第45節 小さな恋のメロディ


 


 俺がサンタクロース、つまりクリスマスの夜に良い子にプレゼントを贈ってくれる神様かみさまのようなおじいさんの実在じつざいしんじなくなったのは、何歳なんさいのことだっただろうか。


 妹の美登里みどりは、オタク気質きしつが強いこともあってか、かなり遅くまでファンタジーな空想くうそう産物さんぶつであるサンタクロースを信じていたのをおぼえている。


 明日香あすか姉ちゃんは、昔は一応俺の前ではサンタクロースはいるということを言っていたのだが、それが弟に対する姉としてのポーズだったのか、それともなんにも考えてなかっただけなのかはいまだにわからない。


――ま、おそらくはなんにも考えてなかったんだろうけど。


 ただ、俺たち三人姉兄妹きょうだいは、いつまでもサンタクロースの実在じつざいを信じるほどの子供ではなかった。


 一昨日おとといの金曜日に二学期が終わり、今日は冬休みに入ったばかりの12月24日、クリスマスイヴ聖夜祭。先ほどまで戦場いくさばに身を置いていた俺は高層タワーマンションの上昇するエレベーターの中で上着を羽織はおった身をふるわせた。


 その戦場いくさばとはもちろん、俺のバイト先である洋菓子店パティスリー・ソレイユのクリスマス商戦しょうせんという、せいなるよる相応ふさわしい文字通りの聖戦せいせんであった。


 ケーキを扱うような洋菓子店は、クリスマスの数日前からが一番忙しいのだ。


 俺はケーキ作りやパン作りに関してはズブの素人しろうとだが、それでもおもたい小麦粉をはこんだり、手作りケーキ用のメレンゲをひたすら攪拌かくはんしたりと、わりと大変な作業が多かった。


――お金をかせぐのって、本当に大変なんだな。


 俺はそんなことを思いながら、ポケットから取り出したスマートフォンのデジタル時計を見る。


 今日はクリスマスイヴということもあって色々と忙しかったので、すっかりと帰るのが遅くなってしまった。

 

 チーンという音と共にエレベーターが高層階こうそうかいに到着し、止まる。


 エレベーターを抜け、ひとつしかないドアの指紋しもん検知器けんちき指紋しもんを読み取らせると、ピッという電子音と共にかぎかれたので、俺はドアを開けて帰宅する。


「ただいまー」


 俺のどこかけたこえが、だれもいないひろめの玄関げんかん木霊こだまする。


――ん?


 かなでさんが、むかえにやってこない。


 俺がこのマンションのエントランスに入ったという情報は、すぐに家に知らされるので、いつもならすぐ家政婦メイドかなでさんが迎えに来るのに。


 少し戸惑とまどいつつもくついだ俺は、玄関げんかん段差だんさを上がりスリッパをいて、暖房にて空気があたたまった廊下ろうかを抜ける。


 一人で廊下ろうかを歩いていると、暗かった廊下ろうかの天井は赤外線センサーで俺を感知しつつ次々と明るくなっていく。


――もうみんなで、クリスマスパーティーやってんのかな?


 俺がそう思いつつ、リビングに繋がる引き戸をガラリと開けた次の瞬間であった。


 パン!! パン!!


 クラッカーから発せられたふたつの火薬音とともに、色の付いた紙テープが前方から何本も俺に向かって宙を舞う。


啓太郎けいたろう、メリークリスマスー!!」

「……お兄ちゃん、メリークリスマス」


 笑顔の明日香あすか姉ちゃんとうきうきした感じの妹の美登里みどりが、正面からクラッカーを俺に向けて鳴らしていた。


「ああ……メリークリスマス」


 俺がそう言いつつリビングに入った次の瞬間であった。


 パン!!


