第6章 どういう風に気持ちを示せばいいのだろうか?

第36節 ユージュアル・サスペクツ




 そのはこちらに向かって階段から降りようとして足を滑らせ、宙を舞って踊り場にいた俺の胸に飛び込んでくるように落下してきた。


 その、純白じゅんぱくのひらひらなスカートのゴスロリファッションを身にまとっていたは、肩で切りそろえたボブカットヘアーの黒髪に小さな白いフェルトハットをつけていた。


 それと同時に、そのしろづくめのが持っていた紙袋と、その紙袋の中に入っていたコレクターズアイテムが宙を舞う。


 そして、その後ろでは似たような恰好をした、くろいゴスロリ服を着て、黒髪くろかみロングの頭にフリルを重ねたようなくろいヘッドドレスを取り付けた、けられた前髪まえがみからおでこがのぞいているくろづくめの女の子がおどろきの出来事できごとに目を見開いていた。


 階段の上から落ちてきたそのしろづくめのを、俺は否応なく真正面から全身をもちいて受け止める様子ようすとなった。


 ドサッ


 鈍い音が、アニメショップの階段に響き渡る。


 俺は踊り場に尻をついて、その純白じゅんぱく衣装いしょうたボブカットヘアーののか細い体を受け止めて抱きしめる格好かっこうとなっていた。


 そして、俺の口から声が漏れる。


「いてて……」


 両腕でそのを抱きかかえていた俺は、バランスをるためにみぎだけをうしろの床につける。


 尻もちをついてしたたかに腰を打ったので、鈍い痛みが下半身に広がっている。


 そして、間を置かずに階段の上の方から、もう一人の漆黒しっこくのゴスロリ服に身を包んだ女の子が、叫びにも近い心配そうな声と共にフリルのついたロングスカートを揺らして駆け下りてくる。


「ひ……ひーちゃん!? 大丈夫だいじょうぶ!?」


 その駆け下りてきた黒いゴスロリ服を着た女の子はやけに小柄で、背の高さは妹の美登里みどりと同じか少し低いくらいであり、ゴシックロリータっぽいふりふりのヘッドドレスをつけ、頭の後ろにはなが黒髪くろかみを伸ばしていた。


 その黒い衣装を身にまとった長髪ちょうはつ低身長ていしんちょうの女の子はセットなのか寝ぐせなのか、おおきくがったながいアホがぴょこんと頭の上から飛び出している。


 俺はそこで、目の前にある白い小さな帽子を付けたボブカットのの黒髪からも、同じ形のおおきくがったながいアホがぴょこんと飛び出していることに気付いた。


――ん? なんか、かみているけど。


――もしかして、姉妹しまいなのか?


 俺の近辺にはそのまとった、いかにも少女しょうじょっぽい香水こうすいにおいがただよっている。


 そして、俺の胸の中でそのが、顔を見せないまま少しずかしそうに声を出す。


「あ……あの……ありがとうございます」


 そのじらいをふくんだ少女しょうじょっぽいこえに、俺は一瞬だけドキリとする。


「あーっと、無事でよかったよ」


 そう答えると、相変わらず俺の胸元に収まっている白いゴスロリ服に身を包んだが、照れ気味な声を出す。


「でも……できればおしりは……さわらないでしいんですが」


 そこでようやく気付いた。


 俺の左手は先ほどから、そののふにっとした柔らかい臀部でんぶの肉をキープしていた。


「って!! うわっ!!」


 慌てて手を離すと、そのボブカットヘアーのは少しだけ赤く染めた顔を上げて直近にある俺に視線を移す。


 俺の第一印象はこうであった。


――なんだ、この美少女びしょうじょ!!


 毎日、歌奏かなでさんという美少女と顔を合わせている俺がそう評価するのも不自然だが。


 とにかく、今まで会ったことのないベクトルの、ひとみがやけに大きいゾクリとするような顔立かおだちをした美少女だった。


 すると、もう一人の階段を駆け下りてきた黒いゴスロリ服を着た小柄な女の子が踊り場にて、俺に声をかけてくる。


見知みしららぬおとこひと!! ごめんなさい、大丈夫だいじょうぶでしたか!!??」


 その言葉に、俺は応える。


「ああいや、俺は平気だから。気にしないで」


 俺がそう言うと、黒いゴスロリ服に身を包んだ女の子は、白いゴスロリ服の方のの手を引っ張る。


「ほら、ひーちゃんも立ち上がって。一緒にごめんなさいしなきゃ」

「うん、おねえちゃん」


――あー、やっぱり姉妹しまいだったのか。


――っちゃな方がおねえさんなのは、予想外だったけど。


 そして、ひーちゃんと呼ばれた純白じゅんぱくのゴスロリ服のは、少しだけ背が低い漆黒しっこくのゴスロリ服のおねえちゃんに手を引っ張られて立ち上がり、俺から離れてからそろって頭を下げてきた。


