我が家の問題

@karaokeoff0305

お願いじゃ、聡子。

私には、今年で47になる娘がいる。

娘の名前は聡子。その辺にいる、40代後半の女性と何ら代わりはない。

ただ一つ、彼女が人と大きく違った事は―それは、『引きこもりである』事だ。



自分の娘が引きこもりになるなんて考えてもみなかった。

他の子と同じように不自由なく育ち、大人になった我が子。

仕事も順調にこなし、友人にも恵まれていた。次女の話だと、彼氏も居たらしい。 そんな娘がなぜ、突然引きこもりになってしまったのか―私には全く見当がつかない。



「とうさん、冷蔵庫の中の牛乳が無くなってるから後で買ってきて」


「ん?もう切れたのか。分かった、あとで買ってくる」



娘が一階に下りてくるのは、家にある食べ物がなくなった時だけ。

ミルクがたっぷり入ったカフェオレが好きな娘は、牛乳がなくなった時だけ私にそう声を掛けてくる。



「聡子…コホン。少し、話があるんじゃが」


「何?聞くのは聞くけどあんま長いのは嫌だからね」



今日こそは言わねば。そう思い、ギュッと握り拳を固める。

こんな事を言うのは嫌だが―娘の将来の為だ。



「近所のフリーペーパーで見掛けての。一日4時間からOK,

コンビニのアルバイト。時給750円。どうじゃ、やってみんかの?」



これは、私が娘の為にと、探してきた求人だ。

時給750円はちと安いが、これ位ならそんなに難しくなくて無理なく

そして長く働けるだろう、と私は考えたのだ。



「えー…嫌」



―ところがしかし、私のその熱い想いは娘のその一言で掻き消されてしまった。



「お前が介護の仕事を何年もしていて―大変だったのは分かる。

人づてで仕事の大変さは耳にしちょるし、それを何年も続けてきたお前は凄いと思う。でも、でも…途中で働くことをやめてしまったら何も身に付かんじゃろう。派遣でもバイトでも何でも良いから、せめて働いてくれ。お願いじゃ」



「急に何?誰かにホラでも吹き込まれた?」



何年、何十年と私はこの言葉を繰り返してきただろうか。

だけど、そのたびにはぐらされ、まともに取り合ってくれたことなど一度も無かった。



「介護の資格も―せっかく持っとるのにつかわんとは…

凄く勿体無い気がするんじゃがのう、ワシは・・・」


「介護の資格だけじゃ駄目なの。もっと上の資格を取らないと」



今の時代はケアマネよ。資格取るのに勉強しないといけないから、働く余裕なんてないの。―キリッとした表情で聡子はそう言った。



「けあまね、とかいう資格を取るのは良いが―ワシらだけの年金じゃ、とてもお前のぶんの生活費までは稼げんよ…ましてや将来のぶんまで…」


「…。とにかく、私はケアマネになる勉強をしてるから、邪魔しないでね。

この資格は介護の資格よりすごーくすごく役に立つんだから」



英検1級に、社会保険労務士。

地頭の良い娘は『難関』と呼ばれる資格を何個も取った。

だがしかし、たくさん資格を習得したとしても、

(仕事ひとつしないようでは意味がないのでは)と思うのは私だけだろうか?



「どうですか、聡子は」


「サッパリじゃ。歳も歳じゃし、もう難しいかもしれんの」



妻―ヒサ子に声を掛けられ、悲し気な声で返事をする。

これから先、どうする気なんじゃ。聡子に向かってそう怒鳴りたかった。



「私、あの子の将来を思うと不安で不安で…夜眠れない時があるんです」


「ワシもじゃ。心配してゆっとるのに、親の言う事なぞ何一つ聞きやせん」



目を伏せ、手元にある折りこみチラシを見遣る。

『みんなでお仕事、楽しいよ!』幼稚園児が描いたのだろうか、         『はたらく』をテーマにしたイラストが掲載されている。



「結婚しろとも言わん。ただ、働いて欲しいだけじゃ。働いて欲しい…

それだけなんじゃ」



愛しい娘の姿を思い浮かべ、うるっと瞳を潤ませる。

当の本人は、私のこんな想いなど気付きはしない。どうでも良いと思ってる。

―先程より、いっそう瞳にある雫の数が増えたと思うのは気のせいだろうか。

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