第65節 サイン



 俺と美登里みどりが、ゴスロリ少女しょうじょ姉妹しまい自己じこ紹介しょうかいわしてからもなく、声優せいゆうさんが待機たいきするおなじフロアの別室べっしつにある握手あくしゅ会場かいじょう移動いどうすることになった。


 そのみじか移動いどう途中とちゅういもうと美登里みどりはというと漆黒しっこくのゴスロリふくおのれ軒端月のきばづき名乗なのった小柄こがら細身ほそみ少女しょうじょと一緒に並んで歩き、俺にはわからない漫画まんが内容ないようについてあつかたっているようであった。


 十中じゅっちゅう八九はっく、今日の声優せいゆう握手会あくしゅかいのきっかけとなった作品さくひんであるカルトでコアな SF 漫画コミック内容ないようについてであろう。


 では純白じゅんぱくのゴスロリふく美少女びしょうじょ姫子ひめこちゃんはというと、何故なぜか俺のすぐそばあるいて一定以上の距離きょりけようとはしなかった。

 

 となりにいる姫子ひめこちゃんが俺にはなしかけてくる。


「えーっと、ってことはおにいさんは今日きょういもうとさんのいなんですね? おにいさんは漫画まんがとかには興味きょうみはないんでしょうか?」


 ヘタレな俺は、なんとなくほほあからめている美少女びしょうじょたいして、できるだけ平静へいせい心持こころもちであるようにこころがけてこたえる。


「あーっと、いもうとんでるようなコアなんじゃなくって、ポピュラーな少年しょうねん漫画まんがとかならわりとよくんだりもするよ」


少年しょうねん漫画まんがですか! ぼくも少女しょうじょ漫画まんがだけじゃなくて少年しょうねん漫画まんがとかも、けっこうきなんですよ! おにいさんはどんな漫画まんがきなんですか?」


 肩上かたうえくらいのながさでりそろえられた黒髪くろかみボブショートヘアーの姫子ひめこちゃんがほほめてはにかみつつそうたずねてくるので、俺は適当てきとうに2,3作品さくひん有名ゆうめいどころの少年しょうねん漫画まんがのタイトルめいかえす。


 すると、姫子ひめこちゃんが俺に満面まんめん笑顔えがおでもって言葉ことばかえしてくる。


「わかります! その漫画まんがどれも面白おもしろいですよね! おにいさんとぼく、なんだか漫画まんがとかもろもろの趣味しゅみっていうか波長はちょういそうなんで、えっと……それで、よかったらでいいんですが……ぼくと連絡先れんらくさき交換こうかんしていただけませんか!?」


「え? ああ、わかったよ」


 姫子ひめこちゃんがそんなおねがいをしてくるので俺はとくことわることもなく要望ようぼうこたえ、スマートフォンをポケットからしてロックを暗証あんしょう番号ばんごう解除かいじょする。


 姫子ひめこちゃんもおのれのスマートフォンをし、俺とのあいだ二次元にじげんコードによって連絡先れんらくさき交換こうかんしていると、前を歩いていた美登里みどりが俺たちの方にってきた。


 いもうとが俺にたいしてくちひらく。


「……お兄ちゃん、お兄ちゃん。わたしたちこの握手会あくしゅかいあと、カラオケに行くことになった」


 いつもはいえに引きこもっててゲームばかりしていて、現実げんじつ世界せかいにはほとんど友達ともだちもいないいもうとのいきなりの積極的せっきょくてき発言はつげんに、俺は若干じゃっかんおどろきつつかえす。


「えっ? 出会であったのついさっきだぞ? ちょっとばかし展開てんかいはやくねーか?」


「……なにってるのお兄ちゃん。貴重きちょう出会であいは一期いちご一会いちえ。コアな趣味しゅみおなじくする同好どうこうにもしめぐえたとしたら、なにはなくとも迅速じんそく親睦しんぼくふかめるべきだよ」


