高山テキスタイル株式会社 -外注管理の心得-

 日曜日に入る新聞折り込みの求人広告の掲載料は紙面に載せるサイズによって異なり、高山テキスタイル株式会社の紹介文は三万円前後のサイズに収められている事が多かった。謳い文句は外注トレーサーと写真型製版経験者を特に募集と書かれており、社員登用ありとまで記されていた。度々求人広告に自社の名前が掲載されている事と無駄な経費が使われていることに不満を募らせた。

 外注を募集する理由としては、より多くの図案を受注した際に人手を要するからなのだが、なにより求めているのは技術力のある人材だ。技術力を持った外注でなければ描けない図案も多く、外注発注先が少なければどうしても図案の配分が偏ってしまう。難易度の高い図案は日数を要し、その間技術力の無い外注に簡単な図案を回すと、一枚当たりの単価は安くても数をこなすため実質楽に同額が稼げてしまう。かといって難易度の高い図案と簡単な柄を同時に一つの外注に送ると、どうしても難易度の高い図案の納期が遅れ込む。工業簿記のように、仕事量の異なる図案を技術力の違う外注にどう分配する事で納期を守ることが出来るか、みたいな単純計算とはいかず、いかに技術力の均衡した外注を集めるかが順風なスケジュール管理と賃金を両立させるのである。

 社内作業員の人間を募集する場合、もう少し噛み砕いた業務内容にするか工場内軽作業員募集とでもするほうが、未経験者の募集の敷居を下げることに繋がるのにと篤郎は思う。倒産、廃業している製版型屋は多く、所謂技術屋と呼ばれる人材が職場を失っているものの、その年齢層は高く定年を迎えても人手のなくて再雇用していた会社も多く、これからの若い世代で会社を継続させるには年配の技術屋よりも若い未経験者を育てることに重点を置くことが大切だと日々感じていた。

 休み明けに、篤郎は亀岡地区の新聞折り込みに会社の求人広告が入っていたことを豪に報告すると、

「あれは宣伝も兼ねてるんですわ。しょっちゅう広告を出すことでウチは仕事が一杯ですって宣伝になるんですわ」

 豪は慌てる風でもなく鼻高々に答えた。当時はそういう効果もあった。雇っても雇っても手が回らない。仕方がないので社屋を増築する。そして大量の従業員を募集する。まさに大進撃の時代である。が、今は違う。またしても過去に栄光が足枷となり今の時代にそぐわない宣伝手法を使っていた。

 昨今、求人広告に度々名を連ねる企業名は、多かれ少なかれ人間関係や業務内容に大きな問題を抱えている。広告の大部分を埋める介護関連やタクシー業、運送業などがそれを代弁しているようなもので、広告を打てば打つほどに離職率を高さをアピールしているのだ。

「誰に宣伝してるんですか? 外注募集はわかりますけど、現場の従業員募集を真剣に考えているなら軽作業とかトラック運転手とかって言い方変えて載せないと写真型の経験者って年寄りしかいてませんよ、ここみたいに。未経験者でもいいから若い世代を募集して見習いからやらせないと十年先が見えてこないですよ」

 休日に篤郎が憂えていた事を話すと、案の定豪の顔が曇り始めた。

「外注さんへの宣伝ですわ。社員は今のところは考えてないし、素人を一から教えるって大変なんですよ。うちはそんな余裕があるわけでもないし」

「ねえ豪さん、僕は大賀さんに紹介され豪さんが来て欲しいって言ってくれたから一肌脱ぎたいと思って転職してきたんです。来たは倒産では洒落ならないんですよ。僕も定年までここで働きたいと思っているのに高齢の従業員しかいないんじゃ先が知れてるじゃないですか。それに、人材育成は会社の基本でしょ。大変とか余裕がないとか言ってる間にみんな定年退職迎えますよ。そういうのも考えてくれてます?」

 この会社には理念というものは存在せず、当然社訓もなければ目指す未来もなかった。日々同じ工程で同じ作業、同じ過ちを同じメンバーで未来永劫続けられると信じているかのようであった。仕事は取りに行くものではなく貰いに行くもの、それが博隆の信念であり、日々口癖のように唱えた言霊は父を嫌う息子の豪にも根強く継承された。