「メリークリスマス……です、啓太郎けいたろうさん……」


 よこ死角しかくにある方向からクラッカーを鳴らした音と、かなでさんの遠慮えんりょがちなささやかな声が聞こえてきた。


 ふたつのみおげを両耳りょうみみ近くかららしたかなでさんは、下半身は赤いミニスカートに赤いニーハイソックスという太腿ふともも絶対領域ぜったいりょういきまぶしい、上半身はかたあらわになった赤い衣装いしょうのセクシーなサンタコスをしていた。


「ちょっと!! かなでさんになんて格好させてんだよ!!」


 俺が女姉妹おんなきょうだい二人に向き直ってそう叫ぶと、美登里みどりが口をすぼめてなんとなくからかいげなかおになる。


「……えー……かなでちゃんの可愛かわい可愛かわいいサンタさん姿すがた見れてうれしくないの? お兄ちゃん? それとも似合にあってない?」


「いや……そりゃ……似合にあってる……似合にあってるけど……! まずいだろ!? 家政婦かせいふさんにこんな格好させたら!?」


 俺がそう返すと、かなでさんがその色素しきそうすほほをややあからめながら俺に告げる。


啓太郎けいたろうさん……? こういうふうに年中ねんちゅう行事ぎょうじでおまつりのような格好かっこうをして、お客様きゃくさまたのしませるというのは……おもてなしの観点かんてんではそんなにへんなことでもありませんよ……?」


 かなでさんがそう言ってくれるので、俺は少し気持ちを落ち着ける。


 そして、姉ちゃんが俺に笑顔で告げる。


「まーまー、かなでちゃんもこういってくれてることだしー。あんたも年頃の男の子として素直に楽しんどいてよー。それにさーこれは、あたしとみどりからの啓太郎けいたろうへのクリスマスプレゼントなんだからー」


「いや、それは……それとしてありがたく受け取るけど……ってゆーか、かなでさんもよくOKしたね?」


 俺がそうかえすと、かなでさんが少しだけ表情をゆるめてこたえる。


「わたしは……こんなお洒落しゃれなお洋服ようふくさせてもらって……けっこううれしいですけど……?」


 かた太腿ふともも露出ろしゅつした大胆だいたん赤色あかいろのサンタコスでしろゆきのような乙女おとめ柔肌やわはだせているかなでさんの無垢むく言動げんどうに、俺は大きくいきく。


「あーっと……とりあえずその格好じゃ寒いかもしれないからさ、上になにか羽織はおるといいよ」


 すると、かなでさんが少しばかり微笑む。


「お気遣きづかいありがとうございます……では……妹さんからあずかったケープを羽織はおることにさせていただきます……」


 そんなことを健気けなげかなでさんと、あからさまにわるノリしている女姉妹おんなきょうだい二人に対しきびすを返し、俺は自分の部屋へ向かおうとする。


「あれー? 啓太郎けいたろう、ごはんはー? 今日は幸代さちよさんが用意よういしてくれた高級こうきゅう地鶏じどり鶏鍋とりなべだよー?」


 姉ちゃんがそうたずねてくるので、俺は振り向いて返す。


「部屋に戻る。ちょっと取ってくるものがあるから」


 家族かぞくらの話し声を背後に、俺は先日までに用意していたクリスマスプレゼントを取りにいくため廊下ろうかを伝って自分の部屋に戻る。


――美登里みどり、姉ちゃん。グッジョブよくやった


 そんなくちに出すのがはばかられるようなことを、ひそかに心のなかいだきながら――







 部屋からプレゼントを取ってきた俺は、姉ちゃんと妹と一緒に、ダイニングテーブルに置かれている卓上たくじょうIH調理器ちょうりきで温められた高級こうきゅう地鶏じどり鶏鍋とりなべを食べた。


 既にこの場にはいない幸代さちよさんが、温泉旅館のもと女将おかみさんらしくプロのわざあじを付けてくれた鶏鍋とりなべは、アルバイト先のクリスマス商戦しょうせんつかれていた俺の身体からだしんから温めてくれた。


