第3章 相手とどう接すればいいのだろうか?

第15節 プリティ・ウーマン


 ぐでんぐでんになった佐久間さくま先生せんせいに、なんとかかんとか免許証めんきょしょうせてもらって住所じゅうしょ確認かくにんしたところ、どうやら先生せんせいはさいたま市内しないのマンションにんでいるということがわかった。


 俺はいま高級車こうきゅうしゃなかしろ座席ざせきシートのかぶされた後部こうぶ座席ざせき左側ひだりがわすわっている。


 すぐみぎではシートベルトをめた先生せんせいいつぶれていて、右端みぎはしにいる花房はなぶささんにもたれかかっている格好かっこうとなっている。


 花房はなぶささんはくちひらく。

「タッチーも大変タイヘンだね」


 俺はかえす。

「ああ、ハナさんがそうおもってくれるとたすかるよ」


 すると、花房はなぶささんが俺にたずねる。

「タッチー、さっきみんなに高級こうきゅうおくションったっていってたけど。どう? もうれた?」


「ああ、まあね。掃除そうじすこ大変たいへんだけど」


 すると、花房はなぶささんが不思議ふしぎそうにツリひらく。

「もしかしてタッチーが掃除ソージしてんの? フツー家政婦かせいふさんとかヤトうっしょ?」


「いやー、通帳つうちょう判子はんこぬすまれたりしたらかえしつかないからさ……信頼しんらいできるひとつかるまで保留中ほりゅうちゅうなんだよ」


 すると、花房はなぶささんがげる。

「そんなの、通帳つうちょう判子はんこ銀行ギンコー貸金庫かしきんこあずけとけばいいし。アタシのいえにも家政婦かせいふさんいるけど、宝石ホーセキとかの普通フツー貴重品きちょうひんいえにある金庫きんこれて、土地とち権利証けんりしょうとかのとく重要じゅうよう貴重品きちょうひんはぜーんぶ銀行ギンコー貸金庫かしきんこれてるはずだけど?」


 その言葉ことばに、俺はたずねる。

具体的ぐたいてきには、どんなふうにするんだよ?」

「んーっとね、銀行ギンコー貸金庫かしきんこりると、暗証あんしょう番号ばんごうめて銀行ぎんこうほうからカードとかぎわたしてくれるんだよね。貸金庫かしきんこはこのカードとかぎ両方りょうほうそろわないとけらんないから、かぎを家の金庫にまっておいて、もう片方かたほうのカードをあるくなりべつまうなりしておけばいいってわけ


「おお、なるほど……やっぱりそういうことは実際じっさい金持かねもちにいてみないとわからないな」


 俺が感心かんしんしたこえすと、花房はなぶささんがすこれたかんじでくちひらく。

「へへっ、まーね。きたいことがあったらいつでもいてよ。わかる範囲はんいならこたえるし」


 その花房はなぶささんの言葉ことばに、俺は萌実めぐみのことをおもす。

「あの……ハナさん。いきなり関係かんけいないはなしになるけど、いい?」

「いいし? なに?」


天童てんどうさんのことなんだけど」

 その言葉ことばに、花房はなぶささんのかおすこしこわばったがした。俺は言葉ことばつづける。


天童てんどうさんってさ……やっぱり俺のこときらってるのかな?」


 すると、花房はなぶささんはほんのすこしだけむっとしたかおになって正面しょうめんく。

天童てんどうさんっていうか、メグっちのことだよね? まあ、おんなだし色々いろいろ複雑ふくざつなんじゃない? さっきの焼肉会やきにくかいでアタシも色々いろいろはなしたんだけどさ、タッチーにたいしてなんかおもうところがあったとかじゃないの?」


 俺のことを見透みすかしたかのような、その花房はなぶささんのこたえに、事実じじつかくとおしたままはなしつづけるのは無理むりだとかんがえた俺はかえす。


「あーっと……ハナさんは、俺と天童てんどうさん……いや萌実めぐみが、おたがいに幼馴染おさななじみ同士どうしだってったらしんじられる?」


 すると、正面しょうめんいていた花房はなぶささんがこちらをき、すこしばかり表情ひょうじょうゆるめる。


べつうたがったりしないし? タッチーがそううならそうなんでしょ」


しんじてくれるんなら正直しょうじきうけど……じつは俺と萌実めぐみいえちかくで、小学生しょうがくせいのころからいつも一緒いっしょあそんでたんだよ。はなしをしなくなったのは高校こうこうはいってからなんだ」


 俺がそこまでうと、花房はなぶささんがかえす。

「ってことはー、入学式にゅうがくしきのちょっとまえくらいにナニかあったってこと? メグっちに無視むしされるよーなこと」


「ああ、じつ入学式にゅうがくしき前日ぜんじつ RINE ライン告白こくはくしたんだよ……そしたらそれからずっと無視むしつづいて……いまだに、関係かんけいがねじれたままなんだ……俺は萌実めぐみなにかんがえてるのか、まったくわからないんだ」


 俺がそんなことをうと、太腿ふともも先生せんせいあたまあずけている花房はなぶささんがおおきくいきした。


「んー、そりゃ多分たぶん、メグっちがちょっとだけ臆病おくびょう弱虫よわむしだったってだけ。だからあんまりかんがえないほうがいいよ」


 その言葉ことばに、俺は疑問ぎもんかえす。

「……臆病おくびょう弱虫よわむしだから無視むしするって……どういうことだよ?」


 すると花房はなぶささんが、ふくみのあるニュアンスで言葉ことばべる。

多分たぶんだけど、メグっちにはほかに、どうしてもわすれられないきなひとがいたんじゃないかな?」


 その洞察どうさつに俺はすこおどいたが、しっかりと自分じぶん言葉ことばかえす。

「あーっと……小学生しょうがくせいのころに俺たちの共通きょうつう友達ともだちで、レンってやつがいたんだよ。萌実めぐみはそいつのことがずっときで……結局けっきょく萌実めぐみは、レンになにつたえることができずに、そいつといきなりわかれることになったんだ。だから多分たぶん、それがいているんだとおもう」


