第6節 新しい人生のはじめかた



 国枝くにえださんとわかれてから自宅じたくかえった俺は、とりあえず最低限さいていげん必要ひつようなものを家族かぞく一緒いっしょにスーツケースにめ、雲隠くもがくれの準備じゅんびをした。


 当選者とうせんしゃ氏名しめいがニュースで放送ほうそうされたばんうちには大阪おおさか親戚しんせきからも電話でんわがかかってきたりしたのだが、かあさんははぐらかしたりして言葉ことばにごしていた。


 しかしおそらく、俺たち家族かぞくすう百億円ひゃくおくえんという大金たいきんてたことが親戚しんせき一同いちどうわたるのは、時間じかん問題もんだいでしかないだろう。




 俺たち家族かぞく翌朝よくあさ未明みめい自家用じかようしゃいえて、ばん父親ちちおや名義めいぎ三部屋さんへやりていた市内しないのウィークリーマンションにて、両親りょうしんねえちゃんといもうと、俺という部屋へやりでこしけた。駐車場ちゅうしゃじょうちかくのパーキングエリアを利用りようした。


 俺は当初とうしょとうさんの銀行ぎんこう口座こうざ直接ちょくせつかねむつもりだったのだが、島津しまづさんの昨日きのうはなしによると、単純たんじゅん贈与ぞうよだと贈与税ぞうよぜいとして税金ぜいきんがかなりおおくかかってしまうとのことだ。


 この場合ばあい、俺の名義めいぎ登録とうろくされたキャッシュカードをおやち、おやが俺の法定ほうてい代理人だいりにんとして自由じゆうすことができるようにすればいいだけらしい。




 そののうちにほか銀行ぎんこうでのしん口座こうざ開設かいせつやそのしん口座こうざへの振込ふりこみなど、色々いろいろ煩雑はんざつ書類しょるい手続てつづきて、俺の自由じゆう使つかえる財産ざいさんとしての口座こうざ最終的さいしゅうてきには控除こうじょされるはずだが来年らいねん税金ぜいきんとしておさめるべきおかねねんのため保持ほじしておく口座こうざ両親りょうしん自由じゆう使つかっていいおかねれた口座こうざ、とみっつの口座こうざにそれぞれに適切てきせつ金額きんがく配分はいぶんした。


 全部ぜんぶドルてだったので、計算けいさんしやすいように全額ぜんがく日本円にほんえん交換こうかんしてもらった。


 結果的けっかてきに、俺の当面とうめん財産ざいさんとして220億円おくえん以上いじょう正式せいしき手続てつづきで申請しんせいおこなえばおさめなくてもいいはずだがねんのためにべつけた90億円おくえん、そして両親りょうしんのために20億円おくえんという配分はいぶんとなった。



 ちなみに両親りょうしんはこの二人ふたりとも、二十にじゅうねん以上いじょう正社員せいしゃいんとしてつとつづけていた会社かいしゃにきっちりと退職届たいしょくとどけ提出ていしゅつしてしまった。



 そういった色々いろいろ手続てつづきをしてすっかりくたびれた俺は夕方ゆうがたになって、一時的いちじてき賃借ちんしゃくしているウィークリーマンションの一室いっしつもどるなり、ベッドのしろいシーツのうえたおれこんだ。


「……つかれた……」


 ベッドのうえにうつせになった俺は、身体からだ重力じゅうりょくにまかせる。


 こんなにつかれたのも無理むりはない。たからくじがたって、学校がっこうかえりに東京とうきょう法律ほうりつ事務所じむしょって、島津しまづさんとこまかくわせをして、そのことをかくしたまま学校がっこう平日へいじつごして、アメリカにって、小切手こぎってって、記者きしゃ会見かいけんをして……


