第14節 沈黙-サイレンス-



 翌日よくじつ金曜日きんようびになって、午後ごご四時よじすこぎたころ学校がっこうわった。


 今日きょう午後ごご六時ろくじすこまえから池袋いけぶくろ高級こうきゅう焼肉店やきにくてん二時間にじかんはん、クラスかいかたち焼肉やきにく放題ほうだい、という約束やくそくであった。


 現地げんち集合しゅうごうなので、学校がっこうた俺は悪友あくゆう三人さんにん一緒いっしょに、ブレザー制服せいふくのまま電車でんしゃって池袋いけぶくろかった。


 電車でんしゃるのは、随分ずいぶんひさしぶりのようにかんじた。



 埼玉県さいたまけんにある俺の政令せいれい指定してい都市とし、さいたまにあるおおきなターミナルえき大宮おおみやえきから池袋いけぶくろえきまではおおよそ電車でんしゃ二十分にじゅっぷんちょっと。


 さいたま住民じゅうみんにとって池袋いけぶくろとは、すこあしばしたところにある馴染なじぶか都会とかいとなっている。


 さいたまむ俺たちのような高校生こうこうせいが『まちあそぶ』とったら、それは大体だいたい池袋いけぶくろあそぶことを意味いみしている。




 池袋いけぶくろ到着とうちゃくしてから時間じかんになるまでに、四人よにん一緒いっしょにゲームセンターにてかね糸目いとめをつけずに豪快ごうかいあそんだ。


 ゲームセンターで一万円いちまんえんさつ両替りょうがえするのははじめてであった。


 俺がクレーンゲームであそびでったおおきなぬいぐるみを、他校たこう制服せいふくたヤンキーっぽいおなどしくらいの金髪きんぱつロングヘアー少女しょうじょ物欲ものほしそうにするどにらんでいたので、さとし発案はつあんしたいきはからいによって、そのぬいぐるみを後腐あとくされないよう贈呈ぞうていしたりもした。




 ゲームセンターにて一時間いちじかんちかくしっかりあそんで、尊弘たかひろさがしてくれたという高級こうきゅう焼肉店やきにくてんあしはこんだ。


 焼肉店やきにくてんぐちちかくには、俺の所属しょぞくするクラスの生徒せいと制服姿せいふくすがたのまま大勢おおぜいたむろしていた。


 視線しせんながした俺は、そのなかに『文化系ぶんかけい』グループの友達ともだち一緒いっしょている萌実めぐみ姿すがたつけることができて安心あんしんする。


――西園寺さいおんじさん、ちゃんと説得せっとくしてくれたんだな。


 俺がそんなことをおもいながらこころなか感謝かんしゃしつつおおきくいきくと、うしろのほうからヒールでける足音あしおとと、いつもの教室きょうしつでのおぼえのある大人おとな女性じょせいこえこえてきた。


「みんなー! おまたせー!」


 うしろをくと、ばっちりと化粧けしょうめたレディスーツ姿すがた担任たんにん教師きょうしが、両肩りょうかたちかくでくるくるとロールをかけた赤茶色あかちゃいろかみらし、はしりよってっていた。


 二十八にじゅうはっさい女性じょせい古典こてん教師きょうしである佐久間さくま雫音しずね先生せんせいは、俺のちかくでまる。


 そして上目遣うわめづかいになって、かるにぎった口元くちもとてて、精一杯せいいっぱい年甲斐としがいのないキュートさを演出えんしゅつする。


たちばなくん? 先生、ちゃった」


――あー、きちゃったかー


 俺はこころあせながし、アラサー独身どくしん女性じょせい必死ひっしさを痛感つうかんした。


 べつ方向ほうこうから、つやのある綺麗きれい黒髪くろかみ腰元こしもとまでながした、レースのヘアバンドをけている学級がっきゅう委員長いいんちょう西園寺さいおんじさんが近寄ちかよってきて、俺にこえをかけてくる。


たちばなさん? ごめんなさいね? 先生せんせいにおつたえしたら、どうしても参加さんかしたいっておねがいされまして」

 そんな西園寺さいおんじさんの言葉ことばせき合図あいずだったかのように、クラスのみんな先生せんせいかってブーイングをする。


「クラスかいなのになんで先生せんせいきてんだよー」とか「ぶりっしないでくださいよー」とかいう内容ないようだった。


 すると、佐久間さくま先生せんせいおおきくよこにスイングして、自分じぶんのクラスの生徒せいとたちにたいして大声おおごえげる。


「うるさぁーい!! あんたたち生徒せいとが、制服せいふくのままおさけたのんだりしないかどーかとか、先生にはちゃぁーんと監督かんとくする義務ぎむ責任せきにんがあんのよ!!」


