◇
「びっくりしたわ。妹が近くにいたのに、どうして私に言わないの? だれも、なにも」
そりゃあ……、と言いかけてチャンプは黙る。ここで馬鹿な答えを言ったら鼻であしらわれるだろう。できるだけゆっくりと考えかんがえ、青年は口をひらいた。
ひらいたとたんにアリーシャがしゃべった。
「私は、本当に妹に会いたいの! それはあんただって知っているでしょう? なにをどうしたって会いたいものは会いたいの!」
わかってるさ、と目をそらしたチャンプ。リオンの味方であるのは彼女だけなのだ。
「仲間としてみてるよ、あんただけは、ずっとね」
「じゃあ、教えなさい。チャンプ、きちんと全部、妹のことを!」
チャンプは話したかったがリオンをよく知らない。
それ以上に、さしあたって余計な事ばかり知ってしまっているのだ。知らなくていいことが――知らないほうが良いことがあるように思える。ならば教えなくてもいいのではないか?
これは不自然な気持ちなのだろうか。
それは彼にもわからない。
不思議に満ちているリオンとの友情は、もはや踏み越えた一線の先にある。なにがあっても自分だけは彼を裏切るまい。
だから正直に言う。
「俺は魔女じゃないから、人の考えなんて読めないんだ。本人がろくにしゃべらないことを知るはずがない」
じゃあ、と眼をみひらいてその女性は両腕を胸の高さで開いた。
「ここまできたのに! リオナというのね。彼女には私のことは確かに言っていないというのでしょうね」
どちらかといえば、チャンプの恋人だった件のみ知っている。
姉といってもピンとこないだろう。
「じゃあ、私は実は兄ということにします。たった今から男になります」
飛び上がってチャンプは制止した。彼女にいたずら癖が出てしまったのを止めるのは彼の仕事だ。
「おいおい、それはなんだか本末転倒だ。リオン、じゃない……あいつには姉といってある」
そうなの、と気落ちしてアリーシャはすっかり勢いをなくした。特に意味はなかったとみえる。
「でも、それじゃあ妹の好みは? 性癖とかは? あいつと呼ぶくらいなら親しいのでは?」
しまった、とチャンプは口を抑えた。
「あ、ああ……偶然知り合ってよ。よく見ると神秘的な美人で、その、確かに親しいけど」
けど、とはなんです? などと聞かれたらどうこたえよう。
チャンプはいいごもって、ごまかそうとめまぐるしく頭を回転させた。
「その……ものごとはよく見ているつもりらしい。けど、けんかっぱやいというか、なんというか」
けっきょく、チャンプの口から出た言葉はごまかしにならなかった。そのまんまだ。
けんかと聞いて、アリーシャの眉がつりあがった。
「けんか? 子供じゃあるまいし。彼女は考えがないの?」
そこはさすがにきょうだいなんだよなあ、というのをこらえてチャンプはいう。
「心配はいらない。ものごとがわかったやつだよ。したくさせてゆくから、待っててくれ」
「ああ……どんなふうに育ったのかしら。けんかだなんて、教育が必要よ。私の館につれてきて」
全部本当のことだった。目に見えてアリーシャはがっかりした様子だ。しかたがない。
チャンプはあえてつっこまない。
「領主さまには伝えてあるんだろうな」
アリーシャのこげ茶の目がいきいきとして、チャンプをその中にうつした。
「もうすでに知ってるわよ。私がいったもの。待ち遠しいわ。さっ、ぐずぐずしないで早くくるのよ!」
陽気なお天気娘は、領主の館にかえっていった。リオンを迎えるために、彼女がどんな趣向をこらすか、リオンにはわかるまい。
そして太陽がのぼりきり、そのときがきた。
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