 それだけでまだこった出来事できごと半分はんぶんだ。ものすごく密度みつど九日ここのかかんだった。


――もう、このままとこきたい。


 そんなおもいにまどろむもなく、ドアのひらおとともにねえちゃんの大声おおごえ部屋へやひびいた。

啓太郎けいたろう! おかえりー! あたしたちの部屋へやてよー! はやくー!」


――しまった、ロックバーをかけてなかった。


 カードキーをったままくついでずかずかとはいってきたねえちゃんは、寝転ねころんでいる俺をつよちからつかんでらす。

「みどりがさー、なんかあたらしいいえをパソコンでさがしてるんだってー。啓太郎けいたろうもおかね長男ちょうなんとして意見いけんちょうだいよー」


「そんなの、とうさんとかあさんと一緒いっしょめてくれよ……俺はつかれたんだよ……」


 俺が寝転ねころんだままだるくかえすと、ねえちゃんはそんなこと一切いっさい斟酌しんしゃくせずに俺のうでる。


「なんかねー、おとうさんもおかあさんも今日きょう高級こうきゅうレストランに食事しょくじくんだってー。で、ホテルのスィートルームにまるから明日あしたまでかえらないらしいよー」


 おやのそういうはなしきたくないよ。


 結局けっきょくねえちゃんは俺をちからづくでがらせて、俺をとなり部屋へやまでなか強引ごういんれてきてしまった。


 その部屋へやでは、つくえまえ椅子いすすわったいもうと美登里みどりがどことなくウキウキとした表情ひょうじょう愛用あいようのノートパソコンを操作そうさしていた。


「……あ、おにいちゃんおかえり。これてこれ」


 その言葉ことばに、俺はいもうとひらいているパソコンの画面がめんのぞむ。


 ブラウザにはどこかみなみしまられたのだろう、どこまでもこうに上下じょうげともあおひろがるそらうみとを真横まよこ区切くぎ水平線すいへいせんと、その手前てまえにあるでできた豪華ごうか水上すいじょう建築物けんちくぶつ画像がぞう表示ひょうじされていた。


 俺はいもうとたずねる。

「これ、みなみしま? このまえったハワイのか?」


「……ちがう、セーシェル諸島しょとうってところの水上すいじょうコテージ。値段ねだん六億円ろくおくえんでインターネット環境かんきょうありだって。おうよなるべくはやく。そこであさからばんまでゲームとかしてだらだらごすから」


