第39節 アリス・イン・ワンダーランド



 11月28日、火曜日。


 わがままで勝手気ままな妹、美登里みどりの十四歳の誕生日である。


 学校からなるべくはやめにかえってきて着替きがえたあと外出がいしゅつして、再び豪邸ごうていに戻ってきた俺は、二人の私服姿しふくすがた招待客しょうたいきゃくを後ろに廊下ろうかを抜け、リビングに通じるドアをガラリと開ける。


 夕方の日の光がむリビングに置かれたソファーの上では、ブルーグリーン色の携帯ゲーム機を持っている妹が、座ってゲームをプレイしていた。


 俺は妹に声をかける。


美登里みどり、ただいま」


「……ああ、おにいちゃん。おかえ……」


 長い黒髪を二つのリボンでツインテールにった妹が、そこまで言ってこちらを向いたところ、一瞬だけ固まる。


 そして、借りられてきたねこくかのようにぎこちなく言葉を出す。


「……萌実めぐみねえちゃん、久しぶり」


「久しぶり、美登里ミドリちゃん。元気してた?」


 萌実めぐみがそんなことを言いながら、栗色のふわふわの髪の毛を揺らしながら、控えめに手を振る。


 美登里みどりにもねえちゃんにも、学校で起こった一連の出来事は伝えていない。


 だから美登里みどりにとってもねえちゃんにとっても、萌実めぐみと俺との間にはなんらトラブルのようなことは起こっていないという体裁ていさいになっている。


 そして、萌実めぐみのすぐ後ろにいる、金色に染められたながかみ後頭部こうとうぶにてシュシュでってポニーテールにしている可憐かれんも、ドアを閉めながらほがらかに手をかかげる。


「やっほー、ミドリ。変わってないねー」


「……え? だれ?」


 そんな美登里みどり当惑とうわくの声は、至極しごくまっとうなものだったのであろう。


 なにしろ美登里みどり記憶きおくの中では、俺の親友のレンは胸がはちきれそうな金髪きんぱつギャルなんぞではなく、スポーツが得意なレンおにいちゃんなのだから。


何々ナニナニ? 思い出さない?」


 そんな悪戯いたずらっぽい含み声を出しながら、可憐かれん美登里みどりに両手を広げて近づいていく。


「……わたし、ギャルみたいなようものの知り合いなんかいない」


 美登里みどりはどことなく顔を青ざめつつ、携帯ゲーム機をソファーに放り投げ、せまりくるライオンのような見知らぬギャルから逃げようとする。


 そしてもちろん、その後を可憐かれんが追いかける。


「もー、ヒッドいなー。あんなに仲良く遊んでたじゃなーい!!」


 リビングを美登里みどりが逃げる。


 その後を、可憐かれんが両腕を広げて追う。


 そんな、リビングで展開されるねことライオンのおにごっこのような光景を萌実めぐみと二人で眺めていると、閉められたはずの後ろのドアがガラリと開いて脳天気な声が広間に響いた。