 そんないもうと言葉ことばに、俺はどことなく不意ふいかれたかんじになる。


――美登里みどり思案じあん友達ともだちをつくるのが苦手にがて性格せいかくだとばかりおもってたけど。


――共通きょうつう趣味しゅみ人間にんげんとなら、あんがい社交的しゃこうてき性格せいかく豹変ひょうへんするんだな。


 そんなことをこころなかひそかにかんがえていると、まえ美登里みどりが俺を見上みあげつつ言葉ことばつづける。


「……それとも、かえりに百貨店ひゃっかてん予定よていだからおにいちゃんはない? だったらわたしたちだけでカラオケたのしんどくけど」


 いもうとがそんなことをつたえてくるので、俺はちらりと視線しせんわきけて、姫子ひめこちゃんのほうやる。


 どこからどうても美少女びしょうじょ姫子ひめこちゃんは、なんだかいとけな小鹿こじかのようなうるんだひとみで、俺のほうをじっと見ていた。


 俺は美登里みどり要望ようぼうに、目上めじょういた態度たいどのふりをしてかえす。


「いやいやいや、おまえだけでったばかりの初対面しょたいめんひととカラオケなんかかせられねーよ。ちゃんとおにいちゃんもついてってやるから心配しんぱいするな」


 俺がそううと、となりにいる姫子ひめこちゃんのかおあかるく変貌へんぼうするのがわかった。


――これって、もしかして。


――美登里みどり以前いぜんにゲームの話題わだいっていた、フラグとかいうやつがってるんじゃあるまいな。


 かつて出会っていた美少女びしょうじょとの偶然ぐんぜん再会さいかいという僥倖ぎょうこうて、そんなかんがえが俺のこころなかにぼんやりとかぶ。


――ま、萌実めぐみへの誕生日たんじょうびプレゼントをえらぶのは、また明日あした明後日あさってくらいでいいか。


――これは俺の不埒ふらち徒心あだごころのためなんかじゃなく、いもうと趣味しゅみ友達ともだちをつくる手助てだすけをしてやるためなんだからなっ。


 そんなことをなか無理矢理むりやりにでもかんがえ、俺は自分じぶん自身じしんかみうしろからかれるようなうしろめたいこころ納得なっとくさせようとしていた。





 さて、いよいよ声優せいゆうさんとの握手会あくしゅかい開催かいさいされる段取だんどりになって、いもうと美登里みどりがスタッフのひとに手渡されたなにかれていない色紙しきしなにやらいろのついたちいさな四角しかくかみきれを俺にせてきた。


 軒端月のきばづきさんのはなしによると、この色紙しきし声優せいゆうさんにサインをしてもらうためのもので、小さな紙きれは声優せいゆうさんにしゃべってほしいセリフをくための用紙ようしであるらしい。


 なんでも、コミックCDの握手券あくしゅけんたった特典とくてんとして、そのキャラクターをえんじている声優せいゆうさんをこちらでだれかひとりえらんで、握手あくしゅさい任意にんいのセリフの朗読ろうどくサービスと、サイン色紙しきし追加ついかもらえるのだという。


 手荷物てにもつ検査けんさませてから、朗読ろうどくしてほしい台詞せりふ用紙ようしいたいもうとは俺と一緒いっしょに、声優せいゆうさんと握手あくしゅするための待機列レーンに並ぶこととなった。


 その声優せいゆうさんとは、まえ部屋へやでその漫画まんがなかでのきなキャラクターだと教えてくれた、しろはだかみあかをしたアルビノメイドの『イナ』という少女しょうじょやくを演じている新人しんじん声優せいゆうさんであり、『大内おおうちすもも』という声優名せいゆうめいであるらしかった。


 そして、軒端月のきばづきさんと姫子ひめこちゃんも俺たちと一緒いっしょに、そのれつのすぐうしろにならんでいる。


 俺と美登里みどりのすぐうしろにいる、軒端月のきばづきさんがとなりにいる姫子ひめこちゃんをからかう。


「ひーちゃん、スサ師匠ししょうやく声優せいゆうさんと握手あくしゅしたいっていってたのに。いーのかなー、しキャラ浮気うわきなんかして」


 すると、姫子ひめこちゃんが若干じゃっかんれたかんじでこたえる。


「ほら、おねえちゃん。スサ師匠ししょうはダブル主人公しゅじんこうのひとりで一番いちばん人気にんきだからものすごながならばなきゃいけないじゃない。そしたらおにいさんのこともたせなきゃいけないし。それにぼく、イナちゃんのこともきだし」


 するとうしろをかえった美登里みどりが、姫子ひめこちゃんにたずねる。


「……ほうほう、姫子ひめこちゃんはイナちゃんのどんなところがき?」

 

 その声に、姫子ひめこちゃんが明朗めいろうこたえる。


「やっぱり、もう一人ひとり主人公しゅじんこうのナムくんのことがひたすらきなところかな。ナムくんにすくってもらったことに恩義おんぎかんじて、ただただナムくんがしあわせをつかむためにささげるところなんか、けなげで感動かんどうするよね」


 そんなオタク談議だんぎはなかせている姫子ひめこちゃんと美登里みどり様子ようすて、俺の心の中に何かしら違和感いわかんめいたものがかぶ。


――あれ?


