第63節 ウォー・ゲーム




 美登里みどりから、かなでさんのもと実家じっかである鳥之枝とりのえ温泉旅館が東京都とうきょうと自治体じちたい売却ばいきゃくされそうだという情報をた俺は、すぐさま週末しゅうまつの土曜日にそのあし電車でんしゃって東京とうきょうへとやってきた。


 もちろん目的は、東京とうきょうにある大きな総合そうごう法律ほうりつ事務所じむしょつとめる、俺たちたちばな家族かぞく五人ごにんがお世話になっている顧問こもん弁護士べんごし先生せんせいである島津しまづ清昭きよあきさんに会うためであった。


 俺は、アメリカの宝くじが当たったことによって三百億円以上の資産しさんを持つ億万長者になってしまったとはいえ、まだ16歳で社会を知らないただのつたな未熟みじゅくな高校一年生の男子生徒だんしせいとに過ぎない。


 だから豪華客船ごうかきゃくせんでの世界一周旅行に出かけてしまう予定よていでしばらく帰ってこない俺の両親と、この弁護士の先生とのあいだわされさだめられた約束で、俺は一日に百万円以上のお金を使うさいには島津しまづさんに一声ひとこえかけて了承りょうしょうてからでないといけないという決まりになっている。


 そして今俺は、東京駅とうきょうえきから歩いてすぐ近く、東京とうきょう都心としんの丸の内に堂々どうどうたるオフィスをかまえているおおきなおおきな法律ほうりつ事務所じむしょ、『みなもと足利あしかが徳川とくがわ法律ほうりつ事務所じむしょ』と呼ばれる総合そうごう法律ほうりつ事務所じむしょ来客用らいきゃくよう個室こしつにて、そこにつとめている顧問こもん弁護士べんごしの先生である島津しまづさんと、かなでさんの実家であった温泉旅館の買戻かいもどしと譲渡じょうとについて二人ふたりで様々な打ち合わせをしていたところであった。


 俺たち家族がいきなりちょう大金持おおがねもちになれたのは、俺がコンビニで落とした宝くじをひろっていかけてくれたかなでさんのおかげだったという経緯けいい説明せつめいしたところ、島津しまづさんは俺が彼女へのお礼のために十五億円近くの不動産ふどうさん購入こうにゅうしたいという意思いしに対して、こころよ賛成さんせいしてくれたのである。


 もちろんのこと、成人せいじんみのあねである明日香あすかねえちゃんにもあらかじ相談そうだんして、しっかりと事情じじょうつたえて、旅館りょかん購入こうにゅうかんしての了承りょうしょう返事へんじもらっている。


 また、俺が独自どくじいえにてインターネットで調べたところ、この事務所じむしょ日本にほん数大すうだい法律ほうりつ事務所じむしょばれる事務所群じむしょぐん一角いっかくであるらしい。


 こういう法律ほうりつ事務所じむしょというのは、司法試験しほうしけんとう最難関さいなんかん国家資格こっかしかく試験しけん相当そうとう優秀ゆうしゅう成績せいせき合格ごうかくしない限り、とても入社することができないような、いわゆるエリート中のエリートが集まるような場所ばしょなのだという。


 なんでも、これくらいの規模きぼ法律ほうりつ事務所じむしょ弁護士べんごしとして入社にゅうしゃすると、ほぼ確実かくじつ初年度しょねんど年収ねんしゅう一千万円いっせんまんえんという大台おおだいえてしまうとのことだ。


 かなでさんからクリスマスイヴのよるにプレゼントされたあお毛糸けいとのマフラーを襟元えりもとに巻いていた俺は、島津しまづさんに教えられている旅館りょかん購入こうにゅうに関しての必要ひつような手続きやそれにともな必要ひつよう書類しょるい準備じゅんび行程こうていなどの情報を、手元てもと大学だいがくノートにシャープペンシルにてメモ書きしていた。


――島津しまづさんは、前に年齢ねんれいを三十歳だって言ってたからな。


――やっぱ、島津しまづさんも相当のお金持ちなんだろうな。


――ま、ちょう幸運こううんのみで大金持ちになった俺とはちがって、100%努力どりょく実力じつりょくなんだろうけど。


 そんなことを考えつつ来客らいきゃく椅子いすに座ってペンをにぎっている俺の目の前では、デスクをはさんでこう側にある椅子いすに座っている島津しまづさんがデスク上に置かれているノートパソコンにてなにやらカタカタとキーボード操作をしている。