「たっだいまー! 今日は部活行かないで早く帰ってきたよー! あれ!? 萌実めぐみちゃんじゃん!!」


 その声は当然のごとく、明日香あすか姉ちゃんのものだった。


 大学帰りの明日香あすか姉ちゃんは、ラフな部屋着ではなく大人っぽいコートを羽織はおっている。そして、少しだけ大きな紙袋を手にげている。


明日香アスカさん、お久しぶりです」


 萌実めぐみは姉ちゃんに向き直ってそんな挨拶あいさつを言うと、かしこまってペコリと頭を下げた。


「あー、やっぱり萌実めぐみちゃんだー。はるくらいぶりかなー?」


 そんな姉ちゃんの目の前に、助けを求めるように妹の美登里みどりが駆け寄ってきた。後ろからは捕食者ほしょくしゃのような表情をした可憐かれんが追いかけてきている。


「……お姉ちゃん、お姉ちゃん、助けて。知らないギャルがいる」


 そんなことを言って哀願あいがんする妹に追いついた可憐かれんが、後ろからハグするように手をまわす。


「へへっ、ミドリっちツッカまーえたー!!」


 そんな嬉しそうな可憐かれんの姿を見て、姉ちゃんが信じられないような言葉を放った。


「あれっ! レンくんも来てたのー!? ひっさしーぶりー!!」


「えっ!!」


 おどろき声を出した俺は、唖然あぜんとした顔を姉ちゃんに向ける。


 萌実めぐみつぶらなひとみをぱちくりさせて、姉ちゃんに尋ねる。

「……明日香アスカさん、レンが女の子だったって気付いてたんですか?」


「そりゃまー、最初見たときにねー。レンくん、言って欲しくなかったっぽかったからだまってたけどー」


 その言葉に、美登里みどりを後ろから捕まえている可憐かれんが微妙な笑いを見せる。


「あーもー、アスカぇにはかなわないなー」


 すると美登里みどり怪訝けげんな顔をして可憐かれんに向き直り、疑問ぎもんに満ちた声をす。


「……レンおにいちゃん? そんなわけない。だってレンおにいちゃんにはこんなものついていなかった」


 むにゅ。


 美登里みどりがその両手で、可憐かれんの両方の巨乳をもみしだく。


 むにゅ むにゅ むにゅ。


「……わたしにはわかる、この無駄むだおおきいちち感触かんしょく本物ほんもの偽物にせものじゃないからあなたは偽者にせもの


 リビングで展開される妹のセクハラ性的迷惑行為に、可憐かれんが決まり悪そうな笑いを浮かべる。


「あはは、偽者にせものじゃないし。中学生の間にフツーにしててここまで大きくなったんだけどなー」


「……それでなんでここまで大きくなるの? もしかして好きな人のことを想って自分で何かエッチなことをしてたとか?」


――美登里みどり! それ以上言うんじゃない!!


 胸を揉まれながら顔を真っ赤にした可憐かれんは、ごまかすように美登里みどりに対して体全体でじゃれようとする。


「そんなことを言うミドリっちには、こうだー!!」


「……ちょっまっ、ちょっまっ、くすぐったい! やめて!」


 美登里みどりをくすぐってじゃれる可憐かれんを横目に、俺はリビングから出ようと歩き出す。


「じゃ、俺はパーティールームでみんなの手伝いに行ってくるよ」


「あー、いってらー」


 明日香あすか姉ちゃんの言葉を背に、俺は下の階に行くためにリビングを出る。


 下の階の共用パーティールームでは、悪友三人組とかなでさんと幸代さちよさんが、美登里みどりの誕生日パーティーをセッティングしてくれている。


――なんせ、俺が招待者ホストだからな。


――招待者ホスト招待者ホストらしく、準備をしっかりとしないとな。


 そんなことを考えつつ、俺は下のフロアへと向かった。







 それからまたしばらくのときった。


 二時間ほどが経過して、既に時刻は午後7時少し前くらいになっている。


 共用パーティールームにて行われる誕生日パーティーの準備は、既にきっちりと整えられている。


 会場をいろどるような折紙製おりがみせいくさり、大きく『Happy Birthday !! みどり!!』と色紙により切り貼られたかべかかげられている画用紙がようし、それから量販店りょうはんてんで買ってきてヘリウムガスにより浮かべられた色とりどりのバルーン。


 そして何より、テーブルの上に置かれているいくつもの皿に盛り付けられている数々の料理。


 クリームソースのパスタ、イベリコ豚のアスパラ炒め、アボカドの生ハム巻き、えびのパエリア、トマトのモッツァレラチーズ添え、牛ミンチのロールキャベツなどなどの、種々多様の美味おいしそうな西洋料理が食膳しょくぜんにぎわせている。


