第10節 秘密と嘘



 一夜いちやぎて、今日きょう木曜日もくようび。俺は普段ふだんわらず高校こうこうって、普段ふだんわらず授業じゅぎょうけて、普段ふだんわらずホームルームをえた。


 ホームルームでは担任たんにん佐久間さくま先生せんせい教卓きょうたくにて「先生はぁ、経済力けいざいりょくさえあれば一回ひとまわ年下としした男子だんしとかいつでもウェルカムだからぁ」とかってあつ視線しせんおくってきたが、とりあえずスルーすることにしておいた。


 ホームルームがわってからせきってうしろのとびらかう俺に、さとしこえをかけてきた。

啓太郎けいたろう今日きょうあそびにくか?」


 そのこえに俺はかえす。

「あー、わりい。俺、今日きょう用事ようじあるんだよ。手続てつづきで銀行ぎんこうかなきゃならないんだ。今日きょうさきかえることにするよ」


 すると、さとしふくめた掃除そうじ当番とうばん悪友あくゆう三人組さんにんぐみ了承りょうしょうし、あんじてくれた。


 そこで教室きょうしつようとすると、うつくしくれたうま毛並けなみのようなつやのあるなが黒髪くろかみ頭頂部とうちょうぶに、上品じょうひんさくらはなびら模様もようあしらったレースのヘアバンドをけているクラスメイトの女子じょし生徒せいとが、俺にたいしてかかげてしなやかに微笑ほほえみかけてくれた。


 学級がっきゅう委員長いいんちょう西園寺さいおんじさんが、なごやかに俺に言葉ことばをかける。

たちばなさん、よろしくて? 正門せいもんにはマスコミがているとうかがいましたので、どうぞおをつけて」


 そのおしとやかないに、クラスカースト下位かいだった以前いぜんの俺への対応たいおうわらぬ挙動きょどうに、俺は感激かんげきする。


「ああ、うん。西園寺さいおんじさんもまた明日あした


 すると、西園寺さいおんじさんは口元くちもとちかづけ、お嬢様じょうさまっぽく上品じょうひんにゆるやかにげる。

「では、ご機嫌きげんよう」


 そんなやりとりをわしてから、俺はうしとびらから教室きょうしつる。


――やっぱり良家りょうけのお嬢様じょうさまちがうな。全然ぜんぜん態度たいどわらない。


 どことなく気分きぶんになりながら、俺は廊下ろうかあるく。


 なんか、昨日きのう洗礼せんれいぎてから学校内がっこうない空気くうきちがうようながする。


 廊下ろうか生徒せいとが、とく女子じょしが、あこがれの視線しせんを俺にけてくれている。


 なかにはかおあからめつつ、俺に集団しゅうだんって「たちばなくんバイバーイ!」と挨拶あいさつをしてくれる女子じょしたちもいる。


 俺はもちろん、笑顔えがお挨拶あいさつかえす。


――ああ、学校がっこうってこんなにうきうきするところだったんだな。


――カースト上位じょういにいたやつらってこんな気分きぶんだったのか。


――そりゃ学校がっこうのこともクラスのこともきになるよな、あいつら。


 そんなかんじで上機嫌じょうきげんになって、わざとみちをしつつ校舎内こうしゃないめぐったあとで、昇降口しょうこうぐち上履うわばきをえる。


 と、そこで、西園寺さいおんじさんがってくれた言葉ことばおもした。


――正門せいもんにはマスコミがているんだよな。


 あいにく、今日きょうはサングラスもキャップ帽子ぼうしってきていない。


――かおバレをけるため、しばらくは裏門うらもんからかえったほうがいいかもな。


 そうかんがえ、くつえてから正門せいもんほうにはかわずに、人気ひとけのない裏口うらぐちほうへとかう。


 昇降口しょうこうぐちから裏口うらぐちへとかうには、文化系ぶんかけいクラブが部室ぶしつとして部屋へや使用しようしている校舎こうしゃ通称つうしょう文化棟ぶんかとう』のわきにある細道ほそみちのコースをとおけることになる。


