第37節 マイノリティ・リポート




 俺がいもうと誕生日たんじょうびプレゼントを池袋いけぶくろいにったから、一週間いっしゅうかん経過けいかしていた。


 今日きょうは11がつ26にち十一月じゅういちがつ最後さいご日曜日にちようび現時刻げんじこく正午しょうごすこまえ


 明後日あさっての11がつ28にち火曜日かようびは、いもうと美登里みどり十四じゅうよんさい誕生日たんじょうびである。


 今年度こんねんどに入ってからは一切中学校の教室に入っておらず、現実世界に友達が一人もいない引きこもりの妹の美登里みどりのために、俺は懐かしい顔ぶれを呼んで大々的に誕生日パーティーを開いてやるつもりであった。


 その懐かしい顔ぶれとはもちろん、俺の幼馴染おさななじみである萌実めぐみ可憐かれん二名にめいである。


 萌実めぐみ可憐かれんは、俺が小学生のとき、近所の公園で二歳年下の妹の美登里みどりとよく遊んでくれていた。


 そしてもちろん、姉ちゃんとも面識めんしきがある。


 とは言っても、あのころは可憐かれんは男だと勘違いされていたけど――


 そんなことを考えながら、俺は高層タワーマンションの上昇する高速エレベーターに乗っていた。


 しかし――


 いつものように、一人ではない――


「いやー! ほんっとすっげーよなー! コンシェルジュさんなんて初めてた!! ホテルみてー!!」

 と、さとしがわくわくした感じで声を出す。


「プールにジムもあるのであろう!? ムチムチのお姉さんやナイスバディな人妻なぞもじっくりと視認しにんできそうだな!!」

 と、すぐるがはっちゃけてげる。


「コンビニもあるんだよね? レストランとかはないの?」

 と、高広たかひろがうきうきした表情でたずねる。


 この上昇中のエレベーターには、俺だけではなくて私服姿の悪友三人も一緒に乗っている。


 俺は、大宮駅おおみやえきからすぐ近くにあるタワーマンション最上階さいじょうかい豪邸ごうていであるに、高校生になってから友達になった悪友三人組をはじめてまねいたのである。


 ちなみに美登里みどりは、今日は部屋にてずっとこもりっきりでゲームをするらしい。


 俺は高広たかひろの言葉に返す。


「あーっとな。下の方の階は商業施設だから、レストランとかも確かあったと思う」


 そんなやり取りを交わしていると、エレベーターがチーンと音を立てて、四十階以上の自宅がある階に到着したことを知らせてくれる。


 そして四人してぞろぞろとエレベーターを出て、ひとつだけあるドア近くにある指紋検知器にて、俺はおのれ指紋しもん静脈じょうみゃくを読み取らせる。


 ピッという音と共に施錠せじょうが解かれ、いつもに比べてずいぶん騒がしい帰宅形式でドアを開けると、後ろに長い亜麻色の髪を垂らしたメイド服姿のかなでさんがパタパタとスリッパの音を鳴らして出迎えてくれた。


 ロングスカートメイド服を着たかなでさんが、帰宅したご主人様しゅじんさまとそのご学友がくゆうの前でかしこまったようなたたずまいになり、挨拶あいさつ言葉ことばはっしてからあたま両脇りょうわきみをらしてペコリと一礼する。


啓太郎けいたろうさん……おかえりなさいませ……啓太郎けいたろうさんのお友達ともだち皆様みなさまも……ようこそおしくださいました……」


 そのやわらかな言葉ことばづかいと、実際にメイドさんとしてのユニフォームを着て仕事をしているその様子ようすに、さとしすぐる高広たかひろも、また違った感じの歓声かんせいを上げる。