 その大声おおごえに、生徒せいとたちのブーイングがやむ。


 そして、佐久間さくま先生せんせいは俺に視線しせんうつしてしおらしくなり、もじもじしたかんじでげる。

「それにぃー、高級こうきゅう焼肉店やきにくてんにクラス全員ぜんいんぶん予約よやくれたのは先生なんだからね? 先生の尽力じんりょくがなければぁ、やさしいやさしいたちばなくんがぁ、クラスのみんなにおごってあげることもできなかったんだからね?」


――先生せんせい多分たぶん小動物しょうどうぶつになったつもりで俺のことをているんだろうけど。


――俺には残念ざんねんながら、へび獲物えものねらっているようにしかえない。


 そんなふう担任たんにん教師きょうしめたていると、やがておみせひとあらわれて店内てんないはい段取だんどりとなった。





 焼肉やきにく放題ほうだいのクラスかいは、数十人すうじゅうにんはいれるパーティールームでもよおされることになった。


 四角しかくもたれのある木製もくせい椅子いすつくえそばならべられていて、つくえなかには炭火すみびあぶられた金網かなあみ設置せっちされており、焼肉やきにくたのしむには準備じゅんび万端ばんたんはこびとなっている。

 

 席順せきじゅんは、西園寺さいおんじさんが事前じぜんめてくれたらしい。


 それぞれの友人ゆうじんグループはだいたいおな場所ばしょあたりのせきすわるようなかんじであったが、悪友あくゆう三人組さんにんぐみは俺からはすこはなれたところにまとまってすわっていた。


 そして、一番いちばんおくまったせきにいる俺の左隣ひだりどなりには西園寺さいおんじさんが、反対側はんたいがわ右隣みぎどなりには佐久間さくま先生せんせいすわっている。


 このせきからは、クラスのみんな焼肉やきにくべる様子ようすをざっと見渡みわたすことができる。


 俺が一番いちばん上座かみざにいるので、どうかんがえても RINEライン のアプリとかで交友こうゆう関係かんけいんでえらんだ席決せきぎめではなさそうである。


 みんなにソフトドリンクがくばられ、俺がコップをってがり「えー、今日きょうは俺のおごりなので、みんなきなだけべてください」と挨拶あいさつをしてから乾杯かんぱい音頭おんどをとって、クラスかいとしてのたのしい焼肉やきにくパーティーが開始かいしされた。


 クラスメイトたちは次々つぎつぎ高級肉こうきゅうにく注文ちゅうもんし、かかり店員てんいんさんたちが端末たんまつ操作そうさしていく。


 そしてもなくにく到着とうちゃくして、みんな次々つぎつぎ炭火すみびあぶられている金網かなあみにて生肉なまにく豪快ごうかいはじめる。


 一人分ひとりぶん八千円はっせんえんもする黒毛くろげ和牛わぎゅう高級こうきゅう焼肉やきにく放題ほうだいだけあって、文字もじどおりみんなの熱気ねっきちがっていた。


 とくに『体育たいいく会系かいけい』にぞくする、からだのでかい男子だんしたちの焼肉やきにく放題ほうだいにかける意気込いきごみたるや、すさまじい熱狂ねっきょうぶりをかんじる。


 俺も高級肉こうきゅうにくまえ金網かなあみいていたところ、となりにいる西園寺さいおんじさんが、たおやかなかんじではなしかけてきた。

たちばなさん? たのしんでおられますでしょうか?」


 俺はこのまえわれたとおりに、西園寺さいおんじさん相手あいて敬語けいご使つかわずにかえす。

「ああうん、たのしんでるよ」

「お友達ともだちをおそばにしてあげられなくてごめんなさい。でもわたくし、これをたちばなさんともっと色々いろいろとおはなしがしてみたかったのですわ」


 そのやわらかな気遣きづかいの言葉ことばに、俺は表情ひょうじょうゆるむ。

「あー、そうなんだ。俺もじつ前々まえまえから、西園寺さいおんじさんとはもっとはなしをしてみたいとおもってたんだ」

「あら、そうですの? 光栄こうえいですわ」


 そんなかんじで言葉ことばわしていると、反対側はんたいがわ高級こうきゅうカルビをいている先生せんせいが、俺につたえる。

たちばなくーん? そんなにほいほいと身近みぢか女子じょしゆるしちゃだめよ? たちばなくんがいま、どういう立場たちばにあるかわかってるの?」


 先生せんせい言葉ことばに、俺はかえす。

「どういう立場たちばって……どういうことですか?」

「いまね、クラスじゅう女子じょし。いいえ、一年生いちねんせいから三年生さんねんせいまで全校中ぜんこうじゅう女子じょし生徒せいとが、たま輿こしろうとしてたちばなくんを虎視こし眈々たんたんねらっているのよ?」


