん年収ねんしゅうなみだよな。


――ひたいあせして労働ろうどうで550万円まんえんかせごうとおもったら、どれだけ大変たいへんか。


――感覚かんかくがちょーっとばかり麻痺まひしてるのかもしれねーな。


 そんなことをかんがえていると、いつのにかホームルームが終わって佐久間さくま先生せんせいていき、現代文げんだいぶん担当たんとう中年ちゅうねん男性だんせい教師きょうしはいってきて一時限いちじげん現代文げんだいぶん授業じゅぎょうはじまる頃合ころあいになる。


 俺たちクラスの生徒せいとは、現代文げんだいぶん担当たんとう教諭きょうゆである四十よんじゅうだい後半こうはんほどの、いかにも文学ぶんがくきそうな眼鏡めがねをかけたひげもじゃの男性だんせい教師きょうしたいして、日直にっちょくごえ起立きりつれい着席ちゃくせきおこなう。


 そして、いつものように授業じゅぎょうはじまる――


 現代文げんだいぶん授業じゅぎょうけながら、俺はさきほどの凜奈りんなさんとの会話かいわをきっかけとして学校がっこうみんなわすことになってしまった約束やくそくについてこんなこともかんがえていた。


――大金持おおがねもちになったからといって、まったくまわりのことをかえりみず、勝手かってままに行動こうどうしていいわけじゃない。


 むしろぎゃく億万長者おくまんちょうじゃとして大多数だいたすうからうらやましがられている立場たちばであるがゆえに、うそをついたり約束やくそくやぶったりしてみんなからの信頼しんらいうしなってしまえば、評判ひょうばん失墜しっつい二度にど回復かいふくすることができないかえしのつかない状況じょうきょうおちいってしまう。


 それは、まれながらの大金持おおがねもちである可憐かれん二学期にがっきに俺におしえてくれたことだ。


 そこで、さきほど凜奈りんなさんがあかるくしゃべってた言葉ことば脳裡のうりかぶ。


――なかってのは、もうちょっとこうフェアにいかなきゃ!――


 アンフェア、つまり公平こうへいでないときに人間にんげんつよいきどおりをかんじるものだ。


 たとえそのいきどおりが、まったく意味いみがなくなん利益りえきももたらさないものでも、人間にんげん自然しぜんとそうかんじてしまう。


――だから俺が、クラスや学校がっこうのみんなにもある程度ていど幸運こううんまえあたえるのは、どうしても必要ひつようなことなんだろーな。


――これからも学校がっこうかよって集団しゅうだん行動こうどうをする以上いじょう大多数だいたすうからの『処刑しょけい』をける可能性かのうせい人間ひととしてなるべくけとかねーとな。


 そんな、この大金持おおがねもちになってしまったという事情じじょうがあるがゆえの、我儘わがままつつしんだほうためだという事実じじつ自覚じかくしつつ、俺はいつものように授業じゅぎょうけていた。

 

 このはじまったばかりの二月にがつというつき下旬げじゅんに、俺のなにこる運命うんめいとなっているかなど、当然とうぜんりもしないまま――


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