「どーもどーも、お久しぶりです! お邪魔じゃまします!」

 さとしがそうお調子者ちょうしものっぽく挨拶あいさつをしてからくついで玄関げんかんを上がり、すぐる高広たかひろきにくついでそれに続く。


 そして、俺たち全員がきっちりよっ用意よういされてそろえられてあったスリッパをいたところで、かなでさんが俺に伝える。


「では、わたしは皆様みなさまのおくつそろえておきますので……」


「ああはい、お願いします」


 俺はそう言って軽く会釈えしゃくをして、玄関先にてしゃがんで靴を揃えようとしてくれるかなでさんの姿を背にする。


 広い廊下を悪友三人組と一緒に抜けている最中で、さとしがうきうきした口調で伝えてくる。


「いやー、こーれぞまさに本物のメイドさんだよなー! 家政婦かせいふの女の子にメイド服させるなんて、やるじゃねーか啓太郎けいたろう!」


「いいや、ありゃ妹の趣味しゅみだ」


 俺がそう返すと、高広たかひろが反応する。


いもうとさん、そういう系? 漫画まんがとかアニメとか好きなの?」


「あー、まーな。かなり……ってゆーかガチのオタクだ。最初はかなでさんに二―ソックスかせて太腿ふとももえるミニスカメイド服させようとしたんだ。めたけどな」


 すると、すぐるが俺の肩をつかんでらす。


啓太郎けーたろー! 貴様、なぁーぜぇーそこでめる! それでも欲望にまみれた男子高校生か!!」


 俺がすぐるの顔を見ると、眼鏡の奥に涙の粒が光っているのがわかる。ガチ泣きしていた。

 

「セクハラになんねーよーに、いろいろつかうんだっつーの」


 俺がそう返すと、すぐるは手を俺の肩から離し、何か物思いにふける兵士のように光る眼鏡めがねをその左手でクイッと上げる。


「しかし、あの国枝くにえだかなでとかいう美少女、いざ仕事をしている最中さなかのメイド服姿を見てみると破壊力はかいりょく歴然れきぜんだな。……あれで巨乳であったならば、このおれ嫉妬しっとほむら暗黒面ダークサイドちていたかもしれん」


 すぐるがそう言うと、さとしが小声で尋ねる。


すぐるの見立てじゃー、サイズどれくらいなんだ?」


「限りなく A に近いがギリ B だな。おれとしては全然物足りん」


 小声だが即答だった。


――かなでさんに聞かれていたらセクハラなんてもんじゃないだろう。


 そんなことを心のなかで思いつつ苦笑いしながら、俺はリビングへの横へと開く引き戸を開ける。


 すると悪友三人組が、新しい遊園地に連れてこられた子供のような三者三様な歓声を上げる。


「すっげー! ひっれえー! あれってバルコニー!!?」


「おお、部屋の中に二階まであるのか! マンションとはいえ一戸建てと変わらぬではないか!」


「うわー! こんな豪華なキッチン、見たことないよ! 冷蔵庫大きいねー!!」


 さとしがはしゃいで、リビングの大きな窓の向こうにあるバルコニーへと駆ける。


 そしてバルコニーに出てから、人が落ちないように高くまで設置されている色のついた透明な強化ガラスを通して、遥か向こうまでを見渡してから振り返り、嬉しそうに叫ぶ。


すぐる! 高広たかひろ! おめーらもこっちこいよ! すっげーながめ!」


 そんな離れたバルコニーからのさとしの呼びかけに、高広たかひろさえぎるように両手を横に振る。


「いや、ぼくはパス! 高所恐怖症だから!」


 すると、すぐるがそんな高広たかひろを横目にゆっくりと歩いてバルコニーに出る。

 

「なんだ高広たかひろ、そうだったのか? どれどれ……下界を見下ろしてみるか……ファーハッハッハッハッ―! 見たまえ! 人がまるでゴミのようだ!!」


――あー、やっぱそれ叫んじゃうんだな。


 そんなことを考えながら、窓の外のバルコニーではしゃいでるさとしすぐるを、近くにいる高広たかひろと一緒に眺めていたところ、後ろの方からガラリとドアが開く音がした。


 振り返ると、当然そこには三つ編みお下げを垂らしているメイド服姿のかなでさんがいると思っていたが――


 そこにいたのは、茶髪ショートカットの髪型で筋肉質なムキムキの体をしている、体育会系女子である俺の姉ちゃんであった。


 しかも、もうそろそろ冬だというのに大きく胸を膨らませた短めのタンクトップに運動用のショートパンツという、はだ存分ぞんぶんせたラフな格好で。


 体がなんとなく汗っぽい水滴で濡れているのは、いつもの休日の午前中のように、このビルにあるジムでトレーニングをしてきたからなのであろう。


 姉ちゃんがあっけらかんと口を開く。


「あー、啓太郎けいたろうおかえりー。友達連れてきたのー?」


 俺は隣にいる高広たかひろ親指おやゆびして返答する。


「ああ、姉ちゃんに紹介するよ。こいつは細川ほそかわ高広たかひろ


 よこひろ恰幅かっぷくのいい体格をしている高広たかひろが、ペコリとお辞儀をする。


「初めまして、よろしくお願いします」


「んー、よろしくねー」


 姉ちゃんが、いつものように脳天気な明るい笑顔を見せる。


 そして、あと二人――


 俺がバルコニーにいるさとしすぐるを姉ちゃんに紹介しようと振り向くと、そこに二人の姿は既になかった。


――ん?


