第54節 イヴの総て



 カニというものは食べている最中は無口むくちになる。


 それはある意味自然の摂理せつりであり、一般的な常識であるために女子会でカニをあるじの主役にすることはあんまりないと思われる。


 コタツの上にある大皿に乗せられたカニたちは、からかれそれぞれのあしがもがれ、胴体にあるあしの根元の筋肉やカニ味噌みそがむさぼられ、バラバラの状態になってしまった。


 俺の右隣に座っている東北出身っぽい黒髪ロングのお姉さん、潤子じゅんこさんが湯飲みに入ったお茶を飲んで満足げな口調で俺に伝える。


「いや~弟ぐん、カニ美味うまがっだっちゃ~」


 すると正面のモミアゲお下げ髪の女性、結果ゆいかさんがたしなめる。


「だから潤子じゅんこさん、なまり出てますって」


「あー気がゆるむとつい出るんさ。いづもは東京弁を使ってるんけどさ」


――いや、わりとなまってますよ?


 俺がそんなことを考えていると、左隣に座っているふんわりツインテールのロリ顔女性、莉央りおさんが俺の手を掴んでくる。


「すっごく美味しかったのー! えーっとぉーえーっとぉー……弟くん、ありがとうなのー!」


「あーっと……啓太郎けいたろうです」


「そっかそっかー! 莉央りおねー、明日香あすちゃんの弟くんが宝くじ当たったなんて最初は信じられなかったけど、本当だったってやっとわかったのー! こーんな高いカニ、ご馳走ちそうしてくれてありがとうなのー!」


よろこんでもらえたなら、まあ」


 俺がそんなことを言って軽く愛想笑あいそわらいを返すと、莉央りおさんは握った俺の手をぶんぶんと威勢いせいよく振って大げさな握手の身振りをする。


 なお、離された手を鼻の近くに持っていってにおいをいでみると、あからさまにカニ臭かった。


 そして、正面に座っていた結果ゆいかさんが生真面目きまじめな感じで俺に伝える。


「いやはや、としにこんな高級なものいただいて、明日香あすかさんと弟さんに心から感謝ですね。来年はきっといい年になります」


 そこに、ロングスカートメイド服で頭にカチューシャを着けた両三つ編みお下げ髪のかなでさんがれタオルと調理用ボウルを手にやってきて、コタツの上にっているカニの残骸ざんがいを回収し始める。


「では、のこったからはお雑炊ぞうすいにいたしますので……前を失礼します……」


 かなでさんがカニのからをボウルに回収している最中、結果ゆいかさんは家政婦メイドさんであるかなでさんの姿をじっと凝視していた。


 そして、かなでさんがカニのからで満たされたボウルを手に台所にいる幸代さちよさんの元に戻ってから、残してもらったれタオルで手を拭いている結果ゆいかさんが俺に尋ねる。