「そういうのは追い追い考えていくことで、いますぐどうこうって言われても僕にもわからんから、そういうことは親父に言ってくれるか」

 手に負えないことはすべて親任せの捨て台詞の豪である。すでにさっさと土俵から逃げていた。

「社長ももう歳ですやん、次の世代は豪さんが担っていかはるんでしょ? 豪さんが頑張るって言わはらんな他がついてこれませんやん」

「僕は頑張りますよ、もちろんですわ。そういう仲瀬さんにも頑張ってもらわないと、みんなで会社を良くしていきましょうよ」

 熱く討論すると決まって落胆するのがいつものことなので、篤郎も長くは引っ張らない。言うだけ無駄なのである。それでも言わずにいると急降下を止められないような気がしてついつい豪を攻め立ててしまうのである。

「……そうですね。まずはいい仕事をして、もっと仕事量を回してもらえるように頑張りましょう」

 篤郎はそういうのが精いっぱいである。豪もようやく切り抜けた安堵に顔から緊張が抜け落ちた。

「大体、なんで求人の連絡先が母屋の方なんやろね。会社に電話してくるようにすればどんな人か私らにもわかるのに」

 栞里が聞こえよがしに篤郎に囁くと、 気付いた豪が目を見開いて栞里を睨みを利かせる。

「相阪さん、母屋の電話番号載せてるんは、仕事中にしょうもない電話で手を煩わせんように気をつかってるんですわ。一事が万事、いちいちそういう言い方せんとってもらえるか」

 ドスの利いた低い声で栞里を制した。豪はこれまで女性ばかりのトレース室で過ごし、都合の悪い、気に入らないことを、こうして威圧を与える言い方や表情で相手を黙らせていた。自分のミスは他人に押し付け、他人のミスには容赦がなかった。こうして多くのパートが入れ替わり立ち代わりしてきたのだが、篤郎が来てからは流れが変わった。

「求人の電話がしょうもないことですか? 教育が出来ないなら僕がやりますよ。外注トレーサーは僕にもどんな人が来たか教えてくださいよ。どんな人が電話してきてるか、僕も関わりたいです」

 豪と栞里の間の席の篤郎が割って入ったことで、豪の表情は見る見る怒りが冷め、怯えた表情に移り変わる。もう好き勝手に振る舞うことは出来なかった。

「電話って言っても全然未経験のおっさんとか、昔工場で働いてたって言ってるおばはんばっかりですよ。トレースしたいって人はまだ電話ないですけど、掛かってきたら仲瀬さんにも紹介しますよ」

 豪はこれ以上言い攻められては敵わんとばかりに猫なで声で答えると、「トイレ、トイレ」と裏口から出て行った。

「自分が一番しょうもない人間やっちゅうの」

 篤郎は栞里と向かい合って”しょうもない”を強調してこきおろすと、

「ほんまそれ! 経営者が求人で電話かけてきた人のことをおっさんとかおばはん呼ばわりしてんの、ほんと頭悪いで」

 栞里も一緒になってコソコソ逃げだした豪の背中を笑い飛ばした。

 そこへトレース室の扉の外からノックが聞こえると、外注の細見トレースの社長、細見茂が顔を出した。

「こんにちは、どうも。完成データをお持ちしました」

 天然パーマの毛髪があちらこちらに跳ねた髪型に丸淵の眼鏡、チャップリンを思わせるちょび髭をたくわえた細見は見た目も声もコミカルで心を和ませもしたが、仁丹のような香りを全身から漂わせるのが難点であった。

「こんにちは、データもらいます」

 栞里が細見からUSBメモリのスティックを受け取ると、データをパソコンに移しフォトショップでファイルが正常に開くの確認作業を行った。

「あ、細見さん、こんにちは、どうですか、調子のほうは?」

 トイレから戻ってきた豪も、細見を確認すると自前のハンカチで神経質に手を拭きながら挨拶をした。

「あ、これは専務。いつもお世話になっております。なんとか一つ一つ、しっかりと仕上げて参ります」

 細見も豪に軽く会釈して挨拶を返した。豪は年下の者や女性には高圧的な態度を示すのに対し、細見茂のように少し目上の者を前にすると、聞き分けの良い少年のように素直な態度で接するのである。