 これらの料理は全て、コックコートを着た高広たかひろおもになって作ったものだ。


 メイド服を着たかなでさんは、高広たかひろ調理ちょうりかたわらで手伝いながら、その手際てぎわの良さにいたく感心していたようであった。


 俺も一応、白いコックコートを着て高広たかひろ炊事すいじや盛り付けを手伝えるところは手伝った。


 さとしすぐるには、料理ではなく主に飾り付けや調理器具などの準備を手伝ってもらった。


 割烹着かっぽうぎを着た幸代さちよさんは高広たかひろしょうして「この子、いますぐにでも料理番りょうりばんとしてはたらけますよ」と言っていた。


――人間、意外なところに意外な才能があるもんだ。


 そんなこんなで準備が整って、俺はもちろん悪友三人組にもパーティーに参加してもらうつもりだったのだが、三人は別にいいと言って帰ってしまった。


 さとしはこう言っていた。

「カラオケとかゲーセンとかで色々とおごってもらったしさー、これくれー別にかまわねーって」


 すぐるはこう言っていた。

「はっ! しにしておいてやろう! そもそもおれうたげだのパーティーだのというのは苦手にがてだからな!」


 高広たかひろはこう言っていた。

ぼくの分の料理はタッパーに入れて確保しているからこのまま帰るよ。妹さんたちと楽しんでおいて」


――なんつーか、俺には勿体もったいいくらいそろいもそろっていい奴らだとは思う。


――あとでどんな大きな形で返すことになるかは、わからないけどな。


 そんな自嘲じちょう気味ぎみたことを考えて、メイド服姿のかなでさんと一緒に、テーブルに乗った料理を取り分けるための皿や、トングや箸などの数を確認していた。


 ちなみに、かなでさんと幸代さちよさんには事前に軽く夕食を取ってもらっている。


 あとは、テーブルの中央のぽっかりと空いたスペースにこれから鎮座ちんざするはずの、バースデーケーキを待つだけ。


 そんなことをかなでさんと話していたら、共用パーティールームに備え付けられている電話の呼び出し音が響く。


 電話を取ると、電話口の向こうのコンシェルジュさんにより、俺に対して来客があることを告げられた。


 そして俺は、近くにいるかなでさんにケーキが到着したことを知らせる。


――とりあえず。


――あらかじめ、やれることは全部やった。


――美登里みどりが、また学校に行く気になってくれればいいんだけどな。

 

 そんな、兄としての責務せきむを感じていた俺は、ケーキを持ってきてくれた新庄しんじょうさんをむかえに、一階いっかいのエントランスへと向かった。





 


 照明しょうめいを落とした薄暗い部屋にて、招待客しょうたいきゃく出揃でそろっていた。


 大きなバースデーケーキの上にある蝋燭ろうそくの炎がただゆらゆらとらめき、壁紙をオレンジ色に仄暗ほのぐらく照らしている。


 妹の美登里みどりは、まるでルイス・キャロルの物語に出てくる女の子のようにパーティードレスで着飾って、主役らしくおめかしをしている。


 そして、備え付けられている電子オルガンにて、世界一有名なバースデーソング、『Happy Birthday to You』が演奏される。ほんの少しばかり遅れてやってきた演奏者はもちろんのこと、今日学校で招待しょうたいして参加さんか快諾かいだくしてくれた西園寺さいおんじさんであった。


 それとシンクロして電子オルガンのすぐ近くにいる萌実めぐみ独唱ソロにより、美登里みどりのためのバースデーソングが歌われる。


Happyハッピー Birthdayバースデー toトゥ Youユー~、Happyハッピー Birthdayバースデー toトゥ Youユー~。Happyハッピー Birthdayバースデー Dearディア 美登里ミドリ~、Happyハッピー Birthdayバースデー toトゥ Youユー~」


 そんな、西園寺さいおんじさんの電子演奏でんしえんそう萌実めぐみ詠唱えいしょうによるしあわせな合成音楽ごうせいおんがくが終わると、パチパチと拍手はくしゅが打ち鳴らされ、バースデーケーキの上の蝋燭ろうそくほのおが、おめかしをした美登里みどりの小さな口により吹き消される。