「メイドさんのコスチューム、あれ弟さんの趣味ですかね?」


「妹の趣味です」


 俺は即答した。


 すると、その言葉を聞いた結果ゆいかさんがどこか口元をゆるめて一言。


「可愛すぎますね、ワタシも一人欲しいです」


 と、そこで結果ゆいかさんかられタオルを手渡された潤子じゅんこさんが陽気な声で応える。


結果ゆいかさ、そりゃぁ無理だっちゃ。ただの大学生にゃお女中さんやと給料きゅうりょうなんか払えねえさ」


 そして、莉央りおさんがうきうきと俺に尋ねる。


「それにしても本物のメイドさんがいるとは思わなかったのー! さすが七百億円当てた億万長者! スケールが違うのー!」


「いや、税金とかで引かれてだいたい三百億円ですからね? 手元にあるのは」


 俺が苦笑いをしつつ応えると、莉央りおさんは明るい表情と共に言葉を続ける。


「それでも全然超大金持ちなのー! 弟くん、もし良かったらお姉さんがいろいろといいこと教えてあげるのー!」


 そんなひとみえんかドルのマークできらきら輝いている莉央りおさんの態度を、結果ゆいかさんがいさめる。


「だから、明日香あすかさんの弟さんに色目を使うのはやめなさいって」


 その言葉を聞いて、俺に誘惑の目線を向けてきた莉央りおさんがしょうがないなぁといいたげな感じで姿勢しせいを正す。


「はいはい、ゆいかりんはきびしい人なのー」


 俺は結果ゆいかさんから潤子じゅんこさんをて回ってきたれタオルでカニ臭い手を拭きつつ、頭の中で考える。


――見たところ、全員が全員とも顔立ちも体型も整った普通に綺麗きれいな女の人だな。


――姉ちゃんいわく「全員見事に彼氏ナシ!」とのことらしいが。


――なんか信じられねーな。


 そんなことを考えていると、ダイニングテーブルで姉ちゃんと共にカニを食べ終わっていた美登里みどりが大声を上げる。


「……そうだ! ドラゑもん! ドラゑもん!」


 美登里みどりはそんなことを言ってダイニングテーブルの椅子から立ってコタツの脇を抜け、150インチある大画面のテレビモニターの前にあるソファーに駆け寄り、その上に置いてあったリモコンを操作する。


 そしてテレビの画面スイッチがオンになり、日本を代表する国民的アニメキャラクターである未来から来た青い丸みのあるロボットとその友達ともだちらの声がリビングに木霊こだまする。


 莉央りおさんにれタオルを渡した俺は、美登里みどりのいきなりの行動に、兄としてコタツを立ってソファーに座っている妹の元におもむき、そのリモコンを取り上げる。


「こらこら、お客さんがきているのに勝手なことしちゃいけません」


 俺がそんな感じで美登里みどりさとすと、妹は不満げに口をとがらせた。


「……ぷー、大晦日おおみそかだってのに。お兄ちゃんの意地悪いじわるー」


「単なる一般常識だ、一般常識。一応はこの場にいるみんなにかないとな」


 そう妹に言ってから、俺は振り返って姉ちゃんが呼んだ大学の友達のみなさんに尋ねる。


「なんか、みなさんは大晦日おおみそかに見たいテレビ番組とかありますかー?」


 すると、コタツやダイニングテーブルの近くに座っている姉ちゃん達が相次あいついで言葉を放つ。


おらは、『孤高ここうのグルメ』がみてぇっちゃ」


 と、潤子じゅんこさん。


ワタシはやはり、『紅白こうはく歌唱かしょう合戦がっせん』ですね。大晦日おおみそかの定番です」


 と、結果ゆいかさん。


莉央りおはねー、『ジャリ使つか』が見たいのー」


 と、莉央りおさん。


「あたしは、『King-1ワン』が見たいー!」


 と、姉ちゃん。


 見事にバラバラであった。


「バラッバラですね」


 俺がそんな率直そっちょくな感想を口に出すと、コタツから潤子じゅんこさんが俺に尋ねる。


おとうとぐんは、何かだいのねっか?」


「いや、俺はあまりテレビ見ないので」


 そう応えると、姉ちゃんが明るく大きな声を発する。


「じゃーさー! あみだくじやろうよ、あみだくじー!」


「……えー? お姉ちゃん、わたしがドラゑもん見るのたすけてくれないの?」


 ソファーに座っている美登里みどりがぶつくさ文句を言うも、俺は姉ちゃんの提案ていあん採用さいようすることにした。


「じゃ、俺の部屋から紙と筆記具ひっきぐ持ってきますので、少々待っててください」


 そんな俺の申し込みを聞いて、結果ゆいかさんが一言。


「弟さん、礼儀正しいですね。きっと出世しますよ」


 すると、莉央りおさんが返す。


「もー、ゆいかりん。弟くんはもう億万長者さんなんだから、出世する必要なんてないのー」


 そんな女子達のやり取りを背に、俺はリモコンを美登里みどりに渡してリビングから自分の部屋に行って紙とペンを持ってくるために歩き出す。


――三人ともみんながみんな彼氏がいないっていうけど。


――全員わりと魅力的みりょくてきで、とてもそんなふうは見えない。


――それとも、ぱっと見だとわからないわけが何かあるのだろうか?