 サラサラの黒髪くろかみ黒縁くろぶち眼鏡めがねをかけたくろスーツネクタイ姿の、もり悠々ゆうゆうまりまるふくろうみたいな、いかにも知的ちてきそうな様相ようそうを見せている弁護士べんごし島津しまづさんが、ノートパソコンのわきから伸びた有線マウスのボタンをクリックする。


「よし、とりあえずこっちが用意しなければいけない書類のリストはこんなところでいいかな。あとは啓太郎けいたろうくん、きみがしなければいけないことはあたまはいったかい?」


 島津しまづさんにそんなことを言われたので、俺は手元にある紙のノートにしるされたメモ書きに視線を落とす。


おおむね、大丈夫だいじょうぶです。まず判子屋はんこや銀行印ぎんこういんとはべつ実印じついんを作ってもらって、実印じついんができたらそれを役所やくしょ印鑑いんかん登録とうろくしてもらって、そして印鑑いんかん証明書しょうめいしょ取得しゅとくして……っていう流れですね」

 

 俺がそうつたえると、島津しまづさんがこたえてくる。


「ああ、そうだね。それと旅館りょかん不動産ふどうさん設定せっていされているであろう抵当権ていとうけん抹消まっしょう登記とうき申請しんせいとか、先取さきどり特権とっけんのある細々こまごまとした維持費いじひとう第三者だいさんしゃ弁済べんさい証明しょうめいとかにも色々いろいろ書類しょるい必要ひつようだから、それらは随時ずいじ準備じゅんびしていくよ」


 俺は島津しまづさんにかえす。


「それにしても、不動産ふどうさん購入こうにゅうしたり譲渡じょうとしたりするのって本当ほんとう準備じゅんび面倒めんどうくさいんですね。いまんでいる高層こうそうマンションの部屋へやうときにはとうさんがほとんど書類しょるいいてくれたんですけど、自分じぶん書類しょるいいて実際じっさいうとなるとこんなに大変たいへんだとはおもいませんでしたよ」


 すると、島津しまづさんは苦笑い気味に声をらす。


「ははは。まあ、まだ16歳の男子高校生が十五億円もの温泉旅館の不動産ふどうさん売買ばいばい契約けいやく譲渡じょうと契約けいやくを結ぶための書類しょるいそろえるなんて、なかなかないことだろうからね」


「俺も、似たようなことは他にそうそうないと思います」

 

 俺が表情ひょうじょうゆるませてそんな言葉を眼前がんぜん弁護士べんごし先生せんせいに返すと、この来客用らいきゃくよう個室こしつの出入り口ドアを外から誰かがノックする音が聞こえてきた。


 コンコン


 すると、島津しまづさんがこたえる。


「どうぞ、入っていいですよ」


 すると、「失礼します」という若い女の人の声と共に、まだ20代後半くらいの女性じょせい事務員じむいんさんが黒いインサートカップに入った紙コップを二つトレイに乗せ、この来客用らいきゃくよう個室こしつに入ってきた。


「お客様きゃくさま先生せんせいにミルクティーをおちしました」


 そんなことを言って、その女性じょせい事務員じむいんさんは俺と島津しまづさんのまえに、それぞれ黒いインサートカップに入った紙コップミルクティーをそっと置いていく。


 島津しまづさんと俺がかるくおれいったところ、その事務員じむいんおんなひとかるあたまげて部屋へやからってしまった。


 そして、俺が紙コップに入れられたミルクティーを少しだけくちふくんで飲み込んでから一言。


「あの事務員じむいんさん、もしかして島津しまづさんの彼女かのじょさんとかですかね?」


 すると、インサートカップの取っ手を持っている島津しまづさんがかる苦笑にがわらいをして否定ひていする。

「いやいや、あのひとすでほか弁護士べんごし先生せんせい結婚けっこんしているよ」


 俺は16歳の男子高校生っぽく、少しだけ悪戯いたずらっぽいニュアンスでこたえる。

「すいません、冗談じょうだんです。あの事務員じむいんさんは左手ひだりて薬指くすりゆび指輪ゆびわめていたので、多分たぶんすでほかだれかと結婚けっこんしているんだろうなっておもってました」


