第3節 ラン・フォー・マネー



 九月くがつになり二学期にがっきはじまってから、もう三週間さんしゅうかんぎた。


 いもうと美登里みどり最初さいしょ一週間いっしゅうかんちかくは保健室ほけんしつ登校とうこうをなんとかつづけていたのだが、中旬ちゅうじゅんはいってまたきこもるようになってしまった。


 両親りょうしんくちにはあまりさないが、かないかお心配しんぱいしている。


 今日きょう九月くがつ下旬げじゅんにある金曜日きんようび明日あした土曜日どようび祝日しゅくじつやすみである。


 夕方ゆうがた高校こうこうからかえってきた俺は、なが黒髪くろかみふたつのリボンでツインテールにしてっている、パジャマ姿すがたのままソファーにすわっているいもうと美登里みどりこえをかけた。

「ただいま」


 わきにしょぼんとしたかんじの顔文字かおもじクッションをたずさえたいもうとが、それほど元気げんきのないこえかえす。

「……おかえり、おにいちゃん」


 ソファーのまえにあるテーブルのうえにはいもうと愛用あいようちいさなノートパソコンがかれている。


今日きょうもアニメ実況じっきょうするのか?」

「……うん、習慣しゅうかんだから。わたし部屋へやにもテレビいてくれたらいいんだけど」


「そんなことしたら、美登里みどり部屋へやからてこなくなるだろ」

「……いい。わたし高校こうこうかないでニコラーになるから」

 その言葉ことばに、俺はためいきをついた。


『ニコラー』とはここ数年すうねん小中しょうちゅう学生がくせいあいだ話題わだいになっている職業しょくぎょうで、コメントつき動画どうが投稿とうこうサイト『ニッコリ動画どうが』にて動画どうが投稿とうこうするなり生放送なまほうそうひらいたりするなりして、視聴者しちょうしゃから電子でんしおひねりをもらって収入しゅうにゅうとしているひとたちのことだ。


 あいにく俺は、大切たいせついもうと将来しょうらいをそんなけばぶような不安定ふあんてい位置いちうえきたくはない。


 俺はあにとして言葉ことばかえす。

「ほらほら、現実げんじつ逃避とうひ馬鹿ばかなことってんじゃない。オリンピックがわってから景気けいきわるくなってきてるんだからな」

「……でも、真面目まじめ学校がっこうってもかならずしもむくわれるとはかぎらないじゃない」


 その言葉ことばに、俺は無言むごんあたまいた。


 俺のくちからは『頑張がんばればかならむくわれる』とはけっしてえなかったからであった。


「とにかく頑張がんばればなんかいいことあるよ。だから高校こうこうだけでもてくれ」

 それが俺という人間にんげんせる言葉ことば限界げんかいであった。


 そして俺はかばんゆかいて、リビングからくためにあるす。すると、うしろからいもうとこえをかけてくる。

「……おにいちゃん、またコンビニ? 最近さいきんおおいね」


みにな」

「……制服せいふくで?」


べつにいいだろ、いってきまーす」

 そんなやりりをしつつ、俺はいえた。


 本心ほんしん見破みやぶられないように無愛想ぶあいそうよそおって、慎重しんちょう慎重しんちょうに。


 何故なぜそんなことをするかというともちろん、あの少女しょうじょかおたいがためにコンビニにくという事実じじつを、家族かぞくだれにもさとられないようにするためであった。




 コンビニに到着とうちゃくした俺は、まず少年しょうねん漫画まんが雑誌ざっしなどがならべられているたなにてしばらくのあいだみをしていた。


 毎日まいにち毎日まいにちなんらかの雑誌ざっしあたらしくたなかれるので、みを目的もくてきとしてコンビニにかよっている男子だんし高校生こうこうせいという演出えんしゅつたされているはずであった。


 そして俺は、ひとつ70えんのスティックアイスを適当てきとう見繕みつくろってる。


 レジには、あのうしろになが綺麗きれい亜麻色あまいろかみらし、それとはべつりょうサイドにちいさなみをっているせんほそ美少女びしょうじょが、ました表情ひょうじょうっていた。