 そんなことを考えながら、俺は自分の部屋へと向かった。





 俺が自分の部屋から紙とペンを持ってきて、美登里みどりと姉ちゃんを含めた女性陣にあみだくじをしてもらったところ、結果ゆいかさんの提唱ていしょうした『紅白こうはく歌唱かしょう合戦がっせん』が選ばれた。


 で、姉ちゃんはかなでさんが持ってきたカニ雑炊ぞうすいの鍋を前に再びコタツに座り、飲み友達三人と改めて本格的に日本酒のえんきょうじることになったのである。


 俺は妹の美登里みどりと一緒にソファーに座り、兄妹きょうだいで紅白を見ていた。


 そんな状況をて一、二時間、俺は再び姉ちゃんの友達三人とコタツの四方を囲んでいた。


 姉ちゃんは慣れない日本酒をあおりすぎて、ソファーの上で手も足も投げ出して年頃の女性らしからぬ豪快ごうかいな格好で寝っ転がって寝息を立てている。


 と、いうわけで弟である俺が姉ちゃんの代わりに呑み友達三人を相手取り、空になった雑炊鍋ぞうすいなべを目の前にドリンクを飲みながら話の聞き役に回っている、というわけなのである。


 ちなみに美登里みどりは姉ちゃんが酔いつぶれて俺がコタツの方に座ると、自分の部屋に戻っていってしまった。


 もちろん俺がグラスで飲んでいるドリンクとはお酒なんかではなく、下で買ってきたゼロカロリーのダイエットコーラである。高校生なので。


 俺は、目の前にいる魅力的みりょくてきな女性三人が姉ちゃんと同様におとこがまったくないという事実を先ほどまで信じられなかったが、三人が三人ともかなりのお酒を呑んでベロンベロンに酔っ払ってからは、その彼氏がいないという事実を把握せざるを得なかった。


 右隣にいる、酔っ払った潤子じゅんこさんがグラスを手に笑いつつ、俺に陽気ようきに話しかける。


「んでな、んでな、いもどにおらいではるときいってやったっちゃ。おら、ざいごがらとうぎょうさでたらまぼいあんちゃんこみっけってばんかけすってっちゃや。んだら霧穂きりほさ、んなごとよりひでなすまねはせんでけろってかだってけ……」


――何いってんのか、全然わからん。


 どうやら潤子じゅんこさんは酒に酔うとわら上戸じょうごになって、そのかわり普段はなるべく標準語に近づけようとしている言語げんご中枢ちゅうすうのタガが外れてしまうようだ。


 俺は潤子じゅんこさんのなまった、ほとんど何を言ってるかわからない言葉ことば羅列られつに、ただはいはいとうなずいていた。


 正面にいる、酔っ払った結果ゆいかさんがグラスを手に、しくしくと涙を流す。


ワタシだってねぇ、わかってるんですよ、うっ。ぺったんこだなんて、うっ。だから彼氏ができないんだって、うっ。でもねぇ、しょうがないじゃないですか、うっ。何したって、豆乳飲んだって、キャベツ食べたって、マッサージしたって、うっ。大きくならなかったんですから、うっ」


 どうやら結果ゆいかさんは上戸じょうごであるらしい。


 しかも、それがおのれたいらかな胸のコンプレックスとわさって、この上なく面倒めんどうくさい性格になってしまっている。


――そして――


 俺は覚悟と共に、左隣を見る。


 目のわった莉央りおさんが、グラスから無言むごんで酒をんでいた。


 俺の視線に気づいた莉央りおさんが、さきほどのロリ声とはうってかわって、女性なりに高いがドスの効いた声で俺に尋ねる。


「なんの? 莉央りおかおになんかついてるんのー?」


 そんな瀬戸内海の方言っぽい言葉遣いに、俺は身をふるわせる。


 そして、おそるおそる伝える。


「えーっと……酔うとなんか、イメージ変わるんですねー……って思ったり」


「イメージっていうかのー、こっちが莉央りおやけんのー」


 すると、右隣みぎどなり潤子じゅんこさんがなまりが強いイントネーションでげる。


莉央りおさそん姿すがた、オタサーのひめ失格しっかくだっちゃ」


 潤子じゅんこさんの声に、所属しているオタクサークルでどうやらひめをしているらしい莉央りおさんが、視線をずしりと定めたまま世をはかなんだような口調くちょうこたえる。


「オタサーのひめなんて所詮しょせん、オタクどもにたてまつられるお人形にんぎょうやくのピエロやけんのー。内々うちうちでは色々いろいろ性格せいかくすさむけんのー」


 そんな潤子じゅんこさんと莉央りおさんの忌憚きたんなきやりりに、結果ゆいかさんがそのひらたいむね強調きょうちょうするようなジェスチャーをする。


「うう……二人ふたりともいいですよ。おとこひとまえわなければいいんですからまだ希望きぼうがあります! ワタシは酔わなくても普段ふだんからコレですよ! コレ! だれがまないたですか! だれひらたい胸族むねぞくですか! だれ関東かんとうゆいかさん平野へいやですか! 結果ゆいかさんだってきずついているんですよ!」