 あの事務員じむいんさんは、左手ひだりて薬指くすりゆびにおそらくは結婚けっこん指輪ゆびわめていた。


 そして、机を挟んで目の前にてノートパソコンをさっきから操作そうさしていた島津しまづさんは、手のどの指にも指輪をめていない。


 結婚けっこん指輪ゆびわめるべきである左手ひだりてはもちろん、右手みぎてのどのゆびにもめていない。


――つまり、島津しまづさんは独身どくしんであり――


――少なくとも、あの事務員じむいんの女の人と島津しまづさんはべつ特別とくべつ関係かんけいではない。


 そう推量すいりょうしての冗談じょうだんであった。


 俺が心の中でそう思っていると、島津しまづさんが感心かんしんしたようなかおになる。


「そういうふう一目ひとめただけで推察すいさつすることができるなんて、啓太郎けいたろうくん、きみって観察力かんさつりょくがあるんだね」


 そんなどこかでいたような言葉ことば島津しまづさんからつたえられた俺は、声を返す。


「あーっと……観察力かんさつりょくってほどのものでもないとおもいますが……それにしても島津しまづさんって、結婚けっこんとかなさってないんですね。島津しまづさんほどのエリートだったら、女性じょせいとかえら放題ほうだいだとおもいますけど」


 すると、島津しまづさんが気まずそうにわらいながらこたえる。


「あーっとね。まあ社会人しゃかいじんになってからは弁護士べんごしの仕事がけっこう忙しいからね。法科ほうか大学院だいがくいんかよっていたころ以来いらい恋仲こいなかになるような女の人とは、ちょっとえんがないかな」


 そんな言葉を聞いて、俺が一言。


「……いてもいいかどうかはかりかねてたんですが……やっぱり島津しまづさんって……有名ゆうめい大学だいがくてたりするんですか?」


――前々から気になっていた事ではあった。


 他人様ひとさま学歴がくれき直接ちょくせつくのは基本的きほんてきには失礼しつれいなことなので、今まで聞くタイミングがつかめなかったのである。


 すると島津しまづさんが、視線を少しだけらしてきまりが悪そうに口を開く。


「ああーっとね、一応いちおうだけど、東京とうきょう旧帝きゅうてい大学だいがく卒業そつぎょうしているよ」


流石さすがというか、そうはってもやはりというか……予想よそう通りすごく頭いいんですね、島津しまづさん」


 俺がそんな風に関心の言葉をべると、島津しまづさんが遠慮えんりょして俺につたえる。


「色々とね、うんがよかったんだよ。とくいま所長しょちょうさんのおかげでね」


――所長しょちょうさん?


 その言葉ことばかんして、本音ほんねではもっと突っ込んだ質問がしたかったのだが、一瞬いっしゅんだけ島津しまづさんの顔が暗くなったのを見逃みのがさなかった俺は、目の前の弁護士べんごし先生せんせいに対する追及ついきゅうあきらめた。


 島津しまづさんの目の奥にかげえた気がした俺は、話題わだいを変えることにした。


「そういや島津しまづさん、以前に話した、お金持かねもちのクラスメイトのクイズについてのことなんですが……その大金持おおがねもちのクラスメイトって、実は小学生時代に男だと思ってた俺の親友しんゆうだったって……前に話しましたよね?」


「ああ、そういえば言ってたね。またクイズを出されたのかい?」


 そんな島津しまづさんの言葉に、俺は肯定こうていの返事を返す。


 そして、可憐かれんから問われたクイズ第三問目についての内容ないよう島津しまづさんに伝えることとなった。


 島津しまづさんは、やをらにあごに手を当ててそっと口を開く。


「ギャンブルやごとなどの勝負事しょうぶごとに強い人は、おおむねどういう思考しこうパターンを持っているか、か……また、随分ずいぶんむずかしい問題を出されたね」


 俺は目の前の島津しまづさんにたずねる。


島津しまづさん、わかりませんかね? 東大卒とうだいそつ最高さいこう学府がくふ出身しゅっしん頭脳ずのうで?」


 すると、島津しまづさんがこたえる。


もうわけないけど、それにかんしてはちょっとわからないね……仕事柄しごとがら、ギャンブルなどが原因げんいん破産はさんもうてたいっていう人をお客さんとしてむかえることが多いので、ギャンブルに強い人じゃなくて、どういう人がギャンブルに弱い人かはわからなくもないけどね」