 かなでさんは俺たち三人姉兄妹きょうだいが夕食を取っている間も、赤色のケープを肩にかけたミニスカートのサンタコスをしたまま長エプロンをかけて、ずっとメイドさんらしく立ったまますぐうごけるように待機たいきしてくれていた。


 では、かなでさんは空腹くうふくのままなのかというと、そうではない。


 かなでさんと幸代さちよさんには、俺たち家族が夕食を食べる前にまったく同じ献立こんだてをあらかじめしょくしてもらっているのだ。


 かなでさんは家政婦メイドさんであり、俺たち家族につかえるのが仕事である。そして、その仕事内容は彼女の実家であった温泉旅館にて大勢働いていた、仲居なかいさんたちの仕事内容とそんなに変わらないのだという。


 そして、かなでさんと幸代さちよさんが事前に俺たちと同じメニューをしょくしておくのは、仲居なかいさんとしての知恵と経験にもとづいた、いくつかの合理的な理由りゆうがあるのだという。


 まず、人間として当然のことだが、空腹のままではお客様に最高のパフォーマンスを提供できないこと。


 腹八分目はらはちぶんめ程度に胃袋いぶくろを満たしておけば、食欲にまどわされることなくメイドさんやお手伝いさんとしての給仕きゅうじ仕事しごとまっとうできるのだという。