 俺はアイスをだいきながらこえをかける。

「どうも、こんにちは」

「ええ……こんにちは」


 このさん週間しゅうかんで、挨拶あいさつ程度ていどのやりとりくらいはわすようになっていたのだった。


 商品しょうひんのバーコードをスキャンした少女しょうじょが、俺にこえをかける。

「それにしても……本当ほんとうにアイスがきなんですね」


「ええまあ、仕事しごとはもうれましたか?」

「いえ、わたしはまれつき機械きかいオンチでして……苦労くろうしてます」


 そんな何気なにげないやりとりができるというだけで、俺はうれしかった。


 いきなりの暗闇くらやみ


 視界しかい不意ふい暗闇くらやみおおった。


「だーれだぁー?」


 俺のうえだれかのがかぶされている。


 うしろにっているだれかが、いたずらで俺のをふさいだようだった。


 そしてこのこえは、俺が物心ものごころついたときからずっとからかわれつづけてきた、なにがあってもわすれようもないものこえだ。


――ねえちゃん!


 俺は無言むごんりほどき、そのつかみつつひるがえくちひらく。

「やめてくれよ! ここそとだよ!?」


 そこには茶色ちゃいろでショートカットのかみをしたねえちゃんがながいドリンクかんっていて、至近しきん距離きょりでけらけらわらっていた。


「ごめんごめーん。でも啓太郎けいたろう反応はんのう面白おもしろいからねー、ついー」


なにしにたんだよ?」

「んー? もう夕方ゆうがただしビールいにー」


 ねえちゃんのつかんだままそんなやりりをしていると、レジのおんながきょとんとしてこえす。

「あ……もしかして……彼女かのじょさんですか?」


 その言葉ことばに、俺はねえちゃんをつかんでいたはなし、左右さゆうって否定ひていする。


「いやいやいや! ちがうよ!? 俺のねえちゃん! 明日香あすかねえちゃん! 彼女かのじょじゃないから!」

「あ……そうなんですか? なかさそうでしたのでてっきり……」


 あせって弁明べんめいする俺をて、ねえちゃんの口元くちもとがあからさまにゆるんだ。

「ねー啓太郎けいたろうー、ついでにあたしのビールもその Suikaスイカってよー」


「えー? なんで俺が?」

「たまにはねえちゃんにもおんかえしとくもんだよー?」


 そんなやりとりをしつつ、俺はねえちゃんがってきたビールかん精算せいさん金額きんがくれてもらう。ねえちゃんはさっきからなんとなくにやにやしている。


――よりにもよって、一番いちばんられちゃいけないひとられてしまった。


――学校がっこう勉強べんきょうはできないのに、なんでこういうことにはかんいんだよ。


 ねえちゃんのによる二十歳はたち以上いじょう認証にんしょうわってから、俺は Suikaスイカ をセンサーにタッチさせる。


 ピッと電子音でんしおんり、支払しはらいがんだことがわかる。


「じゃー、あたしはさきうちかえってるねぇー」


 ねえちゃんはそんなことをいつつ、ふくろれてもらったビールをぶらげてコンビニからってしまった。


――ったく、よりにもよってねえちゃんに。


 俺がそんなことをかんがえつつレシートをると、Suikaスイカ残高ざんだかがもう35えんしかないことに気づいた。


――もうすぐ小遣こづかいのだし、チャージしとくか。


 そうおもった俺は、財布さいふから千円札せんえんさつ三枚さんまいしつつ少女しょうじょつたえる。

「ついでに三千円さんぜんえんチャージ、おねがいします」


 俺が自分じぶん財布さいふから千円札せんえんさつしたさいに、財布さいふはいっていた紙切かみきれがおともなくだいうえちた。


――なんかのレシートかな?