――姫子ひめこちゃん、美登里みどり相手あいてにはちょっとばかりボーイッシュな口調くちょうだな?


 そんな兆候ちょうこうじみたことをかんがえたが、まあそんな性格せいかくなんだろうなとおもなおし、美登里みどりとゴスロリ姉妹しまいとの漫画まんが談議だんぎを俺ははたから生暖なまあたたかい見守みまもっていた。


 で、待機列たいきれつすすんで会話かいわ禁止きんしエリアにはいり、もうそろそろ声優せいゆうさんが待機たいきしている不透明ふとうめいなプラスチックで区切くぎられた四角しかくいブースに近づこうとしていたところ、ここからは仕切しきりでかくれてかげになっているまえほうから、たびたびおんなひと綺麗きれいこえこえてきた。


 おそらくは、美登里みどりきなキャラクターをえんじている声優せいゆうさんのこえであろう。

 

 待機列たいきれつすすんで、俺たちの順番じゅんばんまであと一人ひとりとなったところで、その声優せいゆうさんがファンのもとめたセリフにおうじて用紙ようし文章ぶんしょう朗読ろうどくしているのであろう、いかにも漫画まんがに出てくるキャラクターらしいアニメチックなこえが、俺のみみにはっきりとこえてきた。


「……まかせて。ナムくんのためなら、不可侵ふかしん領域りょういきまでもぐってあげる!」


――ん?


――このこえ、どっかでいたことがあるような。


 俺がどこでいたこえだったのかをおもそうとするもなく、待機列たいきれつ先頭せんとうにいるスタッフの人が俺たちにまえすすむよう無言むごんでプラカードをひっくりかえして表示ひょうじせてきたので、俺と美登里みどり一緒いっしょになってその声優せいゆうさんがいるブース内部ないぶに進む。


 すると、その声優せいゆうさんが待機たいきしているはずのつくえこうの場所ばしょにいたのは――


 すこしだけいろいたウェーブがみながばした、以前いぜん高級こうきゅう焼肉やきにく放題ほうだいのクラスかいのときに俺と佐久間さくま先生せんせい個室こしつ案内あんないしてくれたあのわか女性じょせいであった。


 ただし、焼肉店やきにくてんはたらいていたときのようにそのながかみうしろでくくって頭巾ずきんでまとめてはいなかった。


 こしくらいまでとどく、すこしだけいろいたウェーブのかかったそのながかみは、そのままおうぎのようにしたひろがっている格好かっこうとなっている。


 そのわか女性じょせい声優せいゆうさんが、俺のかお開口かいこう一番いちばん見開みひらいてまるでさけぶかのような大声おおごえげる。


「タチバナさん!?」


 俺がそのさけごえ絶句ぜっくし、こころなかあせあせをかいていると、まえ女性じょせい声優せいゆうさんはさけぶべきでないことをさけんだのに気付きづいたのか、まずそうにつくろいの表情ひょうじょうせてくる。

 

 美登里みどりおどろいたかおで俺を見上みあげて、どこか好奇心こうきしんあふれたかんじの声色こわいろたずねてくる。


「……おにいちゃん? もしかして、すももちゃんといなの?」


「あー……えーっと……あーっとな……」


 俺がいもうと質問しつもんこたえられないでいると、テーブルのこうにいる女性じょせい声優せいゆうさんはきまりがわるそうなかおになって、さきほどげた大声おおごえ内容ないよう誤魔化ごまかそうとする。


「ええーっと、ああっーと……すいません、人違ひとちがいです! ワタクシの高校こうこう時代じだい同級生どうきゅうせいてたものですから……」


――いや、タチバナってうえ実名じつめいをおもいっきり大声おおごえさけびましたよね?


――それに、同級生どうきゅうせいけするのは不自然ふしぜんでしょうが。


 俺がそんなふううことができないみをこころなかまえ女性じょせいかえしていると、いもうと美登里みどりしのキャラクターの声優せいゆうさんが俺といっぽかったのがうれしかったのか、なんだかウキウキとした表情ひょうじょうになっていた。


 そしていもうとがそのっていたサイン色紙しきしげてほしい台詞せりふいた用紙ようしまえ声優せいゆうさんにわたして、台詞せりふ朗読ろうどくともおおげさなアクションで握手あくしゅをしてもらっていた。


