第23節 トータル・リコール



 萌実めぐみがベンチにこしけ、花房はなぶささんがそのとなりすわって萌実めぐみ格好かっこうで、萌実めぐみは俺たちに、自分じぶん中学生ちゅうがくせい時代じだいにずっとえなかったおもいのたけをけてくれた。


 萌実めぐみはずっとずっと、自分じぶんのコンプレックスだったくせ可愛かわいいとってくれたレンにやはり予想よそうどおり、どうしてもつたえられなかったひそかな恋心こいごころいだいていたらしい。


 しかし小学五年生の冬に、お別れの言葉も言えずにレンと二度と会えないことになってしまった結果、萌実めぐみはそれ以来心のどこかにぽっかりとあなが開いたような気分だったらしい。


 そして萌実めぐみ独白どくはくの中で意外いがいだったのは、俺と萌実めぐみは中学生時代にいつも一緒に登下校を繰り返していたのだが、萌実めぐみは俺に異性としての好意を持たれていたことは、とっくの昔に気づいていたらしい。


 花房はなぶささんいわく「女の子はね、そーいうかんは鋭いの。それこそ、男の子の手が届かない領域リョーイキでね」とのことだ。


 でも、萌実めぐみはそんな幼馴染おさななじみとして以上の好意を持っている俺をけもせず、一緒に登下校を繰り返してくれて、中学校でも仲の良い友達でいてくれた。


 萌実めぐみがクラスメイトの揶揄やゆまどわされることなく、俺と付き合いを続けてくれたのは、俺のことが昔から好きだったかららしい。


 ただし、異性いせいとしてではなく、昔から一緒に遊んでいた仲の良い幼馴染おさななじみとして、ではあるが。


 萌実めぐみはレン相手に感じていた心臓がドキドキするような感触は俺に対して感じてくれはしなかったが、一緒に話していたり、一緒に歩いていたりすると心がしんなりと落ち着くといったようななごやかな感触は感じてくれていたらしい。


 でも萌実めぐみは、俺の持つ異性としての好意を、受け止めて応えることはできなかった。


 レンに何も言えず別れることになってしまった結果、萌実めぐみはレンにきっちり振られるという過程をることができなかった。


 だから、俺の好意に応えることは、レンを裏切るような気がしてしまったらしい。


 そして萌実めぐみは、嫌いではない俺に対して、幼馴染おさななじみである俺からの恋愛感情をそのまま返すことが出来ない自分の気持ちに対して、きっちりとした答えを出せない自分がどんどん嫌いになってしまったらしい。


 いくら俺が萌実めぐみに好意を持っていたとしても、萌実めぐみがいくら俺という幼馴染おさななじみからの『異性としての好意』を知っていたとしても、萌実めぐみ自身が自分で自分のことを嫌いだからその好意を受け取ることができなかった。


 萌実めぐみの言葉によると「アタシには、啓太ケータに好きになってもらう資格なんてないって思ってたから」とのことらしかった。


 大好きだったレンに、自分の想いを伝えることができなかった自分に、異性いせいとしてかれる自信じしんなんてこれっぽっちもなかったらしい。


 だから萌実めぐみは中学生時代、このまま俺と、二度と会うことはないだろうレンとの思い出と共に、ずっとずっと幼馴染おさななじみとして仲の良い友達であり続けることが望みだったらしい。


 しかし俺は、高校に入学する前日に萌実めぐみにラインで告白してしまった。


 萌実めぐみいわく「その告白自体はいやじゃなかった」とのことだ。


 でも、ずっと友達でいたかったから――


 レンへの想いを裏切りたくなかったから――


 そして何より、自分にこれっぽっちも自信がなかったから――


 萌実めぐみは『無視』を選んだ。


『無視』を選んで、何もなかったことにすれば、ずっと友達でいられると思った。


 それが萌実めぐみの選んだ選択肢せんたくしであった。


 しかし、俺が予想以上に萌実めぐみのことを好きだったので――


 告白をなかったことにしたかった萌実めぐみは、高校にて言い寄る俺から逃げざるを得なかったらしい。


 そしてその内、やっと友達になれそうだったクラスメイトに『ストーカー』の被害にあっていると勘違いされ――


 萌実めぐみは仲間外れにされるのが怖くて、それを否定することができなかった。


 萌実めぐみは、ただ怖かった。


 勇気もなく臆病で弱虫で自信がなくて自分が大嫌いだったから――


 自分が動くと、何もかもが悪い結果になると意固地いこじになって信じていたから――


 ますます何もすることができなくなって、俺の顔をまともに見ることもできずに、ずっとずっと自己嫌悪じこけんお罪悪感ざいあくかんに苦しんでいた。


 自己嫌悪じこけんお罪悪感ざいあくかんで、ますます自分のことが嫌いになってしまっていた萌実めぐみは、新学期が始まってからも俺の顔を直視ちょくしする勇気がどうしても出せなかった。


