第60節 ウィッチ




 三学期さんがっきになってすぐ、生徒せいと会長かいちょう選挙せんきょ期間きかん開始かいしした。


 俺が幼馴染おさななじみ茶道さどう部員ぶいんである萌実めぐみはなしいたところ、なんでも今回こんかい生徒せいと会長かいちょう選挙せんきょは俺たちのかよう『埼玉さいたま県立けんりつ大宮おおみや第二だいに高等学校こうとうがっこう通称つうしょう二高ふたこう』が創立そうりつして以来いらい最多さいた立候補者りっこうほしゃているらしい。


 一月いちがつ中旬ちゅうじゅんのある放課後ほうかご、そろそろ夕日ゆうひ建物たてものこうがわしずみそうな朱色しゅいろまった廊下ろうかにて、俺は職員室しょくいんしつちかくの掲示板けいじばんられた複数ふくすう立候補者りっこうほしゃポスターをながめていた。


 掲示板けいじばんにはそれぞれの立候補者の写真が印刷された画用紙大の簡易かんいポスターが十枚以上ずらりと並び、各々おのおのの名前を主張している。


 今、俺の目の前にある掲示板けいじばんには、あたまりょうサイドに黒髪くろかみがみらしたそのおさな容貌ようぼう先輩せんぱい、高校二年生なのに小学生くらいにしか見えないちっちゃな先輩せんぱいのウェストアップ写真が印刷されたポスターが画鋲がびょうめられ掲示けいじされている。


 そこには、こんなフレーズが名前なまえと共に簡潔かんけつ公約こうやくとしてプリントされていた。


 『あたしが、みんなのおもいをうたってあげる! 毛利もうりゆうき』


――うたう、ねえ。


 漢字かんじにはご丁寧ていねいにルビまでられていて、下の名前が平仮名ひらがなかれていて投票とうひょう用紙ようし名前なまえ記入きにゅうしやすいように配慮はいりょされている。


 そしてもちろん、今回こんかい生徒せいと会長かいちょう選挙せんきょ何故なぜこんなにも激戦げきせんとなってしまったのかは明々めいめい白々はくはく理由りゆうがある。


 俺が去年の十月に、学校に二千万円という大金たいきん部活動ぶかつどう振興しんこう活動費かつどうひ名目めいもく寄付きふしたからである。


――みんなみんな、その二千万円という大金をその大幅おおはば裁量権さいりょうけんうごかせる、生徒せいと会長かいちょうという立場たちばになりたがっているのである。


 何から何まで、俺のせいか――


 そんなことを夕暮ゆうぐれの校舎こうしゃかばんかたにぶらげながらぼんやりと思っていると、向こうの方から学用品がくようひんれているのであろうリュックを背負せおった人影ひとかげあるいてくるのに気付きづいた。


「あっ! 啓太郎けいたろうくん、いまかえり~? 奇遇きぐうだね~」


 毛利もうり裕希ゆうきという名の、いままさにまえにあるポスターに掲示けいじされている、黒髪くろかみげをまる髪留かみどめでわえた髪型かみがたをした、小学生であるかのような風貌ふうぼうの二年生のちっちゃくてほんわかとした先輩であった。


「ああ、毛利もうり先輩せんぱい。おつかさまです」


 俺がかる挨拶あいさつをすると、毛利もうり先輩せんぱいほがらかな笑顔えがおって返してくる。


「も~、だから裕希ゆうきでいいってば~」


「ああ、そうでしたね裕希ゆうき先輩せんぱい


 俺がこたえると毛利もうり先輩せんぱい、いや裕希ゆうき先輩せんぱい言葉ことばつづける。


「こんなところでたたずんで、どうしたの~?」


「あーっと、ちょっとれてくらくなるまで待っているんです。なんだか久しぶりにマスコミのカメラマンが校門前に待機しているらしいので」


「ふ~ん、そっか~。啓太郎けいたろうくんもいろいろと大変なんだね~」


 夕日のあかしずみそうな廊下で裕希ゆうき先輩せんぱいがそんな言葉をかけてくれるので、俺は返す。


「ええ、タクシーは学校の中まで入ってこれませんからね。暗くなってきたタイミングでタクシーを呼んで、校門を出てから顔写真を撮られないうちにささっと乗り込もうと思ってるんです」


 そんなことを説明すると、裕希ゆうき先輩せんぱいはその小さな両手をぱんっと打ち鳴らした。


「あっ! じゃ~さ~、あたしと一緒に充由みゆお姉ちゃんの車に乗って帰る~?」


――充由みゆお姉ちゃん?