 一瞬だけ部屋が真っ暗になり、スイッチ近くにて待機していた幸代さちよさんの手により、すみやかに LED 室内灯がけられる。


「「おめでとー!!」」


「「十四歳、おめでとー!!」」


 姉ちゃん、萌実めぐみ可憐かれん、そしてケーキを持ってきてくれたついでに参加している新庄しんじょうさんが、妹のために口々にお祝いの言葉を述べる。


 西園寺さいおんじさんは、電子オルガンの前でただパチパチと拍手を打っている。


 そして俺は美登里みどりに、池袋の書店でデコレーションしてもらった薄手の包みを手渡す。


「ほら、誕生日プレゼントだ」


「……うん、ありがと。お兄ちゃん」


 俺からの誕生日プレゼントを受け取った美登里みどりひとみがどことなくうるんでいるのは、おそらくは気のせいではないだろう。


 なんせ美登里みどりは、今まで一度も家族以外にこんな形で誕生日をいわわれたことはなかったのだから。


「ミドリっち、アタシからもプレゼントあんの。受け取ってくれる?」


 可憐かれんの言葉に、美登里みどりがこくこくと無言でうなずく。そしてリボンでかざられた小さな包み紙を可憐かれんから受け取る。


 俺は尋ねる。


可憐かれんのプレゼントってなんだ?」


「そ、れ、は、いまのところは乙女おとめ秘密ヒミツ


 そんなことをはにかみながら言う可憐かれんに続いて、萌実めぐみが少しだけ遠慮えんりょがちな様子で美登里みどりげる。


美登里ミドリちゃん、アタシからもプレゼントがあるから」


 俺から貰ったプレゼントと、可憐かれんから貰ったプレゼントを手に抱えたまま、妹は萌実めぐみからも包装紙にくるまれたプレゼントを受け取る。


 そして、美登里みどりがぼそっと小声で言葉を返す。


「……ありがとう、萌実めぐみねえちゃん……それから……えっと……可憐かれんねえちゃん」


 そんな感じで、感謝の言葉を恥ずかしそうに伝える美登里みどりに、可憐かれんが抱きついた。


「あー! もー! かわいー!! ナニナニ、ミドリっちすっごい可愛カワイくなってなーい!!?」


「……か、可憐かれんねえちゃん。苦しい、ギブギブ」


 そんな、妹と親友のじゃれあいを見て、俺の心の中に小学生だった頃の過去の状景が浮かぶ。


――ま、昔は男だと思われてたからな。


 そして、いつのまにか近づいていた西園寺さいおんじさんがどこか申し訳なさそうに俺に伝える。


たちばなさん? わたくしは妹さんへのお誕生日の贈り物をご用意できなくて、本当によろしかったのでしょうか?」


 西園寺さいおんじさんに気を使わせてしまったことに、俺は少しばかり焦って応える。


「いやいや、全然! そもそも今日いきなり誘ったのは俺だったし! 西園寺さいおんじさんは電子オルガンで妹のために曲をいてくれたってのが一番のプレゼントだから!」


「あら、そうでして? たちばなさん、おやさしいのですわね」


 そんなことを言って口元に手をあてて微笑む西園寺さいおんじさんのそばに、持っている小皿にちゃっかりと料理をせている元気げんき新庄しんじょうさんが近づく。


「気にすることなんかないよっ!! ワタシもケーキ持ってきただけで、自分のお小遣こづかいで買ったプレゼントなんかぜーんぜん持ってきてないもんっ!! こーゆーときはねっ、明るい笑顔が何よりのプレゼントなのっ!!」