「えっ、本当ほんとうですかそれ!?」

 おどろごえしてしまった俺に、先生せんせいすこしばかりむぅっとした表情ひょうじょうかべてこたえる。

「そうよ? なんせたちばなくん、資産しさん三百さんびゃく億円おくえんでしょ? 日本にほん一般的いっぱんてきなサラリーマンの生涯しょうがい賃金ちんぎんがどれくらいかってるの?」


「……どれくらいなんですか?」

子供こどもころから一生いっしょう懸命けんめい勉強べんきょうして、そこそこの大学だいがくはいって、必死ひっし就職しゅうしょく活動かつどうして一流いちりゅう企業きぎょう正社員せいしゃいんとしてはいったとしても、新卒しんそつから定年ていねんまでつとげて二億円におくえんから三億円さんおくえんちょっとよ? 一生いっしょうかけて、毎日まいにち毎日まいにちいのちけずってはたらいて、懸命けんめい努力どりょくしてそれだけ。三百さんびゃく億円おくえんっていうおかねがどれだけの大金たいきん自覚じかくなさぎじゃない?」


 その先生せんせい言葉ことばに、俺はすこかんがえてかえす。

「ってことは……単純たんじゅん計算けいさん百人ひゃくにんちかくの人生じんせい面倒めんどうれるってことですかね」

「そうね。こんなこと教育者きょういくしゃうべきじゃないかもだけど、たちばなくんがそのになりさえすれば、数十人すうじゅうにんおんなあつめてハーレムつくることだってできるのよ?」


――ハーレムねぇ。


 俺は、若干じゃっかんぎこちないかお先生せんせいかえす。


「あーっと……ハーレムとかは、かんがえてませんでした。多分たぶんおそらく、そういうことはしないとおもいますけど……」


「あらそう? でも、もしつくりたくなったらいつでもこえをかけてね? 先生はいつだって、たちばなくんを年上としうえのおねえさんとしてあまえさせてあげるからぁ。そして肉欲にくよくこころはなれられないようにしてあげるからぁ」


 そうって佐久間さくま先生せんせいいろっぽく片目かためをつぶり、直近ちょっきんからげキッスを俺にばしてきた。


 反対側はんたいがわすわっている西園寺さいおんじさんが、すこしだけあせって先生せんせいをたしなめようとする。

「あの、佐久間さくま先生せんせい? こういうところでそういうおはなしはちょっと……」


 こまがお西園寺さいおんじさんをて、俺は決意けついする。


――西園寺さいおんじさんをけがしてはいけない。


 俺ははしいて、右手みぎて先生せんせい手首てくびつかんでがる。


佐久間さくま先生せんせい、ちょっとついてきてくれますか? 二人ふたりだけで」


 先生せんせいれた様子ようすくちひらく。

「え!? うそっ!? ちょっとたちばなくん!? そんなやだいきなり!?」


 ちかくにいた、すこしだけいろいたながいウェーブがみうしろでくくって頭巾ずきんでまとめたわか女性じょせい店員てんいんさんに、俺は真剣しんけんかおをしてたずねる。


「あの、個室こしつとかありますか? できれば防音性ぼうおんせいたかいの」


 すると店員てんいんさんはにこやかに「ええ、ありますよ」と案内あんないしてくれた。


 先生せんせいかおあからめて「えー、こんなクラスのみんなているときに、大胆だいたんだなー」とかわけのわからないことをっていたが、おおむね無視むしして先生せんせい案内あんないされた個室こしつまでれてった。


 そして先生せんせいが、一人ひとりだけ個室こしつれられたところで、すわったままほほあかくしてくちひらく。

「もう、強引ごういんだなぁ。でもしょうがないよね。いつだってあお衝動しょうどう我慢がまんしている、わかわかーい高校生こうこうせいおとこだもんね」


 個室こしつそとったままの俺はくちをピクピクさせて、先生せんせいかえす。

先生せんせい先生せんせい大人おとななんでおさけんでいいですよ。俺のおごりです。でも教師きょうし生徒せいとまえでおさけむわけにはいきませんから、ここできなだけ一人ひとり焼肉やきにくべながらおさけんでいてください」