「ふーん? それなら多分、アタシの考えはまとってると思うんだけどな? アタシだってメグっちの気持ち、痛いほどわかるし」


「痛いほどわかるって……ハナさんも似たような経験があるとか?」

 すると、花房はなぶささんは少しだけ悲しい顔になり、正面を向いて俺を見ずに告げる。

「まーね。アタシもある意味、メグっちとおんなじだし?」


おんなじ?」


 俺のオウム返しに、花房はなぶささんは目をつぶって手を広げて振る。


「ハイハイ、こんな湿しめっぽい話をするのはここでオシマイ。それよりタッチー、そのメグっちと仲良かった小学生のときのこと、もう少し教えてよ」


 花房はなぶささんが改めてこちらを向いてそんなことを言ってはにかむので、俺は同じ教室に通うクラスメイトの白ギャル女子高生に、これまでずっと心の底に閉じ込めてきた思い出をを伝えることにした。


 池袋いけぶくろからさいたま市までの高級車での数十分ほどの道すがら、俺が小学生のころ萌実めぐみとレンと一緒に遊んでいたエピソードを色々と、なつかしさにひたりながら話すことになった。


 俺は、そんな話ができる相手ができたことが嬉しかった。


 なにせ、萌実めぐみに無視されて以来、その思い出をこれかもずっと封印しなければならないのだと思い込んでいたからだった。


 花房はなぶささんは、終始しゅうしにこにこしながら俺の昔話を聞いてくれた。


 酔いつぶれた先生を、先生の住んでいるマンションに送るまでの間のその時間は、きっと俺にとっては久しぶりに大切な思い出を再確認できる、とても良い時間だったのだろう。


 クラス会を開いて良かった。


 俺は、本当にそう思った。





 先生の自宅であるワンルームマンションの一室に到着してから花房はなぶささんに手伝ってもらい、先生を部屋に置いてあるベッドの上に寝かせたところでミッションは終了した。


 先生の部屋は意外にもきっちりと掃除されていて、年頃の女性らしく小綺麗こぎれいにまとまっているという印象であった。


 ズボラな姉ちゃんや妹の汚れまくった部屋しか知らない俺にとっては、その先生の女性らしい几帳面きちょうめんさがいやに新鮮しんせんに思えたものであった。


 後々のちのち先生に勘違いされないように、花房はなぶささんが寝ている先生のそばにいるという証拠写真も、しっかりとスマートフォンで撮影して保存しておいた。


 そんな一連の責任を取る工程が済んで、俺は花房はなぶささんの車に乗せてもらったまま、駅近くの俺の新居が入っている高層タワーマンションまで送ってもらっていた。


 この高層タワーマンションの住民用エントランスにはタクシー乗り場があり、俺はそこで車を降りて花房はなぶささんと別れることになる。


 左のドアが開いたところで、後部座席の右側に座っている花房はなぶささんが、軽く手を掲げて俺に告げる。

「じゃ、タッチー。また週明けに学校でね」


「ああうん。ハナさんも今日はありがとう」

 俺がそんなお礼の言葉を述べ、外に出てドアを閉める。


 すると、目の前のパワーウィンドウが空けられる。右側に座っていた花房はなぶささんがこちら側に体を移動させて俺の方に近寄ってから、口を開く。


「タッチーもさ、もし何か伝えたいことがある人がどこかにいるんだったら、チャンスがあればすぐに伝えた方がいいよ。チャンスは、どんなにお金があっても買えないし」


「そう?」

「そ、チャンスは決してお金じゃ買えないの。チャンスを掴むことができるのは、その時その時、チャンスが舞い降りた時に前に進む勇気を持てた人だけ。だから、チャンスだと思ったら自分の直観ちょっかんを信じて行かないと駄目なの」


 その、相変わらずの金髪ギャルっぽくない賢者めいた言葉に、俺は車の外から返す。


「わかった、心がけるよ。今日は昔話につきあってくれてありがとう」


「別にいいし? タッチーもさー、ユメとかあったら迷わず突き進んだほうがいいよ? なんせ今のタッチーは、お金があればできることだったら大抵たいてい何でもできちゃうんだし」


ゆめか……俺はまだ、そういうのわからないな。ハナさんはかなえたいゆめとかはあるの?」


 すると、花房はなぶささんは悪戯いたずらっぽくはにかむ。

「んーっとね、おヨメさんかな?」


「そりゃまた……ある意味ギャルっぽいというか……まあ意外でもないか。お金持ちのお嬢様だもんな」


 その可愛かわいらしい女性のゆめに俺がそう反応したところ、花房はなぶささんは窓の向こうから俺に告げる。


「タッチーもさ、ユメを見つけることができたら、かなえられたらいいね」


 そして続けて運転手に一言。

「行って」


 するとすぐに、目の前のパワーウィンドウがが閉められて、黒く光る後部リアを見せつつ、花房はなぶささんの乗った高級車は去っていってしまった。


 一人取り残された俺は思う。


――そういえばクイズの話、まったくしなかったな。


――そもそもクイズなんか俺に出して、どういう意図いとがあるんだ。


 十月の夜の冷たい風が、俺と花房はなぶささんがわしていたやりとりをすかにするかのように、暗がりを通して体のそばを音もなく吹き抜けていった。


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