――あー、ガチでめんどくせー。


 そんなことをひそかにおもって適当てきとうにはいはいとこたえをしていると、俺の陣取じんどったせきうしろにある紅白こうはく歌唱かしょう合戦がっせんうつしているテレビモニターから、最近さいきんになって急成長きゅうせいちょうしていることで有名ゆうめいらしい事務所じむしょ人気にんき三人組さんにんぐみ男性だんせいアイドルグループ、O-ZOLAオーゾラ プロジェクトの歌声うたごえながれてきた。


 俺はテレビに出ているアイドルにはわりとうといが、日本の代表的なアイドルグループやトップアイドルくらいはわかる。


 再び視線しせんを戻し、目の前にいるめんどくささを全開にして爆走している三人の女子大生に、誤魔化ごまかすように話題わだいる。


「ほら、紅白に O-ZOLAオーゾラ プロジェクトてますよ。O-ZOLAオーゾラ プロジェクト。みなさんはどの人が好きですか?」


 まず、潤子じゅんこさんがこたえる。


おらさ、まぼいウィリアムさ好きっちゃ」


 潤子じゅんこさんは O-ZOLAオーゾラ プロジェクトのメンバーで、ドイツ系アメリカ人クォーターであるという男らしい色黒のアイドルの名前を挙げた。


 いで、結果ゆいかさんがこたえる。


「うーんと……ワタシは、中性的で可愛かわい友里ゆうりくんが好きですかね」


 結果ゆいかさんは、同じくメンバーでどこかユニセクシャルな風貌ふうぼうの美青年アイドルの名前を挙げた。


 最後に、莉央りおさんがこたえる。


莉央りおは、さわやかイケメンの恭也きょうやくんが好きやけんのー」


 莉央りおさんは、グループのリーダーで清涼感せいりょうかんあふれる眉目びもく秀麗しゅうれいなアイドルの名前を挙げた。


 俺は口を開く。


「みなさん、好みとかバラバラですね」


 すると、メイド服姿のかなでさんがやってきて結果ゆいかさんと潤子じゅんこさんの間にひざをつき、雑炊鍋ぞうすいなべを回収しようとする。


「では、おなべあらいますので……前を失礼します……」


 と、そこに莉央りおさんがにやけた感じでかなでさんに尋ねる。


「メイドちゃん、メイドちゃんは O-ZOLAオーゾラ プロジェクトだと誰が好きなんのー?」


 するとかなでさんが、ひざをついて雑炊鍋ぞうすいなべを両手でつかんだままきょとんとする。


「おー……ぞら? 芸能人げいのうじんの方ですか? すいません、わたしはしばらくの間、テレビからは縁遠えんどおい生活をしていましたので……」


 そこに、潤子じゅんこさんが言葉を重ねる。


O-ZOLAオーゾラ しゃねっぺ? ほら、今紅白でうだってんまぼいあんちゃんこらだっちゃ!」


 そして、結果ゆいかさんが近くにいるかなでさんの肩に手を回して強引に隣に座らせる。


「ま、知らないなら知らないでかまいません。ようはあなたはどんな男性が好みのタイプなんですか?」


 かなでさんをとなりに確保している酔っ払った結果ゆいかさんの言葉に、俺はそしらぬふりをしておのれ聴力ちょうりょくに全神経を集中させていた。


 きっと漫画的に表現したとすれば、俺の耳は今まさにゾウのように大きくなっていることだろう。 


 そして、俺の正面脇に座っているかなでさんが、すこし困った顔になりながらもしっかりと、酔っ払っている結果ゆいかさんの質問に答える。


「えーっと……わたしは……そうですね……えて言うならおさむらいさんみたいな男の人が好みというか、あこがれていますね……」


――おさむらいさん?