 そして、食事を楽しんでいるお客様がどんなものを食べているかをしっかりと把握はあくするため。


 同じ食事を取っておけば、どんなお酒に合いそうか、どんなデザートに合いそうかなどを、あらかじめ想定そうていしておくことができるらしい。


 更に、まかない付きの仕事としての合理性。


 同じ調理方法で作られた同じ食事ならば、食材も調理器具も共通のものであるため、余計よけい手間暇てまひまやコストがかからないということだ。


 最後に、これが一番重要らしいのだが――


 万が一にも、食中毒しょくちゅうどくを出さないため。


 仮に食材しょくざいいたんでいたとしても、事前に従業員が毒見どくみをすることによって、最悪のケースを防ぐことができるのだという。


――とはいっても、冷蔵れいぞう技術が発達した現代では、そのような心配はあまりしなくてよいのだが。


 そんなことを思い返しながら、俺は家族でのクリスマスの晩餐ばんさんをともにしていた。





 また少しだけ時間がった。


 姉ちゃんは一足お先に、かなでさんに入れてもらっていたお風呂に入っている。


 夕食を食べ終わっていた俺は、この床暖房にてほかほかに暖まったリビングにて、ラッピングされている大きな四角いクリスマスプレゼント箱を美登里みどりに手渡す。


「ほら、クリスマスプレゼントだ」

「……いまここで、開けていい?」


 そんな風に上目うわめづかいでひかえめに言う妹の態度に、俺は応える。


「ああ、いいぞ。開けてみろ」


 その包装ほうそうをびりびりと乱暴らんぼうやぶいた美登里みどりは、いそいそとプレゼントの箱を確認する。


「……おお、液晶えきしょうタブレット! しかも最高級さいこうきゅうのやつ!」


 そんな妹のうれしそうな声に、俺は表情をゆるめて告げる。


「ああ、これからも趣味しゅみ漫画まんがくの頑張がんばれよ。お兄ちゃん、応援おうえんしてるからな」


 妹の美登里みどりは、デジタルネイティブ世代に相応ふさわしく電子でんし機器ききが好きだ。


 だからこそ、姉ちゃんも美登里みどりへの誕生日プレゼントとしてデジタルビューフレームをおくったわけである。


 美登里みどりほほを赤らめて、無言むごんのままこくこくとうなずく。


 と、そこに元気な女性の声が姿と共にリビングに入ってきた。


「ふー、いいお湯だったー!」


 頭からほかほかと湯気を出している、パジャマ代わりにスウェットを着ている、風呂ふろあがりの姉ちゃんであった。


「ああ、姉ちゃん。今年は俺からもクリスマスプレゼントあるんだよ」


 すると、姉ちゃんがびっくりしたような眼で俺を見てくる。


「えー!? 啓太郎けいたろう、そんな気を使ってくれてたのー!!?」


 俺は返す。


「ま、今年は色々とお世話になったからな。なにより、姉ちゃんのおかげで大金持ちになれたんだし」


 すると、姉ちゃんが照れ笑いをする。


「えー、あたしはただ、ハワイでお酒を買おうとしただけだしー。宝くじを実際に当てちゃったのは啓太郎けいたろうじゃんかー」


 そんなことを言う姉ちゃんに俺は、床暖房で暖まらないようソファーの上に置いてあった包装されていない四角く長い木箱を掲げる。


「はい、これ」

「なにこれー?」


 木箱を受け取りつつ尋ねる姉ちゃんに、俺は返す。


「姉ちゃんにぴったりのプレゼントっていったい何がいいのかって、色々考えたんだけど……結局、姉ちゃんの好きなものが一番いいだろうと思っておさけにした」

「おさけぇー? 啓太郎けいたろう、あんた高校生なのによくそんなもん買えたねー!?」


「入手自体は幸代さちよさんにお願いしたけどね」


 そして、俺からのクリスマスプレゼントである木箱に書かれているくず文字もじである草書体の字を読もうとする姉ちゃん。


「これ、なんて書いてんのー?」

「えっと……『永遠とわ歌姫うたひめ』っていって、有名な日本酒にほんしゅらしい」


 俺の言葉に、姉ちゃんが少しだけしぶい顔をする。


日本酒にほんしゅぅー? 啓太郎けいたろうの気持ちは嬉しいんだけどさー、あたしって日本酒にほんしゅはちょっとばかり苦手なんだけどなー? 居酒屋いざかやで何回か吞んだことあるけど、したがピリピリするだけのおみずにしか思えなかったしー」

 

 そんな姉ちゃんの不満げな受け答えに、俺は返す。


「ああ、それ幸代さちよさんに話したんだけど、『本物の日本酒にほんしゅを呑めばわかります』……だってさ」


 その言葉に、姉ちゃんはなんとなくに落ちない様子で、木箱を手にダイニングテーブルに向かう。


「ま、せっかくのプレゼントなんだから呑んでみるけどー」


 姉ちゃんはそんなことを言いながら、ダイニングテーブルの上に置いた木箱から日本酒にほんしゅの一升瓶を取り出し、栓を開ける。


 するとすぐに、サンタコスをしたかなでさんが姉ちゃんの傍に透明な丸みのついたコップを用意してくれる。


 姉ちゃんがそのどことなく丸っぽい透明なコップに注いだ日本酒にほんしゅを呑むと、驚きと感心の入り混じったような呆然ぼうぜんとした表情を見せた。


「えー? 嘘でしょー?……こんなに美味おいしいのが本物の日本酒にほんしゅぅー? ……じゃあ、あたしがいままで居酒屋いざかや日本酒にほんしゅだと思ってたものはいったいー……?」


――こんな真顔の姉ちゃん、久しぶりに見た。


 すると、すぐ近くで待機していたかなでさんが姉ちゃんに告げる。


明日香あすか嬢様じょうさま……このお酒は、おかんにするともっと美味おいしいらしいですよ? お台所だいどころあたためてきましょうか……?」


 そんなかなでさんの言葉を聞いて、姉ちゃんがすぐさま表情を明るくする。


「えー!? このままでもすっごく美味おいしいのに、もっと美味おいしくなんのー!? じゃーおねがーい!!」


 姉ちゃんの注文を聞いて、かなでさんは日本酒のびんを手に台所へと向かう。


 そんな様子を見ながら、俺は心の中で思う。


――さて、あとはかなでさんへのプレゼントか。


――かなでさんには、クリスマスプレゼントとしてオルゴールを用意しているけど。


――どんなタイミングで、どういうふうに渡せばいいのやら。


 すると、ダイニングテーブルに置いてあった俺のスマホが振動した。


 ブブブブブ ブブブブブ


 俺は急いでスマホの元へ駆け寄り、その画面を確認する。


 萌実めぐみから、ラインが1通来ていた。


 コミュニケーションアプリである RINEライン を開いてみると、萌実めぐみ可憐かれんがアップで二人並んでピースをして、七面鳥の丸焼きローストターキーをバックに笑顔になっている写真がメッセージに添付てんぷされて送られてきていた。