「飛び込んじゃってごめんなさい、おにいさん」

「ひーちゃんをたすけてくれて、ありがとう」


 謝罪しゃざいの気持ちと感謝かんしゃの気持ちをげられたところで、あらためて立ち上がった俺はおどらかった彼女たちの戦利品せんりひんに視線を移す。


「俺は別に平気だけど、そっちは平気?」


 俺の視線の先には、アニメとかに出てくるようなキャラクターのがお互いをおもって大切たいせつにしているかのように仲良なかよならんでえがかれた、いかにも女性じょせいけな同人誌どうじんしたぐいがいくつも散らばっていた。

 

 その言葉に、ゴスロリ服に身を包んだ婦女子ふじょし二人が変な声を出して、あわてて床に散らばったそのファンアイテムたるBLボーイズラブ同人誌どうじんしを拾い集め始める。


「お、おねえちゃん!!」

「わかってるってば!!」


 そんなやり取りをしながら、たがいにほほめつつあわてて同人誌どうじんし手元てもと回収かいしゅうしている二人を見て、少しばかり手伝おうと思った俺は、足元あしもとに CD がひとつ落ちているのに気付いたので拾い上げる。


 そのタイトルは、妹の誕生日プレゼントとして頼まれたコミック CD と同じタイトルであった。


 俺は、目の前で同人誌どうじんしを回収している二人組に若干じゃっかんあせってたずねる。


「あの! このコミック CD 、どこで売ってたかわかる!?」


 すると、ひーちゃんと呼ばれた白いゴスロリ服のが同人誌を拾いつつ振り向いて答える。


「ああ、さっき七階で買いました」


 踊り場で同じく同人誌を拾い集めている、黒いゴスロリ服を着たロングヘアーの女の子が言葉を重ねる。


「確か、残りふたつしかなかったんだよね」


 その内容に、俺の背筋せすじ緊張きんちょうが走る。


――残りふたつのうち、ひとつが既に買われたって事は。


――あと残り、ひとつしかねーってことじゃねーか!!


 焦った俺は、CD を手に持ったまま階段を急いで駆け上がる。


 四階まで登りきったところで、今自分が手に持っているモノを思い出し、引き返して階段を駆け下りる。


「じゃ、これ返すよ!! 急ぐんで!!」


 俺がそう言って、ひーちゃんと呼ばれた白いゴシックロリータファッションのにコミック CD を手渡すと、両手で CD を受け取ったボブカットヘアーのそのは少しだけ頬を赤らめて、恥ずかしそうに上目遣うわめづかいで俺にたずねる。