「ありがとうございます。他所も景気悪いみたいですけど、細見さんの方は仕事入ってますか?」

「いやいや、こっちも着物の柄が入りはしますが、全体的によろしくないですね。」

 誰に対しても丁寧な振舞の細見は、妻の幸恵と長男の和則の家族三人で仕事場を運営し、中国に専属の外注トレース会社と提携を結んだ有数の外注トレーサーであった。取引先はこの高山を加え数軒を掛け持っており、中でも手捺染枠用のトレースデータの加工も請け負っているため、色数が数十色にも及ぶ緻密な図案も手掛けていた。

 手捺染とは固定した生地に一枚ずつ枠を当てては手で刷り下ろすため、フラットスクリーンの機械のように色数制限がない。量産は出来ないが重厚な色味を持った染色品が出来上がるため、トレース単価も高額であったが納期は一か月を超えるものも多く、採算面ではマイナスになることもある。外注トレーサーは「損して得を取れ」を突き付けられることも多く、「これをやる代わりにこれをやってくれ」と言った泣くに泣けない取引に応じることで、長く付き合う手段と割り切っていた。

「仲瀬さん、これ、ほら。またやってはんのと違う?」

 細見から受け取ったデータを確認していた栞里が、篤郎に声を掛けて自分のモニタに指を指した。モニタ上には完成データの一部が大きく拡大表示されており、栞里が修正箇所を赤色の線で大きく囲んでいた。

「ほんまやな、ちょうど今いてはるから注意しといたほうがいいな、これで二回目や」

 椅子を栞里のデスクに寄せてモニタを確認した篤郎が答えた。栞里は椅子を回して細見の方に振り向くと、

「細見さん、これちょっと見てもらえますか」

 モニタをペンで指しながら細見をモニタ前まで呼びつけた。

「はいはい、なんでしょう?」

 ニコニコと細見が栞里の後ろに近づいてくる様は、なにか珍しいものを見るかのような足取りである。

「この部分なんですけど、ジョイント部分をアレンジする時は、送りの部分も全部いじってもらわないとだめですよって、前にも直してもらいましたよね?」

 関西弁だが関東訛りの栞里の口調はちょっときついかな、篤郎は横で聞きながら細見の反応を見ていた。

「ありゃりゃ、これはおっかしいなー」

 素っ頓狂な声で細見は大げさに自分のおでこに手を当てると少し後ろにのけ反る仕草まで加え、

「いやいや、前に注意を受けていたのは覚えてます。今回はよく見てしたはずなんですけどねー。これは人間で言うところの病気みたいなもんですな。わはははは」

 言い訳とも開き直りとも言える細見の対応に、篤郎と栞里は絶句するしかなかった。離れて聞いていた豪もしばらくは反応できずに固まっていたが、すっと真顔に戻ると細見に視線を向けた。

「細見さん、相阪さんの言う通りですわ。こういうミスは意外と見落としやすいんで気を付けてもらわんと」

「いやいや、専務さん、これはほんと私もうっかりしてましたわ。すぐに直して出直しますわ」

 それでも細見はへらへら笑いながら、栞里からUSBメモリスティックを受け取り帰り鞄に収めると、

「そしたら帰ったらすぐに修正し、ご指摘の個所をしっかり確認してから明日もう一度出直します」

 トレース室を退室する際は笑顔を止め、真摯に詫びるように一礼して細見は出て行った。

「いやぁ相阪さん、よう見つけてくれてありがとうやで、それにしても細見のおっさん、”人間で言うところの病気みたいなもんですな”って、笑わせてくれよるわ」

 先ほどは肩身を狭くトイレに逃げ出した豪は、豪快に笑いながら栞里に言った。

「私もあれにはびっくりしましたよ」

「僕も今度使いますわ、人間でいうところの病気ですな」

 栞里に次いで篤郎までが笑い始めた。

 こんな腐った会社と取引してる外注なんだから、外注にも期待せず同類相憐れむ如しと篤郎は心で唱えるのである。

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