第38節 太陽のめざめ




 悪友三人組が俺の家に来た翌日のこと。


 月曜日の夕方、高校から帰ってきて私服に着替えた俺はスマートフォンを片手に、豪邸があるタワーマンション近くの駅前商店街近辺の大通りを歩いていた。


 何故なぜ、俺が商店街に向かっているかというと、明日の夕方に高層タワーマンションビルの共用パーティールームを借りて妹の誕生日会を開催する、その準備のためである。


 昨日の昼、俺はパーティーの手伝いを頼むために、家にやって来てくれた三人のためにスマートフォンで L サイズのピザを注文した。


 そして、二枚のピザは無人飛行機ドローンのペーパーボックスに入れられて空を飛び、バルコニーへと無事到着した。


 数年前に航空法こうくうほう改正かいせいされたので、国からの特別な免許を取得している事業者は、そこの土地の管理者による事前承認がある場合に限り、24時間365日いつでも敷地内しきちないで無人飛行機、すなわちドローンを飛行させることが可能になった。


 つまり、高層タワーマンションや大規模マンションなどでは、敷地しきちの入り口まで入ってきた業者が、ドローンによってピザや宅配物を直接部屋まで届けることができるようになったのである。


 と、いうわけで、5キログラムくらいまでの荷物なら、わざわざ下の宅配ボックスまで行かなくてもいいわけである。


 バルコニーに舞い降りた空飛ぶドローンによる宅配の現場を実際に目の前で見て、三人ともいたくはしゃいでいた。まあ男の子なんでむべなるかな。


 そんな昨日のことを思い出しながら、俺の足取りは大宮駅おおみやえき東口ひがしぐちから少し歩いたところにある駅前商店街のアーケードにさしかかる。


 そこで俺は人のう大通りを見て、ふとした違和感いわかんに気付いた。


――あれ? なんか子供が多くないか?


 見るからに小学校就学前のずいぶんと幼い子供が多く、親らしきスーツ姿の大人と一緒に手を繋いで歩いていた。


――もしかして、幼稚園か保育園が近くにあるのか?


 アーケード街に入った俺は、スマートフォンのアプリを開いてライン内容、高広たかひろとのトーク画面を改めて確認する。


 昨日の日曜日の午後、妹の誕生日パーティーを火曜日に開くので、当日にかなでさんが苦手とする西洋料理の買い出しを手伝ってほしいと伝えたところ、高広たかひろに「料理、どこかで買ってくるくらいならぼくが作ろうか?」と提案された。


 なんでも高広たかひろは、料理を食べることだけではなくて作ることも大好きで、毎朝まいあさ毎朝まいあさ自分じぶんぶんの弁当を、そして休日には必ず何かしら一品チャレンジしたことのない新しい料理を、みずからの手で作っているらしい。


――あいつが毎日まいにちってきていたボリュームある手作り弁当は、高広たかひろ自身じしんが作ってたんだな。


 そんなことを考えながら、スマートフォンに表示された食材の文字列とその数量を眺める。


 RINEライン のトーク画面には、高広たかひろがスマホで俺に送った、肉や海産物、野菜、聞いたことのないような香辛料こうしんりょうなどなどの名前と、それぞれの分量がずらりと並んでいる。


――共用パーティールームにはキッチンもあって、食器や調理器具とかもレンタルできるらしいけど。


――本当に、こんな量の食材使って料理作れんのか? 


 そんな感じでアーケード商店街にて俺は、目的の食材を売っている店を探す。


――かなでさんが、いつも夕食の材料を買っているはずだから。


――肉屋や八百屋もあるはずだ。


 しかし、そんなものはどこにも見当たらない。


 しばらく複数のアーケード街をうろうろと探し回ったが、あるのは、靴屋、居酒屋、外食店、外食店、薬屋、外食店、服屋、居酒屋――


 そして、この前知ったケーキとパンを扱っている喫茶店つきの洋菓子店。


 この商店街にあるはずの、食材を扱っている専門店を見つけられなくて戸惑っていると、洋菓子店の近くにあるアルミサッシのドアがガチャリと開く。


「あれっ!?? 太郎たろうくん!!? 待ち伏せっ!!? もしかしてストーカーっ!!?」


 色を抜いたかのような明るい外ハネシャギーショートの髪にヘアピンをいくつも取り付けている、元気いっぱいのスポーツ少女、新庄しんじょう凜奈りんなさんが、普段着を着て黄色い声と共に俺の目の前に現れた。


