第4章 俺の未来はどこに向かっているのだろうか?

第22節 デジャヴ


 今にも沈もうとしている秋の赤い太陽の光に照らされた既視感きしかんある思い出の公園にて、俺とベンチに座る萌実めぐみ花房はなぶささんの三人が、縦に一直線に並んでいた。


 少しだけ微笑みつつ、花房はなぶささんが口を開く。


「これでヨーヤク、本筋ほんすじに戻ったね」


 すると、ベンチに座ったままである萌実めぐみが叫ぶ。

「ちょっと花房はなぶささん! なんで啓太ケータがここにいんのよ!?」


 俺も口を開く。

「そうだよ! 何で萌実めぐみがここにいるんだよ!?」


 すると、花房はなぶささんが表情を真顔まがおにして返す。

「アタシは、二人っきりでハナシするつもりだったなんて、ひとっことも言ってないし」


 萌実めぐみがベンチから立ち上がって、己の胸に手を当てて叫ぶ。

「じゃあ、レンのことはどうなのよ!? レンのこと知ってるって言ってたのはうそなの? 本当ほんとうなの!?」


――えっ!?


 萌実めぐみの叫び声に心の中で驚いた俺をよそに、花房はなぶささんが不敵な笑みを見せて告げる。


「それはホント。アタシ、タッチーとメグっちが昔仲良くしてたってゆー、レンって呼ばれてた子がかよってた中学校にかよってたし」


 その花房はなぶささんの言葉に、俺は思わず声を出す。


「それマジか!? ハナさん、レンの情報っていうか……居場所いばしょとか知ってるのかよ?」


 すると、花房はなぶささんが萌実めぐみから俺に視線を移して応える。

「知ってるよ。今日キョー二人をこの場に呼び出したのはね、そのレンって呼ばれてた子のためにメグっちとタッチーに仲直りして欲しかったからだし」


 花房はなぶささんがそれだけうと、萌実めぐみうつむいて俺にせていた背中せなかよこけ、俺たちかおないままげるように早足はやあしあるした。


 その萌実めぐみの背中に花房はなぶささんが、金髪ギャルとして出せる限りの、あらんかぎりの大声で叫びかける。


「メグ!? アタシは逃げることは否定しないよ!? でもね、逃げるんだったら逃げたあとのコトも考えて!! 人生じんせい借金ツケを払うのを後回しにしとくとね、いずれ利子りしをつけて返さなきゃいけない時が絶対ゼッタイに来るの!!」


 花房はなぶささんの叫び声を背中で受け止めた萌実めぐみは足が止まる。


 そして、非常にゆっくり、ゆっくりと振り向き、か細い声を出す。


「……じゃあ、まず花房はなぶささんのこと、アタシに教えてよ」


 萌実めぐみは少し涙声で言葉を続ける。


「……アタシ啓太ケータの間に何があったかも知らないじゃない……そこまで言うんだから、花房はなぶささんがどういうつもりでアタシ啓太ケータの間に立とうとしているのかちゃんと教えてよ」


 涙声なばかりではない。実際に少しだけ涙をためていた。


 そして、花房はなぶささんが落ち着いた感じで口を開き、言葉をつむぎ始めた。


「じゃ、メグとケータにオシえてあげるね。アタシの家のこと」


 沈む夕日に照らされた公園で、花房はなぶささんがものげな感じで語ったその内容。


 それは、お金持ちの家に生まれた花房はなぶささんにしかわからない、お金持ちなりの苦しみの歴史そのものであった。




 花房はなぶささんが俺達に伝えたのは、何百年も前からこのあたりで広い土地を所有している、責任ある大地主としての家訓とも呼べるような歴史であった。


 花房はなぶささんの元々のご先祖様は、大昔にここら川がよく氾濫はんらんいねが育ちにくい沼地だらけの野原のはら一帯を、仲間達で力を合わせて苦労して開墾かいこんした武士ぶし一族いちぞくであったこと。


 戦国時代に、つかえていた主君が滅亡めつぼうにあい、天下が統一されてからは江戸近辺の天領てんりょう名主なぬしとしての家名いえな泰平たいへいの世をあゆみ始めたこと。


 江戸時代になってからは江戸のたみに売るためのサツマイモや木炭きずみなども近くの村や雑木林などで作り、創意工夫をこらして世のため人のために地域の産業を育てていたこと。


 江戸時代が終わって明治時代になってからは広大な農地を所有する大地主の家として、当時の地方議会ちほうぎかいであった府県会ふけんかいにも、ときには帝国議会ていこくぎかいにも議員を輩出していたこと。


