アドラシオンの王城から、一人娘の王女の姿が消えたのだ。


 捜索にはティユーも加わり、総責任を負った。


 だが、王女のものと思われる一対の手足が王城付近に見つかり、王女の安否は絶望的と思われた。


 そんなとき、ふいにどこかから思わぬ噂が立ち上がり、ティユーは嫌疑をかけられ、館を改められることとなった。


 噂とはまた勝手なもので、ティユーが王女をたぶらかし、もてあそんだというものだった。


 ティユーは王には懇意にしていたし、王城にもよく仕えた。


 だが当時、口もきくことのなかったティユーと姫とは、なんのつながりもなかったのだ。


 だから、領民の全ては、ティユーがそのころの覇権争いに巻きこまれ、陥れられたのだと信じていた。


 王の信頼厚い、彼の疑いはすぐにでも晴れるはずだった。


 全ては王女とティユーとの婚姻を阻もうという、ねつ造に違いないと思われていた。


 しかし、彼が持つ地下の酒蔵から、まさに王女のものと思われる女の髪飾りが見つかり、酒蔵がいっとだに残さず改められたところ――一つの酒樽の中から王女の首が発見されたのだ。


 総責任者であったティユーは、信じられぬ思いで弁明を試みたが聞き入れられず、王の怒りを買って処刑されるにいたった。


 他方で、王はその後も領地を広げ、勢力を増した。


 だが、結果、土地の開発が進むにつれ、入りこんできた商人たちによって、権利をとられていくことになった。


 王が開発のための莫大な資金を彼らから借り受けていたためだ。


 そして、都市貴族となった商人たちは、自分たちに都合のよい教会のみを支持し始め――教会の権威が増したとたん、人々の心は現世利益の恩恵にのみ、感謝するようになったのだ。


 もはや王の庇護は必要ない。王は領地を持っているだけで、教会と戦ったとしても勝ち目がない。


 それよりも、人々は自分たちこそ都市貴族となって教会を動かし、力を得ることができるようになったのだ、と考え始めた。


 だが、その都市貴族にとって、邪魔な存在がまだあった。


 伝説の騎士、ティユーである。


 ティユーの名が、どれほど貶められていても、その勇猛と、勇敢な生きざまが語り継がれていた時期もあったし、そんな土地もまだあった。


 僻地から帰って、妻の死を悼んだ彼の詩も、悲劇として知られている。


 妻の死が雄々しく、立派であるほどに、後世の者は彼に同情し、彼の妻イスターテを称賛した。


 まだまだ人々の心には、地を這いずるかのような土着の信仰がある。


 今の教会が、たとえ彼女を魔女と取り締まっても、だれも従わないだろう。


 イスターテ。敵の手に堕ちたとはいえ、夫とその子供を守ろうとしたひたむきな女。


 その死をもってしてなおも、生き残った騎士たちを鼓舞して戦い抜いたその魂。


 その彼女の愛情を否定することなど、だれにもできはしない。だからこそ、ティユーは敵と戦えた。


 彼は僻地より舞い戻り、仇を討てたのだ。


 領民がイスターテを女神のように謳ったのはいうまでもない。


 ましてや、彼女は一人で陣頭指揮を執り、必死に戦い抜いた貴婦人だった。


 男でも、女でさえも、彼と彼女を神格化する物語にうたれない者はなかった。


 今、彼らの前に、ティユーの息子が立ったとしたら、どうなるであろう?


 娘――アリーシャではなく、彼に生き写しの息子――リオンだったならば?

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