第49節 アンダーワールド




 ひとでごったがえ駐車場ちゅうしゃじょうすこすすんではまり、またすこすすんではまり、をスタッフのひとたちに誘導ゆうどうされて一時間いちじかんはんといったところで、ようやく国際こくさい展示場てんじじょうおおきな建物たてものぐちちかくまで辿たどいた。


 いざ建物たてものはいろうかというところでひとながれのわきほうで、ながいツインテールをった小柄こがらいもうとあしめ、そのころがしていたキャリーバッグからなに緑色みどりいろ液体えきたいはいった小瓶こびんした。


 俺が「なんだそれ?」とたずねると、いもうとは「……香水こうすいだよ、香水こうすい可憐かれんねえちゃんの誕生日たんじょうびプレゼント」とかえしてきた。


 俺が「気合きあいはいってんな」とつたえると、いもうとは「……そりゃそーだよ、なんせはじめてのコミマだもの」とこたえつつ、その液体えきたいおのれのうなじや手首てくびまわりにスプレーしてきかける。


 そしていもうとが「……ちょっとうなじ、いでみて」とうしあたませてたのんできた。


――変態へんたいっぽくはられたりはしないだろうか。


 一瞬いっしゅんそんなこともおもったが、まあいもうとだしかまわないだろうと気持きもちをえ、いもうとのうなじにはなちかづけ、そのにおいをぐ。


 なんというか、フローラルなかぐわしいかおりであった。


――いち男子だんし高校生こうこうせいである俺にとっては、それ以上いじょう表現ひょうげんしうる言葉ことばたない。


 俺が「うん、いいかんじだぞ」とつたえるといもうとすこほほめてなにわずに、ひかえめなわらいをした。


 オタクのひとたちが次々つぎつぎおおきなくちけた建物たてものなかはいっていくながれのすみっこで、俺たち兄妹きょうだいわらいあった。




 さて、ある程度覚悟はしていたものの、実際に国際こくさい展示場てんじじょうの大きな建物の中に入ってみてそのあまりにも常識はずれな人の多さと、それらの人たちが狭い空間に押し込められているという事実に俺は当惑していた。


 高い天井の下でうごめく、人、人、人ではとても表現しきれない群衆の波の中に、俺たち兄妹はただ飲みこまれていた。


 えてたとえて言うならそれは、秩序ちつじょある意思いしをまったくくみ上げることができない、乱雑らんざつ混沌こんとんとした本能ほんのうにて突き進む動物の群れ。


 まっすぐに進むことなどとてもできない雑然ざつぜんとしたいきおいの中で、目的地に向かおうとする美登里みどりの手を俺はしっかりと握っていた。


 右を向いても、左を向いても、前後左右どこを向いてもオタクの人しかいない空間というものが、これほどまでに過酷なものだとは思わなかった。


 そして、なんというかどうにも表現しようのない臭気しゅうきが会場に充満している。


 残念ながら、妹の美登里みどりがコミマデビューという人生の一大イベントのために持ってきた香水が、まったくもって役に立たないような悪臭あくしゅうであった。


 人ごみと、悪臭あくしゅうと、何千何万ものざわつき。


――家畜かちく小屋ごやじゃあるまいし。


 なお妹は小声で「……えさもとめるぶたどもだね」と自嘲じちょう気味ぎみつぶやいていた。


 そして、高い天井の下、会場内の所々の場所には、猥褻物わいせつぶつとしかいいようがない大きなアニメ絵の数々がかかげられ、陳列ちんれつされている。


 現実にはとてもありえないような様相ようそうの色とりどりの衣装コスチュームを身にまとった女の子たちのアニメ絵が、あるキャラは水着で、またあるキャラはその衣装コスチュームを半分くらい脱がされて肌を見せ、まるで戦場せんじょうではためく軍旗ぐんきのように随所ずいしょに掲げられている。


――本当に、中学生と高校生が来ていい場所なのか、ここ。


 そんなこんなで美登里みどりとはぐれないよう手をしっかりと繋ぎつつ、会場の人ごみを分け歩いていくと、妹があらかじめ狙いをつけていたというジャンルを扱っている場所に到着したと伝えてきた。


