第2節 陽のあたる教室

 


 夏休なつやすみがわり、九月くがつ一日ついたちあさのことだった。


 高校こうこう指定していのブレザー制服せいふくかたからかばんげた俺は、中学ちゅうがく制服せいふくいもうと美登里みどり一緒いっしょすこはやいえた。


 とうさんとかあさんとの約束やくそくで、中学校ちゅうがっこうもんちかくまでついてってあげることになっていたからだ。


 ちなみにねえちゃんはまだ、二階にかい自分じぶん部屋へやにてぐぅすかている。大学生だいがくせい九月くがつ下旬げじゅんまで夏休なつやすみがつづくからだ。


 は、埼玉県さいたまけん一軒家いっけんやならんでいる新興しんこう住宅地じゅうたくち一画いっかくにある。


 両親りょうしん正社員せいしゃいん同士どうし共働ともばたらきで、とく裕福ゆうふくでもないがおかねこまったこともない。


 非常ひじょうにありふれたちゅうちゅう中流ちゅうりゅう家庭かてい


 それが俺のうちだ。


 住宅街じゅうたくがい通学路つうがくろあるく俺は、となり小柄こがらいもうと視線しせんげてこえをかける。

美登里みどり教室きょうしつにははいれそうか?」


 すると、いもうとふたつのリボンでわれたながいツインテールをらしつつ、俺を見上みあげずにこたえる。

「……うん、まだ大丈夫だいじょうぶ


 いもうと不登校ふとうこうになった理由りゆうは、なんてことのないことであった。


 動画どうがサイトで生放送なまほうそう配信はいしんしていたことが、クラスメイトにばれたかららしい。


 この年頃としごろおんなにとっては、そんな些細ささいなことでも学校がっこうかよえなくなってしまうことがあるということを、俺ははじめてった。


 あまり言葉ことばわさないまま、俺はいもうと一緒いっしょ中学校ちゅうがっこうちかくまでやってきた。


 そして、おどおどしているいもうと背中せなかかるしてやる。


「ほら、ってこい。人生じんせいなんてなるようにしかならないんだからな」

「……うん、わかった」


 そして、いもうと何度なんども俺のほうかえりながら中学校ちゅうがっこうもんなかはいっていった。


――ここまでは、いもうと問題もんだい


――そして、ここからは俺の問題もんだいか。


 俺はそんなことをかんがえながら、はなれたところにある高校こうこうへとかようため、憂鬱ゆううつ足取あしどりでひとりバスていへとかった。





 埼玉県さいたまけん唯一ゆいいつ政令せいれい指定してい都市としにあるおおきなターミナルえきから、東南東とうなんとうすうキロったところに俺のかよ高校こうこうがある。


 二学期にがっきはじまったばかりなので、高校こうこうかうためバスにっている生徒せいとこえには若干じゃっかんだが瑞々みずみずしさがふくまれているようながする。


 なかには、おそらく夏休なつやすちゅうなか進展しんてんしたのであろう、人目ひとめにせずつないでいるカップルもちらほらいる。


――はは、爆発ばくはつしちまえ。


 そんなふうこころなかどくづきながら学校がっこう到着とうちゃくした俺は、生徒せいと大勢おおぜいいる中庭なかにわめんしている正門せいもんけ、昇降口しょうこうぐちくついで上履うわばきに教室きょうしつかう。


 階段かいだんがって一年生いちねんせい教室きょうしつかう最中さいちゅうで、栗色くりいろがかったふわふわのくせっ肩上かたうえまでばしている、つぶらなをした女子じょし生徒せいと姿すがた視界しかいはいった。


 おなじクラスにかよう俺の幼馴染おさななじみ天童てんどう萌実めぐみだ。


 萌実めぐみ、おはよ――


 そうおもってげてこえをかけようとしたところ、萌実めぐみいやなものをるかのような視線しせんをこちらにけて、ぷいっとそっぽをいた。


 俺はなにえないまま、げかけたしたろした。


 萌実めぐみとは高校こうこう入学にゅうがくして以来いらい一言ひとこともまともに会話かいわをしていないのだった。


 いえちかくなので、小学校しょうがっこう中学校ちゅうがっこう萌実めぐみとは一緒いっしょだった。


 中学ちゅうがく時代じだいは、いつも二人ふたりはなしをしながら登下校とうげこうをしていた。


 そして、高校こうこうまで一緒いっしょになるとまったことを本人ほんにんからいたのであった。


 その事実じじつうれしくなっていた俺は、高校こうこう入学にゅうがくする前日ぜんじつ萌実めぐみにコミュニケーションアプリである RINEライン告白こくはくしたのであった。