 その言葉に、俺の心の中にいろいろな思惑おもわくう。


 莉央りおさんがかなでさんに尋ねる。


「ってことはー、しょうゆがおの男が好きなんのー? 一重ひとえでしゅっとした感じのー?」


――え、だとすると俺は該当がいとうしないぞ。


 俺がそんなことを考えながらひそかにドキドキと心臓を打ち鳴らしていると、莉央りおさんにこたえてかなでさんがたどたどしく言葉をつむぐ。


「えーっと……えーっと……外見というよりは内面がおさむらいさんのような方がいいというか……いつでもそばにいてまもっていただける人というか……」


 そんなかなでさんの困惑こんわくの入り混じった声を聞きつつ、俺は平静へいせいたもっているふりをしながらグラスに入ったコーラを口に含む。


――えーっと……そばにいて、まもってくれる人ってことは。


――一応いちおう、俺も入っているよな。


――ってゆーか、俺であって欲しいんだけど。


――いや、むしろあい告白こくはくでは?


 俺が高校生男子らしくそんなことを思いつつ内心ないしんでテンションを上げていると、かなでさんが結果ゆいかさんの隣に座りつつこんなことを言った。


「ですが……正直よくわかりません。わたしは、初恋すらまだですので……」


 そんなかなでさんの言葉に、俺は心の中でカクリと肩を落とす。


――つまり、現時点では好きな男はいないってことか。


――うーん、まあ他に好きな人がいるとかより、ましかな?


 俺がそんなことを思っていると、背中の方面にある大画面のテレビモニター近くのサウンドスピーカーから発していた男性アイドルグループの歌声が終わったのがわかる。


 そして、紅白の女性司会者の声が部屋にひびく。


O-ZOLAオーゾラ プロジェクトさん、ありがとうございました! 続いては紅組あかぐみ、次はなんと紅白こうはく初出場はつしゅつじょう! 今をときめく美少女アイドル! MeowMaoミャオマオ さんです!」


 俺が振り返ると、大画面のテレビモニターの中には十代半ばでトップアイドルに登りつめた期待の大型超新星、MeowMaoミャオマオ と呼ばれる美少女アイドルがステージ上でマイクをにぎって登場していた。


 その大きなバストの谷間が見えそうなくらいに胸元が大きく開いたドレスを着て、頭には猫耳ねこみみのように見えるリボンを付けたアイドルが、長いテール髪を後ろに揺らしつつ、ステージ上でその少女らしからぬ大人びた美声びせいひびかせていた。


 俺が再び正面を向くと、結果ゆいかさんの隣に座っていたかなでさんが、なんか目を見開いて呆然ぼうぜんとした表情になっていた。


 そして、かなでさんは小さいが確かな声をつぶやく。


「……糸葉いとはちゃん……!?」


――え?


――糸葉いとはちゃんって、誰?


 その疑問に関して、結果ゆいかさんが尋ねる。


糸葉いとはちゃん? それってもしかして、MeowMaoミャオマオ さんの本名とかですかね?」


 その質問にかなでさんが答えられないでいると、割烹着かっぽうぎ姿すがたの老女であるお手伝いの幸代さちよさんが台所からやってきた。


かなで、どうしたのですか? お仕事中しごとちゅうですよ?」


 すると、かなでさんがためらいがちに指を軽く折り曲げ、美少女トップアイドルの歌唱かしょうしているテレビモニターに視線を向けてから幸代さちよさんに尋ねる。


「お祖母ばあちゃん……あれ……あの糸葉いとはちゃんですよね……?」


 俺も、幸代さちよさんに言葉を伝える。


「なんか、紅白に出ているアイドルのこと、かなでさんが知っているらしいんですけど」


 すると、幸代さちよさんがテレビモニターに向かって目をこらすような仕草しぐさをして感嘆かんたんの声を漏らす。


「あらまあ。ええ、確かに昔からぞんげている加藤かとうさんのところのむすめさんでございますね。ずいぶんと大人びたご様子ようす成長せいちょうなさったようでございますが」


 その言葉に、俺は内心ないしん驚愕きょうがくする。そして幸代さちよさんに尋ねる。


「紅白に出るようなトップアイドルのこと、昔から知っているんですか?」


ぞんじているというか、昔よく旅館にて公演をしに来てくれた小学生しょうがくせい演歌えんか歌手かしゅの女の子だったのでございますよ。同い年のかなでとよく遊んでいただいておりました」