 裕希ゆうき先輩せんぱいの言葉に、俺は反応する。


充由みゆお姉ちゃんって、保健室の玉木たまき先生せんせいのことですか?」


――この二高ふたこう養護ようご教諭きょうゆの先生は、確か裕希ゆうき先輩せんぱい従姉妹いとこだと教えてもらったな。


 俺がそんなことを考えていると、裕希ゆうき先輩せんぱいほがらかな笑顔のまま応える。


「そうだよ~。お姉ちゃんの名前、玉木たまき充由みゆっていうの~」


 その先輩の言葉により、俺の頭の中に玉木たまき先生せんせいという名前の保健室の先生のビジュアルが浮かぶ。


 すみられたかのような黒く長い髪を伸ばし、からすのようにつきがするどくてなんとなくものげで、どことなくかげがある雰囲気ふんいきまとっている、ミステリアスな美女としてこの高校で有名な養護ようご教諭きょうゆ


――俺も一学期に、一回だけ保健室でお世話をされたことがあったな。


 確か一学期のバスケの時間にジャンプしたとき着地に失敗して捻挫ねんざして、足首に湿布しっぷを貼ってもらったのを覚えている。


――俺は自分で湿布しっぷを貼りますって言ったけど。


――わざわざ親切にも、俺の目の前でしゃがんで足首に直接貼ってくれたんだよな。


 そんな一学期の保健室でのシーンを思い返していた俺は、目の前のちっちゃな二年生の先輩に伝える。


「じゃあ、せっかくなのでお願いします」


 俺の言葉を聞いた裕希ゆうき先輩せんぱいは、にこやかな笑顔を返してくれた。






 一階にある職員室からすぐのところにある保健室、その部屋の奥まったところには六畳間ろくじょうまほどのひろさのカウンセリングルームに通じるドアがある。 


 そして俺と裕希ゆうき先輩せんぱいは、その部屋に設置されているカウンセリング用のソファーにて、低めの机を挟んでお互いに向かい合って座っていた。


 そろそろ沈もうかと言う夕日の光が、ブラインドのある大きな窓から斜めに部屋に差し込んでいる。


 今、ノックの後にカウンセリングルームの扉が開かれ、膝丈ひざたけまでの長さのスカートレディスーツの上に白衣はくいをまとい、すみられたかのような長い黒髪を伸ばした女性じょせい養護ようご教諭きょうゆが紙コップの乗ったトレイを手に入ってきた。


 どことなくものげでいつもなにかになやんでいそうな雰囲気ふんいきかもしている、かげがある美人びじんとしてこの二高ふたこうで有名な保健室の先生、玉木たまき先生せんせいの姿であった。


