第13節 TIME/タイム


 豪邸ごうていってから一週間いっしゅうかんたないうちに、両親りょうしん二人ふたりして人生じんせい余暇よかたのしむために、旅行りょこうかけてしまった。


 とはいっても、以前いぜんからっていた豪華ごうか客船きゃくせんでの世界せかい一周いっしゅう旅行りょこうツアーは年明としあけからの開始かいしなので、それまでの三ヶ月さんかげつちかくは日本中にほんじゅうめぐ日本にほん一周いっしゅう旅行りょこうをするらしい。


 両親りょうしんはしばらくのあいだ日本中にほんじゅう美味おいしいものをべながら周遊しゅうゆうして、そして一年いちねん以上いじょうかけて二人ふたりだけで世界中せかいじゅうたびする予定よていだとかっていた。


 世界せかい一周いっしゅうツアーという豪華ごうか旅行りょこうでも、使つかうおかね総額そうがく一千いっせん万円まんえんから二千にせん万円まんえん程度ていど


 二十にじゅう億円おくえんもあれば、存分ぞんぶん世界中せかいじゅうでのリゾート旅行りょこうたのしめるだろう。


 それにしても二十にじゅう億円おくえんという大金たいきん魔力まりょくは、真面目まじめだった両親りょうしんをこんなにも適当てきとう無責任むせきにん性格せいかくえてしまうのかと、俺はあきかえっていた。


 両親りょうしんがマンションからタクシーで旅立たびださい見送みおくりで、るタクシーの後部こうぶながらねえちゃんは「かえってきたときにはもう一人ひとり二人ふたりおとうといもうとができてるかもねー」とっていた。


 だから、四十代よんじゅうだいになる両親りょうしんのそういうはなしきたくない。


 いもうとが「……わたしおとこおんな双子ふたごしい」ともっていたが、とりあえずかるながすことにしておいた。





 そんなこと前日ぜんじつ水曜日すいようび夕方ゆうがたにあったのであるが、今日きょう木曜日もくようび午後ごご学校がっこうえたあとに、俺は制服せいふくのままタクシーにって東京とうきょう喫茶店きっさてんて、スーツ姿すがた男性だんせい一緒いっしょにコーヒーをたのんでいた。


 俺はいま東京駅とうきょうえきからあるいてすぐのまるうちにある高級感こうきゅうかんただよ喫茶店きっさてんで、黒縁くろぶち眼鏡めがねをかけた弁護士べんごし島津しまづさんとかいってすわっている。


 俺が、対面たいめんにいる島津しまづさんにちいさな封筒ふうとうわたす。


「じゃあこれ、法律ほうりつ事務所じむしょへの支払しはらいの小切手こぎってです。たしかめてください」


 島津しまづさんがその封筒ふうとうから小切手こぎってし、金額きんがくなどの記載きさい事項じこう確認かくにんする。


「うん、たしかにいただいたよ。じゃあ領収書りょうしゅうしょるね」


 そうって、島津しまづさんはむねポケットにしていた万年筆まんねんひつけて、収入しゅうにゅう印紙いんし貼付てんぷした領収書りょうしゅうしょふではしらせる。


 そして、俺は両親りょうしんからあずかっていたおおきめの封筒ふうとうかばんからして、島津しまづさんにわたす。


「あと、これも両親りょうしんから島津しまづさんにわたすようたのまれてたんですが」


 封筒ふうとうった島津しまづさんはその A4 封筒ふうとうから書類しょるいし、中身なかみ確認かくにんする。


「ああ、これは僕が啓太郎けいたろうくんのご両親りょうしんたのまれて、ご両親りょうしんいてもらうようたのんでいた書類しょるいだよ。うん、ちゃんと調ととのってるね」


 俺はたずねる。

なん書類しょるいですか?」


 すると、島津しまづさんがすここまったかおになりながらこたえる。

「えーっと、いてなかったみたいだね。単刀たんとう直入ちょくにゅううと、啓太郎けいたろうくんといもうとさんの親権者しんけんしゃ法定ほうてい代理だいり権限けんげん復代理ふくだいり委任状いにんじょうだよ」