『同じ高校になるし、よかったら俺たち付き合わない?』

 という内容ないようだった。


 俺は萌実めぐみがどんな返事へんじをしても、めるでいた。


「いいよ」でも「ごめんなさい」でもかった。返事へんじさえくれればかった。


 しかし、萌実めぐみのとった行動こうどうは『無視むし』であった。


 一時間いちじかんっても、半日はんにちっても、返事へんじはこなかった。


 翌日よくじつ高校こうこう入学にゅうがくしてから、俺は一緒いっしょのクラスになった萌実めぐみ返事へんじ何度なんどこうとした。


 きっぱりとことわってもらえれば、それで俺はまえすすめるがしたからだ。本当ほんとう小学生しょうがくせいころから萌実めぐみがずっときだったので、簡単かんたんあきらめることはできなかった。


 しかし、萌実めぐみはいつまでも『無視むし』をつづけた。RINEライン もブロックされてしまっていたらしく、返事へんじくことすらできなかった。


 そして、俺がクラスのなかで『ストーカー』とあだをつけられるのに、さして時間じかんはかからなかった。


 そんなこともあって、俺はクラスではなつまみものとしてあつかわれることになったのであった。





 教室きょうしつはいった俺に挨拶あいさつをかけてくれたのは、高校生こうこうせいになってから友達ともだちになった悪友あくゆう三人さんにんであった。


 俺は三人さんにんがたむろしている教室きょうしつ窓際まどぎわ区画くかく移動いどうして、かる新学期しんがっきのやりりをわす。


「で、啓太郎けいたろう。ハワイどうだった?」

 まず俺にこえをかけてきた、すこひくいソフトモヒカンのこいつは石橋いしばしさとし


 お調子者ちょうしもの目立めだちたがりで、授業中じゅぎょうちゅう度々たびたびわるふざけしてはよく先生せんせいしかられる。体育祭たいいくさいのときには上半身じょうはんしんはだかはたってグラウンドをはしったりもした。


「ああ、最高さいこうだったぜ」

 俺がさとしかえすと、べつ方向ほうこうからこえがかけられる。

「ふふふ、ハワイにったからには土産みやげがあるんだろうなぁ? うん?」


 たてにヒョロながく、ぼさぼさあたま眼鏡めがねをかけたこいつは大友おおともすぐる


 俺はすぐるいかけにかえす。

一応いちおう、マカダミアチョコなら三箱さんはこってきたけど」


 すると、すぐるが俺の返事へんじわないものだったかのようにかおちかづけてすごみ、大声おおごえさけぶ。

「ちがぁーう! ハワイ土産みやげといったらまっておろうが! 外人がいじんおんなのボインボインなビキニ動画ムービーだろうが!」


 すぐるは、エロ方面ほうめんへの執着しゅうちゃく半端はんぱではない。しかもそのことをクラスのみんな公言こうげんしてはばからない。


 すると、すぐるうしろからこえがかけられる。

すぐるくんがチョコいらないってなら、ぼくもらうけど」


 意地いじがはっていて、随分ずいぶんよこひろ体格たいかくをしている七三しちさんけのこいつは細川ほそかわ高広たかひろ


 とにかくべることがきで、その結果けっかこんな恰幅かっぷくのいい体躯たいくになってしまったらしい。


 この三人さんにんに俺をふくめた四人よにんが、このクラスで俺の所属しょぞくするグループであった。





 俺は高校生こうこうせいになってからこの学校がっこうのこの教室きょうしつしからないが、すくなくともこのクラスにはいくつかのグループがあり、明確めいかくなカーストが存在そんざいしている。



 まず上位じょういグループ。サッカーやテニスなどに所属しょぞくしている男子だんし女子じょしがつくる『体育たいいくかいけい』のグループ。クラスでの発言権はつげんけんおおきく、雰囲気ふんいきるような生徒せいと構成こうせいされている。


 そして、バンドやダンスをしていたりうた上手うまかったりする男子だんしのつくる『ようキャ』のグループ。なんとなくイケメンがおおく、女子じょしたちのうわさとなるのもこのグループが中心ちゅうしんらしい。


 さらに、お洒落しゃれ使つかっていて美人びじんおお女子じょしのつくる『ギャル』のグループ。かみめたり、小物こものだしなみにアクセントをつけていたりして、高校こうこう生活せいかつ謳歌おうかしているかんじがつたわってくる。