 どうやら、アルファベットやひらがな、カタカナの掲示でだいたいの場所がわかるようになっているらしい。


 非常に多くの机が整然と置かれており、その上では各々の参加者がブースをつくり、商品を売っている。


――これもやっぱり、立派なお祭りなんだろうな。


 俺がそんなことを考えていると、キャリーバッグを転がしている妹が俺の手を離して、お目当てのジャンルに関する同人誌が売られているブースのひとつに向かう。


 妹が、売り場が展開されているブースにて座っている、眼鏡をかけた小太りのオタクっぽい男性に話しかける。


「……これ、読んでみてもいいですか?」


 すると、そのオタクっぽい男性が気まずそうに応える。


「えーっと……ごめんね、おじょうちゃん。このほん子供こどもけじゃないんだ」


 後ろから近づいた俺が、その平積みされている同人誌どうじんし表紙ひょうしを見てみると、たしかにアニメキャラっぽい少女のイラストが半裸姿はんらすがたえがかれているので、いかにも成人向けのエロいものであるらしかった。


 すると小柄な妹が、悪びれもせずに返す。


「……し、失敬しっけいな……わたしこー見えても……二十歳はたちになるんですけど!? 福祉系ふくしけいの……大学だいがくに通っているんですけど!? うしろにいるのは彼氏かれしなんですけど!?」


――うそをつくな、うそを。


 机の向こうに座っている眼鏡をかけたオタク男性が対応に困っているのを肌で感じながら、俺は美登里みどりを後ろからきしめるようにかかえてげる。


 そして俺は、美登里みどりを半分持ち上げたような格好になりながら、親切な対応をしてくれたオタク男性に伝える。


「すいません、こいつバリバリ中学生です。ご迷惑をおかけしました」


「……お兄ちゃん!? ちょっまっ……ちょっまっ……! ちょっとくらい大人の世界を垣間かいまてもいいじゃない!!」


「ダメなもんはダメだ。せめてあと四年待て、そんとき買ってやるから」


 俺はそんなことを言いながら、カートを床に転がす妹を持ち上げたまま、アニメチックな女性キャラクターの半裸はんら姿すがたえがかれた猥褻わいせつ図書としょから引き離す。


 その小売ブースに視線をやった際に俺は、『コミペイ』という見慣れぬ単語が二次元コードの印刷された紙に書かれ、建て置かれているのが気になった。


 ほかのブースをよく見てみると、『コミペイOK!』とか『ComiPay使用可』とかの文字がそれぞれの売り場にある二次元コードのすぐかたわら掲示けいじされている。


 俺は妹を床に下ろして尋ねる。


「なあ美登里みどり、『コミペイ』ってなんだ? それぞれの売り場に書いてあるけど」


 すると、妹が俺を見上げて返す。


「……なにそれ? わたしも知らない。わたしの情報って平成へいせい時代じだいのアニメでのコミマ回がもとでちょっと古いから、令和れいわになってからのここ最近の流行はやりかもしれない」


「ペイって名前を聞く限り、キャッシュレスの決済サービスっぽいけどな」


「……オタク最大さいだいのイベントであるコミックマーケティアもキャッシュレス化してた……だと!? いつのまに……ちゃんとアニメで予習して大量に500円玉を備えていたわたしの苦労はいったい!?」


銀行ぎんこう実際じっさい五百円ごひゃくえん硬貨こうか大量たいりょう用意よういしたのは俺だけどな」


 そんな皮肉ひにくを返しつつ、俺は再び妹と手をつないで人ごみの中を歩き始める。


 妹が口を開く。


「……まあエロは今のところはいいや。成人向けじゃなくても全年齢向けとか、キャラグッズとかも前評判まえひょうばんどおりいっぱいあるみたいだし」


「運ぶのは俺だけどな」


 すると、妹が俺を見上げて嬉しそうな声を出す。


「……それに、四年後も一緒に来てくれるって言質げんち取ったし」


――あ。


――本当、迂闊うかつだよな俺。


「そのときまで、美登里みどりのオタク趣味が続いてたらな」


 俺がそう言うと、妹が不敵な笑みと共に返してくる。


「……わたしはオタ趣味、続いているに決まってる。もちろんあと四年で、お兄ちゃんもこのぬまに引きずり込んでみせる。そしてお兄ちゃんの潤沢じゅんたく莫大ばくだい資金しきんから湯水ゆみずのようにお金をオタグッズに落としてもらって、オタク業界ぎょうかい貢献こうけんしてもらう」