 玉木たまき先生せんせいはトレイを持ったまま、俺たちに静かに近寄る。


 そして、俺と裕希ゆうき先輩せんぱいの目の前にそれらの紙コップを音もなく置きつつ、しっとりとした感じで口を開く。


たちばなくん、裕希ゆうきちゃんと同じ梅昆布茶うめこぶちゃでよかった?」


 そんなことを玉木たまき先生せんせいから尋ねられた俺は、少しだけ表情を緩めつつ返す。


「ええ、ありがたいです」


 すると、玉木たまき先生せんせいも少しだけ表情をゆるめる。


「そう、よかった」


 それだけ言って、玉木たまき先生せんせいはカウンセリングルームの出入り口に向かう。


 そして、出入り口の扉に手をかけたところで振り返って声を出す。


「仕事、あと30分かそこらで終わると思うから待ってて」


 そんなことを言って、玉木たまき先生せんせいはこのカウンセリングルームから出て行ってしまった。


 その様子を見送っていた俺が再び正面を向くと、裕希ゆうき先輩せんぱいが紙コップに入れられた梅昆布茶うめこぶちゃを飲んでいた。


 そして、紙コップから口を離してほがらかな様子で一言。


充由みゆお姉ちゃん、美人でしょ~?」


 俺は素直すなおこたえる。


「はい、綺麗きれいかたですね」

「それにね~、すっごく頭もいいの~。東京とうきょう旧帝きゅうてい大学だいがく卒業してるんだよ~」


東大とうだいですか? へー……じゃあ、才色兼備さいしょくけんびを絵にいたようなかたなんですね」


 俺がそんな風に感心の言葉をべて、目の前に置かれていた紙コップを手に取り梅昆布茶うめこぶちゃをすすっていると、再びノックに次いでドアが開いて玉木たまき先生せんせいが入ってきた。


 その玉木たまき先生せんせいは、明るい灰色のベースに黒い縞模様が入った大きな猫のぬいぐるみを胸元に抱きかかえていた。いわゆるサバトラがらとかいうタイプの模様だ。


 そして玉木たまき先生せんせいは、その猫のぬいぐるみを胸に抱いたまま俺の近くに寄ってきて告げる。


たちばなくん。よかったら、いている時間じかんサバちゃんもふもふしといていいよ」


 そう言って、玉木たまき先生せんせいはそのサバトラ柄の大きな猫のぬいぐるみを俺に、大事な大事なものを扱っているかのように手渡してくれた。


 触ってみると、ぬいぐるみにしては生地きじなめらかで、産毛うぶげのような糸が繊細せんさいで、相当に高級なものであろうことが推測できる。


 俺は玉木たまき先生せんせいに、お礼の言葉を伝える。


「ああ、ありがとうございます。サバちゃんっていうんですね、この猫のぬいぐるみ」

「そうね、サバトラがらだから『サバ』ちゃん。わかりやすいでしょ?」


 玉木たまき先生せんせいはそんなことを言いつつ、白衣を身につけたままうでんでクールな魔女まじょのように微笑ほほえむ。そして言葉を続ける。


「確かたちばなくんとアタシおなじマンションだったんじゃない?」


 その言葉に、俺は反応する。


「えっ? そうなんですか? 今の俺の家は、大宮おおみや駅前えきまえのタワーマンションビルにあるんですけど」

「そうね、大宮おおみや駅前えきまえちかくの『グランドインペリアルパレス大宮おおみや』の最上階さいじょうかいでしょ。ときどきエントランス付近で見かけたことあったよ。アタシはあのマンションの16階に住んでるの」



――『グランドインペリアルパレス大宮おおみや』――



 それが、俺たち家族が宝くじで数百億円を当てて大金持ちになってから、最上階の部屋を購入した富裕層セレブ高層こうそうタワーマンションの名称めいしょうである。


 俺は返す。


玉木たまき先生せんせいおなじマンションだったんですか……あそこ、富裕層ふゆうそうけのマンションらしいですから、玉木たまき先生せんせいもお金持かねもちなんですね」


「正確にはアタシじゃなくてちちがね。アタシちち、東海岸でそこそこ有名なジャズピアニストなの」


 玉木たまき先生せんせいはそんなことを言って、そのするどつきの表情を少しばかり緩めつつきびすを返す。


「じゃ、ごゆっくり」


 レディスーツの上に白衣をまとった玉木たまき先生せんせいは振り向きつつそう言って、この六畳間ろくじょうまほどの広さのカウンセリングルームから出て行ってしまった。


 残された俺は、向かい側のソファーに座っている裕希ゆうき先輩せんぱいに尋ねる。


玉木たまき先生せんせいのおとうさん、音楽家おんがくかかただったんですね」

「そうだよ~、あたし義理ぎり伯父おじさんにあたるね~。アメリカですっごく有名な日本人ジャズピアニストさんなんだって~」


 裕希ゆうき先輩せんぱいがそんなことを言うので、俺は感心の気持ちで玉木たまき先生せんせいのそのアンニュイな雰囲気ふんいきを思い出す。


――確かに、あのだるげなかんじは芸術家肌げいじゅつかはだ特徴とくちょうなのかもしれない。


 そして、裕希ゆうき先輩せんぱいが言葉を続ける。


「それにしても、サバちゃんあずけてくれるなんて啓太郎けいたろうくんラッキーだよ~。充由みゆねえちゃんね~、気に入った生徒せいとにしかサバちゃんさわらせてくれないんだよ~?」