 その太陽のように明るい少女は、予期してなかったのであろう俺の顔を見て、アーモンドのような形の良い目を見開いている。


「……とりあえずその言葉だけは、全力で否定させてもらおうか」


 俺は口元をピクピクさせながら、どこか引きつった顔で返すことしかできなかった。


 



 たまたま出会った新庄しんじょうさんに話を聞いてみると、この大宮駅おおみやえき東口ひがしぐちにある商店街しょうてんがいおも顧客層こきゃくそうは、仕事帰りのサラリーマンや学校帰りの大学生などであり、肉屋さんや八百屋さんのような主婦層をターゲットにしたような専門店は商売になりにくいのだという。


 俺が「この駅前に商店街があって、そこで食材を買ってるって家政婦かせいふさんに聞いたんだけど」と尋ねると、新庄しんじょうさんは明朗めいろう笑顔えがおを見せて線路を挟んで反対側、大宮駅おおみやえき西口にしぐち近くにある大きな建物まで俺を連れてきたのであった。


 そう、駅の西口にしぐち近くにある大きな総合そうごう百貨店ひゃっかてん『とごう』の地下一階で、俺はようやくかなでさんがいつも食材を調達ちょうたつしていると言っていた『商店街しょうてんがい』の真相しんそうせまることになったのである。


 地下一階の生鮮食料品などが売られているショッピングブースの入り口近くには、こんなポップが天井からぶら下がって掲げられていた。


『ようこそ、とごう商店街しょうてんがいへ!!』


――かなでさん、こういうのは『商店街しょうてんがい』じゃなくって『デパ地下ちか』って言うんだよ。


 彼女かのじょ実家じっかであった温泉おんせん旅館りょかん経営けいえい破綻はたんしてしまい、秩父ちちぶ山奥やまおくからさいたま市に出てきて、総合そうごう百貨店ひゃっかてんえんがない生活を送っていたのであろうかなでさんの境遇きょうぐうに、俺は心の中でホロリと涙が浮かぶ。


 そんな感じで、かつて不幸だった少女のことを思い返しながら二段のカゴを乗せたカートを押し歩いていると、隣を歩いている新庄しんじょうさんが俺に尋ねかける。


「それでさー、家政婦かせいふさんって確かすっごく綺麗きれいな女の子なんだよねっ!! 文化祭のときにうわさで聞いたよっ!!」


 俺は乾いた笑い顔を見せながら返す。


「あーははは、まあね。色々あってね」


 新庄しんじょうさんが、その青っぽいキラキラ星トゥインクルスターのようなひとみをあからさまに輝かせつつ、元気一杯に尋ねる。


「ロシアンマフィアに追われてる西洋せいようのお姫様ひめさまだって聞いたけど、本当っ!!?」


――説明せつめいひれがきまくってる。


「いや、そんなことはないけど……まあ、諸事情しょじじょうあって友達ともだちを悪い人から保護することになったんだよ」


「ふーん? でもさー、外国がいこくが入ってる子ってのは本当なんでしょ? だったら、お友達になってみたいなーっ!」


 新庄しんじょうさんはそこまで言うと、自分自身のほとんど金髪きんぱつに近いくらいな明るい色の髪の毛先けさき指先ゆびさき爪繰つまぐはじめる。そして言葉を続ける。


「ほら、ワタシって半分はんぶんフランス人じゃない。フランス語とかは全然できないんだけど。だから、もし共感できることとかあったら、色々とおはなししてみたいなって思うんだっ!!」


 様々さまざま商品しょうひん陳列ちんれつされている売り場をく俺は、カートカゴに高広たかひろから指図された香辛料などを入れながら、隣を歩いている新庄しんじょうさんに尋ねる。


新庄しんじょうさんも、色々と苦労とか思うところがあったりするの?」


 すると新庄しんじょうさんが、よくぞいてくれたとでもいいたげな表情になって快活かいかつしゃべる。


「そーそー!! このかみいろだって、生まれつきなんだよっ!! 小学校、中学校は染めなくてもよかったんだけど、校則厳しい高校に入ったら黒く染めなきゃいけないじゃん!! だから、猛勉強もうべんきょうして自由じゆう校風こうふう評判ひょうばん二高ふたこうに入ったのっ!!」


