第48節 クラウド・アトラス
12月の29日。
年末に三日続けて開催されるというコミマ、別名『冬コミ』の初日である。
ちなみに今回の正式名称は『コミックマーケティア105』であるとのことらしい。
俺と
見渡す限り、人、人、人が並んで座っている。
あからさまに黒い髪と黒い服が多い男の人たちと女の人たちが、
あと、
俺はもちろん
上半身にブラウンのコートを着て
隣にはベージュ色の子供向けコートを着た、強化プラスチックをイスにすることができるキャリーバッグにちゃっかりと座って、有線イヤホンを両耳に取り付けてブルーグリーン色の携帯ゲーム機から音を出さないまま遊んでいる、ツインテール姿の妹の
ただ、なんかいつもとリボンが違う。
ツインテールを結っている二つのリボンは、宙に浮いたような四角い赤と黒のリボンになっている。
そして、俺と
わりと朝早く家を出たつもりなのだが、
お台場の駅を出てから人の流れの中を歩いてる最中で、キャリーバッグを転がしながら隣を歩いていた妹は、いくつもの三角形が逆さまになったようなシルエットの
そして俺と妹は、二人して備え付けられていた
スマートフォンの時計を見ると、午前10時少し前のようであった。
おそらく数万人は並んでいるであろう
「
大きめのリュックサックを背負った俺は、イスになるキャリーバッグに座ってゲームを楽しんでいる
すぐ隣にいる
俺は、携帯ゲーム機を持っている
「
すると、
「……ああ、どうしたの? お兄ちゃん?」
そんな妹の声に、俺は返す。
「
「……うーん、
そんなやり取りをしつつ、俺は数万人はいるであろう
「それにしても、これ全部オタクの人たちか? こんなに
「……そりゃ、
「
そんなことを言いつつ、俺は
すると、
「……オタクって、一部だけ頭おかしいのいるけど、大抵は
「
「……そりゃそうだよ、オタクだってただの人だもの。よく
そんなことを言う妹の
「そもそも
「……そんなの考えるだけ
――なんとなく
そんなことを考えていると、どこか遠くからか
パチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチ
周囲にいた人たちの中には、わざわざ立ち上がって拍手をする人も現れ始める。
「
俺が改めて
そしてパチパチと拍手をしつつ、うきうきとした
「……始まった! コミマ105、始まった! この時はみんなで拍手をするのが
妹がキャリーバッグのイスから立ち上がり、とても嬉しそうにパチパチと手を打ち鳴らすので、俺も一応マナーならばと座りながらも拍手をする。
しばらくして拍手が止むと、立ち上がっていた人たちがまた座り始める。
「あれ?
俺が
「……
「一時間!? マジか……ここにいる人たちって、何がそこまで
「……そりゃー、決まってる。作品への
年末の寒い時期だというのにそれほど
――今は冬だからいいけど、夏なんか
――クラスの『オタク男子』や『オタク女子』のグループも来てるかもな。
そんなことを考えた俺は、妹に言葉を渡す。
「俺のクラスにもオタクグループいるんだけどさ……なんっつーか、あんまり立ち位置がぱっとしないっていうかな……それほどいい印象じゃないんだ」
すると妹が即座に返す。
「……そんなのわかってるよ。オタクは昔っから決まりきって学校での身分は一番下のほう、カースト下位の存在だもの」
――これは、
そんなことを思いつつ、少しだけ表情を暗くした妹に返す。
「でも、やめられないんだな。それだけ好きだってことだ、漫画とかアニメとかが」
「……うん、やめられない。いくらクラスでも、学校でも、それともこの社会や世界全てにおいてでも、いくら
――もしかしたら?
