第45節 小さな恋のメロディ
俺がサンタクロース、つまりクリスマスの夜に良い子にプレゼントを贈ってくれる
妹の
――ま、おそらくはなんにも考えてなかったんだろうけど。
ただ、俺たち三人
その
ケーキを扱うような洋菓子店は、クリスマスの数日前からが一番忙しいのだ。
俺はケーキ作りやパン作りに関してはズブの
――お金を
俺はそんなことを思いながら、ポケットから取り出したスマートフォンのデジタル時計を見る。
今日はクリスマスイヴということもあって色々と忙しかったので、すっかりと帰るのが遅くなってしまった。
チーンという音と共にエレベーターが
エレベーターを抜け、ひとつしかないドアの
「ただいまー」
俺のどこか
――ん?
俺がこのマンションのエントランスに入ったという情報は、すぐに家に知らされるので、いつもならすぐ
少し
一人で
――もうみんなで、クリスマスパーティーやってんのかな?
俺がそう思いつつ、リビングに繋がる引き戸をガラリと開けた次の瞬間であった。
パン!! パン!!
クラッカーから発せられたふたつの火薬音とともに、色の付いた紙テープが前方から何本も俺に向かって宙を舞う。
「
「……お兄ちゃん、メリークリスマス」
笑顔の
「ああ……メリークリスマス」
俺がそう言いつつリビングに入った次の瞬間であった。
パン!!
「メリークリスマス……です、
「ちょっと!!
俺が
「……えー……
「いや……そりゃ……
俺がそう返すと、
「
そして、姉ちゃんが俺に笑顔で告げる。
「まーまー、
「いや、それは……それとしてありがたく受け取るけど……ってゆーか、
俺がそう
「わたしは……こんなお
「あーっと……とりあえずその格好じゃ寒いかもしれないからさ、上になにか
すると、
「お
そんなことを
「あれー?
姉ちゃんがそう
「部屋に戻る。ちょっと取ってくるものがあるから」
――
そんな
部屋からプレゼントを取ってきた俺は、姉ちゃんと妹と一緒に、ダイニングテーブルに置かれている
既にこの場にはいない
では、
そして、
まず、人間として当然のことだが、空腹のままではお客様に最高のパフォーマンスを提供できないこと。
そして、食事を楽しんでいるお客様がどんなものを食べているかをしっかりと
同じ食事を取っておけば、どんなお酒に合いそうか、どんなデザートに合いそうかなどを、あらかじめ
更に、まかない付きの仕事としての合理性。
同じ調理方法で作られた同じ食事ならば、食材も調理器具も共通のものであるため、
最後に、これが一番重要らしいのだが――
万が一にも、
仮に
――とはいっても、
そんなことを思い返しながら、俺は家族でのクリスマスの
また少しだけ時間が
姉ちゃんは一足お先に、
夕食を食べ終わっていた俺は、この床暖房にてほかほかに暖まったリビングにて、ラッピングされている大きな四角いクリスマスプレゼント箱を
「ほら、クリスマスプレゼントだ」
「……いまここで、開けていい?」
そんな風に
「ああ、いいぞ。開けてみろ」
その
「……おお、
そんな妹の
「ああ、これからも
妹の
だからこそ、姉ちゃんも
と、そこに元気な女性の声が姿と共にリビングに入ってきた。
「ふー、いいお湯だったー!」
頭からほかほかと湯気を出している、パジャマ代わりにスウェットを着ている、
「ああ、姉ちゃん。今年は俺からもクリスマスプレゼントあるんだよ」
すると、姉ちゃんがびっくりしたような眼で俺を見てくる。
「えー!?