 そんな妹の冗談とも取れないようなつめたくえた確かな意思を含んだ宣言せんげんに、俺は声を出して苦笑いをした。







 で、妹と一緒に色々なジャンルの様々なブースを回って、十八歳未満でも買える健全な同人誌や、アニメっぽいキャラクターが描かれたクリアファイルのようなファングッズなどをかなり多く購入した。


 とはいっても、それらをリュックに背負って持ち運ぶのは全て俺の仕事だ。


 ちなみに一日目である今日は、PCゲームやソーシャルゲームなどのゲームジャンルがおも展開てんかいされているとのことであり、日ごとにそれらのジャンルの傾向は異なるらしい。


 妹から「……読んでみる?」と手渡された一冊の同人誌をめくってみたところ、その本の薄さに驚いた。


 俺が買ったばかりの同人誌を手に持ちつつ「こんなに薄いのに500円もするんだな。漫画まんがの新刊買った方がとくなんじゃねーの?」と告げると、妹はわかってないなぁという顔つきになり「……お兄ちゃん、これは個人販売だからこれくらいが適正価格なの。一度に何万部もる大資本の出版社価格とは比較できない」と返してきた。


――そういうものなのだろうか。


 たった20ページかそこらの薄い本がだいたい一冊500円もするという、この一見非常識な市場価格に俺は考えを巡らせる。


――ほんの20数ページ描いただけで、一冊500円くらいで売れるのか。


――少年漫画とかって、単行本が一冊どれくらいだったっけか?


――確か、10話か11話くらいが一冊の単行本に入っていて、1話が18ページくらいだから。


――だいたい、200ページくらいだな。それが400円から500円くらい。


――ってことは、同人誌は単純にページ単価で考えると10倍くらいの値段なんだな。


 人ごみの中を歩きつつそこまで考えた俺は、手を繋いで隣を歩く美登里みどりに尋ねる。


「なあ美登里みどり、このコミマ会場に来ている人ってどれくらいの数かわかるか?」


 すると妹が、即座に答える。


「……三日間で、だいたい50万人から60万人くらいだね」


 その妹の言葉に俺は、頭の中で再び考えを巡らせる。


――ってことは。


――仮に一人が一日に20冊の同人誌を買うとしたら。


――だいたい一人頭、1万円を使うってことだな。


 そして俺は、頭の中で参加者の人数と、同人誌の購入費用とを乗算じょうさんする。


 その計算結果を頭の中で導き出した俺は、その口から驚嘆きょうたんこえれる。


「50億円から……60億円……!? そんなにかねが動くのか……!?」


 俺がおどろあきれながらそんな言葉を出すと、妹の美登里みどりが俺を見上げつつドヤ顔になる。


「……やっとコミマの凄さに気付いたみたいだね、お兄ちゃん。この一大いちだいイベントのコミマと、日本各地で細々こまごまと開催している比較的小さなイベントだけで生活してたり、同人誌の稼ぎだけで家建てたりマンション買ったって人もわりとゴロゴロいるみたいだよ」


 俺は歩きながら返す。


「あーっと……すげーんだな、オタク市場しじょうって。コミマって単なる内輪うちわで楽しむお祭りみたいなもんだと思ってたけど、これに人生かけてたり、救われたりしてる人も大勢いるってことか」


「……ま、そうだね。お金がないアニメーターさんや無名むめい漫画家まんがかの人にとっては年二回のボーナスタイムみたいなものらしい。でも、こんな強気な価格設定が許されるのはこれがお祭りだから。普段だったらよっぽど有名な人の作品でもない限り500円でそう簡単に同人誌なんて買わないよ」


 そんな妹の流れ出るような口ぶりに、俺は半ば呆けて感心する。


――そうか。


――これも立派な、オタクの人たちのための経済的けいざいてき取引とりひき市場しじょうなのか。


 その色が変わった俺の視線の先は、黒山の人だかりの向こうへと溶けていった。





 さて、一般参加者が入場のために必要だという緑色の細いリストバンドをそれぞれ手首につけて会場を巡っていた俺たち兄妹きょうだいは、あらかた買い終わった戦利品せんりひんを確認するために会場の外にある細長い外縁がいえんスペースにやってきていた。