「あ、あの……おにいさん、また会えますか?」


「もしかしたらね!!」


 俺は大声でそのに返し、妹のために大急ぎで階段を駆け上がっていく。


 そして、階段を駆け登りながら頭の中で考える。


――やっぱり、エレベータで上がればよかったかな。


――まさか、こんなおもいもかけないトラップくわすなんて。


――いや、俺が階段で上がるのを選んでなかったら。


――あのが階段から落ちて大怪我おおけがしてたかもしれなかったんだから。


――それでよかったということにしておこう。そうしよう。


 そんな、自嘲じちょう苦笑くしょう狭間はざまの中で、俺は池袋いけぶくろのアニメ系コミック専門店の階段を二段飛ばしで大急ぎで駆け上がっていった。


 あとひとつしか残ってないと示唆しさされた、妹への誕生日プレゼントが売り切れていないことを祈りながら――







 幸いなことに、七階にて俺は、残りひとつだったオーディオプレミアムグッズを無事購入することができた。


 妹への誕生日プレゼントを購入することができて一息ついた俺は、アニメ専門店のプラスチック袋を持って街路へと出る。


――しかし。


――これは少し、恥ずかしい。


 そのプラスチック袋というのは、ぱっと見だとモノクロ調な何の変哲のない袋なのだが、しっかりと大きくアニメショップの店名が刻印されている。


 この袋を持っていたら、乙女おとめロードを歩く人にとってはどの店で商品を購入したかはまるわかりだろう。


 それも、そこら辺を歩いている見知らぬ人だったら別に恥ずかしくはないが――


 もしも、まかり間違って同じ学校の、就中なかんずく同じクラスの女子に目撃されでもしたら――


 何せ俺は、現時点において学校でその顔を知らない生徒はいない有名人なのである。


 いくら金があっても、人の噂を止めることはできない。


 今日は日曜日、同じクラスの『オタク女子』に属する女子生徒がこの池袋いけぶくろまちに遊びに来ている可能性はゼロではないだろう。


 いや、ゼロであると考える方がおかしい。


 そう考えた俺は、この場から西の方角にある池袋東口には直接向かわず、まず北に行き、そして線路を横断し、そして池袋駅いけぶくろえき西口の方へと抜ける作戦を思いついた。


 その途中で、小物ショップでもあれば大きめのナップサックかトートバッグでも買って、このアニメショップ名が刻印されたプラスチック袋を入れて隠してしまうつもりであった。


――リュックとかを持ってこなかったのは、完全に失敗だった。


 そんなことを思いつつ北に向かって歩き、歩道橋の階段を上がり、東側から西口へと向かうために埼京線や山手線との立体交差となっている橋梁きょうりょうの歩道を超える。


 俺は、線路沿いの人気ひとけがあまりない通りを歩きながら、スマートフォンでマップを確認する。


 『撃安げきやす殿堂でんどう』と銘打めいうって全国に支店を展開している、大規模ディスカウントストア『ドン・クホーテ』が近くにあるらしい。


――そこなら、バッグくらいすぐ買えそうだ。


 そう思った俺は、線路沿いから離れて街区へと向かう。


 しばらくうろうろ歩き回ったが、その量販店はどこにもなかった。


――あれ? マップの情報が古かったのか?


 そう思った直後であった。


 何者かの強い力によって、俺は腕を掴まれて路地の中に引っ張り込まれた。


 おそらくは、いいカモだったのであろう。


 あからさまに池袋西口をねぐらにしていそうな、いかにもガラの悪そうなドレッドヘアーの男が路地の出口を背にして、もう一人の金髪の男が俺に嬉しくない壁ドンをしてきた。


「ねーねー、どうして東のオタクくんがこんなところにいんのかなー?」


「オタクくん、ちょっとばかり俺たちにもお金かけてくれない?」

 

――またこのパターンか!!


 路地の中で、俺はうろたえる。


 そう、俺は性懲しょうこりもずに、再びカツアゲに出遭であってしまったのである。


 今、俺の財布の中には四万円以上の現金が入っている。


――もし、その四万円を渡せば見逃してくれるのならば、俺は別に渡してもかまわない。


――それよりも、学生証とかスマホとかをられて身バレして仲間に拡散されたら最悪だ。


――幸い、この二人は今のところ俺が数百億円を持っている億万長者だなんて、気付いていないみたいだし――


 そう俺が判断して、財布を尻ポケットから取り出そうとした次の瞬間だった。


 ボグッ


 鈍い音と共に、すぐ近くにいたドレッドヘアーの男が、後ろから何者かに金玉ごと股間こかんを蹴り上げられた。


「うぐぉっ!!!」


 ドレッドヘアーの男が、股間こかんを押さえて男性にしか痛みを想像できない苦悶くもんの表情を浮かべ、うずくまる。


 その次の瞬間、俺に詰め寄っていた金髪の男がその何者かの方向を見ようとする。


 プシュー!!


