第52節 ファイナル・プロジェクト





 東京とうきょう国際こくさい展示場てんじじょう、別名『東京とうきょうビッグサイト』から少し歩いた所に、芝生しばふしげるかなり広めの公園がある。


 正式名称としては『東京とうきょう臨海りんかい広域こういき防災ぼうさい公園こうえん』とかいうお堅い名前のついた公園であるらしい。


 お堅い名称に反して、コミックマーケティアのイベント開催中はこの広めの芝生しばふ公園は、数多あまたのコスプレイヤーたちが集まって軽佻けいちょう浮薄ふはくなお祭り騒ぎの様相ようそうを見せるとのことだ。


 大勢の人が、老いも若きも男も女もコスプレイヤーも撮影者も、このコスプレエリアと化した防災ぼうさい公園でお祭りとしてのコスチュームプレイ撮影会を楽しんでいる。


 そして俺は、芝生しばふの上の一点にて青いウィッグをかぶり、小雅しゃおやぁさんが身につけていたそのあでやかな衣装コスチュームまとった姿をお披露目ひろめし、衆目しゅうもくさらされていた。


 つまり、もちろんこの場に相応ふさわしくコスプレして。


 しかも、


――なんで俺が、こんな目に。


 そんなことを考えて心の涙をさめざめと流しつつひそかになげいていると、小さなデジタルカメラを持った眼鏡をかけた女性二人組が俺に声をかけてくる。


「すいません、写真いいですか?」


 俺は愛想あいそわらいをして、簡単な返事を返す。


「はい、どうぞ」


 俺が応えると、その眼鏡をかけた女性二人は小さなデジタルカメラで、アニメだかゲームだかのキャラクターの着ている衣装である東アジアっぽいみやびなコスチュームをまとった俺の姿を撮影さつえいする。


――はやく、小雅しゃおやぁさんの小物見つからねーかなー。


 俺がこのコスプレエリアでこんなファンキーかつファンシーな格好をしているのは、もちろんのこと俺の趣味なんかではなくて美登里みどりが立てた作戦によるものである。


 小雅しゃおやぁさんが用意していたキャラクターコスチュームは、手持ちのソーイングセットでちょちょっと仕立て直せば簡単にサイズを変更できるようにあらかじ縫製ほうせいされてあった。


 その事実を聞いた妹の発案した作戦とは、俺がそのコスチュームを着てコスプレイヤーとなることで、小雅しゃおやぁさんがなくしたあの楕球状のオーディオプレイヤーを『美人コスプレイヤーの小物』ではなく『女装している男性コスプレイヤーの小物』ということにしてネットで拡散して探してもらう、というものだった。


――ここまで身を張る必要なんて、あったのか?


――っていうか、クラスメイトとかに出会ったら最悪だな。


――あー、もう。早くオーディオプレイヤー見つかってくれ。


 そんなことを考えていると、横斜め前方向の死角からふいに聞き覚えのある声がした。


「たちばなくん!?」


――声の方向を向いてはいけない。


 俺はかつて高校の裏門近くでカツアゲにあった経験から、てつ意志いしつらぬいた。


 しかし、その聞き覚えのある声の集団は俺にどんどん近づき、その女子の集団っぽいおしゃべごえの大きさを増していく。


「やっぱり! ねぇねぇ! たちばなくんでしょ!?」


 その声の方向を向くと、クラスの『オタク女子』のグループが全員揃っていて、俺に対する感想を口々に述べていた。


「そっくりさんじゃないの?」

「いや、でも似すぎ!」

「でも、あのたちばなくんがコスプレなんかすると思う!? しかも女性キャラでしょ?」

「あのー、すいません。ちょっといいですか!?」


 クラスメイトである女子の一人が、目の前にいる俺に声をかけてくる。


 俺は少し背を引き、何も言えず押し黙る。


――声を出したら、確実にバレる。


 心臓しんぞう拍動はくどうが速くなる。


――頼む、早く去ってくれ。


たちばな……くんだよね?」


 クラスメイトの女子たちの、呼びかけたコスプレイヤーが返事をしないことに奇異きいを感じているようなそのひとみから出る視線の数々が、俺の女装姿を貫く。

 