 つぎ中位ちゅういグループ。真面目まじめ男子だんし女子じょし構成こうせいされる『真面目まじめけい』のグループ。かみめているもの一人ひとりもおらず、真面目まじめ規律きりつただしく学校がっこう行事ぎょうじ邁進まいしんしているようなタイプ。先生せんせいからは評判ひょうばんいタイプの生徒せいとあつまるグループだ。


 そして、書道部しょどうぶ茶道部さどうぶ吹奏楽部すいそうがくぶなどの女子じょし構成こうせいされる『文化ぶんかけい』のグループ。おとなしめの人間にんげんおおく、自分じぶんからまえにでようとすることはあまりないものの、自分じぶんなりの趣味しゅみめているところに好感こうかんてる。

 ちなみに萌実めぐみ茶道部員さどうぶいんなので、このカテゴリにはいる。


 さらに、将棋しょうぎ得意とくいだったり博識はくしきだったりするあたま男子だんし構成こうせいされる『インテリ』のグループ。それほど真面目まじめではないが、周囲しゅういには一目いちもくかれているタイプの人間にんげんあつまるグループ。




 最後さいご下位かいのグループ。アニメやソーシャルゲーム、アイドルなどに夢中むちゅうな『オタク男子だんし』のグループ。そのなかにはコミュしょうもいて、いまいち生徒せいとのリスペクトをられていないタイプ。


 もうひとつ、漫画まんがやオカルト、男性だんせい声優せいゆうなどに夢中むちゅうな『オタク女子じょし』のグループ。オタク男子だんしとやっていることはあまりわらないのだが、オタク男子だんしのグループとはあまり交流こうりゅうがないように見受みうけられる。


 俺はよくらないが、オタク男子だんしとオタク女子じょしおな趣味しゅみ仲間なかまではなく、おたがいに自己じこ神聖しんせい領域りょういきおかされることをこばみあう対抗たいこう勢力せいりょくであるらしい。


 そして、くだらないことであれこれさわいだり、大声おおごえうべきでないことをさけんだりする『バカ』のグループ。クラスのなかではアンタッチャブル不可触存在そんざいで、一歩いっぽ二歩にほいたところからられている集団しゅうだん。それが俺の所属しょぞくするグループだ。



 それが俺の位置いち、おそらく卒業そつぎょうするまでわらない俺の位置いち


 だが俺はそんな位置いち絶望ぜつぼうすることなく、せっかくできた友達ともだち一緒いっしょ精一杯せいいっぱい高校こうこう生活せいかつおくってやるつもりであった。


 人生じんせいなんて、なるようにしかならないんだからな。普段ふだんいもうとえらそうにっている俺が、それを実行じっこうしないでどうする。それが俺のスタンスであった。


 そんなことをおもいつつ、悪友あくゆうどもとたのしいいをしていた。


 やがて始業しぎょうのチャイムがり、膝上ひざうえスカートのレディスーツを担任たんにん女性じょせい教師きょうしはいってきて、俺たちはあさのホームルームのためにそれぞれのせきについた。




 がクラスの担任たんにん古典こてん授業じゅぎょう担当たんとうしている二十八にじゅうはっさい女性じょせい教師きょうしである佐久間さくま雫音しずね先生せんせいが、教室きょうしつ前面ぜんめんそなえられているみどりがかったおおきな黒板こくばん教卓きょうたくまえつ。


 赤茶色あかちゃいろめられたながかみあたまりょうサイドでけられ、両肩りょうかたちかくまでくるくるとドリルみたいにロールがかかっていて、レディスーツ姿すがたあいまってだまっていればどこぞのお嬢様じょうさまのようにえなくもない。


 そして、かしこまった態度たいどで俺たちにげる。

「えー、みなさん。夏休なつやすみがわって二学期にがっきはじまりましたが、きっとみなさんは高校こうこう生活せいかつ最初さいしょ夏休なつやすみで、色々いろいろおもができたとおもいます」


 そこで一拍いっぱくき、いきおおきくんでからしつつどすぐろこえす。

わかいのなんてあっというだから、いまのうちに青春せいしゅんたのしみなさい。としをとってからじゃおそいんだから」


 クラスの全員ぜんいんが、おも空気くうきつつまれる。


――また、おとこられたのか。


 おそらく、クラスの大半たいはん生徒せいとが俺とおなことかんがえたとおもう。


 と、そこにこえひびく。

先生せんせい、またおとこられたの!?」


「セイッ!!」

 先生せんせい華麗かれいなフォームでげられたチョークがさとしひたいかわいたおとててぶつかった。


――さとし、それはわかっててもっちゃいけないことだろう。


 そんなこんなで、ホームルームはとりわけ問題もんだいもなく、いつものように経過けいかしていった。


――また、いつもの日常にちじょうはじまるだけ。


――ひとなつぎたくらいで人生じんせい劇的げきてきわることなんて、ありえない。


 天伝あまづたひかり教室きょうしつ窓際まどぎわせきで、俺はそんなことをかんがえていた。





 半日はんにち授業じゅぎょうわって昼過ひるすぎにいえかえると、茶髪ちゃぱつショートカットのねえちゃんがタンクトップにショートパンツという家族かぞくにしかせられないようなラフな格好かっこうで、リビングのソファーにすわってテレビのまえくつろいでいた。