 正午を一時間くらい過ぎた時間帯ということもあってか、そこらじゅうで昼飯を食べている人たちの姿を見かけることができる。


 どうやらこの細長い外縁がいえんスペースには、ケバブやホットスナックなどの移動販売車も展開されているらしい。


 だが、移動販売車にはあまりにも多くの人が大勢並んでいるので、そのあたりで何か食べ物を買うとなれば時間をくってしまうだろうなというのは容易に想像できた。


 昼飯をどうしようか俺が考えていると、妹がその引き転がしていたキャリーバッグを地面に置いてファスナーを開け、何かを取り出そうとしている。


 俺は尋ねる。

「何してんだ?」


 すると、妹が地面にしゃがんだまま応える。

「……買いたいモノはおおむね手に入れたからね、これからはコスプレイヤーさんめぐり」


――コスプレイヤー?


――アニメキャラの衣装いしょうを着たりして、仮装かそうをお披露目ひろめする人たちの事だよな?


 まあ、オタクのお祭りだしそんなのもあるんだろうなと思っていると、妹の美登里みどりがキャリーバッグの中からバカでかい一眼いちがんレフカメラを取り出し、その大きなストラップを両肩にかける。


 中学生にはとても似つかわしくない立派りっぱ一眼いちがんレフカメラを手に持って立ち上がった美登里みどりが、威風堂々いふうどうどうと述べる。


「……さて、行くか」


「こら待てい」


 俺は、見事みごとなカメラを持った美登里みどり右肩みぎかたつかむ。


 美登里みどりが振り返りつつ、少しだけ冷や汗をかきながら俺に伝える。


「……な、何? お兄ちゃん? 早くレイヤーさんの写真撮りに行こうよ。きっとお兄ちゃんが好きそうなセクシーなコスプレしてる人や、身体をはってギャグっぽいコスプレしてる面白い人も一杯いるよ?」


「そーじゃない、そーじゃ。そのカメラ、いくらしたんだ!?」


 俺が美登里みどりにすこしキツめの口調で尋ねると、美登里みどり明後日あさっての方向に視線を向け、誤魔化ごまかすように口を開く。


「……そんなに高くないよ、そんなに……カメラとレンズ合わせて……ほんの、ほんの……四十万ちょっと」


充分じゅうぶんたかいだろ!」

 

 俺がきびしめの口調でいもうと無駄遣むだづかいをしかけると、美登里みどりのお腹がきゅるると鳴り響いた。


 そして、それに呼応するかのように俺の胃袋もぐるると音を出した。


 美登里みどりに救われたといった顔になりつつ、悪びれずに応える。


「……それより、お腹すいたよね。ケバブでも食べようよ、お兄ちゃん」


 俺は何も言えず、頭を抱えたいような気分で、深く項垂うなだれた。








 で、移動販売車にてトルコ出身っぽい風貌ふうぼうの従業員さんが営業をしているケバブ屋さんで、中東の代表的なファストフードであるらしいドネル・ケバブを二人分購入した。


 妹はケバブを食べながら「……やっぱオタクイベントならケバブは外せないね」とか言っていたが、何故なぜに外せないのかは俺は知るよしもなかった。


 さて、兄妹きょうだい昼食ちゅうしょくを食べ終わり、いざ妹は大きな建物外縁にてコスチュームプレイを披露ひろうしているコスプレイヤーさんたちに声をかけて、その高級なデジタルカメラで写真しゃしんりまくっていた。


 妹が「……漫画まんが資料しりょう……そう、漫画まんが資料しりょうだよ! お兄ちゃん! これも立派なわたし趣味しゅみのため!」と言ってきたので、それならまあしょうがないと四十万円以上の妹の買い物を認めてやることにした。


――なんだかんだで、俺は妹に甘いんだよな。


 そんなことを考えつつ、コスプレイヤーさんめぐりをしていたところ、建物周辺の一角にいた、比較的ひかくてきちいさくて華奢きゃしゃなコスプレイヤーさんの写真を撮ろうかという段取りになった。


 その女性は容姿ようし端麗たんれい胴体どうたいが細くて妹よりは背丈せたけが少しだけ高いがわりと小柄こがらな方であり、だが背筋せすじはピンと伸びていて、どこか上品じょうひん雰囲気ふんいきかもしている、育ちの良さそうな少女っぽいコスプレイヤーさんであった。


 頭には青色ショートカットのウィッグをかぶっており、その身には和服わふくにも漢服かんふくにも思えるような、数百年前のひがしアジアっぽいみやびなコスチュームをまとっている。