 そんな言葉に対して、俺がたずねる。


「できればヒントとして……教えてくれませんか? どんな人がごとに弱いのかって」


 すると、島津しまづさんは置いてあったインサートカップの取っ手をつまみ、ミルクティーを軽く口に含む。そして、一拍いっぱく置いてから言葉を出す。


「……その前に、啓太郎けいたろうくん。『ギャンブル』や『ごと』っていうものがどういうものかについて説明しようか」


 ミルクティーを机上きじょうに置いた島津しまづさんは、そのひだり手首てくびいてある腕時計うでどけいて、言葉ことばつづける。


時間じかんは……しばらくは大丈夫そうだね」


 俺は、優秀ゆうしゅうな先生におしえをう生徒のように、好奇心こうきしんじった声で尋ねかける。


「はい、教えてください。『ギャンブル』って一体、どんなものなんですか?」


 そして、島津しまづさんによる俺への一対一いったいいちのギャンブル講座が始まった。





 しばらくの間、俺は島津しまづさんからこの人間社会に存在するやみ一部いちぶを確かに構成している『ギャンブル』に関しての説明を受けた。


 まず、『ギャンブル』とは何か。


 せま意味いみ、すなわち狭義きょうぎで言えば、それは『ごと』の言い換えであるとのことだ。

 

 では、『ごと』とは何か――


ごと』とは「なに予測よそく不可能ふかのうなものにおかねとうじたら、ある程度ていど確率かくりつもとのおかねえてかえってくるように設計せっけいされたシステム」の総称そうしょうなのだという。



 うまにレースをさせて、そのレースでうまを予想する『競馬けいば』。


 選手せんしゅ自転車じてんしゃがせて、やはりレースで選手せんしゅを予想する『競輪けいりん』。


 同じく選手せんしゅ競技きょうぎきそわせ、選手せんしゅ予想よそうする『オートレース』『競艇きょうてい』。


 これらの競技きょうぎすべて『ギャンブル』の狭義きょうぎである『ごと』の仲間なかまに入っているのだという。


 これらはすべて、くに自治体じちたいじゅんずる団体だんたい主催者しゅさいしゃとなっておこなう『公営こうえいギャンブル』であるとのことだ。


 そして、『公営こうえいギャンブル』があるのならば、『私営しえいギャンブル』もこの世には多くが存在しているらしい。


 警察けいさつはかたくなにみとめないが、勝負しょうぶったら景品けいひんることができ、その景品けいひんを近くの景品けいひん交換所こうかんじょ現金げんきん交換こうかんすることができる『パチンコ』『パチスロ』などは『私営しえいギャンブル』の仲間なかまであるらしい。


 そして、非合法ひごうほうの『うらカジノ』や『ノミ』といった暴力団ぼうりょくだん組織そしき収入源しゅうにゅうげんとなっているような『私営しえいギャンブル』もこの日本には水面下で数多く存在しているらしい。


 弁護士べんごしであり、社会しゃかいやみ相当量そうとうりょう見てきたのであろう島津しまづさんの話によると、この世にはギャンブルでくずしてしまう人間が、かなり多くの割合で存在しているらしい。 


 なお、俺は『ノミ屋』については詳しく知らなかったのだが――


 『ノミ屋』というのは要するに、競馬場けいばじょうの代わりに競馬けいばレースにおけるギャンブラーの勝馬かちうま予想よそう私的してきい、競馬場けいばじょうが出したオッズ通りに換金かんきんが行われる非合法ひごうほう私営しえいギャンブルであるとのことだ。


 俺が「それでなんで、暴力団ぼうりょくだんもうけがでるんですか?」といたところ、島津しまづさんはじつ簡潔かんけつ明快めいかいな答えを返してくれた。


 そもそもからして『ごと』というものはからであるとのことであった。


 『競馬けいば』においては、大勢のギャンブラーが馬券ばけんってから結果けっかえるまえにまず、競馬場けいばじょう運営うんえいしている主催しゅさい団体だんたいきん総額そうがくの四分の一、すなわち25%を先に抜いて、それから残りの75%が馬券ばけんてた人に配分はいぶんされるように倍率オッズ調整ちょうせいしているらしい。