 俺はねえちゃんにたずねる。

ねえちゃん、美登里みどりはどうだった?」


 するとねえちゃんがこたえる。

「それがねー、保健室ほけんしつには一応いちおうったけど、教室きょうしつにはがれなかったみたいなんだよねー」


 その言葉ことばに、俺はためいきらす。


――ま、一歩いっぽ前進ぜんしんだとおもえばいいか。


 俺はくちひらく。

美登里みどり部屋へや?」

「そーだねー、なんかパソコンするとかってたー」


――また生放送ライブするかな、あいつ。


 ブブブブブブブ ブブブブブブブブ


 そんなことをかんがえていたら、ポケットのなかにある俺のスマートフォンが振動しんどうした。


 俺はポケットからスマートフォンをして、発信者はっしんしゃ確認かくにんする。


 発信元はっしんもとは、いもうと美登里みどりだった。


 俺はアイコンをスライドして応答おうとうする。

「はい、もしもし。どうした美登里みどり?」


『……おにいちゃん、いまそとにいる? コンビニにったら Amazinアマジン ギフトけん三千円さんぜんえんぶんってきてくれない?』


 俺は電話口でんわぐちかえす。

「ああ、それくらいはいいけど、俺いまいえにいるぞ?」


『……ごめん、どうしてもしいものがあったから』


べつにいいよ、いまからってきてやる」


『……おねがいします』


「はいはい」

 俺は電話でんわった。


 そしてねえちゃんにげる。

ねえちゃん、ちょっと俺、ちかくのコンビニにってギフトけんってくるよ」


 するとソファーにふか腰掛こしかけたねえちゃんが、仕方しかたないなぁといたげなかおかえす。

「はいはーい、そのいもうとたいするふかーいシスコンあいを、ちょっとくらいはねえちゃんにもけてしいもんだねー」


「シスコンじゃねーっつーの!」

 そんな文句もんくいつついえて、俺は制服姿せいふくすがたのまま最寄もよりのコンビニエンスストアにかった。





 からすこあるいたところにある片側かたがわ二車線にしゃせん道路どうろめんするその最寄もよりのコンビニエンスストアは、ここ五年ごねんらずで首都圏しゅとけん急速きゅうそく勢力せいりょく拡大かくだいしているコンビニチェーンてんである。


『ペタルマート』という名前なまえで、新興しんこう住宅地じゅうたくち中心ちゅうしん廉価れんか栄養えいようバランスのれた弁当べんとう販売はんばいちかられているコンビニエンスストアである。


 うちはずっと両親りょうしん共働ともばたらきだったので、両親りょうしんともに残業ざんぎょうかえるのがおそくなるにはよく利用りようさせてもらっている。


 俺たちのような事情じじょうがあっておや夕食ゆうしょくつくってもらえない子供こども、そしてなんらかの理由わけがあって料理りょうりができない老人ろうじんなどがおも客層きゃくそうであるらしい。


 制服せいふく姿すがたのまましばらく住宅街じゅうたくがいあるいてとおりにた俺は、目的地もくてきちのコンビニの自動じどうドアをける。


 するとすぐに、コンビニエンスストア特有とくゆう入店音にゅうてんおん店内てんないひびく。このコンビニはながらく利用りようさせてもらっているため、子供こどもころかられたものであった。


 俺は様々さまざま電子でんし商取引しょうとりひき会社がいしゃ発行はっこうしているカードるいかれている回転棚かいてんだなり、 アメリカに本社ほんしゃがあるという世界せかい最大手さいおおてインターネット通販つうはん会社がいしゃAmazinアマジン のポイントが三千円さんぜんえんぶん入手にゅうしゅできるギフトけんカードをった。


