第18節 マイ・フレンド・メモリー


 ◇



 ひさしぶりに、俺はまだ小学生しょうがくせいだったころのセピアいろ構成こうせいされたゆめていた。


 俺たちは、そのとしはる小学しょうがく五年生ごねんせいになっていた。


 翌日よくじつにクリスマスイブをひかえた十二月じゅうにがつ下旬げじゅんにある日曜日にちようび、そのがまだ祝日しゅくじつであったとしのことであった。


 萌実めぐみ風邪かぜいていたので、数日前すうじつまえからこの公園こうえんにはていなかった。


 そらなまりのような鈍色にびいろくもおおわれ、いまにも天候てんこうわるくなりそうな雰囲気ふんいきであった。


 いつもの公園こうえんでレンが、厚着あつぎにもかかわらず愛用あいようのサッカーボールで華麗かれいなリフティングをしている様子ようすを、おなじくジャンパーを厚着あつぎの俺ははたから感心かんしんしてていた。


 その黒髪くろかみ少年しょうねん漫画まんが主人公しゅじんこうのようにツンツンととがらせたレンは、小学校しょうがっこう高学年こうがくねんになって相当そうとう顔立かおだちのととのった、中性的ちゅうせいてき美少年びしょうねん成長せいちょうしていた。


 俺が声をかける。

「レンもなー、リフティング上手うまくなったよな」


 すると、リフティングを続けたままのレンが、声変わりしていない少年っぽい高い声で応える。

「まーな、この公園に来ておめーらと出会ってからずーっと練習やってっしな」


 俺はレンに言葉を渡す。

「あとちょっとで、俺たちも六年生かー。レンも中学は俺たちと同じところ行こーぜ、そんで三人で学校でも遊ぼーぜ」


 そんなことを言うと、レンがリフティングをやめてサッカーボールを両手に収める。そして、子供なりのうれいをびた表情で俺に伝える。


「あーっと、実はさー……前々からわなきゃなんねーなって思ってたんだけどよ……オレ、来年からこのまちられなくなんだ」


 そのいきなりの言葉に、俺は驚く。


「えっ!? マジかよそれ!?」


 すると、レンは一拍置いてから不満げに言葉を出す。


「親の仕事の都合つごうだ。しゃーねーんだ」


 俺は返す。

「そっか……なら萌実めぐみにもちゃんと別れ言っといた方がいいだろ」


 すると、サッカーボールを両手で持ったレンが顔をしかめて応える。

「いや……メグだけにはぜってー別れ言いたくねーし」


「なんでだよ?」

 俺の投げた再度の質問に、レンが意外な答えを返す。

「だってメグの奴、どう考えてもオレのこと好きだろ。ぜってーあいつ、別れたくねーって駄々だだこねて泣いちまうからな」


 その言葉の内容に、俺は一瞬だけ絶句する。


 そして、言葉を搾り出す。

「……それマジか? 萌実めぐみの奴、本当にお前のことが好きなのかよ!?」


 嫉妬しっとだった。


 本当に、幼い幼い、どうしようもない稚拙ちせつ嫉妬しっと


 レンがぶっきらぼうに返す。

「どー見てもそーだろ。オレの前と啓太ケータの前じゃ、メグの奴あからさまに態度違うし。気づかなかったのか?」


 その言葉に、俺は内心に怒りを抱えてレンに問いかける。

「……お前はどうなんだよ? 萌実めぐみのことどう思ってんだ?」


 すると、レンが返す。

「オレはメグのことは友達としては好きだけど、そーいう異性いせいとしての好きじゃねーんだよ。そもそもオレ、異性いせいとしてなら他に好きなやついるし」


 レンの言葉に、内心苛立いらだっていた俺は尋ねる。

「……どんな奴なんだ? マジにお前の好きな奴、萌実めぐみじゃねーんだろーな?」


「ああ、オレが好きなのはメグじゃねーよ……別にいいだろ、そんなこと」

 レンはその言葉と共に、視線しせんを横に向けつつくちごもる。


 顔をらして少し歯切れが悪くなったレンに、俺は質問を重ねる。


「何て名前なまえの奴なんだ?」


 すると、レンが顔を赤くして俺に叫ぶ。