 つまり、主催しゅさい団体だんたいにしてみれば競馬けいばのどのレースでどのうまとうが、レースがおこなわれるかぎ確実かくじつにギャンブラー全員ぜんいんきん総額そうがくの中から25%を徴収ちょうしゅうすることができるのだという。


 これは競輪けいりん競艇きょうてい、オートレースもおなじで、必ず主催しゅさい団体だんたいとくをするようにできているのであるらしい。


 だからこそ、競馬けいば主催しゅさい団体だんたいはそこからの収益金しゅうえききんであんなに立派りっぱ施設しせつつくることができたり、騎手きしゅ馬主ばぬし莫大ばくだい賞金しょうきん支払しはらうことができるのである。


 つまり、暴力団ぼうりょくだん組織そしきとう運営うんえいする『ノミ屋』といったものは競馬場けいばじょう同様どうようのオッズで返金へんきんするシステムになっている以上、最後さいごには必ず主催者しゅさいしゃもうかるようになっているとのことらしい。もちろん違法いほうなのだが。


 同じように、パチンコやパチスロも必ず胴元どうもと、すなわち主催者しゅさいしゃであるおみせとくをするようにシステムが設計せっけいされ構築こうちくされている。


 パチンコ店にかよう100人のギャンブラーがいたら、そのうちの60人分にんぶんくらいのお金を25にんくらいの大勝おおがちする人に分けて、残りの15人分にんぶんのお金を胴元どうもとであるパチンコ店が回収かいしゅうするようになっているらしい。


 俺が「ってことは、ごとをしたら確実かくじつけるってことなんですか?」と尋ねたら、島津しまづさんは首を横に振っておだやかに否定ひていした。


 島津しまづさんいわく「ほとんどそのとおりだけど、ごとをしたら確実かくじつけるってことじゃないんだ。正確には『だいたいの場合ばあいけるけど、たまつことがある』だね。でも、だからこそごとをする人ってのはギャンブルから抜け出せないんだよ」とのことだ。


 なんでも、人間ヒトのうというのはそもそも『確率かくりつ』を正確せいかく把握はあくすることができないのだそうだ。


 確率的かくりつてきに、ながつづけていればかならそんをしてしまうはずなのに、人間にんげんあたまにあるのうはそれをただしく理解りかいすることができない。


 そして「った」ときの快感かいかんわすれられず、ギャンブルにけたときのことを考えもせずにギャンブルにハマり続けてしまう――


 確率論かくりつろんには「大数たいすう法則ほうそく」というものがあり、理論上りろんじょう期待値きたいち75%のごとながながく、何度なんど何度なんどかえ試行しこうつづけると、実際じっさい返還へんかん金額きんがくも75%に収束しゅうそくしていってしまうものであるらしい。


 そして、ごと胴元どうもと、すなわち主催者しゅさいしゃかならつように設計せっけいされている。


 つまり、ごとはギャンブラーの方から見たら、とのことだ。


 えれば、ごと主催者しゅさいしゃは、ギャンブルに夢中むちゅうになってしまった人間ヒトのうまれる射幸心しゃこうしんによる快楽かいらく上手うま利用りようすることで、おかねをリスクなく着実ちゃくじつかせいでいるのだといえる。


 そして、そのことにかんがえがいかないひとたちこそが、ギャンブルでてずにけがんで素寒貧すかんぴんになってしまうようなひとたちのおおきな特徴とくちょうなのだという。


 ギャンブルによわひとたちというのは、ギャンブルをするようなひとたち、であるとのことらしい。


 ミルクティーがされ、すでにからになってしまった紙コップを前に、島津しまづさんが真剣しんけん表情ひょうじょうで俺につたえる。


「ということはね、胴元どうもとかならつような『ごと』にけない方法は……啓太郎けいたろうくん、わかったかな?」


 俺は答える。


「はい、『おかね目的もくてきごとにはいどまない』ことですね。島津しまづさん」


正解せいかいだよ」


 島津しまづさんが表情ひょうじょうゆるめる。


――そう。


――そもそも胴元どうもとかならつように設計せっけいされている『ごと』で。


――「おかねもうけよう」という発想はっそうになること自体じたいがおかしいことなのである。


 大阪おおさか数年後すうねんごにできそうだという『カジノ』で展開てんかいされるような『ごと』とは、本当ほんとうは「くなってもいい自由じゆうなおかね」がつね手元てもとにあるようなアッパークラスとばれる人達ひとたちのためのものなのだ。


