第66節 13デイズ




 さて、美登里みどりから、俺が数百億円すうひゃくおくえんっているということが軒端月のきばづきさんにバレたとSMSで連絡れんらくはいってからカラオケルームにもどり、俺たち四人よにんはテーブルをはさんでかいってソファーにすわっていた。


 さきほどのせきならじゅんとはことなり、ソファーの入口いりぐちドアがわに俺がすわり、そのとなりカラオケルームのおくほうにはいもうと美登里みどりすわっている。


 そしてグラスが4つとミュージックリクエストようのリモコンパネルがかれたテーブルをはさんで対面たいめんには、あたまうえにアホたせたショートボブヘアーで純白じゅんぱくのゴスロリ衣装いしょう姫子ひめこちゃんが内股うちまたで、そのとなりにやはりアホたせたロングヘアーで漆黒しっこくのゴスロリ衣装いしょう軒端月のきばづきさんが並んで座っている。


 きょくはとりあえずすべてキャンセルしているので、このカラオケモニターじょうにはカラオケボックス特有とくゆうのアピール映像えいぞうかえながつづけている。


 テーブルをはさんで俺のなな前方ぜんぽうにいる、くろいフリフリのゴスロリ衣装いしょうを身に着けた軒端月のきばづきさんがソファーにすわったままうでを組み、どこかニヤニヤとした不敵ふてきみを浮かべてこうげる。


太郎たろうだなんて名乗なのるから、ずいぶんと没個性的ぼつこせいてき意味いみしなハンドルネームなんだなって思ってたんだけど、本名ほんみょうはそんなアニメとかラノベとかに出てきそうな感じの漫画まんがチックな名前なまえだったんだ」


――かえ言葉ことばもない。


 何しろ、数か月前にアメリカの宝くじにて数百億円という超大金を当ててしまったという日本人にほんじん旅行者りょこうしゃである当選者とうせんしゃ実名じつめいは、公共こうきょう電波でんぱって全国ぜんこく放送ほうそうされ、世間せけん一般いっぱんひろ周知しゅうちされているのである。


 興味きょうみのないひとならすぐにわすれるようなニュースなのだろうが、そういうニュースとかいうものはおぼえているひとならわりとよく詳細しょうさいおぼえているものだ。


 おそらく軒端月のきばづきさんは、先ほどの声優せいゆうさんとの握手あくしゅ会場かいじょうにて大声で叫ばれてしまったタチバナという名字みょうじを聞いて、俺がその当選者とうせんしゃであるということを推測すいそくしたのであろう。


 すると、となりに座っている美登里みどりがぼそっと声を出す。


「……まあ、たしかにたちばなって名字みょうじはオタクくさいよね」


 いもうと自嘲じちょうじみた言動げんどう否定ひていするかのように、姫子ひめこちゃんがフォローを入れる。


「そんなことないよおねえちゃん! ぼくはおにいさんの名前なまえ古風こふう格好かっこういい名前なまえだと思う!」


 俺の丁度ちょうど向かい側に座っている姫子ひめこちゃんはそんなことを言ってから、俺に対して理想りそう男性だんせいを見ている少女であるかのようなキラキラかがやおおきなひとみけてくる。


 俺がかぎりでは、フリルの付いた純白じゅんぱくのロングスカートゴスロリ衣装いしょう姫子ひめこちゃんには、いかにも美少女びしょうじょらしいうるわしさのかがやきがそのととのった顔立かおだちにあふれんばかりにちている。


――本当ほんとう美少女びしょうじょみたいだよな、この


――でも、おとこなんだよな。本当ほんとうは。


――じつはまだ声変こえがわりもしていない、中学生ちゅうがくせい美少年びしょうねんだったってことか。


 ちなみに、この姫子ひめこちゃんが本当ほんとう円彦かずひこくんという名前なまえおとこであることは美登里みどりにはかしていない。


 姫子ひめこちゃんも、俺が学生証がくせいしょうひろってその中身を見たということはまだ知らないはずだ。


 なお、俺がトイレの前でひろったあの姫子ひめこちゃんの学生証がくせいしょうは、俺がこっそりとカラオケルームにあるテーブルづくえの下に落として、三分の二の確率かくりつで目の前のゴスロリ服を着た二人どちらかの手に渡るようにセッティングしてある。