 はやくホームルームがわったクラスのひとたちは、もうすでにクラブ活動かつどうはじめているのだろう。


 文化棟ぶんかとうからは吹奏すいそう楽部がくぶ管楽器かんがっきおとひびいてくる。


 軽音けいおん楽部がくぶが、ギターやベースなどの楽器がっきかなでるおとこえる。


 将棋部しょうぎぶ美術部びじゅつぶ漫画まんが研究部けんきゅぶなどもすで活動かつどう開始かいししているだろう。


 俺はあるきながら、かく部活動ぶかつどう寄付きふすると約束やくそくしたおかねのことをかんがえていた。


 かり二千にせん万円まんえん寄付きふするとして――


 この学校がっこうには部活動ぶかつどう三十さんじゅうくらいあったからな――


 ってことは、それぞれの部活動ぶかつどうにまわるのは平均へいきん六十ろくじゅう万円まんえんから七十ななじゅう万円まんえんほどか――


 吹奏すいそう楽部がくぶとかは楽器がっきたかいからおお配分はいぶんされるとして――


 えっと、野球部やきゅうぶとかサッカーとかは道具どうぐそろってるからあまりおおくは――



 そんなかんがえをめぐらせつつ細道ほそみちあるいていると、ちかくにあった文化棟ぶんかとう校舎こうしゃ出入でいぐちから、書類しょるいった女子じょし生徒せいと二人ふたりてきた。


 一人ひとりは、高校生こうこうせいとはおもえないほどにっちゃくて、あたまりょうサイドにてまる髪留かみどめでかみしばっておげにしてらしている名前なまえのわからない女子じょし生徒せいと


 小学生しょうがくせいのようにえなくもないが、学年証がくねんしょうわりのリボンのいろかぎり、しんじられないことに二年生にねんせい先輩せんぱいらしい。


 そして、もう一人ひとり栗色くりいろくせかたまでばした俺の幼馴染おさななじみ天童てんどう萌実めぐみだった。


 萌実めぐみはこっちをると、そのまったまま、ぷいっとそっぽをいてしまった。


 俺のヘタレな心臓しんぞうがバクバクとっている。


――いけ! 俺! いけ!


