第12節 マイ・フェア・レディ



 俺のかよっている県立けんりつ高校こうこう、『埼玉さいたま県立けんりつ大宮おおみや第二だいに高等こうとう学校がっこう』、通称つうしょう二高ふたこう』では一ヶ月いっかげつ一回いっかいだけ、やすけの全校ぜんこう集会しゅうかいがある。


 三連休さんれんきゅう引越ひっこしの支度したくでまるまるつぶした俺を火曜日かようびあさ体育館たいいくかんっていたのは、全校ぜんこう生徒せいとまえでの羞恥しゅうちプレイと形容けいようできそうな学校がっこう行事ぎょうじであった。


 とはいっても、先週せんしゅう金曜日きんようび佐久間さくま先生せんせい経由けいゆはなしいていたので、ある程度ていど覚悟かくごはしていたのであるが。


 今現在いまげんざい壇上だんじょうのぼった俺は、まえにいるさわやかな男子だんし、いかにも女子じょしひょうあつめそうなあまいマスクでたか三年生さんねんせい生徒せいと会長かいちょうに、かしこまったかんじで小切手こぎってわたしている。


 この小切手こぎってには『¥20,000,000※』と印字いんじされていて、振出人ふりだしにんはもちろん俺である。


 つまり、この小切手こぎって二千にせん万円まんえん現金げんきんそのものというわけである。


 俺が先週せんしゅうにクラスのみんなに約束やくそくした部活動ぶかつどうへの寄付金きふきんとしての小切手こぎってを、生徒せいと会長かいちょうはこれまたおおげさなまでにうやうやしく両手りょうてり、ふかれいをする。


 そして、おなじく壇上だんじょうのぼっている生徒会せいとかい委員いいんあかるい茶色ちゃいろかみあたまわきでお団子だんごにしてってからかってひだりらしている、マイクをった二年生にねんせい女子じょし体育館たいいくかん拡声器アンプかいしておおきなこえひびかせる。


全校ぜんこう生徒せいと皆様みなさま二千にせん万円まんえん寄付きふしていただいたたちばな啓太郎けいたろうくんにおおきな拍手はくしゅを!」


 パチパチパチパチパチ

 パチパチパチパチパチ


 体育館たいいくかんが、っている生徒せいとたちのおおきな拍手はくしゅおとたされる。


――やっぱり、めちゃくちゃハズい。


 そんな俺の心中しんちゅうさっしているのかいないのか、生徒せいと会長かいちょうは俺に握手あくしゅもとしてきた。


 俺は若干じゃっかん愛想あいそわらいをしつつ、生徒せいと会長かいちょうにぎりその催促さいそくこたえた。


 すると、生徒せいと会長かいちょうはその俺のえ、壇上だんじょうたかかかげた。生徒せいと会長かいちょう片方かたほうで俺のを、もう片方かたほう小切手こぎってかかげ、これ以上いじょうないほどのドヤがお全校ぜんこう生徒せいと正面しょうめんからせる。


 生徒会せいとかい委員いいん女子じょしが、ふたたびマイクでこえひびかせる。


全校ぜんこう生徒せいと皆様みなさまふたたび、たちばなくんと高梨たかなし生徒せいと会長かいちょうおおきな拍手はくしゅを!」


 パチパチパチパチパチ

 パチパチパチパチパチ


 よこから生徒せいと会長かいちょう得意とくい満面まんめんなしたりがおて、俺は確信かくしんした。


――こいつ、俺がずかしがってること全然ぜんっぜんわかってねえ!


 そんなことをおもってからしたり、クラスメイトからからかわれつつも、とく何事なにごともなく全校ぜんこう集会しゅうかいはおひらきということになった。





 体育館たいいくかんから悪友あくゆう三人さんにん一緒いっしょ教室きょうしつもど途中とちゅうで、あたまりょうサイドにおげをらした二年生にねんせい小柄こがら先輩せんぱいこえをかけられた。

啓太郎けいたろうくん? ちょっといいかな~?」


 その女子じょし生徒せいととは、以前いぜん萌実めぐみ一緒いっしょ文化棟ぶんかとう校舎こうしゃからてきた、毛利もうり裕希ゆうきという名前なまえのちっちゃくてほんわかした先輩せんぱいだった。