 そこで後ろから普段着の小雅しゃおやぁさんが現れ、クラスメイトの女子集団に声がかけられる。


「すまない。そいつ中国ちゅうごくから来たんで日本語にほんごしゃべれないんだ」


 小雅しゃおやぁさんの機転きてんに、俺はだまったまま精一杯の不自然な笑顔を見せる。

 

 すると女子達は小雅しゃおやぁさんに軽くお礼を言い、それぞれお互いに「そっくりだねー!」とか「でも、たちばなくんがコスプレとかしないよねー」とか好き好きに意見を述べながら、女性キャラクターの格好をしている俺から集団で会話を交わしつつ離れていった。


 そして、クラスメイトである『オタク女子』の一団が俺たちから充分離れてから、安堵あんどの息を大きくしお礼を述べる。


「……ふぅ、助かりました」


危機きき一髪いっぱつだったな、太郎たろさん」


 小雅しゃおやぁさんのゆるんだ表情に、俺はかわいた笑顔を浮かべ伝える。


「はやく、見つけてくれる人が現れればいいんですけどね」


「そうだな。太郎たろさんがこなにして協力してくれてるからな、きっと見つかるね」


 そんなことを言う小雅しゃおやぁさんは、ほんのりと微笑ほほえがおを見せたまま俺から視線しせんを外して遠くを見る。


 と、そこに長い黒髪ツインテールを揺らして、肩から大きなデジタル一眼レフカメラをげた妹の美登里みどりが駆け寄ってきた。


 美登里みどりは、この公園にて俺がコスチュームプレイを披露ひろうしている間、そこらへんで展開されているレイヤーさんたちの撮影会をその高級なカメラと共に満喫まんきつしているようであった。


 美登里みどりが駆け寄りつつ、スマホ画面を見せてくる。


「……お兄ちゃん、お兄ちゃん。師匠ししょうが拡散してくれた。すっごい勢いでリトゥイートされてる」


 そのスマートフォン画面には、顔をシークレットマークで隠した青いカツラを被った男性コスプレイヤーの女装姿、すなわち俺の姿が映し出されている。


 美登里みどりは、女性キャラクターのコスチュームを着た俺を写真に撮って顔をマークで隠し、それを己の twetterトゥイッター という名前のSNSアカウントであのオーディオプレイヤーの写真と合わせて、小物を探してほしいというメッセージと共にネット上にアップロードしたのである。


 美登里みどりの声に、俺は尋ねる。


師匠ししょうって誰だ?」


「……GLACガラク 師匠ししょう。ネットゲームを始めたころ右も左もわからなかったわたし戦場せんじょうで生き残るためのFPSエフピーエス基礎きそを教えてくれたネット上のゲーム友達メイトで、ちょうゲーム上手うまい人。毎月まいつきいろんなゲームのランカーになってるので影響力がすごい」


 そんな妹の言葉に、俺は返す。


「ガラク? 外国の人か?」


「……いや、声しか知らないけど日本語にほんごしゃべってるから多分たぶん日本にほんおんなひとGLACガラク ってのは師匠ししょうのゲームネームで、ゲーム友達メイトにはもう一人ひとりNANAナナ 先生せんせいってんでいる英語えいごおしえてくれたおんなひともいる。ネットじょうわたし中学生ちゅうがくせいおんなだってっているのはその二人ふたりだけで、そのひとらのアドバイスで、わたしはネットゲームの戦場バトル空間フィールドではひまあました39さい専業せんぎょう主婦しゅふってことになってる」


「そりゃーまた……大胆なサバ読みだな」


「……うん、女子じょし中学生ちゅうがくせいだってバレるとわるむしってくるからそれくらい年齢とし誤魔化ごまかしたほうがいいって。が25さい丁度ちょうど四半しはん世紀せいきぶんだから計算けいさんもしやすいし、干支えともひとつずらせばいいだけだからって」