――本当に、遠慮えんりょとかしないなこの


 そんなことを考えながら、乾いた笑顔で新庄しんじょうさんを見ていると、彼女かのじょが周りを見渡しながら明るく言葉を続ける。


「それにしてもさーっ!! 西洋の綺麗きれい綺麗きれい家政婦かせいふさんってどこにいるの!!? まさか、あのおばあちゃんじゃないよね!!?」


 俺は返す。


「ああ、かなでさんは今のところは上の部屋でパーティーが終わった後のためにお風呂掃除とかしてくれてるよ。ま、そのうち降りてくると思うけど」


「ふーん? ちがいになっちゃったとか? まっ、いーけど!! 料理りょうり美味おいしいしっ!」


 そんなことを言いながら、新庄しんじょうさんは手に持つ小皿の上に盛り付けられた、パスタなどの料理りょうりをご満悦まんえつ表情ひょうじょうで食べていく。


 そんな様子を見て、俺の中に複雑ふくざつおもいがき起こる。


――ちょっと、アレだな。


――悪気わるぎはないんだろうけど、その悪気わるぎさがまたアレだ。


――このわりと、どこかウザい。


 そんな、第一印象からはとても想像できなかった、目の前の美少女びしょうじょのウザさを実感しながら、俺は改めてパーティールームに視線しせんを移す。


 姉ちゃんが美登里みどりに、包装ほうそうされたプレゼントはこを渡している真っ最中であった。


 そして、姉ちゃんは美登里みどりに「今ここで開けてみてよー」と言ったので、美登里みどりがせかせかと不器用にその包み紙を開ける。


 姉ちゃんが美登里みどりに渡したプレゼントの中身は、どうやら何らかの電化製品のようであった。


 俺は少し離れたところから姉ちゃんに尋ねる。


「姉ちゃんのプレゼントってなに?」


 すると、姉ちゃんが答える。


「あー、電子でんし映像えいぞうてってやつー」


――電子でんし映像えいぞうて?


 そして、そのプレゼントを手に持っている美登里みどりが声を出す。


「……デジタルビューフレームだね」


 ああ、デジタルビューフレームか。保存しているデジタル写真や動画とかを表示してくれて、しかもそれを遠くにいる友達とネットワークで共有したり同期したりできるやつ。デジタルフォトフレームが進化したタイプの家電だったっけか。


 姉ちゃんは美登里みどりやさしい口調で伝える。


「みどりにはねー、これから沢山たくさんの、沢山たくさんおものこしてもらいたいんだー。だから、そのおも記録きろくして、いつでもちかくにいといてもらえたらって思うのー」