 ラインも別にブロックしてたわけではなくて、ただ単に俺とのトーク画面を開くのが怖くてできなかっただけらしい。


 そこまで聞いた俺は、頭の中で理解する。


――結局、誰のせいでもなくて。


――同時に、誰のせいでもある。


 まだ涙声のままで嗚咽おえつをところどころ上げている萌実めぐみは、ベンチに座ったまま俺たちに伝える。


「ひっ。啓太ケータが宝くじに当たって、ひっ。皆にちやほやされるようになって、ひっ。啓太ケータはますますアタシゆるしてくれないなって思ったの、ひっ。アタシがお金持ちになった啓太ケータと仲直りしようとしたら、ひっ。絶対にお金目当てだって、ひっ。思われちゃうから、ひっ」


――そうか。


――お金は、全てを解決してくれる訳じゃない。


――お金があることで生まれる苦しみってのも、確かにあるんだ。


 そんなことを思った俺は、萌実めぐみに柔らかい口調で声をかける。


「別にいいよ、ゆるすもゆるさないもそもそも元をたどれば俺が悪かったんだし。俺は萌実めぐみが悪かったなんて、これっぽっちも思ってないよ」


 俺がそこまで言うと、花房はなぶささんが改めてその両手で、一緒に座っている萌実めぐみの手を握る。


「クラスのみんなの誤解はちゃんとこうよ、アタシも一緒に説明してあげるし。もしそれでメグがクラスで仲間外れになるようなことになったら、アタシがずっと一緒にいてあげるから」


 そんな花房はなぶささんの優しい言葉に、萌実めぐみはますます涙声になる。そして感情をたかぶらせて言葉を出す。


「ひっぐ、ひっぐ。ありがとう、ありがとう、花房はなぶささん。ごめんなさぁぁぁい」


 萌実めぐみが、再びだらだらと涙で頬を濡らす。


 すると、暗がりの中からどこからともなく現れた、赤っぽいシャギーの髪を後ろで縛ったセキュリティーサービスのモデル体型黒服女性である高坂こうさかさんが、白いハンカチを持って掲げる。


「おじょう。ハンカチを」


 暗がりなのにサングラスをかけていた高坂こうさかさんがそう告げると、花房はなぶささんがそのハンカチを受け取ってお礼を返す。


「ああ、アリガト。ヒカルっち」


 その言葉を受け取った高坂こうさかさんは、再び暗がりに消えてしまった。


 そして、ハンカチを高坂こうさかさんから受け取った花房はなぶささんは、優しく優しく肉親であるかのように萌実めぐみの涙をふき取る。


「メグ、今はいくらでも泣いていいよ。つらかったときはね、しっかりと泣いた方がいいの」


 その言葉に、萌実めぐみ嗚咽おえつ慟哭どうこくが少しだけ鎮まる。


 そして萌実めぐみは、ゆっくりと俺たちに告げる。


「……うん、アタシもう言うことにする。もう、どう周りに思われたってかまわない、ひっ。クラスの皆にも、啓太ケータは本当は幼馴染おさななじみでストーカーしてた訳じゃなかったって言うことにする、ひっ」


 その言葉ことばに、花房はなぶささんがほんの少しだけ笑顔になる。


 そして、立ち上がって萌実めぐみの手を引っ張って尋ねる。


「うん、よく言えたね。エラいよ。立てる?」


 その花房はなぶささんの言葉に、手を取られた萌実めぐみは自分の意思でゆっくりとベンチから立ち上がる。


 その姿はまるで、巣から巣立すだとうとしているひなを、親鳥おやどりが優しく支えている姿であるかのようであった。


 そんな姿を見て心の底から感心した俺は、花房はなぶささんに伝える。


「それにしてもハナさん、本当に面倒見いいよな」


 すると、花房はなぶささんが俺の方にかえりつつ応える。

「そー? わりとフツーじゃない?」


 俺は感謝の念をもって言葉を渡す。

「いや、すごいよ。大人になったら事業をしなきゃいけないって言ってたけど、きっと立派な経営者になれるよ。ただのクラスメイトである俺たちに、こんなに良くしてくれるなんて」