単刀たんとう直入ちょくにゅうってわれても……なん書類しょるいか、全然ぜんぜんわからないんですが」


 俺がそうこたえると、島津しまづさんはいきす。

ようするにね、これからは僕が啓太郎けいたろうくんといもうとさんの親代おやがわりになるんだよ。ご両親りょうしんから啓太郎けいたろうくんにはなしとおしておいてくださいってってたんだけどな」

 島津しまづさんの言葉ことばに、俺は一瞬いっしゅんだけ思考しこうまる。


 俺はなんとか言葉ことばす。

「えっと……それってつまり」


「そんなにむずかしいはなしじゃないよ。これから啓太郎けいたろうくんが、日用品にちようひん購入こうにゅうとか以外いがいおおきな契約けいやくをする場合ばあいには、僕が同意どういをすることになるんだ」

 島津しまづさんの言葉ことばに、俺は戸惑とまどいの気持きもちでかえす。


「ってことは……俺はこれから島津しまづさんの許可きょかなしには……おおきなものはできないってことですかね……?」


「いや、ちょっとニュアンスがちがうな。啓太郎けいたろうくんの意思いしだれかにおかねおくるのは問題もんだいがないし、おおきないえとかを契約けいやくむすぶことも一応いちおうはできる。ただ、贈与ぞうよ契約けいやくさいに僕の同意どういがない場合ばあいには、啓太郎けいたろうくんはいつでも自分じぶん意思いしでその贈与ぞうよ契約けいやくして、はらってしまったおかね相手あいてからかえしてもらうことができるんだ。なにせ、啓太郎けいたろうくんはまだ十六歳じゅうろくさい未成年みせいねんだからね」


 その言葉ことばに、俺はすこかんがえてからべる。

「ああそうか、あとから俺がすことができる契約けいやくなんて、だれむすびたがらないですもんね。結果的けっかてきに、おおきな契約けいやくをするさいには島津しまづさんの同意どういがどうしても必要ひつようになるんですね」


 すると、島津しまづさんがかえす。

「ああ、そうなるね。それだけじゃなくて、もしこれから啓太郎けいたろうくんが一日いちにち百万ひゃくまんえん以上いじょうのおかね使つかさいには、かならず僕に一声ひとこえかけて確認かくにんってからにしてしい。これはきみのご両親りょうしんと僕のわした契約けいやく内容ないようだ」


 そのあまりにも意外いがい内容ないように、俺は漫然まんぜんかえす。

とうさんとかあさん、そんなこと島津しまづさんにたのんでたんですか……子供こどもほうっておいて旅行りょこうるなんて無責任むせきにんなことしておいて……」


「ああ、なんだかんだでご両親りょうしんきみたちのことを心配しんぱいしているよ」


 すると俺のあたまなかに、すっかり性格せいかくわってちゃらんぽらんになってしまった両親りょうしん笑顔えがおならんでかんだ。


 俺はくちひらく。

「いえ、おやとしての責務せきむ島津しまづさんにほうげたってうほうが適切てきせつかとおもいます」


 すると、島津しまづさんは「はははは」と苦笑にがわらいした。


 一応いちおう学校がっこうがえりに東京とうきょうくんだりまでて、島津しまづさんとはなすべき内容ないようはなして、とりあえずこれからかえることになるのだが、俺はきたいことが島津しまづさんにあったのだった。