 美登里みどり言葉ことばに、ねえちゃんが画面がめんのぞむ。


「へぇー! 綺麗きれいなとこだねー! セーシェルってハワイじゃないのー? じゃあアメリカのどこー?」

「……おねえちゃん、外国がいこく全部ぜんぶアメリカだとおもってない? セーシェルはセーシェル、アフリカのちかくにある島国しまぐに


 その美登里みどり言葉ことばに、俺はったをかける。


「ちょっとて。ほかにも色々いろいろみたいことはあるが、まさかあたらしいいえアフリカのちかくとかにうつもりか?」


 すると、美登里みどりはきょとんとしたをする。

「……え? もしかしてスキーができるスイスとかの雪国ゆきぐにほうい?」


「いやそうじゃなくて! 学校がっこうはどうするんだよ! 俺たち三人さんにんともまだ学生がくせいだろ!?」


 俺がそううと、美登里みどりくちをすぼめてわらっているかのようにいきす。


「……ぷふー。おにいちゃん、三百億さんびゃくおくえんとか一生いっしょうあそんでらせるおかねがあるひと学歴がくれきとか必要ひつよう?」


「いやいやいや! それだけじゃないだろ!? ほかにも色々いろいろ人生じんせいには必要ひつようだろ!?」

 そうすると、美登里みどりがぼそっとしたこえかえす。

「……たとえば?」


「えーっと、友達ともだちとか?」

「……わたし現実リアル世界せかい友達ともだちいない」


「じゃあ……きな男子だんしたのしみとか」

「……わたし、おにいちゃんのおよめさんになるから男子だんしとかいらない」


 なんか爆弾ばくだん発言はつげんかましたぞこのいもうと


 俺はねえちゃんにたすぶねもとめる。

ねえちゃんもなんかってくれよ! 美登里みどりこのままきこもるまんまんだよ!」


 俺のこえに、ねえちゃんがこたえる。

「そうだよ、そういうのは駄目だめだよみどりぃー」


 おお、なんだかんだで流石さすがねえちゃん。うべきときはきちっとうんだな。


あにいもうと結婚けっこんできないんだからねー、一生いっしょうやしなってもらうくらいにとどめときなさいねー」


 やっぱアホだったよ俺のねえちゃん。


 そんなことをおもいつつ、俺はしっかりと自分じぶん意思いしつたえる。

「とにかく、美登里みどり学校がっこうくこと自体じたいあきらめないでくれ。おにいちゃんだって、明日あしたからまた高校こうこうくつもりだし」


 そううと、美登里みどりはパソコンを操作そうさして、画面がめんごと俺のほうける。

「……いま、こんなことになってるけど本当ほんとう?」


 いもうとせたその画面がめんなかにあったのは、大手おおて動画どうがサイト『YouTuveユーチューヴ』の動画どうがだった。


 動画どうがなかにはよく見知みしった一軒家いっけんやうつっていて、カメラをった大勢おおぜいひと周辺しゅうへんにいてフラッシュをいている。


 どうやらユーチューバーが生配信ライブをしているらしい。


「これもしかして、いまの俺んか?」

 俺がそうくと、美登里みどり親指おやゆびをグッとてた。

「……大正解だいせいかい今日きょうひるごろにはもう報道陣ほうどうじんとか野次馬やじうまとかがあつまってたみたい。すぐに雲隠くもがくれするよう助言アドバイスしてくれた弁護士べんごしさんグッジョブ」


 すると、ねえちゃんが反応はんのうする。

「ねーもしかして、いまうちかえったらテレビれるのー!?」

「……おねえちゃん、そのかんがえは封印ふういんして」


 俺は美登里みどりすこきびしめの口調くちょうつたえる。

「いやいやいや! 駄目だめだぞ! おかねってるのはおにいちゃんなんだからな! 美登里みどり堕落だらくするようだったらおにいちゃんおかねなんかさないからな!」


 すると、美登里みどり若干じゃっかん上目うわめづかいになる。

「……どうしても?」


「どうしてもだ! せめて学校がっこうくらいはろ!」


 すこつよぎたかもしれないとおもったが、美登里みどりためおもうならこころおににしなければならない。それがあにとしての矜持きょうじである。


 美登里みどりはゆるりとくちひらく。

「……そこまでうなら、おにいちゃんもいま高校こうこうにちゃんとかよってね。おにいちゃんが無事ぶじ二年生にねんせいになるまで高校こうこうかよえたら、わたし三年生さんねんせいからべつ中学ちゅうがく転校てんこうしてかようから。それが道理どうりでしょ?」


――え?


「えっと……そりゃかようけど。最初さいしょからそのつもりだったし」

「……ホント? ホントにホント? そこまでうからには?」


 美登里みどりがマジだ。


――やばい、わなにかかった。


 そうおもった俺は、ねえちゃんにアイコンタクトをわたす。


 美登里みどり堕落だらくしてしくないという俺の意図いとを、さっしがいいねえちゃんなら気付きづいてくれるはずだ。


 ねえちゃんは俺の視線しせんると、すべてを了解りょうかいしたようなウィンクをかえしてくれた。


――ああ、なんだかんだでねえちゃんはたよりになる。


 そしてねえちゃんが俺たちに大声おおごえつたえる。

「よーし、わかったー! あたしが証人しょうにんになったげるー! 啓太郎けいたろういま高校こうこう転校てんこうするなりめるなりしたら、啓太郎けいたろうがみどりを一生いっしょうやしなうってことだねー!」


――やっぱりわかってなかったよこん畜生ちくしょう


 美登里みどり椅子いすすわったまま俺のほうなおり、両膝りょうひざ両手りょうてをついてお辞儀じぎする。

「……色々いろいろいたらないいもうとですが、今後こんごともよろしくおねがいします」


 その殊勝しゅしょうぶった態度たいどに、俺はかえす。

「あーもう! 絶対ぜったい高校こうこうかよいきってやるからな! そしたら美登里みどりもちゃんと学校がっこうけよ!」

「……おけOK


 美登里みどり若干じゃっかんにやりとして、をぐっとにぎりしめた。





 そんなやりとりをわしてから、俺は自分じぶん寝泊ねとまりしている部屋へやもどった。


 今度こんどはしっかりとロックバーをかけてから、ベッドにて先程さきほどとはぎゃく仰向あおむけにたおれこむ。


――あの天然てんねん小悪魔こあくまめ、結局けっきょく約束やくそくしちまったよ。


 家族かぞく相手あいてでもこんなふうになるのだから、明日あす学校がっこうったらどういうあつかいをけるのだろうか。


 ぼんやりとした不安ふあん一縷いちる期待きたいむねに、ベッドに寝転ねころんだままの俺はハンガーにかけられた高校こうこう制服せいふく視界しかいはしおさめていた。

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