 その言葉に、花房はなぶささんはそのツリ目をぱちくりさせた。


 そして、俺たちに伝える。


「……え? もしかしてだけど、アンタたち二人ふたりとも、マダわかってなかったの!?」


 その花房はなぶささんの言葉に、俺は返す。


「……何がだ?」


 手を離された萌実めぐみも返す。


「……何が?」


 その言葉に、萌実めぐみそばにいる花房はなぶささんは、いきなり吹き出して笑い声を上げ始めた。


「……っぷ。あははは……あははははは!! ナーニ? もしかして二人ふたりともゼーンゼンわかってなかったの!? フツーこえとかでわかるっしょ!?」


 暗がりの公園で心底おかしそうに笑う、上半身にスポーティーウェアを着て短いスカートの下にスパッツを穿いた金髪巨乳ギャルの花房はなぶささんと、それをポカンとした表情で見つめる俺と萌実めぐみの二人。


 はたから見ればその光景は、如何いかんとも形容しがたいものだったろう。


 そして、笑いすぎて若干目に涙をためていた花房はなぶささんが、歩いて萌実めぐみから少し距離をとってから暗がりの向こうに告げる。


「ノブルっちー、パスお願い」


ヴァレ(OK)ー!」


 その声は、あの保科ほしなと呼ばれた短いあごひげを生やした、足の速いセキュリティーサービスの男の軽快な声であった。


 それと同時に、暗闇からを描いて、サッカーボールが花房はなぶささんに綺麗に飛んでくる。


「よっと」


 そのサッカーボールをその大きな胸でトラップして受け止めてから、両手で掴んだ花房はなぶささんが俺たちに告げる。


「じゃ、今から証拠ショーコ見せてアゲルね。とはいっても、チョー久しぶりだからできるかドーカわかんないけど」


 花房はなぶささんはそこまで言うと、両手で持っていたサッカーボールを自由落下させ、足でり始める。


 一回。


 二回。


 三回。


 足でポンポンと蹴られたサッカーボールは、地面に落ちていかない。


 それは、華麗なまでのリフティングであった。


「よっ、よっ、よっ、よっと。へへっ、結構ケッコー体は覚えてるんもんなんだね」


 俺も、おそらくは萌実めぐみも、目の前で繰り広げられている予想外の出来事に呆然としていた。


「よっと」


 十回以上リフティングを繰り返したところで花房はなぶささんが、サッカーボールを大きく天に蹴り上げ、くるりと体を一回転してサッカーボールを両手で受け止める。


 そして微笑んで俺たちに喋りかける。


「どう? これで思い出した?」


 俺の脊椎せきついから頭の中にかけて、電気でんき火花ひばなのようなものが走る。


 すぐるが言っていた花房はなぶささんの想起そうきされる。


――同じクラスの花房はなぶさ可憐かれん


――花房はなぶさ


 そして、この公園で俺がその男友達に名前を尋ねて、返してきた最初の言葉。


――そーいやさー、おまえ、名前なまえなんてんだ?


――オレ!? だ!!


 その受け答えを思い出した俺は、そのヘタレな声帯せいたいるわせて、やっとのことで言葉を搾り出す。


「……れ、レン? レンなのか!?」


 その言葉ことばに、萌実めぐみおどろいたように見開みひらいて、りょうおのれくちをふさぐ。


 少し涙目になっている花房はなぶささん、いや、花房はなぶさ可憐かれんという名の金髪巨乳ギャルが目を嬉しそうに細める。そして悠久の想いをこめたように、伝えたかったことをやっと伝えられたかのように、思春期ししゅんき特有とくゆうの感情の波を秘めたかのようなかくし気味な口調で応える。


「ヨーヤク全部ゼンブ思い出したか、このバカ啓太ケータ


 その目にまった涙が、どういう種類の涙だったのかを、そのときの俺はまったく知ることができなかった。


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