 俺はたずねる。

島津しまづさん? 時間じかん大丈夫だいじょうぶですか?」

「ああ、まだ三十分さんじゅっぷんくらいは平気へいきだけど? どうしたのかな?」


「このまえですね……お金持かねもちのクラスメイトにクイズされたんです……かんがえたんですけどどうしてもわからなくって……いてくれますか?」


 すると、島津しまづさんは「いいよ」と了解りょうかい返事へんじかえしてくれた。


 そして、俺は丁度ちょうど一週間いっしゅうかんまえ木曜日もくようびこった出来事できごとはなした。


 チンピラにからまれてキャッシュカードをられそうになったが、花房はなぶささんというクラスの女子じょしたすけてもらったこと。


 その花房はなぶささんのいえじつ大地主おおじぬしで、大金持おおがねもちのお嬢様じょうさまであったこと。


 そして、花房はなぶささんに夕方ゆうがた公園こうえん意味深いみしんなクイズをされたこと。


 俺はもちろん島津しまづさんにもクイズの内容ないようはなした。


 島津しまづさんがつぶやく。

「えっと……おかねによって数値化すうちかされた価値かちは、なに価値かち意味いみしたものかってことについてだね?」


「そうなんです、わかりますかね?」

「わかるよ、それは経済学けいざいがく基本きほんだ」


「わかるんですか!? おしえてくださいよ!」


 すると島津しまづさんはコーヒーを一口ひとくちみ、なにかをかんがえている様子ようすせた。

「……いや、それは多分たぶん啓太郎けいたろうくんがかんがえたほうがいいとおもう。その、花房はなぶささんっていうおじょうさんの意思いしのためにも。啓太郎けいたろうくん、きみのためにもね」


 島津しまづさんの言葉ことばに、俺はかたとして落胆らくたんする。

「そうですか……色々いろいろかんがえたんですけどね……いくつか候補こうほげたんですけど……花房はなぶささんにつたえたら、全部ぜんぶはずれでした」


 すると、島津しまづさんがたずねる。

「ちなみに、どんな候補こうほだったんだい? きみかんがえたおかね価値かち本質ほんしつっていうのは?」


「『時間じかん』とか『労働力ろうどうりょく』とか『才能さいのう』とかです。俺たちは普通ふつう会社かいしゃだとかバイトさきだとかではたらいて給料きゅうりょうとしておかねもらいますよね? それってつまり、それぞれの『時間じかん』だとか『労働力ろうどうりょく』だとか、有名人ゆうめいじん場合ばあいには『才能さいのう』だとかを、それぞれ『おかね』にえてるってことじゃないですか?」


 すると、島津しまづさんはおおきくいきして眼鏡めがねおくにあるつむり、くびよこる。


着眼点ちゃくがんてんだけど、それじゃ五十点ごじゅってんだね。及第点きゅうだいてんにはとどかないよ。ずいぶんとむかしに、あるメイドきなお金持かねもちのひとがその結論けつろんたっして、論文ろんぶんいて世間せけん発表はっぴょうしたところ大反響だいはんきょうこしたことがあってね。だけど、世界中せかいじゅうひとたちの大々的だいだいてき実験じっけんによって、そうかんがえるのは大間違おおまちがいであったことが証明しょうめいされてしまったんだ」


 その島津しまづさんの言葉ことばに、俺は憮然ぶぜんとしてかえす。

「そうですか……俺とおなじことかんがえてたひとがいたんですね……俺たちが『時間じかん』や『労働力ろうどうりょく』を『おかね』と交換こうかんしているっていうのはスジがとおってるかとおもったんですが……どこがちがうんですか?」


 すると、島津しまづさんがこんなことをった。

「じゃあ、ヒントとしてひとつたとばなしをしようか。『わらしべ長者ちょうじゃ』の御伽噺おとぎばなしっているかな?」


「えっと……俺も子供こどもころ絵本えほんんだ程度ていどですが……貧乏びんぼうひとひろった一本いっぽんのわらしべが、交換こうかん交換こうかんかさねていって、最終的さいしゅうてきにはお屋敷やしきになって大金持おおがねもちになるっておはなしでしたよね?」


「ああ。具体的ぐたいてきうと、若者わかものひろった一本いっぽんのわらしべにあぶをくくりつけたらそれを貴族きぞく子供こどもしがったので蜜柑みかんみっつと交換こうかんした。しばらくくと、のどかわいてくるしんでいたおんなひとがいたので蜜柑みかん反物たんもの交換こうかんした。またしばらくったらうまてようとしていたおとこひとがいたので、反物たんものうま交換こうかんした。そして、うまってお屋敷やしきまったら、そこの主人しゅじん遠方えんぽうかなければならなかったのでうまはたけつきのお屋敷やしき交換こうかんした、っていうおはなしだね」