「……もしかしたら、オタクがクラスで
その聞きなれない単語に、俺は返す。
「
「……パラレルワールドと思ってくれたらいい」
――パラレルワールドか。
――「もしあのとき、こうなってたらどんな世界だったんだろうな」っていう奴だな。
俺は隣にいる
「オタクが、クラスで一目置かれているパラレルワールドか……悪いけど、俺にはちょっと想像も付かないな」
「……うん、その世界ではね、オタク文化がきっちりと日本が世界に誇れる文化だと広く
そんな、とても
――オタク文化が、日本の
――そりゃまあ、
――
俺はそんなことを考えつつ、
「でも、どんなことがあったらそんなことになってたんだろうな」
すると、
「……
今、俺たちの間を
「え? 何だそれ?」
「……
そんな妹の言葉に、俺は気の抜けた感じで返す。
「へー、最近のソフトは歌まで歌ってくれんだな」
「……最近のでもないよ、二十年くらい前からある古い技術……でも、もしかしたら……」
妹はそこで言葉を終わらせる。
キャリーバッグのイスに座ったまま下を向いて黙りこくってしまった妹に、俺は兄らしく
「もしかしたら、どうした?」
すると妹はゆっくりと
「……もしかしたら、そのソフトに……アニメキャラっぽい
そこまで言うと、妹はまた口ごもってしまった。
俺は頭の中で考える。
――普通に考えたら、そんなことぐらいで世界は変わったりなんかしないだろう。
――ただ、
だが俺は、兄として
「そんな風にオタクが社会において認められる世の中になってたら、よかったのにな」
俺がそんなことを伝えると、
「……うん、そんな
「その……ヴォーカロイド? にアニメキャラのイラストが付いてたら、か。まあ、ありえない話でもないだろうな。
俺がそこまで言うと、
「……これから話すことは、
「ああ、
「……ホント? ホントにホント? お
「ああ、誰にも言わないぞ。約束する」
俺が本心からそう言うと、
「……最近ね、この前の誕生日以来なんだけど……同じような
「
俺が
「……そう、
そんな中学生らしい
「……ライブ会場には緑色のペンライトを持ったファンが大勢いてね……
俺は返す。
「
「……
「
俺がそんな返しをすると、
「……うん、
そんな
――姉ちゃんが、女性っぽい体つきで
――そりゃあ、
俺は返す。
「で、俺はどんな感じだったんだよ?」
そう尋ねると、妹は
「……あんまし、変わんなかったかな。
「あー、そうなんだ」
俺が簡単に返すと、妹が言葉を続ける。
「……ま、ちょっとバカっぽかったけど。水着なのにマフラーつけてたし」
「水着にマフラーか……そりゃあ、
――いくら夏にもマフラーをつけると宣言したとはいえ、水着にマフラーをつけるほど
俺はそんなことを考えつつ、
「そんな
「……
そんな
「そんなの、関係あるのか?」
「……わかんないよ、本当にわかんない。
そんな妹の言葉に、アスファルトの地べたに座ったままの俺は大きく息を吐き出す。
そして、柔らかく言葉を伝える。
「もしかしたら、その世界では
すると、
「……
「ああ、少なくとも、俺にとっては
――少なくとも、俺は。
――
――俺が一学期の間、クラスで
――大金持ちになってから、みんなが手のひらを返してちやほやし始めてからも。
――俺が
――大切な大切な妹である
そんなことを考えている俺の隣で、
そして、
「……お兄ちゃん、やっぱずるい、ずるいよ……なんでなんだろ?」
「何がだ?」
俺の
そして、周囲がざわめき座っていた人たちの群れが次々と立ち上がり始める。
どうやら列が移動する、ということなのだろう。
いざゆっくりと歩き始めようとすると、隣にいる
そして妹は俺に顔を見せようとしないまま、少しだけ恥ずかしそうな声で告げる。
「……はぐれないよう手、
そんなことを言う妹の手を、俺は息を吐き出しながらしっかりと握る。
「わかったわかった、離すなよ。こんなとこではぐれても見つける自信ねーぞ」
「……ま、シスコンのお兄ちゃんにとっては
「だからシスコンじゃねーっつーの」
そんなことを強調した俺は、顔を
妹はさながら、か
空を見上げると、
その空を
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