 美少女然びしょうじょぜんとした姫子ひめこちゃんが、俺にあこがれの眼差まなざしをけつつ感激かんげきちたこえつたえてくる。


「それにしてもすごいです! まさか、ぼくをアニメショップの階段かいだんめてくれたあのおにいさんが七百億円ななひゃくおくえんたからくじでててニュースになっていたあの有名ゆうめいかただったなんて! 本当ほんとう本当ほんとうにおにいさんって、王子様おうじさまだったんですね!」


 そんな、姫子ひめこちゃんのまるで少女しょうじょのようなたか歓声かんせいに、俺は苦笑にがわらいをしながら返す。


「いや、俺はもとからは一般いっぱん庶民しょみん王子様おうじさまとかじゃないし。そもそも、税金ぜいきんとかでいろいろとかれて今持ってるのは三百億円さんびゃくおくえんを少し超えるくらいかその程度ていどだからね?」


 すると、前髪まえがみを分けてそのおでこをせている軒端月のきばづきさんが、どこか冷めたような、もの言いたげな表情でじっと俺の目を見定みさだめてげる。


「それでも充分じゅうぶんぎるほどの綺襦きじゅ紈袴がんこにして、超々ちょうちょう大金持おおがねもちじゃない。まだ高校生こうこうせいとかそこらへんの年齢ねんれいなのに、そんじょそこらの資産家しさんかじゃ到底とうていかなわないほどの超大金ちょうたいきんっているってのが、どれだけ規格外きかくがい並外なみはずれたことだと思ってるの?」


 軒端月のきばづきさんがそこまで言うと、俺の隣に座っているいもうと美登里みどり両手りょうてりょう太腿ふとももの上に乗せたポーズのまま言葉を発する。


「……軒端月のきばづきさん、このことほかひとには秘密ひみつにしておいてくんない? なんだったら、ここのカラオケルームでのいのおかねとか時間じかん料金りょうきんとかも、全部ぜんぶおごるから……おにいちゃんが」


――って、俺がかよ。ま、そりゃそうだろうけど。


 軒端月のきばづきさんが表情ひょうじょうを明るくして、つくえうえに置いてあったカラオケてんによくありがちな飲食用いんしょくようのメニューを手に取って広げる。


「えっ!? ぜーんぶおごり!? やっりぃー! ひーちゃん、なにたのもっか!?」


「おねえちゃん……おにいさんの了解りょうかいを取ってからじゃないとまずいよ」


 そんな、おねえさんよりよっぽどおんならしい姫子ひめこちゃんのつつましやかな反応に、俺はできるだけ余裕よゆう綽々しゃくしゃくであるかのようなふりをして返す。


「ああ、俺はおごりでもまったく全然ぜんぜんかまわないよ。軒端月のきばづきさんも姫子ひめこちゃんも、食べたいものや飲みたいものがあったら、何でも好きなもの頼んでよ」


 俺がそう返すと、軒端月のきばづきさんは晴れやかにメニューの品目ひんもく視線しせんはしらせてこえはなつ。


「えーっと、じゃあ食べ物とかはあとでゆっくり決めるとして、まずはそれぞれの好きな飲み物とか頼もっか。ひーちゃんは何が良い?」


 すると、姫子ひめこちゃんがお姉ちゃんである軒端月のきばづきさんの持つメニューをのぞみつつ遠慮えんりょがちにげる。


「えーっと……じゃあぼくは、カルピルソーダをお願いしようかな」


 そして、いつの間にかもう一つあったメニュー表を手に取って広げていた美登里みどりこえはっする。


「……おお、こっちのメニューにはベジタブルジュースある。軒端月のきばづきさん、わたしはこれで」


 いもうとがそう言うと、軒端月のきばづきさんはとなりにいる姫子ひめこちゃんの前を横切って、出入り口ドア付近ふきんかべ設置せっちされている内線ないせん電話でんわ受話器じゅわきに近づく。