 俺が一瞬だけ戸惑って再び姉ちゃんの方を向くと、素早く忍者のように近づいていたヒョロ長ノッポのすぐるが眼鏡を光らせつつ姉ちゃんと握手をしていた。


「初めまして、美しいお姉さん。当方、大友おおともすぐると申しまして啓太郎けいたろうだいだい大親友だいしんゆうであります」


――おいおい。


 姉ちゃんは、俺からは下心が見え見えのすぐるの握手にも、年長者ねんちょうしゃらしくにこやかに応じていた。


「そっかー、いつも啓太郎けいたろうと仲良くしてくれてありがとねー」


「いえいえ、また用事があれば、いつでもお呼びください」

 

 そんなすぐるの返しに、いつのまにか俺の近くにいたさとしは、やれやれといった顔をしている。


 すぐるとの握手をいた姉ちゃんが、俺の隣にいた小柄なさとしを見て尋ねる。


「で、そっちのカワイイ子はー?」


「ありがとーございます! 石橋いしばしさとしと申します! よろしくお願いします!」


「そっかー、じゃーあたしはこれからシャワー浴びてくるからさー、ゆっくりしていってねー」


「友達来てるんだから、そこ考えろよ」


 俺がそう返すと、姉ちゃんは「はいはーい、わーってるってー」と言いながら後ろ手を振って、リビングから出て行ってしまった。


 そして、高広たかひろが俺に尋ねる。


「いまの人がたちばな明日香あすかさん? 啓太郎けいたろうくんのおねえさんの」


 俺は、息を大きく吐き出しながら応える。


「まーな、だらしねーとこ見せてすまねーな」


 すると、すぐるがやけにうきうきとした様子で俺の肩に腕を回してくる。


「何をいうか啓太郎けいたろうぉー! むしろ、あんなボインボインで健康的けんこうてきなおねえさんと知り合えて大満足だ! これからはおれをお義兄にいさんと呼んでくれてもいいんだぞぉー!」


「呼ぶかっつーの。ってゆーか、姉ちゃん気に入ったのか? すぐる?」


 俺が呆れた感じでそう返すと、すぐるが眼鏡を光らせ、反対側の手でその眼鏡をクイッと上げる。


「そうだな、あの…… F カップ、おそらくは93の F だろうが、あんなセックスィーなおねえさんの無防備むぼうび姿すがた間近まぢか堪能たんのうさせてもらって、おれじつ果報者かほうものだ」


――おいおい、こいつガチだ。


――姉ちゃんのカップサイズどころか、バストサイズまで当ててきやがった。


 すぐるが腕を俺の肩からくと、近くにいたさとしが伝えてくる。


「でもよー、啓太郎けいたろう。これであねどころかいもうともいるなんて、マージでエロゲー主人公だよなー」


「だぁーれがエロゲー主人公だ、誰が」


 俺がその不名誉ふめいよ称号しょうごう反駁はんばくすると、悪友三人組はそれぞれ俺に背中を見せて集まり、わざわざ大きな声でひそひそ話を始めた。


啓太郎けいたろうくん、まだあんなこと言ってるよ」


「あやつはまだ、自分の置かれた立場がいかに稀有けうなものかということを理解していないようだな」


大金持おおがねもちの上にあねいもうとどころか、女の幼馴染おさななじみ二人にみメイドまでいるってのになー。世の中って不公平だよなー」


 そんなことを言って不満を隠そうともしない三人の背中に、俺は焦って返す。


「だー! わかったわかった! 俺が悪かった! とりあえずピザ御馳走ごちそうするから!!」


 すると、三人がそれぞれの風貌ふうぼう相応ふさわしくニタリと笑った顔で振り向く。


――まったく。


――本当に、おおきすぎる大金たいきんつと、過分かぶんつかうハメになっちまうんだな。


 俺は、一週間前に再会したあの池袋いけぶくろのヤンキー少女の、俺を億万長者だと知らないがゆえのさっぱりとした態度たいどとこだわりのない物腰ものごしを、このにおいていやになつかしく思っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る