 俺はかえす。

「あー、たしかにそんなかんじのおはなしでした。それが、おかね価値かち本質ほんしつについてのヒントになるんですか?」


「そうだね。最初さいしょにわらしべをひろった若者わかものは、っていたわらしべ一本いっぽん最終的さいしゅうてきにお屋敷やしきになっておおきなとくをしたわけだけど、ここでよくかんがえてしい。だったら、?」


 その島津しまづさんの言葉ことばに、俺はかんがえる。


 子供こどもしがったので、っていた蜜柑みかんあぶをくくりつけたわらしべと交換こうかんした貴族きぞく


 のどかわいてにそうだったので、っていた反物たんもの蜜柑みかん交換こうかんしたおんなひと


 うまてようとしていたので、っていたうま反物たんもの交換こうかんしたおとこひと


 そして、遠方えんぽう必要ひつようがあったので、っていたお屋敷やしきうま交換こうかんしたお金持かねもち。


 俺はかんがえてくちひらく。


「なんか……だれそんはしてないみたいですけど……あれ? でも若者わかものとくをしてるんですよね? じゃあだれそんをしてるんでしょうか?」


 すると、島津しまづさんがすこしだけ表情ひょうじょうゆるめてかえす。


「この場合ばあいだれそんをしていないんだ。むしろ、わらしべをひろった若者わかものだけでなくて登場とうじょう人物じんぶつ全員ぜんいんとくをしている。これはおかね価値かち本質ほんしつが、消費しょうひすればなくなってしまう『時間じかん』や『労働力ろうどうりょく』ではないことの、なによりの証拠しょうこなんだよ。おかねっている価値かちは、使使んだ」


 その内容ないように、俺はあたまなか疑問符ハテナかべる。


「おかね使つかったらえていくって……おかねって使つかったらなくなるのがたりまえじゃないですか? なんでおかね使つかったらえていくんですか?」


「僕がっているのは個人こじん個人こじんっているおかねはなしじゃなくって、社会しゃかい全体ぜんたいっているおかね総量そうりょうはなしだよ。でも啓太郎けいたろうくん、きみっている三百さんびゃく億円おくえんちかくのおかねだって、きみさえしっかりしてたら、多分たぶんどれだけ使つかったって永遠えいえんになくならないとおもうよ?」


 その言葉ことばに、俺はあたまなかさら疑問符ハテナかさねてかえす。

永遠えいえんになくならないって……いくらなんでも、すこしずつでも使つかっていったら、いつかはなくなるんじゃないですか?」


 すると、島津しまづさんがくびよこる。


「それは、っているおかね数百すうひゃく万円まんえんから数千すうせん万円まんえんとかの、一般人いっぱんじん常識じょうしきだよ。数百すうひゃく億円おくえんもあるおかねは、相当そうとう無茶むちゃをしないかぎ容易たやすやすことができるんだ。そして、おかねるスピードよりもえるスピードのほうがはやければ、ぬまでにどれだけおかね使つかったってくなりはしない」


 俺はかえす。

「おかねやすって……具体的ぐたいてきにどうするんですか? 俺は高校生こうこうせいだからごともできませんし、もしかしてまたたからくじをうってはなしですか? そうそう簡単かんたんちょうラッキーがかさなるとはおもえないんですけど」


 すると、島津しまづさんがこたえる。

簡単かんたんだよ、投資とうしをすればいいんだ。たとえば株式かぶしきとか債券さいけんとかの有価ゆうか証券しょうけん、または信用しんよう金庫きんこやファンドなどの金融きんゆう投資とうし信託しんたく、あるいはていリスクな不動産ふどうさん投資とうし信託しんたくであるREITリート商品しょうひんうっていう方法ほうほうもある」


 俺は、いぶかしげにかえす。

投資とうしって……たしかぶとかを値段ねだんがってるときにって、がったらってもうけるっていうあれですよね? がったらいいですけど、がったらそんをするじゃないですか? とくするかそんするかなんて、未来みらいがわからない以上いじょう、わからないじゃないですか」