「ああ、毛利もうり先輩せんぱい? どうしたんですか?」

「もぅ、裕希ゆうきでいいよ~。萌実めぐみちゃんだってそうんでたじゃない~」


 その発言はつげん悪友あくゆう三人さんにんいぶかしげなかおをしたので、俺は三人さんにんにはさき教室きょうしつかえってもらうようって、先輩せんぱい二人ふたりだけではなしをすることになった。





 体育館たいいくかんから教室きょうしつへとかう、ひとれつをなしているルートからすこはずれたところで、俺は毛利もうり先輩せんぱい二人ふたりきりであった。


 俺が小柄こがら先輩せんぱいたいして、視線しせんげてくちひらく。

「すいません裕希ゆうき先輩せんぱい……俺が萌実めぐみ幼馴染おさななじみだったってのはクラスのみんなには内緒ないしょにしてるんです。なんせ俺、ストーカーですから」


 すると、毛利もうり先輩せんぱいがどことなくけたかんじでこたえる。

「え~? そーなの~? 全然ぜんぜんそんなふうえなかったんだけど~?」


 そのこえに、俺は若干じゃっかんだがくら口調くちょうになる。

色々いろいろ事情じじょうがあるんです。俺だって萌実めぐみのクラスでの立場たちばこわしたくなかったですし……」

 そこで俺は言葉ことばまらせる。


「ふ~ん? でもいまは、啓太郎けいたろうくんみんなあこがれのまとだよ~? 仲直なかなおりできるんじゃないの~?」

 毛利もうり先輩せんぱい言葉ことばに、俺はなんとかかえす。

「そんな単純たんじゅんはなしじゃないんですよ……色々いろいろ複雑ふくざつなんで」


 すると、毛利もうり先輩せんぱいがぴしっと人差ひとさゆび天井てんじょうした。

「だめだよ~、啓太郎けいたろうくん。解決かいけつしたいなやみはね、複雑ふくざつかんがえちゃいけないの~。シンプルにシンプルに、かんがえればいいの~」


 その内容ないように、俺は戸惑とまどう。

「シンプルにって……どういうことですか?」


「まずはね、自分じぶん本当ほんとう気持きもちをつけるの~。自分じぶんかんじたくなかった本当ほんとう気持きもちをめてあげて、かんじてあげるの~。そして自分じぶん自分じぶんあたまを、ヨシヨシってでてあげるの~」


――なにいってんだ、このひと


 そんな俺のめたかんがえをってからぬか、毛利もうり先輩せんぱいはこんなことをった。


「あ~っ! しんじてないな~。でもそのうちわかるからね~」

 そこまでって毛利もうり先輩せんぱい表情ひょうじょうゆるめ、言葉ことばかさねる。

生徒せいと会長かいちょうさんはね、もうすこしで任期にんきわるからあれくらいしかがないの~。それで、啓太郎けいたろうくんがずかしがってたこともわからなかったの~。だから、ゆるしてあげてね~」


べつにいいですよ、それくらいゆるします」

 そうこたえると毛利もうり先輩せんぱいは俺を見上みあげつつ、あふれんばかりの笑顔えがおせてくれた。


「きっと、啓太郎けいたろうくんのなやみはすぐに解決かいけつするよ~。大丈夫だいじょうぶ~」


 その、ほがらかな晴天せいてんのような先輩せんぱい笑顔えがおを、俺はこころなかでは真正面ましょうめんからることができなかった。





 全校ぜんこう集会しゅうかいがかなりスムーズに進行しんこうしたので、二時限にじげん授業じゅぎょうにはまだ二十にじゅっぷんちかくの時間じかんがある。


 毛利もうり先輩せんぱいわかれたあとに、一番いちばん最後さいご教室きょうしつもどった俺は、クラスメイトのみんなから拍手はくしゅむかえられた。


――け、け。もう俺はかおして全国ぜんこく放送ほうそうされてるんだ。


 そんなことをかんがこころ平静へいせいこころみていると、ふとっちょの高広たかひろが俺にたずねてきた。


啓太郎けいたろうくん。ぼくらで色々いろいろはなった結果けっか最初さいしょのクラスかい今週末こんしゅうまつ東京とうきょう高級こうきゅう焼肉店やきにくてん黒毛くろげ和牛わぎゅう放題ほうだいってことになったけど、いいかな? 一人ひとりあたり八千円はっせんえんほどで合計ごうけい三十さんじゅう万円まんえん以上いじょうになるけど?」