 そして振り返って、ドアがわせきに座っている俺に尋ねる。


「それじゃ太郎たろうくんは、何がいい?」


「あ、じゃあ俺はゼロカロリーのコーラで」


 俺の声を聞いた軒端月のきばづきさんは、内線ないせん電話でんわ受話器じゅわきって回線かいせんこうの店員てんいんさんに注文ちゅうもんおこなう。


「すいません、飲み物の注文お願いします。カルピルソーダとベジタブルジュースとゼロカロリーコーラ、それからカシスオレンジお願いします」


 美登里みどりと同じくらいの背丈せたけ小柄こがら細身ほそみな少女が、電話口で店員さんにカシスオレンジという名前のアルコール飲料を注文したので、俺は注意をうながす。


「こらこら、十代じゅうだいがおさけたのむのまでは許可きょかしてないぞ」


 俺がそう言うと、受話器を置いた軒端月のきばづきさんがその漆黒しっこくのゴスロリ衣装いしょうのポケットから小型の財布さいふを取り出し、その中から何やらクレジットカードだいのプラスチックカードを取り出してかかげてきた。


アタシ、もうとっくに十代ティーンぎてて21歳なんだけど」


――え?


 俺がソファーから立ち上がって、その軒端月のきばづきさんがかかげたプラスチックカードにかおちかづけてよく見てみると、そのカードはどこかの大学だいがく学生証がくせいしょうであることがわかった。


 カードの左端ひだりはしにある軒端月のきばづきさんのかお写真じゃしんのすぐ右横みぎよこには、本名ほんみょうともにこんな表記ひょうきがなされてある。


モリ 深月ミツキ


『2002年 12月4日 生』


――うわ、マジだ。げん時点じてんで21歳だ。


――っていうか、明日香あすかねえちゃんより年上としうえなのかよ!?


 俺が呆然ぼうぜんとその身分みぶん証明しょうめいカードを見ていると、ソファーから立って後ろから近付ちかづいてきた美登里みどりのぞみ、言葉ことばはっする。


「……おお、軒端月のきばづきさん上智じょうちソフィアだい大学生だいがくせい? あたまいんだ」


 そのいもうとこえに、俺は再度さいどその学生証がくせいしょうを確認する。


 どうやら目の前にいるゴスロリ衣装いしょうまとっている小柄こがら女性じょせいである軒端月のきばづきさんは、東京とうきょう都心としんにキャンパスがあるという名門めいもん私立しりつ大学だいがく上智じょうちソフィア大学だいがく大学生だいがくせいであるらしかった。


 すると、軒端月のきばづきさんはどこか得意とくいげなかおになる。


「ふふふっ、まーね。一応いちおう、おとうさんが国土こくど交通省こうつうしょう官僚かんりょうやっておりますので」


 そんなドヤがお披露ひろうする軒端月のきばづきさんのまえで、俺のとなりにいる美登里みどり感心かんしんしたような声を出す。


 そして、軒端月のきばづきさんが片方かたほうてのひらを上に向けて大きくため息をくかのように言葉ことばつづける。


「ま、おとうさんはあたまいんだけど、ちょっと見た目がきわめてやさしいかんじっていうかぶっちゃけ地味じみなんだよね。わかいころにモデルやってたおかあさんのはなやかな容姿ようしっていうかルックスはぜーんぶひーちゃんにっちゃったし」


 そこまで言われたところで、俺はあらためてかえり、ソファーに一人ひとりだけすわったままだった美少女びしょうじょのような容貌ようぼうである純白じゅんぱくのゴスロリ衣装いしょう綺麗きれいかおる。


――姫子ひめこちゃんのおかあさん、もとモデルさんだったのか。


――だからあんなに、美少女びしょうじょっぽい顔立かおだちをしてるんだな。


――ま、本当ほんとうおとこなんだけど。


 俺がそんなことをひそかに思っていると、となりにいた美登里みどりおもむろにとてとてとテーブルづくえちかづく。


 そして、美登里みどり無言むごんをかがめ、テーブルの下に落ちていたちいさな冊子さっしに手を伸ばす。


――あ、それは俺が落としておいた。


 すみやかにその生徒せいと手帳てちょう冊子さっしひろげ、そのひらけた美登里みどり背中せなかがぴくりとうごいてかたまる。


 美登里みどりの小さな声が、カラオケルームのなかひびく。


「……え? もり円彦かずひこ……!?」


 こちらからは美登里みどりかおえないが、驚愕きょうがく表情ひょうじょう見開みひらいているのがいつも一緒いっしょらしているあにである俺にはありありと想像そうぞうできた。