 しかし、第二次世界大戦における日本の敗戦により、広大な農地の大部分を小作人に安く払い下げなくてはならなくなったこと。


 そして、東京近くのここらの土地をタダ同然で手に入れた人たちの手元に、大金がどんどんと舞い込んできたこと。


 その当時に花房はなぶさ家の当主だった花房はなぶささんのひい祖父おじいさんは、大勢の人々が大金の持つ強大な魔力まりょくたましい翻弄ほんろうされ、人生をもてあそばれていく様子を、大地主としての立場上、いやおうにも見せつけられざるをなかったらしい。

 

 身の丈に合わない大金を、その神様に偶然にも与えられた魔物まものとも呼べる強大な力を、いきなりなんの前触れもなく心構えもなく手にした人間は、かなり高い確率で人生を狂わされてしまう。


 花房はなぶささんのような由緒ゆいしょあるお金持ちの家の人たちは、代々だいだい前の世代から受け継がれる伝承でんしょうつたえ、つまりそれぞれの世代の『体験談たいけんだん』という唯一無二ゆいいつむにの貴重な知恵ちえ無形むけい財産ざいさんとして受け取り、よくよく理解りかいしているのだという。


 すでに秋の夕日が沈んでしまい、街灯のLEDライトに照らされた逢魔ヶ刻おうまがときの公園にて、萌実めぐみに代わってベンチに座った花房はなぶささんが、ゆったりした口調で声を出す。


「だからさー、アタシの家ではお金の大切さを学ぶために、男も女も大人になったら実家から援助サポされて何らかの事業を始めなきゃいけないんだよね。そんで、当主が亡くなったときに兄弟姉妹キョーダイの中で最も事業を成功させたのが、ほとんどの土地を相続ソーゾクすんの」


 花房はなぶささんはそこまで言うと、大きく息を吐き出しつつ言葉を続ける。


「だからさ、若いうちは親戚シンセキ同士ドーシ兄弟姉妹キョーダイ同士ドーシわりと仲がいーんだけど、勝ちと負けがはっきり分かれちゃうとわりとギスギスしはじめちゃうの。おかしいよね、せっかくの血の繋がりのある親戚シンセキ同士ドーシなのに」


 俺は、ベンチに座っている花房はなぶささんに言葉を伝える。

「そっか……ってことは、ハナさんは今まで仲が良かった親戚や兄弟姉妹同士が仲が悪くなるのを間近で見てきたり、そういう話を色々聞いてきたってわけか」


「そーゆーこと。アタシはね、そーゆーの見たり聞いたりしてきたから、せめてメグとケータには仲直りしてもらいたかったっていうワケ


 花房はなぶささんがそこまで言うと、立ったままだった萌実めぐみが目に涙をためて、心の中から湧き上がってくるなにものかを強く抑えたような口調で静かに叫ぶ。


「なによ……それって結局、花房はなぶささんのわがままじゃない……! 花房はなぶささん、そんなにお金持ちならお金持ち同士、啓太ケータと二人で仲良くしとけばいいじゃない……! アタシのことなんか放っておいてよ……!」


 すると、花房はなぶささんが口調をあからさまに厳しくして返す。


「ふざけないで! わがまま言ってるのはメグの方でしょ!? ケータがアンタに無視され続けてどれだけ傷ついて苦しんだと思ってるの!?」


 すると、萌実めぐみは押し黙り、腹の底から搾り出すような声を出す。

「わかってる……アタシだって……啓太ケータが苦しんでたことくらいわかってる……」

 そんな感じで今にも泣き出しそうな幼馴染おさななじみの姿を見て、俺は気持ちを緩めて声をかける。


萌実めぐみ、俺は確かに傷ついたし、苦しんだけど最初から怒ってなんかないよ。そもそも俺、萌実めぐみに無視されたのは自業自得だし。無視されなかったら多分、宝くじにも当たってなかったし」


 その言葉に、萌実めぐみ花房はなぶささんも不思議そうな目を俺の方に向ける。


 俺は言葉を続ける。


「……妹の美登里みどりがな、不登校になりそうだったんだ。今年の三月から。春休みに新学期から学校に行きたくないなんて駄々こねはじめて……俺、家族のことが心配だったんだ」


 俺は言葉を続ける。


「だから、そんな妹に頑張がんばって学校に行って欲しかったから……結果けっかがどうでも勇気を出したっていう証拠しょうこ美登里みどりのために残したかったから……俺はほんの少しだけしぼって萌実めぐみにラインで告白したんだよ」