 俺はこたえる。

「ああ、いいよ。どうせさっき二千にせん万円まんえん寄付きふしたばかりだし、いまさら数十すうじゅう万円まんえん出費しゅっぴくらい全然ぜんぜんいたくない」


 その言葉ことばに、クラスのみんな歓声かんせいげておおきくがる。


 しかし萌実めぐみだけは、そう萌実めぐみだけは、自分じぶんせきすわって俺のほうをジトているだけであった。しかもったららされた。


 そんなかんじで俺が微妙びみょう心境しんきょうでいると、クラスメイトの学級がっきゅう委員長いいんちょうつやのある黒髪くろかみロングヘアーにレースのヘアバンドをけている西園寺さいおんじさんがはなしかけてきた。


たちばなさん? 学級がっきゅう委員長いいんちょうとしてお二人ふたりだけでおはなしをさせていただきたいのですが、よろしくって?」

 そのしとやかなおねがいに、俺はもちろんあらがうことなく了承りょうしょうした。





 俺のクラスで学級がっきゅう委員長いいんちょうをしている西園寺さいおんじ桜華はるかさんは、率直そっちょくってかなりの美人びじんだ。


 萌実めぐみのように可愛かわいらしいとか、花房はなぶささんのように綺麗きれいめとかではなくって、正真しょうしん正銘しょうめい正統派せいとうは美人びじんだ。


 からだもしなやかにほそく、しかもるべきところはしっかりとている。露出ろしゅつすくない制服せいふくうえからでもくっきりはっきりと、その女性じょせいっぽいスタイルのさがわかる。


 しかも、なによりちかくにいると年頃としごろ男子だんしけるようないいかおりがする。なんともいえない男性だんせい魅了みりょうするオーラをはなち、まわりにまとっている。


 その仕草しぐさもとても上品じょうひんで、一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくそだちのよさそうな雰囲気ふんいきかもしている。


 俺がクラスのなかでストーカーとつまはじきにされていた一学期いちがっきあいだ悪友あくゆう三人さんにんももちろんささえになってくれたが、なにより普通ふつうせっしてくれたこの西園寺さいおんじさんがどれだけヘタレな俺のこころささえになってくれたかを、簡単かんたんかたくすことはできない。


 そしていま、俺は西園寺さいおんじさんと一緒いっしょ二人ふたりきりで、教室きょうしつならんだ廊下ろうかはしっこにある階段かいだんちかくにていた。



 俺とかいってっている背筋せすじばした西園寺さいおんじさんが、りんとしたこえで俺にはなしかける。

たちばなさん? になさっているのは天童てんどうさんのことですわよね?」


 その萌実めぐみへの言及げんきゅうに、俺はこたえる。

「ええ。天童てんどうさんはやっぱり、俺のおごりでクラスかいるのはいやですよね? 色々いろいろと」


 すると、西園寺さいおんじさんはすこしだけれたほそめて言葉ことばかえす。

たちばなさんは、天童てんどうさんにはしくはないんですの?」


 その内容ないように、俺は言葉ことばにごす。

「えっと……萌実めぐみ……あ、いや天童てんどうさんが焼肉やきにくべにるかはどうかは……天童てんどうさんの気持きもちをいてみないことには……」


 まごまごと歯切はぎれわる言葉ことばつないでいると、西園寺さいおんじさんが柔和にゅうわに、しかし明瞭めいりょう口調くちょうたずねてきた。

たちばなさん? わたくし天童てんどうさんの気持きもちをいているのではありませんわ。あなたはどうおもってるんですの?」


 そのしずかなる気迫きはくに、俺はすこいて背筋せすじばした。


 美人びじんでおしとやかだってだけでは、とてもクラス委員長いいんちょうとしての職務しょくむをこなせるわけがないという、あきらかな証明しょうめいであった。


 俺はこたえる。

「俺は……天童てんどうさんにはしいです。せっかくクラスかいがあるんだから、天童てんどうさんが一人ひとりだけものになったり……友達ともだち一緒いっしょたのしめないのは……てられません」