 その気迫きはくある新庄しんじょうさんのうったえに、俺は若干じゃっかんだけ気味ぎみになる。


「あー……そうなんだ、随分ずいぶん頑張がんばったんだね」


「そーだよっ、そーだよっ!! 中学三年生初めの北神ほくじんテストの偏差値へんさちじゃ、絶対に二高ふたこうなんて無理だって言われたんだけどねっ!! でもワタシ、この髪染めたくなかったから、必死ひっしに、本当に必死ひっし頑張がんばったのっ!!」 


 ちなみに北神ほくじんテストというのは、埼玉県さいたまけんに住んでいる中学生のほとんどが受ける学力判定模試のことだ。


 なお俺は、大阪おおさかに住んでいる従姉妹いとこたちから話を聞くまで、その北神ほくじんテストが埼玉県限定のものだとは知らなかった。


 そんな、髪を染めたくないがために成績を急上昇させたという新庄しんじょうさんの頑張りに、俺は感心の言葉を返す。


「へー、そりゃーすごいな」


「ま、高校入ってからはけっこうサボっちゃって赤点ギリギリなんだけどっ!!」


 そんな、高校生らしいやり取りをわしながら、俺と新庄しんじょうさんはデパ地下の食料品売り場を男女二人で歩いていく。


 高広たかひろから指示された食材をカゴの中に入れながら、俺は新庄しんじょうさんに尋ねる。


新庄しんじょうさん? 新庄しんじょうさんは付いてきてくれて良かったの? なんか用事とかあったんじゃないの?」


 俺の言葉に、新庄しんじょうさんは裏表のない元気な笑顔を浮かべる。


「あははーっ!! 別にいいよ!! どーせ今の季節は部活ないからワタシの用事はいつでもいいもん!! でもさー、こーんなに高い食材ポンポンと買えるなんて、さーっすがお金持ちだよねーっ!!」


「あー、うん。俺も友達に指示されたものをカゴに入れてるだけなんだけどね。それにしても部活ってどこ?」


 すると新庄しんじょうさんが明るく即座に答える。


水泳部すいえいぶだよっ!!」


――水泳部すいえいぶ


――ああそうか、もう十一月の終わりだからな。


――以前どことなく日焼けしてたのは、まだ部活をしてた名残があったってことか。


 新庄しんじょうさんは言葉を続ける。


「パパもママも、太郎たろうくんに大きなバースデーケーキ注文されて喜んでたよっ!! 腕によりをかけて作ってくれるらしいから、期待しててねっ!!」


 そんな新庄しんじょうさんの言葉に、俺はつくろったような簡単な笑顔を返す。


 四日前の祝日、俺は新庄しんじょうさんの家である商店街のケーキ屋さんに立ち寄り、美登里みどりの誕生日パーティーのための特大ケーキを注文していたのである。


 急な注文なので心配だったが、新庄しんじょうさんのお父さん、フランス出身のパティシエである礼於れおさんはこころよく引き受けてくれた。


 そして、新庄しんじょうさんのお母さん、パン職人である亜理紗ありささんにケーキ代としてのお金を前払いで渡したのである。


 そんなこんなの、つい先日までの行動を思い返しながら、高広たかひろに指示された料理の材料群をあらかた二段組みのカートカゴに入れ終わった俺は、レジカウンターに並ぼうとしていた。


 レジカウンターにはレジ係の人にバーコードを読み取ってもらう有人レジカウンターと、自分の手で決済ができる無人レジカウンターの二種類があるのだが、有人レジカウンターには明らかに年配の方が多い。


 高校生の俺は迷うことなく、無人レジカウンターの列に並ぶ。


 有人レジカウンターは、たいていの人が現金で決済するだけあってわりと時間をくってしまうのである。


 レジカウンターの列にて並んでいる最中で、隣にいる新庄しんじょうさんが俺に尋ねかける。


「妹さんの誕生日って、どんな所でするのっ!!??」


 俺は返す。


「ああ、マンションに共用パーティールームってのがあって、そこで妹の誕生日パーティーを開く予定なんだよ。キッチンだけじゃなくって映画なんかを見るためのシネマ設備とか、あと電子オルガンとかもあるんだって」


 その俺の言葉に、新庄しんじょうさんがわくわくとした感じでこんなことを言った。


「だったらさー、オルガンで誕生日のための曲を演奏するとかいーんじゃないっ!!?」


「いや……オルガンを弾ける人は招待客の中には……」


 リアル世界に友達のいない妹の誕生日パーティーの参加者としては、俺と姉ちゃん、いつもお世話をしてくれているかなでさんと幸代さちよさん、サプライズとして萌実めぐみ可憐かれん、あと事前準備の手伝いに悪友三人組を予定している。


――可憐かれんやつ、もしかしてピアノとかけんのかな?