「……あ、萌実めぐみ。また明日あした


 なんとかかんとかその言葉ことばすと、おがみらしたっちゃな二年生にねんせい先輩せんぱいがほんわかとおどろきのこえげる。


「ええっ~!? やっぱり幼馴染おさななじみだったの~!? 子供こどもころからだい仲良なかよしだったっていてたけどぉ~」


 すると、萌実めぐみ視線しせんらしたまままりがわるそうにくちひらく。

べつに……啓太ケータアタシとはただのくさえんですから、そんなんじゃないですから」

「またまたぁ~。へぇ~、三百億さんびゃくおくくんって萌実めぐみちゃんの本当ほんとう幼馴染おさななじみだったんだねぇ~。吃驚びっくりだよぉ~!」


 どことなくぽわぽわしたこえに、俺は視線しせんげて返事へんじをする。

三百億さんびゃくおくくん……って俺のことですよね。どうかんがえても」

「そうだよぉ~? もう学校中がっこうじゅううわさだからねぇ~」


 そんなやりりをしていると、萌実めぐみ二年生にねんせい先輩せんぱいちいさなそでる。


先輩せんぱい……裕希ゆうき先輩せんぱい、もうかなきゃいけませんから」

「あ~、ごめんね~。じゃあね三百億さんびゃくおくくん、またねぇ~」


 そのちいさな先輩せんぱい終始しゅうしふわふわしながら、書類しょるいって萌実めぐみ一緒いっしょっていこうとする。


――茶道部さどうぶ先輩せんぱいだろうな。


 そんなことをおもいつつ二人ふたり背中せなか見送みおくっていると、ちっちゃな先輩せんぱいがこちらにいて大声おおごえげた。


あたし名前なまえ毛利もうり裕希ゆうきっていうからぁ~! おぼえておいてねぇ~!」


 俺はその先輩せんぱいこえ返事へんじをして、あらためて二人ふたり背中せなか見送みおくる。


――相変あいかわらず、萌実めぐみとはまともに会話かいわできなかったけど。


――ひさしぶりに俺のこと、啓太ケータってんでくれたな。


――それだけでも一歩いっぽ前進ぜんしんということにしておこう、そうしよう。


 ひさしぶりにいた幼馴染おさななじみからの馴染なじぶか呼称こしょうむねいだき、俺はかる足取あしどりで裏門うらもんへとかってあるした。



 


 裏門うらもんにはマスコミの人間にんげんがいないところを確認かくにんし、かばんげた俺は高校こうこう敷地しきちた。


 こっちのほうにはマスコミもいないし、生徒せいと指導しどう先生せんせいもいない。


 コンクリートで補強ほきょうされた雑木林ぞうきばやしとなっている段差だんさと、住宅街じゅうたくがいらしいへいのある住宅じゅうたくならんでいる。


 裏門うらもんもなく俺は、うしろのほうからおそらくはわかいであろう男性だんせいこえをかけられた。


「たちばなくーん? ちょっといいかな?」

 その言葉ことばに俺がくと、チンピラにしかえない格好かっこうをしたおとこ一人ひとり裏門うらもんちかくからこちらにかってあるいてきていた。


――やべっ! 名前なまえ反応はんのうしちまった!


 俺がダッシュでそのからげようとすると、前方ぜんぽうがりかどからもう一人ひとり、ガラのわるそうなおとこてきた。

 かえると、俺にこえをかけたおとことはべつふとったおとこ一人ひとりえていた。


げることないじゃない、たちばなくーん?」


「ねぇねぇボク、ちょっとばかりおにいさんたちにおかねしてくんないかな?」


 みちふさがれた。


 どこからどうてもチンピラのような三人組さんにんぐみは俺にちかづき、俺のへいにくるようにかこみだす。


 俺がかよっているような偏差値へんさちがある程度ていどたか高校こうこうでは、ることができないタイプのおとこたちであった。


 最初さいしょに俺にこえをかけてきた、一際ひときわたかおとこが俺を塀際へいぎわめて見下みおろす。


「ボクって、たからくじで何百なんびゃく億円おくえんてたんだよね。うらやましーなー、ちょっとばかりボクタチにも援助えんじょしてくれないかなー?」


 のこりの二人ふたりおとこも、ニヤニヤしたまま俺を見下みおろす。


 俺は、ポケットから財布さいふし、おどおどと昨日きのうろしたのこりのおかね一万いちまん円札えんさつ八枚はちまいす。


「ど……どうぞ」


 すると、おとこ八万円はちまんえん強引ごういんうばる。そして、言葉ことばつづける。


「なにしてんだ、キャッシュカードもせよ」


――え、それは。


「いいからせよ! オラァ!」


――それはだめだ、このキャッシュカードには総額そうがく三百さんびゃく億円おくえん以上いじょうはいってるんだ。


 チンピラの一人ひとりが、俺がっている財布さいふつかんでる。


「よこせ! ぶんなぐるぞオラァ!」


 俺はちからあらがおうとするが、ほかおとこが俺のうでつかんだ。俺はそのいたみにれず財布さいふからはなしてしまった。


――られた!