 周りには、『ギャル』のグループに属するクラスメイトと、『文化系』のグループに属するクラスメイトの女子達の姿もちらほらと写っている。


 その萌実めぐみからの文章メッセージの内容は、次の通り。


『カレンの家でみんなでクリスマスパーティーしてきた! すごい豪邸!! 楽しかった!!』


 俺は少しだけ表情が緩む。


 そして、スマホにてフリック入力をして萌実めぐみに返す。


『そりゃよかったな』


 そして、一拍置いてメッセージが萌実めぐみから戻る。


『カレンに電話してあげて?』


 その内容に、俺は『わかった』と返して迷うことなくラインを閉じる。


 そして、床暖房で暖められたリビングの部屋から扉となっている大窓を開け、真冬の風が吹きすさぶバルコニーへと足を動かしつつ、可憐かれんへと電話をかける。


 ワンコールで、可憐かれんが電話に出る。


 十二月下旬の寒風かんぷう吹きすさぶタワーマンション最上階のバルコニーに出た俺は、子供のころからの親友である可憐かれんに通話口を介してしゃべりかける。


「もしもし? 可憐かれんか?」

『はいはい。ケータは家?』


 可憐かれんの元気そうな声に、俺は応える。


「ああ、家だ。そっちは可憐かれんの家で萌実めぐみたちと一緒にクリスマスパーティーしてたんだってな」

『ソーソー! メグったら、スッゴイはしゃいでた!』


「そうか……いつかは俺も可憐かれんの家に呼んでくれ」

『もち!! いつだって待ってるから!!』


 そんな可憐かれんの言葉に、俺が返す。


「なあ可憐かれん……」


 そこまで言ったところで、しばしる。


 可憐かれんは何も返してこない。


 そして、小学生のときにクリスマスイブの前日に別れることになってしまった親友に、五年越しに言いたかったことを、夜空を通して通話口の向こうに語りかける。


「……メリークリスマス、可憐かれん


『んー! メリークリスマス!! ケータ!!』


 そんな、親友からの嬉しそうな言葉を聞いた俺は、冷たいバルコニーから夜空を見上げる。


 半月から少し膨らんだ満月には至らないつきが、流れる雲間からおぼろげに見え隠れしていた。


 それ以上何も言わなくても、俺たちにはわかっていた。


――俺たちは大切な思い出を、互いに大事なものとして共有しているってことに。


 億万長者になった俺が、時給九百円ほどのアルバイトをしているってことを知ったら、お前レンはどういう顔をするかな?