 妹にたずねるまでもなく、なんらかのアニメかゲームか、そのあたりの作品に登場する美少女キャラクターのコスプレなのであろうということがわかる。


 どろなかはすはな、といった言葉が似合いそうな気がした。


 妹が一眼レフカメラを手に構えながら、そのコスプレイヤーさんに声をかける。


「……すいません、写真いいですか?」


「いいぞ、遠慮えんりょなくれ」


――なんか、ぶっきらぼうな返しだな。


 青色あおいろショートヘアーのウィッグかぶったコスプレイヤーさんの無骨ぶこつな返答に、俺はそんなことを思っていた。


 そして、妹がデジタル一眼レフカメラのシャッターをパシャパシャと何回か切ってから再び注文をていする。


「……すいません、決めポーズでお願いします」


「どの決めポーズか? いろいろ必殺技ひっさつわざあるからな」


 その言葉に、妹はコスプレイヤーさんに近寄り、中学生の女の子の特権であるかのように女性コスプレイヤーさんに触れ、その手や体を取ってポーズを理解してもらおうとする。


 そして妹が背中を向けて、コスプレイヤーの女性に一番密着したときだった。


 妹のうなじに顔を近づけていたコスプレイヤーさんが、こんなことを言う。


「その香水こうすい……CHANOLシャノルの19か? 趣味しゅみだな」


 妹は驚いた様子になって振り返り、コスプレイヤーさんに向き直って伝える。


「……どうしてわかった?」


「どうしてって……大陸たいりくにいる妈妈まーまきで、よくつけてたからな」


 すると、美登里みどりがうきうきと声を出す。


「……大陸たいりく!? ってことは……チャイナっ!?」


「ああ、そうよ。中国人つぉんごーれんね」


 そんなコスプレイヤーさんの言葉に俺は、目の前にいるそのオリエンタルな優雅ゆうがさをかもす、うつくしい仮装かそう女性じょせい容貌ようぼうあらためてる。


 ぱっちりとしたんだ目元めもとととのったしろ歯並はならびを見せているその少女は、ぱっと見た感じでは全然日本人にほんじんと見分けがつかないが、言われてみれば確かにエキゾチックな中国人ちゅうごくじんっぽい感じがしないでもない。


――なんとなく無骨ぶこつな言葉遣いも、日本語にほんごれてないだけなのか。


 そんなことを考えている俺の目の前で、妹が血気けっきさかんに質問を重ねる。


「……本物の中華ちゅうかむすめ!! なにしょう!?」

しょうじゃない、上海しゃんはいよ」


「……おお! 凄い! コスプレれきはどれくらい!?」

「三年くらい前から大陸たいりくでちらほらやっていたよ。こっちでやり始めたのは今年の春からね」


――上海しゃんはい出身の方か。


 俺は美登里みどりに近づいて、言葉でいさめる。


「ほらほら、美登里みどり。あんまり質問攻めにするな。コスプレイヤーさんが困ってるだろ」


 すると、コスプレイヤーの人が表情を変えずにほがらかに応える。


べつに困ってなんかないよ。むしろコスプレきなひとはなしできてわたしうれしいね」


 そんなことを言うコスプレイヤーさんが手をかかげると、その手首に赤色あかいろの細いリストバンドが付けられているのがに入った。


 形としては俺たちが左手につけている、コミマ入場許可証代わりの緑色みどりいろのリストバンドと同じだが、その色は赤色あかいろであからさまに異なるタイプのものであった。


 美登里みどりがコスプレイヤーさんに尋ねる。


「……その入場バンド、赤色あかいろ!? ってことは!?」


「ああ、そうよ。コミマブースに出るサークル参加者はリストバンドがあかいからね。一般参加者はみどりなんだけどな。わたしも三日目にはコスプレ写真集売る予定だから、るよろし」


「……うん、わかった、行く。二日目も三日目もわたしたちコミマに寄る予定だから」


 美登里みどりがそんなことを言うと、その青色ショートのウィッグをかぶったコスプレイヤーさんは自己紹介をする。


わたしのコスプレネームは小雅Yinしゃおやぁいん よ。よろしくね」


 その、中国ちゅうごくひとの異国の地での物怖ものおじしない確かな言葉遣いに、感心していた俺は簡単かんたん挨拶あいさつを返した。






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