 そんな絶望ぜつぼうこころまれたつぎ瞬間しゅんかん、俺から財布さいふったおとこうで関節かんせつめられ、上方じょうほうにねじりげられていた。


強盗ごうとう現行犯げんこうはんで、逮捕たいほする!」


 そうさけびつつおとこうでをねじりげたのは、くろスーツにくろネクタイをして、つるのやけにふといサングラスをかけた、オールバックの髪形かみがたをした筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの2メートルちかくある大男おおおとこであった。


「いでででででぇ!!」


 大男おおおとこうでをねじりげられたチンピラが、ぽとりと財布さいふとす。


「くそったれ! 警察サツか!」


 もう二人ふたりのうち一人ひとりが、その財布さいふひろって、ダッシュでげる。もう一人ひとりふとったおとこべつ方向ほうこうげていった。


 すると、俺の財布さいふってはしってげているチンピラの後方こうほうから、韋駄天いだてんのごときはやさでちかづくかげあらわれた。


 その疾風はやてのようにはしおとこは、うでをねじりげている大男おおおとこおなじく、くろスーツをてサングラスをしていた。サングラスでかくれているが、みじかあごひげをやしていることがわかる。


 そして、財布さいふってげていたチンピラにあっといういつき、そのみみつかんでねじりげた。チンピラがさけぶ。


「いだだだだだだ!!」


 その、チンピラにいついた俊足しゅんそくおとこが、うれしそうにさけぶ。

「よっしゃー! 現行犯げんこうはん逮捕たいほ!」


 おそらくは関節かんせつかた心得こころえているのだろう、おとこ二人ふたりとも、チンピラ二人ふたりをあっという地面じめんいてしまった。


 すると、もう一人ひとりのスーツをにまとった人物じんぶつがりかどこうからあらわれた。


 そのひとくろいスーツをくろいネクタイをしていて、つるふといサングラスをしていた。


 からだはスラリとしていてこしほそく、むねかたちよくふくらんでいて、あかっぽくめられたシャギーのはいったながかみうしろにすようにしばっている。


 黒服くろふくつつんでいるが、どこからどうてもあきらかに、スレンダーなモデル体型たいけい派手はで髪形かみがたをした女性じょせいであった。


 黒服くろふく女性じょせいこえす。

真田さなだ、もう一人ひとりにはげられた。事前じぜん付近ふきんめてあった乗用車じょうようしゃ逃走とうそうしたと推測すいそく可能かのう


 すると、真田さなだばれた非常ひじょう体格たいかくい2メートルちかくの大男おおおとこかえす。

うのは無理むりか?」


 女性じょせいかえす。

周辺しゅうへん車両しゃりょう車種しゃしゅとナンバーはすべひかえている。問題もんだいはない」


 するとすこはなれた場所ばしょで、俊足しゅんそくおとこがチンピラを地面じめんしながらこえす。

「ひゅー、高坂こうさかさっすがー!」


保科ほしな財布さいふわたして」

 高坂こうさかばれた女性じょせいが、保科ほしなばれた敏速びんそくおとこちかづき財布さいふ手渡てわたされる。そして真田さなだばれた大男おおおとこそばにいる俺にちかづく。


 女性じょせいは俺にたいして財布さいふかかげる。

「はい、この財布さいふはキミのだからキミにかえす」


 俺は財布さいふりながら、漫然まんぜんこたえる。

「あ……ありがとうございます」


 ると、せられたチンピラは両方りょうほうとも結束けっそくバンドでりょう手首てくびしばられているようであった。


 一拍いっぱくいて、どことなくけたまま俺はたずねる。

「あの……警察けいさつかたですよね? 逮捕たいほとかしてますし」


 すると、高坂こうさかばれた女性じょせいこたえる。

ちがう。現行犯げんこうはん逮捕たいほ警察官けいさつかんじゃなくても事件じけんこればだれでもできる。こっちはただの民間みんかん警備けいび会社がいしゃのセキュリティーサービス」


 そのはなし内容ないように、きょとんとした俺は言葉ことばかえす。

民間みんかん警備けいび会社がいしゃ? 俺そんなのたのんだ記憶きおくないですけど」


 すると、真田さなだばれた巨漢きょかんこたえる。

依頼いらいしたのはグループ会社がいしゃのお嬢様じょうさまだ。クラスメイトであるきみ警護けいごするようにと、事前じぜん連絡れんらくけていた」


 その言葉ことばに、俺はまるくする。


――お嬢様じょうさま!? クラスメイト!?