 そんな美登里みどりのオタク活動かつどう一部いちぶたりにしていた俺のあたまなかに、おもいがかぶ。


――うしろの二人ふたりにもこえただろーな、さっきの大声おおごえ


――俺たち家族かぞくがアメリカのたからくじで数百億円すうひゃくおくえんてていたってことは、せめてバレてなきゃいいんだけど。


 そんなことを、声優せいゆうさんのいるブースのなかでただただ漫然まんぜんと考えていた。




 さて、オタクにとっては垂涎すいえんのイベントであろう声優せいゆうさんとの握手会あくしゅかいわってから会場かいじょうを出て、俺といもうととゴスロリ姉妹しまいはその握手あくしゅ会場かいじょうからしばらくあるいたところにある池袋いけぶくろ東口ひがしぐちがわのカラオケてん四人よにんして来訪らいほうしていた。


 どうやら、軒端月のきばづきさんがこのカラオケてん会員かいいんであったらしく、俺たちはそれほど煩雑はんざつ手続てつづきをずにスムーズにこのカラオケ店舗てんぽ個室こしつてられることとなった。


 このカラオケ店舗てんぽはこの八階はっかいてくらいのビルまるごとぜんフロアをめているらしく、俺たちは四、五人程度が入れる小さめの個室の一室にてそれぞれの歌声うたごえ披露ひろうすることとなった。


 カラオケボックス特有とくゆうの大きなモニターの前で、俺が友達ともだち同士どうしのカラオケにおけるうたひとつをステージ上でびやかにうたっていると、くろいゴスロリ服を着たアホロングヘアー女子じょし軒端月のきばづきさんが、長いツインテールがみいもうと美登里みどり仲良なかよさそうにとなり同士どうしすわって、なにやらひらたいデジタル機器きき操作そうさしているのがはいる。


 ちなみに、姫子ひめこちゃんはそのつくえはさんで反対側はんたいがわのソファーに座り、歌っている俺の方をじっとている。


 その軒端月のきばづきさんがってきたのだとおもわれるひらたいいたのようなデジタル機器ききうらには、かじられたふたつのリンゴがかさなっているような、アメリカの大手おおてパソコンメーカーの製品せいひんであることをしめ抽象的ちゅうしょうてきなデザインのシンボルマークがほどこされている。


 どうやら、このカラオケてん完備かんびされている Wi-Fyワイファイ電波でんぱでインターネットに接続せつぞくし、タブレットパソコンでなにかが表示ひょうじされた画面がめん一緒いっしょているようである。


――あれは、 Applesアップルズ しゃのタブレットパソコン、ai-Padアイパッド だな。


―― ai-Padアイパッド一緒いっしょに、漫画まんがなにかのシーンでもてるんだろーな。


 そんなことをおもいながら俺がカラオケの一曲いっきょくうたえると、アホボブショートヘアーな美少女びしょうじょ姫子ひめこちゃんがあかるい笑顔えがおでパチパチと拍手はくしゅをしてくれる。


 美少女びしょうじょにこんなふう好意こういたっぷりのエールをおくられるのは、なんだかんだで思春期ししゅんき高校生こうこうせい男子だんしとしてわるはしない。


 そして、俺が姫子ひめこちゃんのとなりすわってから、つぎ美登里みどりがリクエストしたきょくのイントロがながはじめると、姫子ひめこちゃんはお手洗てあらいにきたいとってせきってしまった。


 姫子ひめこちゃんがこの部屋へやったあと、美登里みどりがモニターまえでその歌声うたごえをカラオケルームないひびかせていると、テーブル上に置いてあったドリンクバー用のコップが俺と美登里みどり軒端月のきばづきさんの三人分さんにんぶんからになっていたことに気づく。


 俺はコップをそれぞれトレイにいてがり、いもうと軒端月のきばづきさんにつたえる。


「俺、三人分さんにんぶんのドリンク補充ほじゅうしてくるよ。二人ふたりともなにがいい?」


 すると、モニターまえでマイクをってうたっていたいもうとうたをやめてすかさずスピーカーでそのこえ反響はんきょうさせる。


「……わたし、あったらベジタブルジュース」

「なかったら、何がいい?」


 俺がそうかえすと、美登里みどりこたえる。


「……じゃ、オレンジジュース」


 そして、軒端月のきばづきさんも言葉ことばつらねる。


アタシにはジンジャーエールおねがいできる?」


 その要望ようぼうに俺は簡単かんたん了承りょうしょう返事へんじをし、三人分さんにんぶんのグラスカップをトレイにせてカラオケルームをることとなった。


 もちろん、俺はおのれのグラスにはコーラをれるつもりであった。


 ところが、ビルないせま通路つうろあるいてドリンクバーのある場所ばしょ到着とうちゃくしてみると、どうやらこのかいのドリンクバーは清掃中せいそうちゅう使つかえないことがわかった。