「ばっかやろー!! んなこと、啓太ケータに言えっか!!」


「別にいいだろ! もうおーとは会わねーんだから! お-は勝手に俺たちを置いてどっかに引越しちまうんだからよ!!」


 そう叫んでしまった俺に向かって、レンが叫び返す。

「てめー! 啓太ケータメグのこと好きだからってそういう言い方はねーだろが!」


 その本心を見抜かれていたという衝撃しょうげきの言葉の内容に、幼い俺は激昂げっこうしてしまい、サッカーボールを持っていたレンの着ていたジャンパーに掴みかかった。


 レンが持っていたサッカーボールは、ぽとりと地面にちた。


 俺は至近距離にいるレンに向かって、乱暴らんぼう怒号どごうを飛ばす。

「んだとレンてめー! もう一回言ってみろよ!」


「何度でも言ってやるよ! バレバレなんだよ! 啓太ケータメグを好きなのはな!!」


 その言葉に、俺がレンの顔を殴ろうと拳を固めて振りかぶったところ、レンが俺にタックルをかましたので、地面に組み伏せられる格好となった。


 それからしばらくのあいだ、地面を転げまわって俺とレンの二人で、つかみあい取っ組み合いの喧嘩けんかをした。


 何せ体力のありあまる小学生同士だ。無我夢中で行った取っ組み合いの喧嘩は二十分は続いたと思う。


 だが、所詮は身体しんたい能力のうりょくの差なんてたかが知れている小学生同士だ。


 俺とレンは、体のどこにも顔のどこにも大きな怪我をすることなく、疲れきってお互いに地面に大の字をえがいていた。


 俺は、息を切らして何度も何度も深く呼吸をしつつ、地面に寝転んで鈍色にびいろくもぞらを見上げていた。


 すぐ横では、レンが俺とまったく同じ状況で空を見上げていた。


 仰向けに寝転んだまま息を切らすレンが、その少年っぽい高い声でつぶやく。


「……明日、クリスマスイブだってのに。何やってんだろーなー、オレたち」


 その言葉に、俺は寝転んだまま返す。

「なーレン、知ってっか? 今日きょう祝日しゅくじつなのは今年ことしまでなんだってよ」


 レンがひと呼吸置いてから返す。

本当ホントか? なんでだ?」


「なんか、平成へいせいが終わって国の偉い人が変わるからとかニュースで言ってた」


 俺がそう伝えると、レンが応える。

「……そっか、だから祝日しゅくじつなくなんのか。いろんなもんがずーっと同じなんてありえねーしな」


 その言葉は、これから終わりに向かっている俺たちの関係を意味しているということは、小学生の頭でも容易に理解できた。


 地面に背をつけた俺は、空を仰いだままレンに言葉を渡す。

「なーレン。俺、お前と男同士の友達でよかったよ」


 すると、ひと呼吸置いてからレンが返す。


「……なんでだ?」


「一回喧嘩すりゃ仲直りできるからな。嫌な気持ちのまま、お前と別れたくはなかったんだ」


 俺の言葉に、レンは口調が少し柔らかなものになる。


「……そうだな。オレも啓太ケータが男友達でよかった」


 そして俺とレンは共に立ち上がり、厚着に付いた砂や土を手で払い落とす。


 そこらへんに転がっていたサッカーボールを手に取ったレンが、俺に向き直る。


「じゃーな啓太ケータ、オレはもうそろそろ帰るわ。オレがいなくてもメグとこれからも仲良くやってけよ」


 その言葉に俺は返す。

「……これで俺たち、終わりか?」


「……さーな」


 俺と、片手にサッカーボールを持ったレンの間に、沈黙が流れる。


 そして俺はレンに向かって歩く。


 そして手が触れ合えるくらいの距離に近づいた俺は、呼吸をめてからレンに伝える。


「じゃーなレン、またどっかで会えたら」


 俺がその言葉を途中まで言って手を掲げたところで、レンは全てをわかっているといった表情で微笑み、空いている方の手のひらを同じく掲げ口を開く。


「ああ、会えたら」


 そして、二人して叫ぶ。


「「また友達になろーぜ!」」


 パシン!!