 それも、他でもない大切な親友であるお前レンへの初めての誕生日プレゼントを買うために。


――でもまあそれは。


――明々後日しあさってお前レンの誕生日まで、楽しみに取っておくよ。


 そんなことを思いつつ二言ふたこと三言みこと言葉ことばわし、簡単な別れの言葉を伝えて電話を切った。


 夜風が吹く中、親友への電話を終えてからなんとなく気配を感じた俺は、後ろへと振り返る。


 するとそこには明るい窓際を背景に、相変わらずに露出度の高いサンタコスをしている、ケープを肩にかけたかなでさんがお澄まし顔で、茶色い紙袋を持って立っていた。


啓太郎けいたろうさん……お友達とお話してたんですね……? 凄くうれしそうな声でしたよ……?」


 俺は、この寒いバルコニーにいる素肌を見せたかなでさんに戸惑とまどう。


「ああ、それはそうとかなでさん? 寒くない?」


 すると、かなでさんがお澄まし顔を少しだけゆるめて返す。


「わたしは昔から、寒いのは平気なんです……それより啓太郎けいたろうさん、どうかこれを受け取ってください……」


 そう言って、かなでさんは茶色い紙袋を俺に掲げる。


「何これ?」

「わたしから、啓太郎けいたろうさんへの……クリスマスプレゼントです……」


 そんな予想外の返答に俺は、驚き顔をかなでさんに向ける。


 俺がその茶色い紙袋を受け取ると、かなでさんが口を開く。


「開けてみてください……」

「あ! ああ!」


 そして俺が急いでその紙袋を開けてみると、中には青色のマフラーが入っていた。


 しかもどうやら、毛糸でできた手編みのマフラーのようであった。


「もしかしてこれ……かなでさんがんでくれたの?」


 俺がそんなことを尋ねてマフラーを掲げると、リビングの大きな窓から漏れる逆光の中で、かなでさんが微笑み顔を見せる。


「ええ、妹さんから……啓太郎けいたろうさんは青っぽい色がお好きだとうかがいまして……青色の毛糸で編ませていただきました……おしましたか……?」


――天使てんしだ。


 サンタクロースの服を着ている、まさに天使てんしのような少女の前で、俺の身体が否応いやおうなしにぶるると震える。


 俺は、仰々ぎょうぎょうしくオーバーリアクションでその青色のマフラーを首に巻く。


「ああ、とってもとっても気に入ったよ。もう一年中、夏でも付けとく」


 俺が精一杯の笑顔を見せると、かなでさんが再び微笑む。


「戻りましょうか……? お身体からだが冷えてしまうといけませんので……」


 そんなことを聞きつつ、俺はかなでさんと一緒に、室内灯の光あふれるリビングに戻っていく。


 そして、心の中で考える。


 俺はいつの日からか、サンタクロースのような神様かみさまじみたファンタジーのような幻想げんそうは、空想くうそう産物さんぶつでこの世界には実在しないのだとずっと勘違いしていた。


 でも、そうじゃなかった。


 サンタクロースは、確かに実在じつざいする。


――俺たちみんなが、サンタクロースを信じる限り。


――大切な人に贈り物をすることで、その相手に喜んでもらいたい、と思う気持ちがある限り。


――誰かが誰かのサンタクロースになりたい、という気持ちがある限り。


――この世界せかいに確かに、サンタクロースという幻想げんそう実在じつざいする。


――みんながみんな『ある』としんじることで実在じつざいするというまぼろしも、このにはたしかに存在そんざいする。


――そう、それはまるで――


 そんな、何かに気づきそうになった次の瞬間。


「へぷしっ」


 俺は小さなくしゃみをしてしまった。


 すると、かなでさんが気を使うように俺に語りかける。


啓太郎けいたろうさん……お風呂がいていますので……どうか入ってきてください……お身体からだが冷えてしまったようですから……」

「ああ、じゃあ入ってくるよ」


 簡単な受け答えをしながらリビングに入った俺は、あたためられおかんにされたのであろう徳利とっくりに入れられた日本酒にほんしゅ手酌てじゃくんでいるご機嫌きげんな姉ちゃんと、ソファーの上でマイペースに携帯けいたいゲーム機を操作そうさしている妹を横目に、マフラーをつけたまま風呂場に向かう。


――風呂から上がったら、かなでさんにココアでも入れてあげよう。


――クリスマスプレゼントであるオルゴールと、いつも俺たち家族をお世話してくれているという日々の献身けんしんへの、心からの感謝かんしゃ言葉ことばと共に。


 そんなことを考えながら、俺は風呂場ふろばに向かった。

 

 マフラーで暖まった首の少し下、胸の中に小さな小さな音楽メロディを抱きつつ――

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