――ああー、三分の一を引いちまったかー。


 俺がそんなことを心中しんちゅうおもっているまえでは、美少女びしょうじょのような純白じゅんぱくでフリフリのゴスロリ衣装いしょうまとってあたまちいさなしろいフェルトハットをけた姫子ひめこちゃん、いや円彦かずひこくんが、かおにしてあせりを誤魔化ごまかすかのようなわらいの表情ひょうじょうくちおおきくおおきくひらけていた。




 で、このカラオケルームにいる純白じゅんぱくのゴスロリふく姫子ひめこちゃんが円彦かずひこくんという名前の男の子であるということが俺と美登里みどり兄妹きょうだいにバレて、あらためて俺たち四人よにんはそれぞれの兄妹きょうだい姉弟きょうだいで向かい合ってソファーに座っていた。


 となりで俺に接近せっきんしてすわっている美登里みどりが、どことなくドンきしたふくみのはいった声色こわいろで、まえ円彦かずひこくんにつたえる。


「……ぱっとかんじのビジュアルじゃ全然ぜんぜんそういうふうにはえないけど……実際じっさいには女装じょそうしたおとこだったんだ」


「はい……おずかしながら……じつはぼくはこのまえ十二月じゅうにがつに13さいになったばかりの一年生いちねんせい男子だんし中学生ちゅうがくせいです」


 円彦かずひこくんは恐縮きょうしゅくし、内股うちまたのままかしこまってかたをすくめている様子ようすであるのがわかる。


 美登里みどりはなんとなくあおざめたかんじで、なに得体えたいのしれないものをおそれているかのように、ぴったりととなりにいる俺にくっついている。


 俺はその密着みっちゃくさせている、ソファーのとなりすわっている美登里みどりたずねかける。


美登里みどり、そもそもおまえオタクコンテンツにかんしては雑食ざっしょくってやつでこういう内容ないよう漫画まんがとかもたのしんでるんじゃなかったのか? もそこそこたしなむってこのまえ年末ねんまつ二日目ふつかめのコミマ会場かいじょうってたばかりだろ」


「……いやー、わたしは確かに BLボーイズラブ女装子じょそこものなんかの女子じょしコンテンツもそれなりにたしなむけど……二次元にじげんのキャラクター専門せんもんで……三次元さんじげんのナマモノにはちょっと耐性たいせいないかな」


 美登里みどりのどこかおびえのはいったこえに、俺はこたえる。


「あーっと……まあそうはっても、性嗜好せいしこうがちょっとばかり特殊とくしゅなだけの、いわゆる性的せいてきマイノリティなに対しての偏見へんけんくないぞ」


 俺があにとしてそういうふう美登里みどり倫理的りんりてきみちさとしてやると、円彦かずひこくんがあせがお両腕りょううでをすぼめつつ、ソファーからがり否定ひていする。


ちがいます! ぼくは……! ぼくはほかひとよりちょっとだけ……女装じょそうをすることがきで……おとこひと同士どうし恋愛れんあいをするような BLボーイズラブ コミックスがきで……おんなきそうなうつくしくて可愛かわいらしいものがきで……それから格好かっこういいおとこひときなだけで……特殊とくしゅじゃありません! 普通ふつうです!」


 その、眼前がんぜんにいるおとこもうひらきをき、あにである俺のとなりすわっているながいツインテールかみいもうと美登里みどりがジトになってかえす。


「……結局けっきょくのところ、すべてホモでは?」


――美登里みどり! ストレートにうんじゃない!