 そんな姉ちゃんの、あねらしいいもうと思いの態度たいどに、美登里みどりは少し恥ずかしそうに顔をうつむける。


「……うん、ありがとう。お姉ちゃん」


 そんな感じでパーティーが進行していたら、出入り口の扉に備え付けられてぶら下がっている鈴の音が鳴り、扉を開けてメイド服姿のかなでさんが部屋に入ってきた。


「ただいま、戻りました……」


 すると、料理を口に含んでもぐもぐしていた新庄しんじょうさんが、待ってましたとばかりに声を上げ、小皿をテーブルの上に置いてかなでさんに駆け寄る。


「キター! うわーっ! やっぱ綺麗キレー!」


 そんな感じで歓声かんせいを上げる新庄しんじょうさんの姿を見て、俺は苦笑いを浮かべる。


 そんなこんなで、たのしいうたげは過ぎていった。


――美登里みどりにとって、大切な思い出になってくれればいいんだけどな。


 そんなことを俺は思っていた。





 みんながみんな立食パーティーを楽しんでいるところで、パーティードレスで着飾り、小皿に料理を載せた美登里みどりが俺に近寄ってきた。


 高広たかひろの作ってくれた料理を食べていた俺は、いったん食事をやめて声をかける。


美登里みどり、楽しんでるか?」


「……うん、それは大丈夫。ところでお兄ちゃん、気になることがあるんだけど」


「なんだ? 何でもいてくれ」


 俺がそう返すと、美登里みどりこたえる。


「……お兄ちゃん、ハーレム形成しはじめてない?」


「え?」


 あまりにも唐突とうとつな妹の言葉に、俺は目をぱちくりさせる。


「ハーレム? いや、別にそんなことないだろ」


 すると、妹はぷくっと頬を膨らませてパーティールームを流し見る。そして、俺に不満げな言葉を告げる。


「……ふーん? この状況を見て、まだそんなことが言えるんだ?」


 俺は改めて、妹の誕生日会が開かれているパーティールームを見渡す。


 そこで俺は、気付いてしまった。


 つながった実姉じっしである明日香あすか姉ちゃんと、七十近くのおばあさんである幸代さちよさんは除外じょがいするとして、この場にいるのは――


 栗色のふわふわした髪の毛を肩上まで伸ばしている、俺が小学生の頃から好きだった幼馴染おさななじみであるつぶらなひとみ小動物しょうどうぶつっぽい女子、萌実めぐみ


 亜麻色あまいろの綺麗な髪を後ろに伸ばし、両耳の近くから小さくふたつのみをってらしている、せんほそはかなげで従順じゅうじゅんなメイド少女、かなでさん。


 ちょっと性格がウザいとはいえ、日仏ハーフでルネサンスの彫刻ちょうこくのように目鼻立ちが整った、明るい色で外ハネシャギーショートの髪をした活発かっぱつなスポーツ少女、新庄しんじょうさん。


 上品なレースのヘアバンドを付けて、いかにもお嬢様じょうさまっぽくつややかな長い黒髪を腰元まで伸ばしている、身の立ち振る舞いがとても上品じょうひんうるわしげな頼りになるお姉さんっぽい清楚せいそ淑女しゅくじょ西園寺さいおんじさん。


 そして――


 俺はなんとなく、男友達を相手にしているかのようなノリで接しているので、あんまり異性としては意識いしきしていなかったが――


 おそらくは美容院びよういんにて丁寧ていねいめられた長い金髪をポニーテールにして垂らしている、そのギャルっぽい派手はでな身なりと揚々(アゲアゲ)とした態度たいど加味かみし、本当はとても友達ともだちおもいで面倒見めんどうみが良いセクシーギャル、可憐かれん


――あ。


――これって、もしかして。


 それは、前提ぜんていが当たり前すぎてあまりにも意外な発見であった。

 

――俺以外いがいそろいもそろって全員おんなじゃねーか!!