 そうおもった俺はたいしてにもめずに、現金げんきんにて Suikaスイカ三千円さんぜんえんをチャージさせてもらった。


「じゃ、失礼しつれいします」


 少女しょうじょたいしてかるくお辞儀じぎをしつつ、シールをってもらったアイスをって早足はやあしでそのからはなれる。


――よりにもよってねえちゃんに一番いちばん最初さいしょにばれるなんてな。


 そんなことをかんがえつつ、自動じどうドアをけてとお沿いの歩道ほどうから住宅街じゅうたくがいかうみちはいる。


 西にしそらひくかたむいている太陽たいようは、もうすっかりあかくなっている。


 そこで俺はコンビニのうら方向ほうこうすこはなれたところにある夕暮ゆうぐれの公園こうえん意識いしきした。


 俺が、萌実めぐみともう一人ひとり男友達おとこともだちと、子供こどものころによくあそんでいた公園こうえんだった。


――ここも随分ずいぶんと、せまくなったな。


――小五しょうごまでは萌実めぐみとレンのやつ三人さんにんで、いつもあそんでいたっけか。


――レンのやつ今頃いまごろなにやってんだろうな。


――あいつ、サッカー得意とくい腕白わんぱく坊主ぼうずだったからな。


――サッカー男子だんしとかになって、青春せいしゅんたのしんでるんだろうな。


 そんなことを考えながらたたずんでいると、視界しかいはし人影ひとかげあらわれた。その亜麻色あまいろかみをした少女しょうじょれないかんじで、精一杯せいいっぱい大声おおごえはっしていた。


ってくださーい……! ってくださーい……! 啓太郎けいたろうさーん……!」


 みせからてきたせんほそはかなげな少女しょうじょが、かみりょうサイドのみをらしてあたりを懸命けんめい見回みまわしている。


 そして少女しょうじょ住宅街じゅうたくがいみちはいっていた俺の姿すがたづくと、こちらにかってはしってきた。


 いきなり名前なまえばれてられて、俺は動揺どうようする。


「ど、どうしたんですか?」


 すると、俺のそばまでってきた少女しょうじょあら呼吸こきゅうをしつつこえす。

「これ……英語えいごいていてなにかわからなかったんですけど……わすものですよ?」


 少女しょうじょってしたそれは、さっき俺がレシートかなにかだとおもってだいうえほうっておいたままにした紙切かみきれだった。


 俺は鼓動こどうむねなからしながらその紙切かみきれをる。ほんのすこしだけれたがした。


 夕日ゆうひあかひかりらされたそのひらひらとした紙切かみきれは、どうやら俺がハワイに旅行りょこうしたときにっていたたからくじのようであった。


「ああ、これ? ただのたからくじだよ。多分たぶんはずれてるし、そんなに必死ひっしにならなくてもいいのに」


 さっきまではしっていた少女しょうじょが、いきらしながら小声こごえでしっかりとこたえる。

たってたらどうするんですか……? ゆめをそう簡単かんたんあきらめちゃだめですよ……?」


 少女しょうじょは、いつもの大人おとなしめないからは想像そうぞうできないような意思いしつよさをせていた。


 その態度たいどに俺はすこしたじろぐ。そして少女しょうじょは、自分じぶんしゃべったことにづいてハッとした様子ようすせる。


「あ……すいません……ごめんなさい……つい、がましいことをってしまって……」

 そうって少女しょうじょは、もうわけなさそうにあたまげる。


 俺は、しどろもどろになりつつ言葉ことばかえす。

「えっと……いや、そうだよね。てるのはちゃんと確認かくにんしてからにするよ……えっと……」


 するとあたまげた少女しょうじょは、むねてて俺につたえる。

国枝くにえだです……国枝くにえだかなでといいます……よろしくおねがいします……」


 俺はみゃくなみたせつつ、少女しょうじょこえこたえる。

「そうですか、俺はたちばなっていいます。たちばな啓太郎けいたろうです」


 多分たぶん夕日ゆうひあかひかりらされているので、俺のかおすこしだけねつびているのはばれていないだろう。


 それと同時どうじ少女しょうじょ、いや国枝くにえださんの色素しきそうすほほあかいのは夕日ゆうひのせいなのかどうかはわからなかった。


 すると国枝くにえださんはわずかに微笑ほほえんで、かる一礼いちれいする。


「それでは……またのご来店らいてんをおちしております……」

 それだけって国枝くにえださんはきびすかえしてうしがみらしつつ、みせのほうに早足はやあしけていった。


 そんな国枝くにえださんの後姿うしろすがたつつ、彼女かのじょ名前なまえることができた俺はこころなかでガッツポーズをしていた。


――よし、このたからくじは大事だいじっておこう。


 そんなことをあきむかえていた紅色くれないいろめられた夕方ゆうがた住宅街じゅうたくがいで、感慨かんがいぶかおもっていた。



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