 

 そんな裕希ゆうき先輩せんぱいの言葉に、俺は手元にあるサバトラがらの大きな猫のぬいぐるみをモフモフしてそのやわらかな感触かんしょくあらためて実感じっかんする。


「ってことは俺は……玉木たまき先生せんせい御眼鏡おめがねかなったってことですかね?」


「そうだね~。充由みゆお姉ちゃんがサバちゃんをさわらせてくれたの、男子生徒だったら啓太郎けいたろうくんが初めてかもね~」


 そんな感じで、俺は裕希ゆうき先輩せんぱい何気なにげない会話をわすことになった。




 

 猫のぬいぐるみを太腿ふとももに乗せたままの俺が、テーブルを挟んで向かいのソファーに座っている裕希ゆうき先輩せんぱいと、天気てんき天候てんこう季節きせつのこととか、最近起こった学生生活上の出来事とかをとっかかりにした何気ないたりさわりのいこととか、とりとめのない会話を交わし始めてから、既に二十分くらいが経過していた。


 裕希ゆうき先輩せんぱいが俺に雑談内容としての言葉を話しかける。


「そっか~、啓太郎けいたろうくんはなつはじめあたりの季節きせつが好きなんだね~」


「ええ、カラッとした爽快そうかい季節きせつってのはきですね。裕希ゆうき先輩せんぱいはどの季節きせつきなんですか?」


「やっぱりあたしあききかな~。色々いろいろもの美味おいしい季節きせつだし~」


「ああ、甘栗あまぐりとかいもとかが美味おいしい季節きせつですよね」


「そうそう~、あたしいも大好物だいこうぶつなんだ~。あと、林檎りんごとかあまいものは基本的きほんてきになんでも大好だいすきかな~」


 そんな、とりわけ意味いみのあるような内容を含んでいない、いかにも雑談らしい雑談をしていた。


萌実めぐみも、甘いものには目が無くてですね……そういえば、裕希ゆうき先輩せんぱい萌実めぐみとはどこで知り合ったんですか? もしかして萌実めぐみも、生徒会に入ろうとしてたとかですかね?」


「ううん~、あたし書類しょるいたば廊下ろうかに落としちゃったのがきっかけ~。通りかかった萌実めぐみちゃんが拾うのを手伝ってくれて、それから色々と書類の仕事を助けてくれるようになったの~」


「そうだったんですか、俺は萌実めぐみが一学期にどんな感じだったのかはあんまり知らないんですよ。茶道部さどうぶに入ったって事だけはクラスの男友達から聞いてたんですけど」


 そんなことを話していると、目の前の裕希ゆうき先輩せんぱいがいきなり視線を出入り口のドアの方に移し、なにやら壁の向こうを見ているかのような態度をとった。


「あれ~? この感じは~……沙羅さらちゃんと鈴弥すずみちゃんかな~? どうしたんだろ~?」


 裕希ゆうき先輩せんぱいがいきなり明後日あさっての方向を見てそんなことを言ったので、俺はポカンとする。


 そして次の瞬間。


 バタン。


 音を立てて目の前のカウンセリングルーム出入り口ドアが開き、冬用のコートを上半身に前開きで羽織はおった女子じょし生徒せいとが二人入ってきた。


 学年証代わりのリボンの色を見る限り、二人とも裕希ゆうき先輩せんぱいと同じ二年生の女子生徒であるようだったが、うち一人は見覚えのある顔であった。


 その一人とは、俺が去年の十月に部活動への振興しんこう活動かつどうとしてこの高校に二千万円を小切手こぎって寄付きふしたさいに、背の高い生徒せいと会長かいちょう一緒いっしょ壇上だんじょうに上がったスタイルの良い生徒会せいとかい委員いいん女子じょし生徒せいとであった。