「うぐぉっ!!」


 その何者かによってスプレーが噴射ふんしゃされ、その金髪の男の眼球がんきゅうにしたたかにケミカルなにおいある成分せいぶんが吹き付けられる。


 おそらくは、整髪料せいはつりょうか何かのスプレーだろう。


 金髪の男は、に薬品が入ったがゆえの叫び声を上げ、片手で顔をふさいでもう片方の手をぶんぶんと空中に振りまわす。


「こっちだ!! な!!」


 そうハスキーな声で叫び、俺の手首を取ったのはなんと――


 金色のロングヘアーを後ろに伸ばした、手足がスラリと長くかぼそ肢体したいの少女であった。


 その少女の後ろ姿は下半身に濃い色のダメージジーンズを穿き、そして上半身には化学繊維かがくせんいでできたようなテカりのある黒いジャンパーを着ていた。


 俺は片手にアニメショップのプラスチック袋を持ち、もう片方の手首を握られつつ、その金髪少女と一緒に路地を抜け出る。


 道を駆け抜けると、後ろから不良二人組の乱暴な怒号が聞こえる。


「てめぇぇぇぇら!! ぶっ殺す!!!!」

「待ちやがれぇぇぇぇぇ!!!!」


 俺は、少女に手首を取られ、無我夢中で走ってついていく。


「ちょっと!! あんなこと言ってるけど!!」


 俺がそう走りながら尋ねると、その長い金髪を揺らしながら後ろ姿のまま少女が振り返らずに叫ぶ。


「まかせな!! ここらはあたいにわだ!!」


 そう言って、少女はビルとビルとの間に伸びているスキマ、路地裏ろじうらへと走り入っていく。


 当然に、手首を握られている俺もついていく。


 路地ろじに入って、何度も何度も暗い小道こみちを曲がり、自動車が通れるような公道を何度も何度も横断し、先ほどの不良たちのいた場所ばしょから随分ずいぶん距離きょりはなれた。


 そして、何度も何度も路地裏ろじうらを曲がっては抜け、曲がっては抜け、時には片側二車線の大通りを横切り、五分か十分くらい走っただろうか、あたりにビルが林立しているどこかの車一台がやっと通れるくらいの見通しの悪い道路で少女が足を止める。


「ふー、ここまでりゃーもう大丈夫でーじょーぶだろ」


 そう言って、少女は逃げている最中ずっと掴んだままであった俺の手首から、なんのこだわりもないようにぱっと手を離す。


 息を切らしながら、俺は改めて少女の後ろ姿を見る。


 腰の辺りまでロングの金髪きんぱつを伸ばしており、頭頂部近くのぎわは少し黒くなっている。ぞくにいうプリン頭というやつだ。


 その少女は、粗雑そざつに染められている長い金髪きんぱつを揺らして振り返り、そのゆびそろえられたチョキのような形にしてかかげ、俺にたずねる。


「でさ、おめーぃ持ってる?」


 その言葉に、俺は首を横に振る。


「いやいや! 持ってない持ってない! 俺、高校生だから!!」


 すると、金髪少女が悪戯いたずらっぽく歯を見せてにひひと笑う。


「わりーわりー、ジョーダンジョーダン。あたい煙草やには吸わねーよ」


 そこまで言うと、金髪少女は細道の自販機の近くにあるコンクリートの段差に、そのダメージジーンズを穿いた両足を広げて少女らしからぬ豪快ごうかい格好かっこうで座る。


 さっきまで全速力で不良から逃げていたので、その少女は荒くはぁはぁと呼吸をして、体力を回復させようとしているかのように天を見上げる。


――助けてもらっておいてなんだが。


――どっからどー見ても、あからさまにヤンキーだな。


 そんなことを心の中で思っていると、そのヤンキーっぽい少女は息を切らしながら再び俺の方を向いて口を開く。


「でもよー、これでおめーとの貸し借りはチャラだぜ」


――ん?


 その口調に疑問を感じた俺は、その男勝おとこまさりなポージングで座っている金髪少女をまじまじと見る。


――そういえば、どっかで見たことがあるような。


 金色に荒く染められた髪を後ろに長く伸ばしているその少女は、スラリと手足がなが少女しょうじょ肢体したいであるというのに、つきがするどくてやけにおとこっぽく中性的ちゅうせいてきなシュッとしたかおつきをそなえていた。


「なんだよ、つら見て思い出さねぇ? ま、あんときは制服せーふく着てたからな」


 ハスキーボイスでコンクリートの段差に座っている少女がそう伝えたところ、その問いかけがカギとなったかのように、俺の頭の中で記憶の扉が音を立ててガチャリと開いた。


――先月のクラス会としての高級こうきゅう焼肉やきにく食べ放題の直前に、ゲームセンターのクレーンゲームで取ったぬいぐるみを贈呈プレゼントした、ヤンキーっぽい金髪少女。