――もしかして、西園寺さいおんじさんが俺のために!?


 そんなことをかんがえていると、まえ高坂こうさかさんがかおらす。


 サングラスをかけているのでわかりにくいが、どうやら俺のうしろにある裏門うらもん出入でいぐちているようだった。


 そして、どことなくうれしそうなこえでこんなことをった。

「ああ、おじょうてくれた」


 その言葉ことばに、俺はく。


 そこにいたのは、上品じょうひんうま毛並けなみのようなつやのあるなが黒髪くろかみにレースのヘアバンドをけた西園寺さいおんじさん――ではなくて。


 金色きんいろめられたかみをシュシュでまとめ、うしろにポニーテールとしてらしているしろギャルである、クラスメイトの花房はなぶささんだった。


 俺は、あまりにも意外いがい人物じんぶつ登場とうじょうにポカンとして、なにしゃべることができなかった。


 花房はなぶささんがあきれた表情ひょうじょうくちひらく。


「アンタさ……昨日きのう今日きょう人気ひとけのない裏門うらもんから一人ひとりかえるって……バッカじゃないの?」


 その言葉ことばに俺は、なにかえすことができなかった。


 それはもう、本当ほんとう色々いろいろ意味いみで。





 その連絡れんらくけた警察官けいさつかんがやってきて、花房はなぶささんたちと一緒いっしょ警察署けいさつしょにて事情じじょう聴取ちょうしゅけるはこびとなった。


 ちなみに警察署けいさつしょへは、花房はなぶささんがいつも通学つうがく使つかっているという黒塗くろぬりのドイツせい高級こうきゅう乗用車じょうようしゃ同乗どうじょうさせてもらった。


 警察署けいさつしょ色々いろいろはなしいたところ、花房はなぶささんのお祖父じいさんは警察けいさつ署長しょちょうさんとかお馴染なじみらしかった。


 そして署長しょちょうさんのはからいで、新居しんきょすまでは現在げんざい仮住かりずまいの宿やどとしてもちいているウィークリーマンション近辺きんぺん万全ばんぜん態勢たいせい警邏けいらしてもらうことになった。


 これからしばらくのあいだは俺が登下校とうげこうするさいも、警察官けいさつかんかた身辺しんぺん警護けいごしてくれるらしい。


 あと、げたチンピラはすうキロはなれた国道こくどう乗用車じょうようしゃ逃走とうそうしてたところをあっさりつけられて逮捕たいほされたらしい。日本にほん警察けいさつ捜査力そうさりょくってすごい。


 警察署けいさつしょ色々いろいろはなしわって、家族かぞくへの連絡れんらくわって一息ひといきついた俺は、花房はなぶささんに「ちょっと、一緒イッショしい場所ばしょあるんだけど」とつたえられたので、われるままについていくことにした。


 



 警察署けいさつしょから高級こうきゅう外車がいしゃってしばらくったところで、俺はしゅまった夕日ゆうひ正面しょうめんかまえ、周辺しゅうへん住宅街じゅうたくがいから一際ひときわたかくなっている高台たかだい公園こうえんにあるのベンチにすわっていた。


 あのセキュリティーサービス三人さんにん姿すがた一応いちおうえない。しかし、すぐちかくにはいるはずである。


 夕日ゆうひのある西にし方角ほうがくには、はるかこうに山並やまなみがあり、その手前てまえ広大こうだい領域りょういきまちひろがっている。


 とおくにえる高層こうそうビルぐんはさいたま新都心しんとしんで、そのすぐちかくにおおきなターミナルえきがある。どうやらここからは俺の一望いちぼうできるらしい。


 俺が夕日ゆうひひかりかおけつつ制服せいふく姿すがたでベンチにすわっていると、左手ひだりて方角ほうがくから中身なかみまったペットボトルを二本にほんった制服せいふく姿すがた花房はなぶささんが近寄ちかよってきた。