 仕方しかたなく俺は、時間じかんながいエレベーターではなく階段かいだんにてべつかいってそこのかいのドリンクバーを使つかおうとめる。


 トレイをったまま階段かいだんかると、うえ階段かいだんした階段かいだんのどちらをえらぼうか一瞬いっしゅんまよったが、なんとなくした階段かいだんえらんで一階下いっかいしたのドリンクバーを利用りようすることにした。


 あとからおもえば、それが運命うんめい神様かみさま悪戯いたずらだったのかもしれない。


 階段かいだんりて男女別だんじょべつかれたトイレドア付近ふきんを通り抜け、ドリンクバーにてそれぞれのコップに要求ようきゅうされたドリンクを適量てきりょうれてそのまま帰路きろにつく。


 なんてことのない、子供でもできるおつかいであった。


 だが、そこで事件じけんこった。


 男女だんじょべつかれたトイレのドアがまえひらいて、そこから純白じゅんぱくのフリフリのゴスロリふくつつんだアホボブショートヘアー少女しょうじょ姫子ひめこちゃんがハンカチできながらてきたのである。


 そのトイレドアは、のドアであった。


 俺がその光景こうけい目撃もくげきして唖然あぜんとしてまると、まえ姫子ひめこちゃんも俺に気づきかおあかくしてさけごえにもちか大声おおごえげる。


「ひゃぁっ! お、おにいさん!? なんでこのかいにいるんですか!?」


「……いや、ドリンクバーがおなかい清掃中せいそうちゅうだったから」


 俺がそう憮然ぶぜんとしてつたえると、姫子ひめこちゃんはあせがおになって弁明べんめいする。


「ち、ちがうんです! 女子じょしトイレがひとでいっぱいで……我慢がまんできなくて……それで……」


 そんなことをいつつ、姫子ひめこちゃんはあせりながらそのっていたハンカチを腰につけたポシェットに仕舞しまおうとする。


 だが、ゴスロリふくの上にあるポシェットは手触てざわてきとらえどころがむずかしいのか、姫子ひめこちゃんは何度なんど何度なんどすべらせてそのハンカチをポシェットに仕舞しまいそこなう。

 

「……とにかく、ちがうんですー!!」


 姫子ひめこちゃんはそんなことをさけんで、俺のまえからはしってしまった。


 一人ひとりのこされた俺は、さきほど姫子ひめこちゃんがようやくポシェットの位置いち確保かくほしてハンカチをれてからした拍子ひょうしに、なにてのひらおさまるくらいの大きさの四角しかく冊子さっしがポトリとゆかちたのを目撃もくげきしていた。


 ドリンク3つをトレイにてっていた俺は、ドリンクをこぼさないようにそのトレイを近くにあっただいの上にいてから、からだをかがめてそのとされた小さな四角しかく冊子さっしを手に取る。


 どうやら、東京都とうきょうとのどこかの中学校ちゅうがっこう生徒せいと手帳てちょうであるらしかった。


 俺が、その手帳てちょう本当ほんとう姫子ひめこちゃんのものであるかどうかを確認かくにんするために表紙ひょうしになっているページをひらいてみると、そこにはたしかにひとみおおきなうつくしい顔立かおだちをした、いかにもいまめかしい美少女びしょうじょ容貌かたちをした姫子ひめこちゃんの顔写真かおじゃしんけてあった。


 ただし、氏名しめいらんにはスタンプによりルビきでこう印字いんじされていた。


『氏名:もり 円彦かずひこ


――へ?


 俺はまるくする。


 そして氏名しめいらんのすぐちかくにある性別せいべつらんには、はっきりとこうしめされていた。


『性別:男』


――あれぇー?


 俺は、突然とつぜんってわいた情報じょうほうのうがフリーズする。


 呆然ぼうぜんと俺がっていると、ポケットのなかのスマートフォンが振動しんどうした。


 ブブブブブブブ ブブブブブブブ


 俺がスマートフォンを取り出してその表示ひょうじ確認かくにんすると、妹である『美登里』から SMSで通知つうちているようであった。


 スマートフォンの暗証あんしょう番号ばんごうれてロックを解除かいじょしてその内容ないようひらいてみると、いもうと美登里みどりからのSMSメッセージにはこう簡潔かんけつ文言もんごん表示ひょうじされていた。


『アメリカの宝くじに当たったの、ばれちゃった』


 俺はひとひととがやっとこさすれちがえるようなカラオケ店舗てんぽほそ通路つうろにて、ただただ放心ほうしん状態じょうたいくしていた。


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