「いや、よく勘違かんちがいされがちだけど、そういうふうにただやすって短期たんきたかるのみで売買ばいばい差益さえきもうけようとするのは投資とうしとはべない。そういうのは投機とうきっていって、投資とうしとはなるべつ概念がいねんなんだ。啓太郎けいたろうくんはまだ高校生こうこうせいだかららないのも無理むりはないけど、そもそも株式かぶしきにどうして値段ねだんがついているかをかんがえてみたことはあるかい?」


 島津しまづさんの言葉ことばに、俺はかんがえる。


――株式かぶしきに、値段ねだんがついている理由りゆう


 コンビニにられている駄菓子だがしとかアイスとかに値段ねだんがついているのは、わかりやすい理由りゆうがある。


 それらをべたがっているひとが、このにいるからだ。


 おな理由りゆうかんがえると、株式かぶしき値段ねだんがついてるのは、それをしがっているひとがいるからだろう。


 しかしなかひとは、なんで株式かぶしきしがるのか。


 やすいときにって、たかいときにればもうかるから?


 いや、そんなのは理由りゆうにならない。


 そもそも最初さいしょになんで値段ねだんがついたのか説明せつめいがつかない。


 俺は島津しまづさんにいかける。

「なんか株式かぶしきっていると、っているひとにとっていいことがあるんでしょうか? そういえば株主かぶぬし優待ゆうたいとかいって、会社かいしゃ株主かぶぬしにサービスをしてくれるっていたことあります」


 すると、島津しまづさんがやわらかな口調くちょうこたえる。

「うん、いい観点かんてんだね。もし会社かいしゃ経営けいえいかかわらないんだとしたら、市場しじょう取引とりひきされる株式かぶしき価値かち定期的ていきてき株主かぶぬしもらえる『配当金はいとうきん』と、運用上うんようじょうのリスクによって予測よそくされる『割引率わりびきりつ』によって決定けっていされるんだ。だいたい上場じょうじょう企業きぎょう株式かぶしき価値かちは、時間じかんをおいて未来みらいにかけて定期的ていきてきもらえる『配当金はいとうきん』の割引わりびき現在げんざい価値かち総和そうわであるとかんがえてもらってかまわない」


――またらない単語たんごてきた。


 そうおもった俺は、しぶかお言葉ことばかえす。


「なんか……むずかしそうですね」


むずかしいとおもったなら勉強べんきょうすればいいんだよ。まあ結論けつろんだけをってしまうと、健全けんぜん手堅てがた運用うんようすれば、おかねってのは一年いちねんに3%くらいのペースでえていくものなんだ。もし啓太郎けいたろうくんが資産しさん三分さんぶんいち百億円ひゃくおくえん投資とうしまわしたとすれば、はたらかなくても一年いちねん三億円さんおくえん程度ていど運用益うんようえきはいってくるのを見込みこめることになる」


 はたらかなくても、一年いちねん三億円さんおくえんころがりんでくる。


 場合ばあい場合ばあいなら、詐欺師さぎし言葉ことばにしかおもえない。


 その現実げんじつばなれしたワードに、俺は疑問ぎもんかえす。

「おかね毎年まいとし三億円さんおくえんはいってくるって……そのおかねはどこからくるんですか? 俺がもうけたとしたら、そのぶんだけだれかがそんしてるってことはないんですか?」


 すると、島津しまづさんが明朗めいろうげる。

「それこそが、啓太郎けいたろうくんがかんがえているクイズのこたえだよ。投資とうしをしている人間にんげんは、そのあるものがあるからこそ投資とうしができて、しかもなにもしなくてもそのあるものの増加ぞうかともにどんどんおかね価値かちえていく。ねんに3%のペースでおかねえていって、しかもそれを使つかわずにまた投資とうしにまわすっていうのをかえしていくと、だいたい二十五にじゅうごねん元金がんきんばいになる。あくまで単純たんじゅん計算けいさんだけどね」