「ハイ、アンタにものってきてあげたよ」


「ああ、ありがと」

 俺は、花房はなぶささんからドリンクをる。


 それはゼロカロリーのペットボトルコーラであった。


 レモン紅茶こうちゃった花房はなぶささんが、俺のすぐ左隣ひだりどなりすわって言葉ことばつたえる。

「アンタさー、ダイエットコーラきでしょ?」


「……なんでそうおもったんだよ」

「んー、アンタがどうてもいんキャだから? アンタ、ダイエットコーラとかなんとなくきそうじゃん?」


わるかったな。俺はどうせ元々もともと教室きょうしつすみっこで馬鹿ばかにされるいんキャだよ」

 俺はそうい、ペットボトルのふたまわしてける。


 プシュリ


 あわがあふれて、数秒すうびょうってけたのを見計みはからって、コーラをむ。


 最初さいしょ一口ひとくち一気いっきんで、くちはなすと、花房はなぶささんが俺のほうをじっとていたことに気づく。


「……なんだよ?」

 俺がたずねると、花房はなぶささんは若干じゃっかん口角こうかくげる。

「んー、なんでもなーい」

 花房はなぶささんはそううと、そのうつくしい生足なまあしんで奔放ほんぽうにレモンティーをあおる。


 そのブラウスのしたにあるおおきなむねかえって、あからさまに強調きょうちょうされる。


――とても、お金持かねもちのお嬢様じょうさまにはえない。


「あのさ……一応いちおう花房はなぶささんにあらためてれいはしとくよ。ありがとう」

 そう俺がうと、花房はなぶささんはペットボトルからくちはなす。

「んーと、ハナちゃんとかハナっちでいいよ。クラスの友達トモダチもみんなそうんでっし」


「えーっと、わかったよハナさん。で、きたいことがあるんだけど」

「んー? なぁに? タッチー?」


――タッチーってのは俺のことだろうな、名字みょうじたちばなだから。


「ハナさんって何者なにものなんだよ?」

 俺がそううと花房はなぶささんは、西にしきらめ太陽たいようのあるまち方角ほうがくへと視線しせんける。

「んーとね、どっからはなそうかな?」


 その言葉ことばに、俺はかえす。

「できれば、最初さいしょからはなしてしいんだけど」


 すると、夕日ゆうひひかりかおけている花房はなぶささんがこたえる。

「んーっと、最初サイショっからだとね、まず八百年はっぴゃくねん以上いじょうまえ源頼朝みなもとのよりともってひと鎌倉かまくら幕府ばくふひらいてー」


「ちょっとって、やっぱり手短てみじかにしてくれ」

 俺が止めると、花房はなぶささんは言葉ことば区切くぎる。

「んーっと、ばやうとー」


 あしんでいた花房はなぶささんはペットボトル紅茶こうちゃったまま、両腕りょううでひろげるジェスチャーをする。

「このアタりはぜーんぶ、アタシのご先祖せんぞさまってた土地とちだったんだー」


 その花房はなぶささんの言動げんどうに、俺はまゆをひそめる。

「えーっと……この公園こうえん周辺しゅうへんあたりってこと?」

「チガウし? こっからえる景色ケシキぜーんぶ」


――え。


 俺はあらためて、この公園こうえんからえる景色けしき確認かくにんする。


 とおくにはさいたま新都心しんとしん高層こうそうビルぐん地面じめんからすようにてられていて、そのちかくには埼玉県さいたまけんでトップクラスの規模きぼのターミナルえき鎮座ちんざしている。


