拝啓、日本の若者たちへ~私・浩司からの有難いお言葉~
私の名前は吉井 浩司(よしい こうじ)(48)。
野球を観る事、お酒を飲むことが生き甲斐の、超イケイケのサラリーマンだ。
「あなた、あなた。これ会社の名刺。大事なんじゃないの?」
玄関先でそう声を掛けてきたのは、妻・久代(ひさよ)(48)
歳が入っていて少し老けているように見える部分もあるが、
そこいらの女房に負けない位、華やかで美しい女性だ。
「悩み事でもあるの?最近ボーッとしてることが多いわよ」
「いや、別に…悩んでいるようなことは何も」
小言が煩いと感じる時もあるが、優しく気の利く女房だ。
「お父さんっ!いつも会社に持ってってる本忘れてるよ」
女房の背後から声を掛けてきたのは、今年で20になる愛娘・由衣。
年頃の娘とあって、あまり口を利く機会もないが、なんだかんだいって私は娘が一番可愛い。
「おお、由衣。ありがとう、探してたんだこれ」
ちなみにその本というのは―『心をつかむ高校野球監督の名言』という題名の、
私が応援している斎藤智也さん(元・聖光学院総監督)方の、有難いお言葉が記された一冊である。
『ギブ・アンド・ギブこれでもか、これでもかって相手のためにやってやる気持ちを持たないとダメ』
『なんでもチャレンジしてみればやれることはたくさんある』
ああ、なんて良いことを言うのだろう。
流石、一流のプロ野球を何人も育て上げた名監督。
心に染みる素晴らしい格言がいっぱいだ。
「お父さんが読むのっていつもこんなんばっかだね。
たまには違うのを読んだら?」
数日前、娘の由衣がそう言って『オレたちバブル入行組』という本を私に薦めてきたが、世話になった上司への恩を忘れ、『倍返しだ!』などと叫ぶ
生意気な主人公に腹が立ち、途中で読むのをヤメてしまった。
(やっぱりこの本が一番だな、ウン)
何度も愛読している、お気に入りのその本を固く握り締め、会社へと向かった。
「吉井さんはいつになったら昇進するんでしょう」
なんて、会社の皆に笑われているようだが―何を隠そう私は特別なのだ。
昇進せずとも社長のすぐ近くの席にいるし、ランチも昼一番で食べにいける。
「あまり無理をしても辛いだけだろう」
という上司の優しい配慮の元、かれこれもう30年間、平社員としてこの会社に勤めている。
「さて、今日も愛読書の本を読むか」
半沢直樹などという生意気な男に用はない。
私が今最も愛してやまないのは、赤星憲広(元プロ野球選手)が書いた
『逆風を切って走れ』という本だ。相手に対する礼儀を持ち、常に感謝の念を捧げること。その大切さが、しっかりと書かれている素晴らしい一冊だ。
「流石は赤星選手だなぁ、ウンウン。」
そう言って熱心に本を読んでいたら、クスクスと近くで笑い声が起きた。
最近入ってきた若い女性社員だ。歳は見たところ、20代前半~中間といったところだろうか。
(フッ…モテるって辛いなぁ…)
若い頃は、髪型がキムタクに似てるなんて言われていたが、年の功も相まって福山雅治に似てきたような気もする。チッ・チッ・チッ。あまりこっちばかり見てると火傷するぜ、お嬢ちゃん達。
「ゴホン。浩司くん。君はいつになったら仕事をするのかね」
「えっ…あっ、もうこんな時間!すみません、つい読書に夢中になってしまいまして…」
「本を読むのは多いに結構じゃが―仕事に支障をきたさない程度にな」
上司にそう指摘され、慌てて本を閉じる。
勤務時間にもかかわらず本を読むなんて。
これでは娘に示しがつかないぞ。自分に言い聞かせ、固く拳を握り締める。
「浩司さんって、ホント愛読家なんですね。あとでその本、
見せて貰ってもいいですかぁ?」
「アハハ、うちの父さんと全く一緒の本読んでるーウケるぅ」
…む?先程の、読書をする光景を見ていた人が、私の本に興味を
持ったようだ。やれやれ、仕方ないなぁ。仕事が終わった後にでも教えるか、この本のことを。妻の久代が見たら焼きもちを焼くかもしれないなぁ…。
「あー、ゴホンゴホン。今日私が頼んだ資料はどうなったんだね、浩司君」
「ハッ…すみません、少し考え事をしていました。
資料ならバッチリです。きっちり人数分、手元にあります」
上司が口にした資料の束をしっかりと手に持ち、ペコリと頭を下げて私は言った。
(娘よ、そこの若い女性達よ…コレが日本で活躍するサラリーマンの姿だ。
これが汗水流して働くという事だ…どうだ、素晴らしいだろう。
私を見習って、立派な社会人になるんだぞ)
近くにいる女性社員を見遣り―ポツリ心の中でそう呟いた。
私のような、立派で賢い社会人が一人でも多く増えますように。
ニートとかフリーターとかいう、だらしない若者が一人でも減りますように。
強く強く、そう願いを込めて。
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