俺は返す。
「ま、今年は色々とお世話になったからな。なにより、姉ちゃんのおかげで大金持ちになれたんだし」
すると、姉ちゃんが照れ笑いをする。
「えー、あたしはただ、ハワイでお酒を買おうとしただけだしー。宝くじを実際に当てちゃったのは
そんなことを言う姉ちゃんに俺は、床暖房で暖まらないようソファーの上に置いてあった包装されていない四角く長い木箱を掲げる。
「はい、これ」
「なにこれー?」
木箱を受け取りつつ尋ねる姉ちゃんに、俺は返す。
「姉ちゃんにぴったりのプレゼントっていったい何がいいのかって、色々考えたんだけど……結局、姉ちゃんの好きなものが一番いいだろうと思ってお
「お
「入手自体は
そして、俺からのクリスマスプレゼントである木箱に書かれている
「これ、なんて書いてんのー?」
「えっと……『
俺の言葉に、姉ちゃんが少しだけ
「
そんな姉ちゃんの不満げな受け答えに、俺は返す。
「ああ、それ
その言葉に、姉ちゃんはなんとなく
「ま、せっかくのプレゼントなんだから呑んでみるけどー」
姉ちゃんはそんなことを言いながら、ダイニングテーブルの上に置いた木箱から
するとすぐに、サンタコスをした
姉ちゃんがそのどことなく丸っぽい透明なコップに注いだ
「えー? 嘘でしょー?……こんなに
――こんな真顔の姉ちゃん、久しぶりに見た。
すると、すぐ近くで待機していた
「
そんな
「えー!? このままでもすっごく
姉ちゃんの注文を聞いて、
そんな様子を見ながら、俺は心の中で思う。
――さて、あとは
――
――どんなタイミングで、どういうふうに渡せばいいのやら。
すると、ダイニングテーブルに置いてあった俺のスマホが振動した。
ブブブブブ ブブブブブ
俺は急いでスマホの元へ駆け寄り、その画面を確認する。
コミュニケーションアプリである
周りには、『ギャル』のグループに属するクラスメイトと、『文化系』のグループに属するクラスメイトの女子達の姿もちらほらと写っている。
その
『カレンの家でみんなでクリスマスパーティーしてきた! すごい豪邸!! 楽しかった!!』
俺は少しだけ表情が緩む。
そして、スマホにてフリック入力をして
『そりゃよかったな』
そして、一拍置いてメッセージが
『カレンに電話してあげて?』
その内容に、俺は『わかった』と返して迷うことなくラインを閉じる。
そして、床暖房で暖められたリビングの部屋から扉となっている大窓を開け、真冬の風が吹きすさぶバルコニーへと足を動かしつつ、
ワンコールで、
十二月下旬の
「もしもし?
『はいはい。ケータは家?』
「ああ、家だ。そっちは
『ソーソー! メグったら、スッゴイはしゃいでた!』
「そうか……いつかは俺も
『もち!! いつだって待ってるから!!』
そんな
「なあ
そこまで言ったところで、しばし
そして、小学生のときにクリスマスイブの前日に別れることになってしまった親友に、五年越しに言いたかったことを、夜空を通して通話口の向こうに語りかける。
「……メリークリスマス、
『んー! メリークリスマス!! ケータ!!』
そんな、親友からの嬉しそうな言葉を聞いた俺は、冷たいバルコニーから夜空を見上げる。
半月から少し膨らんだ満月には至らない
それ以上何も言わなくても、俺たちにはわかっていた。
――俺たちは大切な思い出を、互いに大事なものとして共有しているってことに。
億万長者になった俺が、時給九百円ほどのアルバイトをしているってことを知ったら、
それも、他でもない大切な親友である
――でもまあそれは。
――
そんなことを思いつつ
夜風が吹く中、親友への電話を終えてからなんとなく気配を感じた俺は、後ろへと振り返る。
するとそこには明るい窓際を背景に、相変わらずに露出度の高いサンタコスをしている、ケープを肩にかけた
「
俺は、この寒いバルコニーにいる素肌を見せた
「ああ、それはそうと
すると、
「わたしは昔から、寒いのは平気なんです……それより
そう言って、
「何これ?」
「わたしから、
そんな予想外の返答に俺は、驚き顔を
俺がその茶色い紙袋を受け取ると、
「開けてみてください……」
「あ! ああ!」
そして俺が急いでその紙袋を開けてみると、中には青色のマフラーが入っていた。
しかもどうやら、毛糸でできた手編みのマフラーのようであった。
「もしかしてこれ……
俺がそんなことを尋ねてマフラーを掲げると、リビングの大きな窓から漏れる逆光の中で、
「ええ、妹さんから……
――
サンタクロースの服を着ている、まさに
俺は、
「ああ、とってもとっても気に入ったよ。もう一年中、夏でも付けとく」
俺が精一杯の笑顔を見せると、
「戻りましょうか……? お
そんなことを聞きつつ、俺は
そして、心の中で考える。
俺はいつの日からか、サンタクロースのような
でも、そうじゃなかった。
サンタクロースは、確かに
――俺たちみんなが、サンタクロースを信じる限り。
――大切な人に贈り物をすることで、その相手に喜んでもらいたい、と思う気持ちがある限り。
――誰かが誰かのサンタクロースになりたい、という気持ちがある限り。
――この
――みんながみんな『ある』と
――そう、それはまるで――
そんな、何かに気づきそうになった次の瞬間。
「へぷしっ」
俺は小さなくしゃみをしてしまった。
すると、
「
「ああ、じゃあ入ってくるよ」
簡単な受け答えをしながらリビングに入った俺は、
――風呂から上がったら、
――クリスマスプレゼントであるオルゴールと、いつも俺たち家族をお世話してくれているという日々の
そんなことを考えながら、俺は
マフラーで暖まった首の少し下、胸の中に小さな小さな
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