「……やっと気付いたみたいだね、お兄ちゃん」


 妹が、そんなことを言いながらジト目を俺に向けてくる。


「いや、そうはいっても……ハーレムじゃないとは思うぞ……ハーレムじゃ……」


――萌実めぐみには、一学期にられたし。


――かなでさんは、やとっている家政婦かせいふさんだし。


――新庄しんじょうさんは、俺目当めあてじゃないし。


――西園寺さいおんじさんは、よくしてくれている友達ともだちだし。


――可憐かれんは、なんかそういうノリとはちがうし。


 俺が着地点に戸惑とまどっていると、美登里みどりが料理をもぐもぐしながら俺に伝える。


「……ま、いくら三百億円持ってるったって、お兄ちゃんにそんな甲斐性かいしょうあるわけないか」


 そんな美登里みどりに、俺は返す。


「あー、そうだな。もしこれで色恋いろこい沙汰ざたあらそいなんかが生まれたら、俺のハチノス(穴だらけ)になっちまうよ」


「……ヘタレだもんね、お兄ちゃん」


 そんな、少しだけニヤリとした感じのみを含んだ妹の言葉に、俺は息を大きく吐きつつ肯定こうていする。


「まーな。漫画まんがとかのフィクションによく出てくる倫理観がぶっとんだ不思議ふしぎくにならともかく、二十一世紀の日本じゃ実際にはハーレムなんて形成できねーよ」


――担任の佐久間さくま先生は、俺の経済力があればハーレム形成できるとか言ってたけど。


――いくら金持ちでも、そんなこと実際に出来る奴はよっぽどの奴だろ。


――一歩いっぽ間違まちがえたら、確実かくじつ刃傷にんじょう沙汰ざたになるっつーの。


 そんなことを思いながら、俺は料理を食べる。


――そう、そんな誘惑ゆうわくなんて。


――リスクを考えたら、実際には行うわけにはいかねーからな。


 若い女子たちのかしましい話し声を BGMビージーエム に、俺はただそんなことを漠然ばくぜんと考えていた。






 パーティーの終盤に、美登里みどりの誕生日ケーキがかなでさんの手で切り分けられ、それぞれに振舞ふるまわれた。


 参加している女性陣はみな、それまで料理を食べていたことなど気にしないかのように、ケーキを美味しそうに堪能たんのうしていた。


 もちろんのこと、かなでさんと幸代さちよさんの分のケーキは別に確保しているので、後日に食べてもらうつもりだ。


 さて、これからパーティーを終えて、楽しいうたげの後始末として場を片付けなければならないわけだが、色とりどりのかざりつけを片付かたづけるのは俺と姉ちゃん、料理の皿などの洗い物仕事をするのはかなでさんと幸代さちよさんの仕事となる。


 かなでさんと幸代さちよさんは、備え付けられてあるキッチンにて、既に後片付けとしての小皿などの洗い物仕事を開始している。


 そろそろ招待客ゲストにお開きを告げようかというところで、可憐かれんがぱんっと両手を叩いて声を上げる。


「あっ! じゃーさ、めにみんなで写真シャシンろっか!」


 その言葉に、美登里みどりが不思議そうに返す。


「……写真?」


「ソーソー! せっかくミドリっち、アスカぇから映像えいぞうもらったんだし! みんなとの思い出を記録キロクしとこ!」


 すると、姉ちゃんが反応する。


「あー、いーねー。じゃー、誰に撮ってもらおっかー?」


 その言葉に、俺が応える。


「あー、じゃー俺が撮るよ。美登里みどり、ポケットのスマホ貸してくれるか」


 俺はそう言って美登里みどりに手を伸ばす。


 しかし、美登里みどりは自分のパーティードレスのポケットを手で押さえたまま、持っているはずのスマホを出してくれない。


 そこに、後ろから近づいてきた萌実めぐみが気を使ったように美登里みどりに声をかける。


美登里ミドリちゃん、アタシが撮ってあげるから。スマートフォン貸してくれるかな?」


 すると、美登里みどりはこくこくとうなずき、ポケットからスマートフォンを取り出して、萌実めぐみに手渡した。


「え?」


 何故妹がスマートフォンを渡してくれなかったかがわからなかった俺は、一瞬だけポカンとする。


 そして萌実めぐみが、少し離れたところでスマートフォンを操作し、レンズをこちらに向ける。


 すると、姉ちゃんがその強い力で俺の手を引っ張って、俺の体を美登里みどりの隣に位置させた。


「もー、啓太郎けいたろうはばっかだなー。あんたがみどりのとなりにいてあげなくってどうすんのさー」


 明日香あすか姉ちゃんはそんなことを言って、どことなく顔をあからめた美登里みどりを挟んで、俺の反対側に移動する。


 俺は、姉ちゃんと美登里みどりの本心に気づいて、気持きもちがゆるむ。


 正面にいる萌実めぐみから見れば、左から俺、美登里みどり、姉ちゃんの順番で並んでいる格好となっている。


「ほらほら、啓太郎けいたろう、しゃがんでしゃがんでー。啓太郎けいたろうのお友達も後ろに並んで並んでー」


 姉ちゃんが笑顔でそんなことを言うので、前列でしゃがんだ俺と姉ちゃん、そして立ったままの美登里みどりの後ろに、可憐かれん西園寺さいおんじさん、新庄しんじょうさんが列になって加わる。


 そして、萌実めぐみがスマートフォンのレンズをこちらに向けつつ、写真を撮るときの掛け声をかける。


「はい、チーズ」


 ピピッ カシャッ!!


 フラッシュの閃光せんこうと共に、パーティーが終わろうとしている室内にシャッター音が響き、俺を含めた六人ろくにんが並んだ写真が映像記録として残される。


――いつかの未来みらいに。


――どうかいもうとが、この日が大切な日だったと思い返してくれますように。


 そんなことを、ただただ兄としてねがっていた。







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