 そこまでったところで、俺は精一杯せいいっぱいつくわらいをする。


 先生せんせいくやしそうに大声おおごえさけぶ。


たちばなくんの馬鹿ばかぁ-!」


 ピシャリ


 俺は個室こしつ丁寧ていねいおとててめ、おおきくいきく。


――ふぅ。


――島津しまづさんにわれた、投資とうしはなしはしないでおこう。


――ねん数億円すうおくえんずつはたらかなくてもはいってくるかもなんてつたえたら、どうなることやら。


 そして俺は、クラスのみんなからの「よくやった!」とか「たちばなくんサイコー!」とかのたたえるこえけつつ、西園寺さいおんじさんのとなりせき凱旋がいせん将軍しょうぐんのようにもどっていった。



 


 干物教師ひものきょうし別室べっしつ隔離かくりして、俺たちクラスメイトの高級こうきゅう焼肉会やきにくかいは、とどこおりなく無事ぶじ二時間にじかんはん規定きてい時間じかんたしてえるかたちとなった。


 そして俺はいま、ぐちちかくのレジスターのまえにて、さきほどの女性じょせい店員てんいんさんに精算せいさん金額きんがく提示ていじされていた。


消費税しょうひぜいれて、総額そうがく37まんとんで590えんになります」


 すこいろいたながいウェーブがみあたまうしろで頭巾ずきんでまとめた女性じょせい店員てんいんさんのまえで、俺はかばんから封筒ふうとうす。


 銀行ぎんこうろした50万円まんえん正確せいかくえばゲームセンターで使つかってしまった1万円まんえんいた一万いちまん円札えんさつ四十九よんじゅうきゅうまい、49万円まんえんがこの封筒ふうとうなかはいっていた。


「えーっと、ちょっとってください」


 俺は、一万いちまん円札えんさつ三十七さんじゅうなな枚分まいぶん一枚いちまい一枚いちまい注意ちゅういぶかかぞえる。


 三十七さんじゅうななまいかぞえたところで、財布さいふのほうから千円せんえんさつ一枚いちまいしてくわえてわたす。


「はい、どうぞ」


 俺が手渡てわたすと、女性じょせい店員てんいんさんが笑顔えがおって一枚いちまい一枚いちまい丁寧ていねい紙幣しへいかぞえる。


 そしてかぞわったところで、女性じょせい店員てんいんさんはアニメにてくるキャラクターとかがしゃべりそうな綺麗きれいこえで俺にげる。

「はい、たしかに三十七さんじゅうななまん一千円いっせんえんりました。ありがとうございます、たからくじをてた億万おくまん長者ちょうじゃのタチバナさん」


 その言葉ことばに、俺はあせをかいてかえす。

「あー……やっぱりばれてました?」

「そりゃーもう、バレバレですって」


「SNSとかで拡散かくさんしないでくださいね」

すくなくともワタクシはしませんよ」


 そんなこたえをしつつ、おりを収入しゅうにゅう印紙いんしってもらったレシートとともる。


 もなく、クラスの男子だんし大声おおごえ伝播でんぱしつつ拡散かくさんしてきて次々つぎつぎこえてきた。


先生せんせい、つぶれてるってー」


「なにやってんだよ先生せんせえー」


「それでも教師きょうしかよー」


 俺がひとけて先生せんせいめた個室こしつかうと、せきすわった西園寺さいおんじさんにみずませてもらい、介抱かいほうしてもらっている寝転ねころんだ先生せんせい姿すがたることとなった。


 自棄酒やけざけみすぎてつぶれてしまったのだった。


――やっちまった。


 仕方しかたなく、先生せんせい自棄酒やけざけはしらせたもの責任せきにんとして、俺は先生せんせい自宅じたくまでおくとどけることになった。





 金曜日きんようび夜八時よるはちじぎたばかりの池袋いけぶくろまちは、まだまだひとあふれてさわがしい様子ようすせていた。


 遊歩道ゆうほどうにはひと大勢おおぜいっていて、そこらじゅう監視かんしカメラが設置せっちされていて、警官けいかんもそのあたりを巡視じゅんししているこのまちで、俺は先生せんせいかたって二人ふたりだけであるいていた。


 数年前すうねんまえに俺がまだ中学生ちゅうがくせいのころに、東京とうきょうでオリンピックがひらかれたのだが、そのときさかい警官けいかんかず監視かんしカメラのかず激増げきぞうしたらしい。