――「くしてもいいおかね」があるひとたちが「おかねてて」、そのわりに「エンターテイメントを享受きょうじゅする」――


 それが本来ほんらいの『ごと』のたのしみかたなのである。


 そこまで理解りかいしたところで、俺は島津しまづさんにたずねる。


胴元どうもとかならとくをする勝負しょうぶについてはわかりましたが……なかにはどちらかがかならって、どちらかがかならおなじくらいけるゲームってのもあるとおもうんですが……そんな場合ばあいはどうすればいいんですか?」


 すると、島津しまづさんが明朗めいろう表情ひょうじょうを見せてくる。


啓太郎けいたろうくん、いいところに気がついたね。そういう勝負しょうぶってのは『ゼロサムゲーム』って言ってね。将棋しょうぎとかチェスとか、あとは個人こじん同士どうし麻雀マージャン勝負しょうぶとかがそれにあたるかな」


「『ゼロサムゲーム』? どういう意味ですか?」


「『わせた合計ごうけいがゼロになるゲーム』って意味だよ。要するに、胴元どうもと主催者しゅさいしゃが存在しないゲームのことだね。こういうゲームでは、だれかがったとしたら、その得点とくてんのプラスの総数そうすうだれかがけた得点とくてんのマイナスの総数そうすうかならひとしくなるんだ」


 そんな島津しまづさんの言葉に、俺は返す。


「そういった勝負ゲームの場合には、攻略法こうりゃくほうとかあるんですか?」


「ああ、この場合ばあいはゲーム理論りろんっていう分野ぶんや数学的すうがくてき証明しょうめいがなされているらしいんだけど『それぞれの選択肢せんたくしにおける最悪さいあくのケースを想定そうていし、それら最悪さいあくのケースにおいて一番いちばん被害ひがいちいさくなるような選択肢せんたくしえらぶ』ってのが最適さいてき戦略せんりゃくなんだってことをいたことがあるね」


 そんな島津しまづさんの言葉に、俺は少し考える。


 そして、口を開く。


「それってつまり……『とうとせずに、けないように勝負しょうぶいどむ』ってことですかね?」


 俺の言葉に、島津しまづさんがこたえる。


「僕も大学時代に人から聞いただけなんだけど……鎌倉かまくら時代じだい著名ちょめい随筆家ずいひつかである兼好けんこう法師ほうしが『徒然草つれづれぐさ』の中でも似たようなことを書いていたんだって。それくらい昔から、人は勝負ゲームかたふかかんがえをめぐらせていたってことなんだろうね」


 そんなことを泰然たいぜんと言う島津しまづさんの前で、俺は考える。


――確かにそれだと、勝負しょうぶけることは少なくなるだろう。


――ちにくとなると、かならずリスクを背負せおむことになっちまうからな。


――なるべくリスクをらず、けないように勝負しょうぶるってのが最適解さいてきかいってのは、非常ひじょうもっともらしい。


 だけど、それだと可憐かれんの出したクイズの答えにはならない。


 可憐かれんは『勝負事しょうぶごとけないひと』じゃなくて『勝負事しょうぶごとつよひと』の思考しこうパターンについてたずねてきたんだからな。


――おそらく、もっと何か俺の未来みらい関係かんけいしているような答えがあるはずだ。


 そんなことを考えつつ、俺は東京とうきょう都心としん法律ほうりつ事務所じむしょ個室こしつにて、弁護士べんごし先生せんせいとの時間じかんごしていた。


 かなでさんの2月26日の誕生日たんじょうびまでに――


 彼女かのじょ大切たいせつにしていた実家じっかであった温泉おんせん旅館りょかんを、彼女かのじょ行動こうどうのおかげで大金持おおがねもちにさせてもらった、俺たち家族かぞく贈与ぞうよするために――




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