 美登里みどりきぬせぬ発言はつげんに、俺がこころなかみをれていると、テーブルの向こうの円彦かずひこくんがふたたびソファーにふかすわなおしてしゅんとなる。


「そうですよね……やっぱり気持きもわるいですよね。女装じょそうきなおとこなんて」


 しょげている円彦かずひこくんに、俺はできるだけ柔和にゅうわな感じで話しかける。


「あー、いや、すくなくとも俺は全然ぜんぜんにしないよ。趣味しゅみなんてひとそれぞれなんだし。それに、俺の親友しんゆうにも小学生しょうがくせいのころにおとこのふりをしてたおんながいるから、そういうのにはあんまり抵抗ていこうないよ」


 俺がそう言うと、円彦かずひこくんは顔を上げてかがやかせる。


本当ほんとうですか!? お兄さん!」


「ああ、本当ほんとうだよ」


 すると、先ほどから黙っていた軒端月のきばづきさん、いや深月みつきさんが口を開く。


「そーそー、人間にんげんの持っている好尚こうしょう嗜好しこうなんて人それぞれなんだから。お互いがお互いに特殊とくしゅ趣味しゅみ性癖せいへきを持ってても、ちゃんとみとうって姿勢しせい大事だいじにしなきゃ」


 俺が見たところ、どうやら深月みつきさんは先ほどからおのれの持ってきた平たい板状のタブレットパソコン、 ai-Padアイパッド操作そうさしていたようであった。


 そして、これ以上いじょうないほどのにやけた顔でその手に持つタブレットパソコンを裏返うらがえして、その画面がめんを見せてくる。


太郎たろうくんもさぁ、せぇーっかくひーちゃんとおな趣味しゅみってことなんだから、仲良くしてあげてねぇー!?」


 深月みつきさんがそう言いながら見せてきたタブレットパソコンの画面には、俺が去年の年末に中国人ちゅうごくじんコスプレイヤーである天羽てぃえんゆぅさんの小物こものさがしをたすけるさい羽目はめになってしまった、コミックマーケティア会場かいじょう付近ふきん公園こうえん披露ひろうした女装じょそうコスチュームプレイの写真しゃしんが映し出されていた。


「げっ!」


 思わず出してしまった俺のこえに、美登里みどりつぶやきをかぶせる。


「……あ、おにいちゃんのこないだのまとめサイトの写真しゃしん


 美登里みどり不用意ふよういくちすべらし、深月みつきさんの口角こうかくがにやりと大きくゆがむ。


「こないだのコミマの二日目ふつかめ参加さんかしたってさっき言ってたから調べてみたんだけど、やーっぱりこの女装じょそうコスプレイヤー、太郎たろうくんだったんだ。やけにてるなーって年末ねんまつにひーちゃんと一緒いっしょはなしてたんだけど」


 深月みつきさんがそう言うと、円彦かずひこくんがそのタブレットパソコンの画面がめんをちらりと見てから、再びこちらの方にキラキラかがやおおきなひとみを向けてうきうきした表情ひょうじょうせてくる。


「えっ! じゃあこの女装じょそうしたコスプレイヤーのおとこひとってやっぱりおにいさんだったんだ! おにいさん! おにいさんもぼくとおな趣味しゅみ嗜好しこうぬしだったんですね! うわぁー感激かんげきです!」


「いやいやいやてい! それはおおきな誤解ごかいだっつーの! 二人ふたりともはなはだしい勘違かんちがいをしているからな! これにはそう簡単かんたんには説明せつめいくすことができない色々いろいろ事情じじょうがあってな……!」 


 俺があせりながらふか事情じじょうがあることを説明せつめいしようとしていると、出入り口のドアがノックの後に開いて年配の女性の店員さんが四つのドリンクをトレイに乗せて入ってきた。


「ドリンクをお持ちいたしましたー」


 そんな店員さんの声に、俺たち四人よにんやっつのひとみからの視線しせんが、出入り口から入ってきた年配ねんぱいの女性にそそがれる。


 年配ねんぱい女性じょせい店員てんいんさんは、カラオケを誰一人だれひとりも歌うことなく何が起こっているのかわからないといった様子ようすで、きょとんとした表情ひょうじょうを見せていた。




 内線ないせん電話でんわで頼んだ銘々めいめいのドリンクがそれぞれの前に置かれ、俺たちは少し落ち着いて話し合うことになった。


 とりあえず、俺たち兄妹きょうだい円彦かずひこくんの秘密ひみつを知り、ゴスロリ姉弟きょうだいも俺の秘密ひみつを知っている状態で、相互そうご不可侵ふかしん協定きょうていを結ぶことになった。


 すなわち、おたがいがおたがいに相手あいて破滅はめつさせる手段しゅだんにぎっている以上いじょう、おたがいがおたがいにさきすことができず、相手あいて秘密ひみつまもらざるをない状況じょうきょうになっているということだ。