――かなでさんは機械きかいオンチだから、ピアノとかは無理そうだし。


 俺はそこで、確実にピアノがけるおしとやかな女子がクラスメイトにいることを思い出した。


 腰元までつややかな長い黒髪を伸ばしたいかにもお嬢様じょうさまっぽい清楚せいそ淑女しゅくじょ、頭にレースのヘアバンドを付けた学級がっきゅう委員長いいんちょう西園寺さいおんじ桜華はるかさん。


――確か、音楽室で『シューベルトのアヴェ・マリア』をいてたよな。


 そんな学校でのひとコマを思い出した俺は、西園寺さいおんじさんに「お友達になってほしい」と言われたことも頭に浮かぶ。


――一学期いちがっきに、俺がクラスの中で悪評を受けていたとき。


――女子では、西園寺さいおんじさんだけが普通に接してくれた。


――だったら、彼女を妹の誕生日会に誘ってみるってのもアリかもしれない。


 そんなことを考えつつレジに到達した俺は、色を抜いているかのような明るい髪色かみいろ元気げんき新庄しんじょう凜奈りんなさんに伝える。


「明日学校で、ピアノがける学級がっきゅう委員長いいんちょうも呼んでみるよ。来てくれるかどうかわからないけど」


 すると、新庄しんじょうさんが明るくハイテンションなノリで尋ねてくる。


太郎たろうくん!? ワタシもケーキ持っていくついでに、そのパーティーに参加してもいいかなっ!?」


 俺は、カゴに積んだ品物しなもののバーコードをレジ機械きかいの赤いレーザー光線で読み取らせつつ、疑問を返す。


「え? なんで?」


「だって、ワタシもそのパーティーに呼ばれてみたいものっ!」


 そんな新庄しんじょうさんのけな言動げんどうに、俺は少しだけ戸惑とまどう。


――うーん。


――そもそも新庄しんじょうさんのこと、俺も全然知らないしな。


――隣のクラスだったから、今まで特に関わってもなかったし。


 俺が答えを出せないままでいると、新庄しんじょうさんは俺の目の前で両手を合わせて嘆願たんがんのポーズを取る。


「お願いっ!! ワタシと似た感じの家政婦かせいふさんに、一度会ってみたいのっ!!」


 その言葉に何故なぜか、俺の心の中にあるきりがほんの少しだけ晴れた気がした。


――ま、あの公園で事故を起こさせてしまったのをかばってもらったわけだし。


――こうやって知り合ったのも、なにかのえんかな。


――なにげないえんは、とりあえず大切にしとくか。


「ああ、別にいいよ」


「ホントっ!? やったあっ!! 言ってみるもんだね!!」


 新庄しんじょうさんがそんなことを言いながらきらきらと笑顔えがおあふれさせ、カートカゴにおさめてある品物しなものをバーコードリーダーにくぐらせるのを、まめまめしく手伝ってくれる。


 そんな、俺のご機嫌きげんを取るかのようにうごかしてくれている新庄しんじょうさんを横目に、俺は心の中で思う。


――実際じっさいは、ただ単に金目当てで近づこうとしてるのかもしれないけど。


――むやみやたらに可能性かのうせいてるってのもちょっとな。


――まあ、本当にかなでさんの友達ともだちになってくれたとしたらもうけもんか。


 そんな複雑ふくざつ心境しんきょうを心の中でかかえながら、最終的さいしゅうてき機械きかいに表示された合計金額を確認した俺は、財布さいふから取り出したデビットカードを決済機けっさいきに差し込み読み取らせる。


 4桁の暗証番号をタッチパネルで入力し、デビットカードで支払いを完了させたので、提示された金額が銀行口座から引き落とされるはずである。


 軽く数万円ほどが引き落とされるはずだが、それは別にかまわない。


 それよりも明日の火曜日はいよいよ、いもうと美登里みどりの十四歳の誕生日。


 さてさて、うたげはどうなるのか――


 おにが出るか、じゃが出るか――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る