 その俺の本心ほんしんからの言葉ことばに、西園寺さいおんじさんが笑顔えがおせる。

「それでしたらかまいませんわ。わたくし学級がっきゅう委員長いいんちょうとして責任せきにんをもって、天童てんどうさんがクラスかいていただけるよう、もうげさせていただきますわ」


 俺はかえす。

「……すいません、西園寺さいおんじさん。手間てまをかけさせるようなことをしてしまって」


 すると、西園寺さいおんじさんは笑顔えがおのままくちひらく。

「それでしたら、わたくしからもたちばなさんにおねがごとがございますの。いていただけますかしら?」

なんですか?」


 すると西園寺さいおんじさんは、そのしなやかなおのれむねてた。

敬語けいご使つかうのを、おやめいただけたらとぞんじます。いつもお友達ともだちとおはなししているような、くだけたかんじでおねがいいたします」


 その突然とつぜんもうに、俺はきょとんとしてたずねる。

「え? でも、西園寺さいおんじさんはクラスメイトにもいつも敬語けいごじゃないですか?」


わたくしはいいんですわ。このしゃべかたほかにどのようにすればよろしいかぞんじませんし。わたくしたちばなさんには、忌憚きたんなくかたうことができるおとこのお友達ともだちになっていただきたいのですわ」


 その言動げんどうに、俺はすこしだけためらいつつ言葉ことばつむぐ。

「えっと……じゃあ、これからは敬語けいごはやめる。西園寺さいおんじさん、これからもよろしく」


「はい。たちばなさんはやはり、ストーカーをなさるようなおかたではございませんでしたね。こんなに天童てんどうさんのことをおもいやっておりますもの。学級がっきゅう委員長いいんちょうとして、とてもよろこばしくぞんげますわ」


 そんなやわらかげな言葉ことばづかいに、俺はあたまなかかんがえる。


――クラスのみんなは、俺と萌実めぐみ幼馴染おさななじみ同士どうしだってらないからな。


――もしかしたら、西園寺さいおんじさんは花房はなぶささんとも、良家りょうけのお嬢様じょうさま同士どうしむかしからの交流こうりゅうがあるのかもしれない。


 俺はたずねる。

「ところでもしかして……西園寺さいおんじさんは、花房はなぶささんとふかいとかしてるの?」


 俺がそうたずねると、西園寺さいおんじさんはきょとんとした表情ひょうじょうになった。


花房はなぶささんと? いえ、あのかた大切たいせつなクラスメイトですが、教室きょうしつ普通ふつうにおはなしをさせていただくくらいですわよ? どうしてですの?」

「あ、いやにしないで。ちょっときたかったってだけだから」


 そんなことをってはなしかえしていると、一時限いちじげん授業じゅぎょう時間じかんわったことをしめすチャイムが校舎こうしゃひびく。


 キーンコーンカーンコーン


 西園寺さいおんじさんが上品じょうひんに俺につたえる。

「では、おもどりいたしましょうか? つぎ授業じゅぎょうはじまってしまいますわ」


 そして、俺と西園寺さいおんじさんは廊下ろうかあるいて教室きょうしつへとかう。


 そんな俺のこころなかでは、俺の萌実めぐみへのおもいへの、西園寺さいおんじさんがした評価ひょうかたいしての気持きもちが渦巻うずまいていた。


――俺が、萌実めぐみのことをおもいやってる、か。


――おもいやってるんじゃなくて、罪悪感ざいあくかんなのにな。


――俺は結局けっきょくむかしからいままでずっと萌実めぐみくるしめることしかできなかった。


――萌実めぐみ初恋はつこいにきっちりとケリをつけてやれなかったのは、ほかでもないこの俺なんだからな。


 そんなことを複雑ふくざつ心持こころもちかんがえつつ、俺は西園寺さいおんじさんとならんで教室きょうしつへともどっていった。


――それにしても、なんて公明こうめい正大せいだい女性ひとなんだろうか。


 背筋せすじばしてしゃなりしゃなりとある西園寺さいおんじさんの流麗りゅうれいとしたいに、俺はこころなかふか感激かんげきしていた。





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