――そんなやりとりを妹に見せたかったなんて、俺は口が裂けても言えなかった。


 俺は言葉を続ける。


「俺、臆病者おくびょうものでヘタレで卑怯者ひきょうものだから……近くに住んでいる萌実めぐみにちゃんとわけを話すのが怖かったんだ。馬鹿ばかだよな、直接会ってちゃんと告白してきっちりと振られとけば良かったのに」


 萌実めぐみ花房はなぶささんは何も言わず、俺の話を聞いている。


「それで結局学校が始まったら萌実めぐみに避けられて、クラスのみんなに陰口たたかれるようになって……妹の美登里みどりも学校には行かなくなって……俺、ちょっと自暴自棄じぼうじきになってたんだよ。現実を忘れてどこか遠い南の島にでも逃げたかったんだ」


 俺は言葉を続ける。


「それで、妹のことを心配した両親が旅行を企画しようとしてくれて……どこに行くのがいいか俺が答えたんだよ……ハワイ旅行っていうのを提案したのは俺なんだ」


 すると、花房はなぶささんが口を開く。


「ってことは、ケータが宝くじを当てたのは、ある意味イミメグのおかげでもあるってコト?」


 その言葉に、俺は無言でうなずいて肯定こうていする。


 そして、頭の中ではそれ以上のことも考えていた。


 俺が萌実めぐみに無視されなかったら、俺はハワイに行っていなかった。


 そして、ハワイで姉ちゃんがお酒を買おうとしなかったら、俺はコンビニに行かなかった。


 妹の美登里みどりがステッカーを欲しがらなかったら、俺は宝くじを買ってなかった。


 それだけじゃない。


 あのハワイのコンビニで店番をしていた中年女性の声がなければ――


 国枝くにえださんが、俺の落とした宝くじを持って追いかけようとしなかったら――


――何かひとつでも歯車がかみ合わなかったら、俺は億万長者になれなかっただろう。


――人生なんて、何が起こるかわからない。


――なるようにしかならない。


――偶然の連続体である運命うんめいに、身をゆだねるしかない。


――おそらく。


――おそらく、運命うんめいというものはの集合体なのである。



 そこまで思った俺は、萌実めぐみに伝える。


「俺、告白なんかより先に萌実めぐみに言わなきゃいけなかったことがあったってようやく分かったんだよ……なんせ俺、馬鹿ばかだから。救いようのない大馬鹿おおばかだから……萌実めぐみ、レンにお別れの言葉を伝えさせてやれなくってごめんな」


――ようやく言えた。


――萌実めぐみに長年言いたかったことを、ようやく言えた。


 そう感慨深く思いつつ涙ぐむ俺の目の前で、萌実めぐみの様子が変わる。


 その前兆を察した花房はなぶささんは、速やかにベンチから立ち上がった。


 萌実めぐみがその円い目を細め、両頬りょうほほをくしゃっと上げ、顔を歪めてうわずる。

「う……うっ……うっ……うぅぅぅぅ!!」


 そして、感情と共に並々なみなみまったなみだによる、体面たいめんという名のダムの決壊。


「うわぁぁぁぁぁぁ!! ごめんなさぁぁぁい!! ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」


 轟音ごうおんと共に流れる濁流だくりゅうのようにあふれた萌実めぐみの涙は、もう止まることはなかった。


アタシっ! アタシっ! 啓太ケータにっ! 啓太ケータにっ! ひどいことっ!! ごめんなさぁぁぁい!! ごめんなさぁぁぁい!! ひっ! ひっ!」


 そんな歪ませた顔を目から鼻から出てきた液体で汚した萌実めぐみを、花房はなぶささんは服が濡れることなど気にせず顔ごと優しく抱きしめる。そして萌実めぐみに、姉のような優しい言葉をかける。


「よしよし、よくあやまれたね。エラいよ。ずっとメグも苦しんでたんだね」


 花房はなぶささんがそのギャルっぽい整えられた手と女性らしい豊満な胸で、抱きしめた萌実めぐみの頭を柔らかく包み、その昔レンに褒められたふわふわのくせでつつ、やさしく声をかける。


 萌実めぐみはしばらくの間、まるで精神が小学生時代に退行したかのように、子供っぽく花房はなぶささんの胸と腕の中で嗚咽おえつをあげつつ泣きじゃくっていた。


 そして泣き疲れた萌実めぐみ花房はなぶささんのふところの中から自分の意思で離れて、中学生時代にずっとずっと思っていたけど、どうしてもどうしても言えなかったことを俺達に話してくれた。


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