 そういえば、オリンピックをさかいにしてコンビニからエロい成人せいじん雑誌ざっし撤去てっきょされたというはなしいたことがある。


 女性じょせい半裸はんら表紙ひょうしえがいた雑誌ざっしが、小学生しょうがくせいれるような場所ばしょいてあったことが異常いじょうだった、というのが現在げんざい世間せけんにおける共通きょうつう見解けんかいということになっている。


 先生せんせいかたかかえた俺はそんなことをかんがえつつ、よたよたとひとおおとおりをあるいていた。先生せんせい悪酔わるよいでほとんど意識いしきがなくて、だれかにささえられてあるくのが限界げんかいのようであった。


 クラスのやつらの半数はんすうちかくはカラオケで二次会にじかいをするというので、俺はとりあえず女子じょしのタクシーだいみで悪友あくゆう三人さんにん一万いちまん円札えんさつ十枚じゅうまいわたしておいた。


 クラスかいなかで、西園寺さいおんじさんだけじゃなくてべつグループの男子だんしとか、いままで接点せってんかった女子じょしとかとも色々いろいろはなした。大宮駅おおみやえきちかくに豪邸ごうていったことをつたえると、みんなうらやましそうなこえげていた。


 だけど萌実めぐみだけは、最後さいごまで俺にたいして沈黙ちんもくまもつづけた。


 俺は先生せんせいかたささえたまま、ほしひかりがほとんどえない東京とうきょう夜空よぞら見上みあげる。


――なんでだよ、萌実めぐみ


――なんでだまるんだよ。


――俺はもう、萌実めぐみきずつけたりしないってのに。


――俺がこんなにくるしんでいるっていうのに、なんで沈黙ちんもくするんだよ。


「レン……おまえなら、萌実めぐみになんてってやれる……?」


 ひかりえないやみ見上みあげた俺のくちから、自然しぜんごとれていた。


 レンというのは、俺と萌実めぐみがいつも一緒いっしょあそんでいた、べつ小学校しょうがっこうかよっていたサッカーが得意とくいだったおなどし男子だんし名前なまえだ。


 俺が小学生しょうがくせいのとき、いつもコンビニちかくの公園こうえん一緒いっしょうあそんでいた男子だんし


 そして、萌実めぐみ初恋はつこい相手あいてである男子だんし


 俺は、萌実めぐみ小学生しょうがくせいのころからきだった。


 でも萌実めぐみは、俺の親友しんゆうであるレンがきだった。


 そしてある、レンは俺たちのまえからっていってしまった。


 それ以来いらい萌実めぐみえなかったおもいを、つたえることができなかった恋心こいごころを、ずっとずっとこころのどこかにとどめていたままだった。


 だから俺は、中学生ちゅうがくせいのときに萌実めぐみにずっと本当ほんとうのことをえなかった。


 俺は萌実めぐみがずっときだった。


 そんなシンプルな言葉ことばを、ずっとずっとつたえることができなかった。


 こころ奥底おくそこから、後悔こうかいねんざった、萌実めぐみへの疑問ぎもんてくる。


――沈黙ちんもくつづけるあいつはいったい、なにかんがえているんだろうな。


 先生せんせい相変あいかわらず俺のかおちかくで、自分じぶんえらんでくれなかったむかしおとこへの呪詛じゅそ言葉ことばをぶつぶつとつぶやいていた。


――俺も、ひと裏切うらぎられればこんな大人おとなになんのかな。


 そんなことをかんがえつつ、タクシーをひろうために大通おおどおりにげる。


 タクシーが何台なんだいはしってきたが、まってくれるタクシーはなかった。


 何故なぜ乗車じょうしゃ拒否きょひされるのかをあたまなかかんがえる。


――ま、制服せいふく高校生こうこうせいいつぶれたスーツ姿すがた女性じょせいなんてせたくないか。


――事件じけんとかにまれたら面倒めんどうだし、かねはねってくれるかわからないし。


――仕方しかたない、えきちかくのタクシーまでくか。


 そうおもったところ、見覚みおぼえのあるドイツせい黒塗くろぬ高級車こうきゅうしゃが俺たちのまえ停車ていしゃした。


 高級車こうきゅうしゃのパワーウィンドウがげられ、そのふわっとした金髪きんぱつうしろにてシュシュでまとめた、よくったクラスメイトの女子じょし微笑ほほえがおあらわれる。


ってく? タッチー大変タイヘンそーだし」


 その女子じょしとはもちろん、金髪きんぱつじょうさまギャルの花房はなぶささんであった。


 彼女かのじょへの返事へんじまっていた。


光栄こうえいだよ」


 俺の言葉ことばは、喧騒けんそうさわがしい池袋いけぶくろまちまぎれていってしまった。

 

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