 俺はかえす。

「でも、株式かぶしきだったら企業きぎょう倒産とうさんするとかのリスクもないですか? 倒産とうさんして株式かぶしき価値かちがゼロになったらパーじゃないですか」


 すると、島津しまづさんがこたえる。

分散ぶんさんすればいいんだよ。たった一社いっしゃ百億円ひゃくおくえん一括いっかつ投資とうしするんじゃなくて、数百社すうひゃくしゃ数千すうせん万円まんえんずつ投資とうしするんだ。そうすれば、運用益うんようえきひとしく3%だと仮定かていすれば、一年いちねん百社ひゃくしゃのうち三社さんしゃ以上いじょう倒産とうさんしなければ運用益うんようえきはプラスになる。全体的ぜんたいてき景気けいき後退こうたいのリスクもあるから、資源しげん不動産ふどうさん外貨がいかなんかにも分散ぶんさんしておいたほうがいいけどね。もちろん、なくなっても生活せいかつこまらない、あまったおかね投資とうしおこなうってのが大前提だいぜんていだけど」


 その内容ないようを、いまいちしんじられない俺はかえす。

いまの俺は、そういうはなし距離きょりいてしかくことができないんですよ。たからくじがたってニュースでながれてから、クラスのみんな態度たいどがコロっとわりましたし。じゃあいままでの態度たいどはなんだったんだっていうか、俺の価値かちかねだけかとかかんがえて、もうなにしんじていいか、だれしんじていいかが、ちょっとわからなくなってきてるんです」


 俺のいた弱音よわねに、島津しまづさんが柔和にゅうわさとす。


しんじられるひとかどうかを見極みきわめる方法ほうほう色々いろいろあるんだけど、一番いちばん重要じゅうようなのは『かんがえさせようとしないひと信用しんようできない』ってことだろうね。ようするに、啓太郎けいたろうくんに自分じぶんあたまかんがえさせようとせずに、すぐに行動こうどうせまひと信用しんようできない。さっき僕がった投資とうしはなしだって、きみがしっかりと自分じぶん自身じしん勉強べんきょうをして、そして経済けいざい社会しゃかいのメカニズムなどをしっかりとってからでないと、僕はおすすめすることはできないな。投資とうしをするには、どんなときだって自分じぶんから積極的せっきょくてき情報じょうほう入手にゅうしゅして、自分じぶん判断はんだん意思いしおこなわなければならないんだ」


 その島津しまづさんのくちぶりに、俺はかんがえる。


 しんじるべきひとと、しんじるべきでないひと


 つまり、俺が自分じぶん自身じしんあたまかんがえられるようにと、かんがえる時間じかんあたえてくれなかったひとしんじることができない。


 そして、島津しまづさんのはなししんじるのならば、百億円ひゃくおくえん単位たんい大金たいきんというのは時間じかんをかけることでえていく。


 二十五にじゅうごねん本当ほんとうばいになるのならば、五十ごじゅうねんでそのばいである四倍よんばい七十五ななじゅうごねんでそのばいである八倍はちばい百年ひゃくねんでそのばいである十六倍じゅうろくばいになるということだ。


 そりゃあ、以前いぜんの俺たち家族かぞくのような一般いっぱん庶民しょみんは、そう簡単かんたんには大金持おおがねもちにはなれないわけだ。


 花房はなぶささんのいえのようなもとからの大金持おおがねもちは、数百すうひゃくねん長期間ちょうきかんわたって、あまったおかねすこしずつ着実ちゃくじつやしていたわけだから。


 毎日まいにち生活せいかつでカツカツな庶民しょみんが、数百すうひゃくねんかけておかねすこしずつやしている大金持おおがねもちに、金儲かねもうけでかなうわけがない。


 おかね価値かちというものは、しっかりとかんがえて運用うんようすれば、『時間じかん』の経過けいかとともにえていく。


 倍々ばいばいゲームでえていく。


――でも、それならば。


――いったい、おかね価値かちとはなんなんだ。


――俺がっている三百さんびゃく億円おくえんちかくの大金たいきんは、どういう意味いみっているんだ。


 俺がわすれていた一杯いっぱいのコーヒーは、一口ひとくちまないうちに、時間じかん経過けいかとともにすっかりとめてしまったようであった。


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