 そして、その手前てまえにもこうにも見渡みわたかぎ繁華街はんかがい住宅街じゅうたくがいやオフィスがい幾何学きかがく模様もようのようにひろがっている。


「こ……この景色けしき全部ぜんぶ!? え!? え!?」

「ま、といってもソレは本当ホントーにずーっとむかしだけどね。江戸えど時代じだいわりごろには日本にほん各地かくちによくいた豪農ゴーノーくらい? ほかってた土地とちとかをぜーんぶわせても、こののひとつのはいるかはいらないかってレベルかな?」


「それでも……結構けっこう規模きぼだとおもうけど」

「んー、まーね。戦後せんご農地のうち改革かいかく結構ケッコーられちゃったんだけど、炭焼すみや小屋ごやとかがあった山林さんりんのこったから、造成ゾーセーして宅地たくちとかにしたらしくて。このアタりは東京トーキョーへの通勤ツーキン超便利チョーベンリ場所ばしょだったから、これがまた高度こうど経済けいざい成長期せいちょうきにポンポンとたかれたらしくてー」


 その言葉ことばに、俺は花房はなぶささんがなぜお嬢様じょうさまばれているかを理解りかいした。


「つまり……ハナさんのいえはこのへんの不動産ふどうさん随分ずいぶんひろっている大地主おおじぬしで……ハナさん自身じしんはそこの御令嬢ごれいじょうってことかよ?」

「そーゆーこと。タッチーおどろいた!?」

 花房はなぶささんは子供こどものような笑顔えがおせる。


「あー……おどろいたよ。ハナさんってかけによらず大金持おおがねもちのお嬢様じょうさまだったんだな……まだいまいちしんじられない」

「んー、でも今は、口座こうざ金額きんがくだったらタッチーにけるかな?」


――あ、そうか。


「そうだったな……俺はもう、三百さんびゃく億円おくえんってたんだった……で、ハナさんは俺をどうしたいんだよ?」


 俺のこころなかに、疑念ぎねんうずこる。


――もしかして、ってすう億円おくえん単位たんい援助えんじょしてもらうつもりではあるまいな。


 しかし、俺のそんな疑惑ぎわくをよそに花房はなぶささんはこたえる。

「んー? そんなの昨日キノーったっしょ? アタシはタッチーのってるおかねとかじゃなくって、タッチーのってるはずの未来ミライ興味キョーミあんの」


 花房はなぶささんはそこまでうと、ふたた正面しょうめんいてペットボトル紅茶こうちゃ一気いっきむ。


 俺がじろりとけて言葉ことばす。

「俺の未来みらいって……なんでだよ? 俺のかねよりも俺の未来みらいがなんでになるんだよ?」


 すると、紅茶こうちゃんで一息ひといきついた花房はなぶささんが正面しょうめんいたままう。

「それはまー、秘密ヒミツかな。それはそうと、アタシはタッチーをたすけたわけじゃん? だからタッチーはアタシにおれいをちゃんとしたカタチかえさなきゃいけないとおもうんだよね?」


――え? なに? やっぱりかね目当めあて?


「わかったよ、いくらはらえばいいんだ?」


 すると、花房はなぶささんはすこしばかり表情ひょうじょうくずしつつそのツリをこちらにける。

「チガウし? おかねじゃなくて、これからしばらくのあいだだけ、アタシのすクイズにってしいってだけ」


 その、あまりにも意外いがいもうに俺は狼狽ろうばいする。

「……クイズ?」

「そーそ、クイズ。これから一問いちもんずつクイズしてくんで、そのタビこたえてほしいんだよね。タッチーは何日なんにちでもかんがえてくれていーんで、わかったらアタシにおしえて。簡単カンタン謎解なぞときゲームだから」


 夕日ゆうひよこからかおらされた花房はなぶささんが、はにかむようにわらう。


 その、教室きょうしつではとてもせてくれないような金髪きんぱつギャルの可憐かれん笑顔えがおを、俺はどうしても距離きょりいたでしかることができなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る