 そんな幸代さちよさんの説明に俺は改めて後ろを振り向き、テレビ画面を見る。


 大画面のテレビモニターには、トップアイドルがひかりを浴びて笑顔で歌っているその様子がうつっていた。


 その画面に大迫力で映し出された姿はまさに、ファンの信仰しんこう一心いっしんに集める崇拝すうはい対象たいしょうたる偶像ぐうぞうそのものであった。


 かなでさんの声が聞こえてくる。


「すごい……糸葉いとはちゃん……本当に紅白出るって夢……かなえたんだぁ……」


 結果ゆいかさんの隣で座ったままのかなでさんが口元を両手で押さえて、感極かんきわまって涙を流していた。


 そして結果ゆいかさんは何故なぜか、かなでさんの肩を抱きしめるように抱えて、無言で彼女の亜麻色あまいろの髪の毛を優しくぽんぽんと叩く。


 そんな様子を見て、幸代さちよさんがそのしわのある表情ひょうじょうゆるめて一言。


かなで、あの子の晴れ姿を見終わったら、台所に帰ってくるのですよ」


 それだけ言って、幸代さちよさんは台所の方に戻っていってしまった。


 結果ゆいかさんが、その身を密着みっちゃくさせているかなでさんに伝える。


ワタシ、友達の幸せのために泣く事ができるあなたのことが気に入りました。新年が明けたら、ワタシたちと一緒いっしょ初詣はつもうでにいきませんか?」


 すると、指で軽く涙を拭いたかなでさんが戸惑いながら結果ゆいかさんに返す。


「えーっと……それは、啓太郎けいたろうさんに聞いてみないことには……わたしはあくまで雇われの身ですので……」


 俺は返す。


「俺は別にいいよ、一緒に行っておいで」


 すると、かなでさんがほんのりと微笑ほほえがおを見せて伝える。


「ありがとうございます、啓太郎けいたろうさん……」


 莉央りおさんが、からかいげに話す。


「よかったのー、メイドちゃん。優しいご主人様やったけんのー」


 潤子じゅんこさんも言葉を連ねる。


「んだんだ、おどどぐん、えらいきはしまわるっちゃ」


――だから、何いってるのかわからねーっつーの。


 すると、結果ゆいかさんが何かに気付いた顔つきになって注意ちゅういはさむ。


「ちょっとまってください。MeowMaoミャオマオ さんと同い年って、メイドさん、あなた年齢としいくつですか?」


「え……? 来年の二月に十六ですけど……」


 かなでさんがこたえると、結果ゆいかさんが俺にこんなことを言ってきた。


おとうとさん、腕をこう机の上に伸ばしてください」


「ああ、こうですか?」

 

 俺は結果ゆいかさんに言われたとおり、コタツの上に手を伸ばす。


 すると、結果ゆいかさんが俺の手首てくびを掴んで叫ぶ。


容疑者ようぎしゃ確保かくほー!!!」


 俺も叫び返す。


「なんでですか!」


 結果ゆいかさんが俺の手首てくびを握ったまま大声を続ける。


未成年者みせいねんしゃ略取りゃくしゅですよ! 金にまかせて、こんないたいけな十五歳の少女をメイドとしてはたらかせるなんて非道ひどうにもほどがあります!!」


「ちゃんと許可きょかは取ってますよ! それにこれにはふかわけが!!」


だまりなさい! この鬼畜きちく!」


 真正面ましょうめん結果ゆいかさんはおに形相ぎょうそうで俺をにらけていた。


 右隣の潤子じゅんこさんは、けらけらと酔っ払いながら明るく笑っていた。


 左隣の莉央りおさんは、にやけながら全てを悟ったような達観たっかんした笑顔を浮かべていた。


 そして、ソファーでは姉ちゃんがいびきをかいて眠りこけていた。


――ったく。


――でもまあ。


――かなでさんが笑顔を見せてくれたのでよしとするか。


 結果ゆいかさんのとなりにいるかなでさんは、口元に手を当てて楽しそうに笑っていた。


 そのなによりの笑顔えがおが、色々なことがあったこの年の総決算そうけっさん相応ふさわしい、俺のすくいであった。


 家主やぬしむかえてからの最初さいしょの新年をむかえようという豪邸ごうていのリビングには、子供の頃からの夢を叶えたという美少女アイドルの歌声うたごえが引き続き木霊こだましていた。


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