 共鳴ハモった言葉の直後に、俺とレンの手のひら同士が、大きく乾いた音を立てて重り合った。


 そして、互いに手を握り締めたままひじひじを突き合わせて至近距離で笑いあった。


 その時のレンの顔は、友達との別れという寂しさのかけらを見せることもなく、とても嬉しそうに笑っていた。



 ◇



 俺は、朝の太陽光が斜めに差し込む十畳以上の広い自室で目を覚ました。


 寝間着をまとった俺はベッドの上で上体を起こして欠伸あくびをする。


 自室と言っても、そんなに多くのものは置いていない。家具と呼べるものは一人用の大きな高級ベッド。それから北欧のブランドものの勉強用机とその近くに置いてあるリクライニングパーソナルチェアー。そして本とかが何も詰まっていない大きな木でできた棚くらいであった。


 この部屋に引っ越してきてからまだ二週間ほどしか経っていないので、生活感はまだそれほど感じられるわけではない。


 俺は、寝間着のままベッドの上で、先ほど見た夢の内容をぼんやりと考えていた。


――多分、昨日国枝くにえださんに会うためにあの公園に長いこといたから。


――忘れちゃいけなかった時のことを夢に見たんだろうな。


 昨日俺は、国枝くにえださんに東京駅百周年記念の Suikaスイカ を渡してから家に帰った。


 そして俺が直面したのは、たった一週間でぐちゃぐちゃに居間と部屋を散らかした姉ちゃんと妹のだらしなさ、特に妹の部屋を掃除しなければいけないといった現実であった。


 とりあえず居間にあったゴミを袋に入れる程度のことはしておいたものの、あいかわらず家の中は散らかり放題である。


 特にダイニングテーブルが置いてある居間には、妹がこのマンションの中にあるコンビニから買ってきたのであろうスナック菓子の袋や、弁当の容器などのゴミが、乱雑らんざつ放置ほうちされていた。


――今日は、俺が本格的に掃除しなきゃな。


――本当に、いつかはメイドっていうか、家政婦かせいふ雇わなきゃならないんだろうな。


 そんなことを思いつつベッドから立ちスリッパをいて歩き出し、鍵をかけることができる引き戸を開けて廊下から浴室のある洗面所に向かう。


 幅の広い廊下を伝って引き戸を開けて、一面に大きなかがみしつらえた、窓からは西空の明るさが入り込む洗面所に到着する。


 大理石でできた洗面台の上にはふたつの蛇口が、それぞれの大きな四角いシンクの上に配置されており、まるで高級ホテルのような豪奢ごうしゃ雰囲気ふんいきかもし出している。


 洗面所から繋がっている何人もが同時に入れる広い浴室には、下から覗かれないように配置はいちされたおおきなまどがあり、星空ほしぞら夜景やけいを見ながら浴槽よくそうにて入浴にゅうよくタイムを楽しむことができるようになっている。


 ふたつある蛇口の片方のセンサーに手をかざした俺は、流れ落ちる流水を手に受け止めて顔を洗う。


 そして、正面に取り付けてある大きなかがみに視線を移す。


 そこには、どこにでもいるような黒髪ミディアムヘアーの男子高校生である、よく見知った俺の顔が映し出されていた。


――それにしても、レンが好きだったやつってどんなやつだったんだろうな。


――やつって言ってたくらいだから、多分同い年くらいだったんだろうけど。


 先ほど見たゆめつづきを思い返していた俺は、すぐに思考を切り替える。


――多分、あいつのかよってた私立小学校の女子だろうな。


――どんなやつだったのかなんて、俺がわかるはずもない。


――そうだ、考えても意味なんかない。


――レンが好きだったやつの顔なんか、今更いまさらわかるわけないんだからな。


 そんなことを考えつつ、かがみの前で俺はしっかりと目をますため、もう一度きっちりと顔を水ですすいだ。



 

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