「あー、そのアドバイスをくれた師匠ししょう先生せんせいってひとらには感謝かんしゃしないとな。それにしても美登里みどり、ネットじょう友達ともだちとかいたんだな」


 俺がそう言うと、美登里みどりは少し決まり悪そうな顔になる。


「……うん、ネット上には友達いないわけじゃない……現実リアルには友達いないけど」


 すると、近くで俺たちのやり取りを聞いていた小雅しゃおやぁさんが、明るい表情で明朗めいろうに告げる。


「なに言ってるか? うぐうぐとわたしとはもう友達あるよ!」


 その言葉に、美登里みどりが恥ずかしそうに頬を染めて小雅しゃおやぁさんに伝える。


「……おお、中国ちゅうごくの人ってホントに『あるよ』って言うんだね」


「いや、これは単なるキャラ作りよ! 日本で暮らす中国人つぉんごーれんのコスプレイヤーとしてのたしなみね!」


 そんなことを照れ気味に言う小雅しゃおやぁさんが、美登里みどりとお互いに笑顔を交わす。


 かたわらで女装じょそうしていた俺は、その二人の姿を見て満足していた。


――ま、美登里みどりがこんな風に現実世界の誰かと仲良くなってくれたんだから。


――俺もわざわざ、こんな格好までした甲斐があったかな。


 そんなことを心に抱いて無理やりにでも自分を納得させつつ、俺は再び女装じょそうコスプレイヤーとしての役割の再開へと意識を切り替えた。


 カメラを持っている撮影者の人たちに声をかけられ撮影を受けつつ、俺は先ほどまでいた東京ビッグサイトの休憩室での小雅しゃおやぁさんとの会話を思い返していた。



 ◇



 東京とうきょう国際こくさい展示場てんじじょうの上空にそびえる逆三角形の内部には、有料ゆうりょうで入れる休憩所きゅうけいじょがある。


 普段は会議室や研修室として使っている、いかにもそれっぽい白く長い机が並べ置かれているその部屋にて、俺と美登里みどり小雅しゃおやぁさんの三人は備え付けのイスに座っていた。


 俺から見て美登里みどりの向こうに座っている小雅しゃおやぁさんは、先ほどから机の上にてキャラクターコスチュームを広げ、手持ちのソーイングセットの針と糸でちくちくと、その衣装のサイズを手直ししている。


 小柄な小雅しゃおやぁさんの体型に合わせたサイズから、男子高校生である俺の体のサイズに変更している最中であった。


 布の糸をはさみで切って、再び針と糸で器用にわせていく小雅しゃおやぁさんの手際てぎわに、隣に座っている美登里みどりはいたく感心していた様子であった。


「……よくそんなにてきぱきとえるね。図面もないのに」


 美登里みどりの声に、小雅しゃおやぁさんが手を動かしつつ布と対面しながら表情を変えずに応える。


「まーな、針と糸で衣服いふくうのは昔から大得意ね。ミシンがあれば立体りったい縫製ほうせいだってできるよ」


 そんなことを言いながら、小雅しゃおやぁさんはちゃっちゃっと衣装のサイズを変えつつわせていく。


 小雅しゃおやぁさんの職人しょくにんげいを目の前で見ながら、俺は頭の中で別のことを考えていた。


――小雅しゃおやぁさんの実家は、日本の企業からの『投資』でお金持ちになったんだよな。


 俺が考えていたことというのは、ここ最近俺が勉強をしている『投資』についての具体的なケースについてのことだった。


――『投資』は投資をする『投資家』をお金持ちにするだけじゃない。


――きっちりと事業を拡大して、その結果としてお金を稼ぐことができれば、投資を受ける『事業家』をもお金持ちにする。


――だから『投資』もやっぱり、可憐かれんが言ってたような『取引』と同じで。


――『全員が全員とも得をする価値の分配』にあたるってことなんだろうな。


 俺がそんなことを考えていると、小雅しゃおやぁさんがその手にしたコスチュームのいあわせを終えたようだった。


し! これでわりね!」


 そんなことを言って小雅しゃおやぁさんは、コスチュームを長机の上で掲げる。


 美登里みどりがその様子を見て、ぱちぱちと軽く握手を打つ。


 そして、机の上にコスチュームを置いた小雅しゃおやぁさんが俺の方を向く。


「でも太郎たろさん? 本当にいいのか? 女装して多分、写真に撮られることにもなるぞ?」


 俺はえて考えないようにしていたその作戦内容に、どこか茫然ぼうぜん自失じしつとしたあきらめの心持こころもちで返す。


「うーん、まあ青いカツラもかぶるし、ぱっと見ただけじゃ俺だって分かる人少ないと思うから別にいいよ。あはは……」


 すると、小雅しゃおやぁさんは俺の声を聞いて少しだけうつむき、口を開く。


「本当に太郎たろさん親切しんせつだな、まるで……」


 小雅しゃおやぁさんはそこまで言うと、口をつぐんだ。


 美登里みどりがその様子に尋ねる。


「……どうしたの?」


 そして小雅しゃおやぁさんは、少しの沈黙の後に俺たちに伝える。


「お爷爷じいちゃんが子供のころは、毎日食べるものにも事欠いてたらしくてな。たった一杯いっぱいのおかゆ鶏肉とりにくをひとかけら入れたものがご馳走ちそうだったらしいよ。今じゃ信じられないけどな」