 深月みつきさんのげんによると、こういう状況じょうきょうを『相互そうご確証かくしょう破壊はかい状態じょうたい』というらしい。


 で、それからさら時間じかんって、追加ついかのドリンクやパーティーフードなどが内線ないせん電話でんわたのまれ、テーブルのうえ様々さまざま料理皿りょうりざらかれた状況じょうきょうで、おさけんでっぱらい、トナカイみたいにあか鼻先はなさきめた深月みつきさんがとなりすわっている美登里みどり漫画まんが内容ないようあつかたりかける。


「だーかーらー、あの漫画まんがなかでの神愛かみあいされCPカプっていうか一番いちばんとうといカップリングはどう考えてもナムくん ✕ スサ師匠ししょう師弟愛していあいコンビでしょ! 百歩ひゃっぽゆずってナムくんのヘタレ展開てんかいまではまだわかるけど絶対ぜったい絶対ぜったいにスサ師匠ししょうけ! スサ師匠ししょうめなんてありえない!」


 そんな BL ボーイズラブ談議だんぎなかでの主張しゅちょうに、美登里みどり反論はんろんする。


「……スサさんがけなら、めになるのはおにいさんのヨミさんだとおもうけど」


 すると、深月みつきさんがオーバーリアクションをって、いかにも腐女子ふじょしっぽい口調くちょう言葉ことばかえす。


「ってうぉぃぃぃぃぃい! それこそありえねぇぇぇ! ヨミきゅんこそが総受そううけでしょ! スサ師匠ししょう唯一ゆいいつめにてんじておすになれる相手あいてが、ぱっとおんなにしかえないかれのおにいさんのヨミきゅんでしょ!」


――ごうふかはなしをしていらっしゃる。


 俺は電子でんしレンジ調理ちょうりのピザを食べながら、深月みつきさんの深層ディープカルマふかことにそんな感想かんそういだく。


 深月みつきさんのなかなかの腐女子ふじょしっぽいその言葉ことばづかいに、かえってその小柄こがら細身ほそみ身体からだまとっている漆黒しっこくのゴスロリふくのけざやかさが強調きょうちょうされる。


 そして、俺のとなりすわってフライドポテトをべている円彦かずひこくんが、どことなくもうわけなさそうな感じになって話しかけてくる。


「すいません、おねえちゃん自分じぶんが好きな趣味しゅみBL ボーイズラブのことになるとあつくなっちゃう性質たちでして……それにいまっぱらっちゃってもいますし」


「ああ、うん、だろうね。俺たちにもおさけきなねえちゃんがいるからなんとなく気持きもちはわかるよ」


 そんな風に、女装じょそうをしている美少女びしょうじょめいた男子だんし中学生ちゅうがくせい円彦かずひこくんと首周くびまわりにあおいマフラーをいている男子だんし高校生こうこうせいの俺とでおとこ同士どうし会話かいわをしていると、円彦かずひこくんがテーブルの上にあったリモコンパネルを手に取って俺に話しかけてくる。


「えっと……よかったらお兄さん、ぼくと一緒いっしょにデュエットしていただけませんか? お友達ともだち同士どうしになった記念きねんっていうことで」


 俺は表情ひょうじょうをできるだけゆるめてこたえる。


「ああ、それくらいならべつにいいよ」


 円彦かずひこくんが、俺にたいしてなんとなくほほめているのは、のせいだとおもっておこう。


 そんな不穏ふおんれなくもないまえ美少年びしょうねんかもすただならぬ雰囲気ふんいきかんりながら、俺は純白じゅんぱくでフリフリのゴシックロリータ衣装いしょうまとった女装じょそう少年しょうねん一緒いっしょにデュエットで楽曲がっきょくうたうこととなった。


――それにしても、これからどうなることやら。


 あつあつBLボーイズラブ 論議ろんぎわしている美登里みどり深月みつきさんを視界しかいはしおさめながら、まだ声変こえがわりをしていないのでおんなのような小気味こぎみたかこえをした円彦かずひこくんが女性じょせいパート、俺が男性だんせいパートをうたいつつ、そんなことをただただ漠然ばくぜんかんがえていた。


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