 と、そこで、俺がいえまえねえちゃんがひょうしていたシスコンという言葉ことばおもした。


――ま、一応いちおうねえちゃんも姉妹シスターだからな。


 俺はそうおもって、いとしの家族かぞくのためにアイスボックスのなかからねえちゃんへのお土産みやげとしてラムレーズンカップアイスをした。


 そして、いているレジに近寄ちかよる。


 レジで店番みせばんをしていたのは「研修中」とかれたプレートを胸元むなもとけている、はじめて無表情むひょうじょう新人しんじんおんなだった。


 おんな亜麻色あまいろながかみうしろにばし、それとはべつにそれぞれ両耳りょうみみちかくからちいさくかみらしてみにしてっており、なんとなく素朴そぼく印象いんしょうあたえていた。


 かんじではとてもわかく、おなどしかそれ以下いかくらいの年齢ねんれいにしかえないが、もしかして高校生こうこうせいなのだろうか。


 レジだいにアイスカップとギフトけんいた俺は、財布さいふから Suikaスイカばれる電子でんしマネーカードをした。


 俺はカードをったまま、店員てんいんさんの少女しょうじょつたえる。

Suikaスイカでおねがいします」


 すると、おとなしめなかんじのその少女しょうじょは、表情ひょうじょうえないまま指先ゆびさきをレジのまえまよわせる。


「え、えーっと……少々しょうしょうちください……えーっと……えーっと……まずギフトけんのバーコードをピッってして……」


 俺は少女しょうじょつたえる。

「あ、いや、ギフトけん現金げんきんでしかはらえないんですよ。まずアイスのほう精算せいさんしてください」


 すると、少女しょうじょもうわけなさそうな小声こごえす。

「そ、そうでした……すいません」


 少女しょうじょはなんとかかんとか、ラムレーズンアイスのバーコードをにかける。レジスターからピッと電子音でんしおん消費税しょうひぜいふくめた金額きんがく表示ひょうじされる。


 そこで少女しょうじょふたたび、レジのボタンのうえゆびまどわせながら、こまったように小声こごえつぶやく。

「えーっと……えーっと…… Suikaスイカ …… Suikaスイカ ってどれでしたっけ……」


 俺はふたたおんなこえをかける。

交通系こうつうけいマネーってとこ、してください」


 すると、おんなはほんのわずかばかりに表情ひょうじょうあかるくして手順てじゅんどおりの操作そうさをする。


 タッチする部分ぶぶんひかったので、俺は電子でんしマネーカードである Suikaスイカれさせる。


 ピッ


 そんな電子音でんしおんひびいたとおもったら、おんながいきなり俺のカードをみぎ両手りょうてつかんだ。


 ぎゅ


 いきなりったその両手りょうては、やわららかい感触かんしょくだった。


 俺は戸惑とまどう。

「え? あの……」


 すると、そのおんならして俺の電子でんしマネーカードをつめる。


「これ……東京駅とうきょうえき百周年ひゃくしゅうねん記念きねんSuikaスイカ ですよね……? すごいです……わたしはじめてました……」


 その、無表情むひょうじょう少女しょうじょ大胆だいたん行動こうどうに、俺はドギマギしていた。素朴そぼく髪型かみがただったので最初さいしょはわからなかったが、よくるとかみ同様どうようはだいろ日本人にほんじんばなれしていてしろく、顔立かおだちが相当そうとうととのっててかなり可愛かわいい。


 高級こうきゅう西洋せいよう人形にんぎょうのようだという言葉ことばがぴったりとてはまる。


――ちかい!


 と、そこで自動じどうドアがひらいて入場にゅうじょうおとり、おじいさんが店内てんないはいってきた。


 おんなはすぐさま俺からはなして、なに行動こうどうこさなかったかのようなわらぬ表情ひょうじょうで俺につたえる。

「す、すいません……あるってうわさではいてましたけどたことがなかったものですから……すいません」


 俺はれながらカードをってないってこたえる。

「あ、いえ。たかったらいつでもどうぞ」


 そんなやりとりをしながら、つづけて三千円さんぜんえんのギフトけんをバーコード処理しょりしてもらう。


 現金げんきん支払しはらいをませた俺に、少女しょうじょがほんのすこしだけやわらかく微笑ほほえみながら、しずかにこえす。

「ありがとうございました……」


「あ……じゃあ、また」

 そんなことをいつつ、ふくろった俺はレジからはなれて自動じどうドアをける。


 そして、俺のこころなかにはすこあたたかい気持きもちがしょうじていた。


 萌実めぐみられて以来いらいかんじてなかった、思春期ししゅんき特有とくゆうこころなか大切たいせつにしておきたい、だれにもられたくない気持きもち。


――やばい、またいたい。


 そんなことをひと心音しんおんかなでながら専念せんねんしてかんがえつつ、俺は秋口あきぐち太陽たいようのようなほがらかな気持きもちでねえちゃんといもうと自宅じたくへのみちあるいていた。


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