 その言葉に、美登里みどりが応える。


「……ああ、そういや中国ちゅうごくって昔はずっと貧しかったって聞いたことある」


「そうよ。だからお爷爷じいちゃんはいつもわたしたちにこう言ってた。『潮目しおめつねうつわる』ってな」


 そんな含蓄がんちくのある言葉に、俺は返す。


潮目しおめ……ですか」


「そうだ、潮目しおめだ。時代には流れというものがあり、基本的にわたしたちはその流れをどうすることもできない。しおに逆らってもしおに飲まれてもろくな目にあわない。だからしおの流れを見極みきわめ、上手く乗ることが肝要かんようなんだと」


 そんな小雅しゃおやぁさんのどこか重みのある言葉に、俺はただ黙って話を聞いている。


 美登里みどりが尋ねる。


「……しおに乗るにはどうしたらいいの?」


 すると、小雅しゃおやぁさんが応える。


「まず現実を、思い込みや願望をはいしてしっかりと見て観察することだと言っていた。その上で、よくよく自分の頭と目と耳と手と足で確かめて考えて行動することが重要らしい。全部お爷爷じいちゃんの受け売りだけどな」


 小雅しゃおやぁさんの言葉に、美登里みどりはふむふむとうなずいている。


 俺は尋ねる。


「もしかして、小雅しゃおやぁさんが日本に来たのも……お祖父じいさんの意思いしとかですか?」


太郎たろさんするどいな。そうだ、例の日本の衣料品販売会社はとっくの昔に生産拠点をバングラデシュに移してしまった。上海しゃんはいの人件費はもう日本の人件費より高いからな。今はわたしの実家の衣料品メーカーは中国国内向けの生産に移行しているね」


 そこまで言うと小雅しゃおやぁさんはひと呼吸置き、椅子いすの上で再び背筋を伸ばして言葉を続ける。


「だから、どんな潮目しおめがやってきてもかまわないように、わたしたちは新しい商売の展開を常に考えていかなければならないんだ。今のところは収益は安定しているけど、なにもしなかったら尻すぼみね。わたしが日本に来たのは、先進国であるこの日本の地で新しいビジネスチャンスを探すためでもあるね」


 そんなことを言う小雅しゃおやぁさんの目には、光が宿っている気がした。


 遠く離れた中国の地から日本へと物見ものみ遊山ゆうざんでやって来た、世間知らずのお嬢様の顔ではない――


 どこからどう見ても、責任を背負った確固かっこたるしんの強さを持つ者の顔つきであった。


――まあ、それはそれとして。


――女装かあ。


――こんな日本中から人が来ているお祭りの場で、はじさらして女装かぁー。


 俺は、妹のわがままを聞かざるを得なかった己の立場に、心の中でなみだあめれていた。



 ◇



 で、俺がわざわざ女装までしてその身を捧げた成果があって、小雅しゃおやぁさんの小物であるオーディオプレイヤーを届けてくれた人が無事現れた。っていうかコミマのスタッフさんが届けてくれた。


 その、青いパーツのついたラグビーボールのような形をしたオーディオプレイヤーはどうやら、会場の企業ブースのあるフロアの一角にひっそりとかれたように転がっていたらしい。


 会場の人も、どこかの企業の設置したイベント用の小物かなんかだと思っていたらしく、参加者の落し物だとすら思わなかったらしい。


 コミマのスタッフさんらしき人から、その白い片翼のプラスチック羽をつけたオーディオプレイヤーを受け取った小雅しゃおやぁさんは、笑顔を見せてお礼を言っていた。


 そして俺と美登里みどりの兄妹にも満面の笑顔で「謝謝侬しぃぁじぃぁのん」とお礼を言ってくれた。


 その言葉は、上海しゃんはいの方で使われる丁寧ていねいな意味の「ありがとう」という言葉であるらしかった。

 