「あっ! もしかして、ゲーセンで会った!?」


 俺がそう伝えると、少女が指で作った銃を向け、片目をつぶってきた。


「はい、当たり! BANGバン!!」


 少女が、そのごえとともに俺に向けた指をげる。


 その金髪のヤンキー少女は、不敵な笑顔えがおせたまま言葉を続ける。


「しっかしおめー、オタクだったんだな」


 その言葉に、俺は自分の手に握られているアニメショップの店名がプリントされたプラスチック袋を意識する。


「いやいやいや! これは妹への誕生日プレゼント! 俺はドンクホーテに行こうとしてただけだから!」


 俺がそう弁明べんめいすると、改めてその少女が立ち上がり、ヤンキーっぽく大げさなリアクションで身をかたむけつつ大声を出す。


「マジで!? おめーいもうといんの!? あたいおとうといんだよ!! なぁーんかぃーいそーだな!!」


 そして、金髪少女はジャンパーのポケットから黄色と黒のがらいろどられたスマートフォンを取り出した。


 少女が片手のみでスマートフォンを何やら操作しながら、俺に尋ねる。


「パラサイト、はいってっか?」

「……え? 何?」


 聞きなれない名詞にそう返すと、少女が答える。


パラサイト P a r a S i t e ってアプリがあんだよ。はいってねーなられろよ。あたいはいつでも通知つうち ONオン にしとくからさ」


 金髪の少女は、スマートフォンの画面に二次元コードを表示させて俺に対して差し出してきた。コードを読み取れということなのだろう。


 ま、助けてもらったわけだし、ヤンキーっぽくても悪人あくにんではなさそうだし、人の好意こうい無碍むげにすることもないだろう。


 そう思った俺は、自身のスマートフォンをポケットから取り出してカメラを起動させて、その二次元コードを読み取る。


 すると、何やら新しいアプリケーションを俺のスマートフォンにインストールしてもいいかという通知が来たので、俺は OK ボタンをタップする。


 自分のスマートフォンにそのアプリがインストールされている途中で、俺は目の前にいる金髪プリン頭のヤンキーっぽい少女に尋ねる。


「このパラサイトって、どんなアプリなんだ?」


「ああ、スマホ持ってる友達だち居場所いばしょ教えてくれんだ。300メートル以内まで近づいたらだけどな」


――そんなアプリがあるのか。


 俺の手の中にあるスマートフォンに、新しいアプリのインストールを完了したという表示が出る。


 その金髪のヤンキー少女は、俺に名前なまえげる。


あたい百合ゆり前田まえだ百合ゆりだ。アプリネームは『Yuriユリ』だからさ、通知 ONオン にしといてくれな。で、おめーは、名前なんてんだ?」


 そうかれたので、俺はこたえようとする。


「ああ俺は、た……」


――たちばな啓太郎けいたろう


 そう本名が出かかったところで、飲み込んだ。


「ただの啓太郎けいたろう、ケータとか太郎たろうくんって呼ばれてる」


――フルネームは、まずい。


「そっか! よろしくな啓太けーた!!」


 そうヤンキー少女がりのあるハスキーな声で返すと、黒いジャンパーのポケットにスマートフォンを閉まってから、手をかかげある方向を指し示す。


「じゃ、あたいはもうーるわ。ドンクはあっちだからよ、今度は迷わずに行けよ、じゃな!!」


 その中性的ちゅうせいてきおとこっぽい風貌ふうぼうのヤンキー少女は、それだけ言って走り去って行ってしまった。


――前田まえだ百合ゆりさんか。


――ま、悪い人じゃなさそうだったけど。


――まさか、ヤンキーの知り合いができるなんてな。


 そう考えていたところ、その車が一台ようやく通れるかといった細い道で、俺はまわりのビルを見渡す。


 そして俺は気付いてしまった。


 ご休憩がいくらとか、一泊が何円とか、豪華な部屋の内装がパネルに展示されたホテルが、そこらかしらに無人の入り口を見せて構えられている。


――って! ここ、ホテル街じゃねーか!!


 自分の置かれた立場に焦った俺は、先ほどのヤンキー少女にしめされた大型ディスカウントストアの方向に、気持ち静かに駆け始めた。


 普段の自分が、アメリカの数百億円の宝くじが当たったことで億万長者になってしまった男子高校生だということを全国放送されてしまった、要注意人物であるということを自覚しながら――





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