 あかるく茶色ちゃいろめたながかみあたまうえかって左側ひだりがわでお団子だんごにして、そこからサイドテールとしてらしているその女子じょし生徒せいとは、ソファーに座っている裕希ゆうき先輩せんぱいに話しかける。


裕希ゆうきちゃん、ごめん! 鈴弥すずみちゃんがスマートフォン、生徒会室に忘れたかもしんないっていうから、鍵を……」


 と、そこでその女子生徒が対面のソファーに座っている俺の方を見て、その存在に気付き言葉を続ける。


「あれれ? あなた……三百億さんびゃくおくくんこと億万長者おくまんちょうじゃたちばな啓太郎けいたろうくんだよね? なんでまた保健室ほけんしつ裕希ゆうきちゃんと一緒にいるのかな?」


 その声に呼応こおうするかのように、もう一人のほうの女子生徒、ショートカットの黒髪にふか青色あおいろのように見える紺色こんいろのヘアバンドを付けた大人しめな雰囲気の二年生女子が、無表情な感じであまり抑揚よくようのない声を出す。


沙羅さらさん……どうやらわたし沙羅さらさん、見てはいけないものを見てしまったようですね?」


 紺色こんいろのヘアバンドを付けた黒髪ショートカットの女子生徒がそう言うと、隣にいる茶髪お団子サイドテールの女子生徒が興味深そうにその顔を覗き込む。


「ほうほう、鈴弥すずみちゃん。して、そのこころなにかな?」


「すなわち、次期じき生徒せいと会長かいちょう候補こうほ成金なりきん勘違かんちが男子だんしとの、つまり権力けんりょくとみとのくろいつながりですね」


――あれ? 俺いまもしかして、初対面しょたいめん女子じょしどくかれた?


 俺がそんなことを考え、口元をピクピクさせつつ苦笑いをしていると、裕希ゆうき先輩せんぱいがにこやかに注意を促す。


「も~、鈴弥すずみちゃん、そんなんじゃないよ~。ちょっと啓太郎けいたろうくんが困ってたので、助けてあげようとしただけ~」


 すると、鈴弥すずみさんと言われた女子生徒が返す。


「まあ、それはともかく……どうやら生徒会室にスマホを忘れたかもしれないっぽいので、沙羅さらさんと一緒にさきほどから裕希ゆうきさんを探してたんですね」


 その言葉に、裕希ゆうき先輩せんぱいが応える。


「え~? だったら沙羅さらちゃんのスマホで連絡を取ってくれたらよかったのに~?」


 すると、沙羅さらさんと呼ばれたお団子サイドテールヘアーの女子生徒が返す。


わたし、ちゃんとラインで裕希ゆうきちゃんにメッセージ送信したよ? 全然ぜんぜん既読きどくつかないんで、どうしたのかな? って思ってたんだけど」


「え~? 気付かなかったのかな~? ちょっとスマホ見てみるね~」


 裕希ゆうき先輩せんぱいはそう言って、ポケットから取り出したスマホを操作する。


 しばらく裕希ゆうき先輩せんぱいがスマホを操作するも、首をかしげてこんなことを言う。


なんにもとどいていないみたいだけど~?」


 その言葉に、沙羅さらさんと呼ばれた女子生徒もスマートフォンを取り出し、操作する。


「えー? そんなことないって! ちゃんと裕希ゆうきちゃんのラインに……」


 そこまで言ったところで、動作が止まる。そして口を開く。


「……鈴弥すずみちゃんの行方不明のスマホに間違えて送ってたみたいかな」

沙羅さらさん、相変わらず見た目どおりの天然ですね」


 鈴弥すずみさんと呼ばれた女子生徒が、澄ました顔で毒舌じみた突っ込みを入れる。


 そんな、ボケとツッコミの漫才コンビような女子生徒二人の様子を、俺は冷めた目でただ眺めていた。


 既に日は落ち、カウンセリングルームから見える外の風景は魔女まじょ暗躍あんやくしそうな暗がりに入ろうとしていた。

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