 また、小雅しゃおやぁさんは俺と美登里みどりRINEライン も交換してくれた。


 そんなこんなで、コミマ二日目の今日はいろんなことがあったのですっかり疲れきってしまった俺と妹は、小雅しゃおやぁさんと別れてから国際こくさい展示場てんじじょうの駅近くのタクシー乗り場まで赴き、二人して埼玉さいたま方面へと向かうタクシーの後部座席に座っていた。


 東京の海沿いにあるお台場から埼玉県さいたま市大宮駅近くの我が家まで帰るのに、軽く一万五千円近くは飛んでしまうが、この疲れきった身体を休めるためには四の五の言ってはいられない。


 俺と美登里みどりの兄妹は、タクシーの後部座席にて二人して体重をシートに預けていた。


 美登里みどりが隣にいる俺に伝える。


「……疲れたね。啓子けいこお姉ちゃん」


「だぁーれが啓子けいこお姉ちゃんだ、だれが」


 俺がそんな文句を言うと、美登里みどりが不敵な笑顔で返す。


「……そう? わりと楽しそうだったけど?」


「なわけねーだろ、小雅しゃおやぁさんのためだ」


 すると、美登里みどりが表情を澄まし顔に戻す。


「……小雅しゃおやぁさん、あおいお姉ちゃんに似てたね」


 その大阪おおさかに住んでいる従妹いとこの名前に、俺は返す。


「そうだな。美登里みどり小雅しゃおやぁさんにあんなに気安く話しかけることができたのも、あおいに似てたからだろ?」


「……まあね」


 美登里みどりはそれだけ言って、正面を向く。


 タクシーの後部座席に座ったままの俺は頭の中で、小雅しゃおやぁさんに似ている一つ年下の大阪に住む従妹いとこの姿を思い返していた。


 両サイドをわりと伸ばしたショートカットの髪に、一部だけ残した長い後ろ髪をふたつのお下げのようにダブルテールにして垂らしていて、頭にいつもラピスラズリという青い宝石の髪飾りをつけている、女王様のような性格の一つ年下の従妹いとこ


――楠木くすのきあおい


 俺はその猛禽類もうきんるいのような従妹いとこの目を思い出し、ぶるると身震いした。


 あおいは、俺が億万長者になったことを知ってるだろうし。


 次、会ったらどんな態度たいどを取られるだろうか。


 隣にいる妹が俺に伝える。


「……なんか不思議ふしぎだね。いつもの年だったら年末のこの時期には必ず静岡しずおかにいるのに」


「まーな。年末年始は浜松はままつの父さんの実家で過ごすってのが恒例こうれい行事ぎょうじだったからな」


「……あおいねえちゃんも、瑠璃るりねえちゃんも、今頃なにしてるんだろうね。お兄ちゃん」


「あーっと……そうだな。そして次に会ったときに、どんな顔されんだろな」


 そんなことを美登里みどりに伝えると、妹は再び体重をシートに預け、休息の姿勢を取った。


 俺も同じく疲れた背中をシートに預け、東京から埼玉へと向かうタクシーの後部座席から、流れる風景を見やる。


 東京とうきょうまちは既に、夕日に照らされた夕べの様相ようそうを表していた。


 そんな赤く染まった街を見ながら、俺は心の中で再び、毎年まいとしの年末年始には必ず会っていた大阪おおさかに住む従姉妹いとこたち二人姉妹の姿を思い浮かべていた。


 その従姉妹いとこ二人の姉のほう、後ろに綺麗な長い黒髪を伸ばし、その髪をおでこにて綺麗に分けている、肌を健康的けんこうてきに焼いた褐色かっしょくはだな三つ年上の従姉いとこの姿が心に浮かぶ。


――瑠璃るり姉ちゃんは温厚だから、笑って済ませてくれそうではあるけど。


――あおいは、まあ怒るだろうな。


 俺は心の中で再び、ショートカットでダブルテールの髪型をした、天空てんくうから地上ちじょう見下みおろすわしのように気位きぐらいたか従妹いとこの姿を思い返す。


――あおい、昔は純真じゅんしん可愛かわいげがあったのに。


――なんであんな風に、女王様っぽい性格になっちまったんだろーな。


――ま、何回かられるのは覚悟かくごしとくか。


 そんなことをはらに決め、俺はタクシーの窓から見える流れる風景を、どこか諦めの入った面持ちで見やっていた。



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