「びっくりしたわ。妹が近くにいたのに、どうして私に言わないの? だれも、なにも」


 そりゃあ……、と言いかけてチャンプは黙る。ここで馬鹿な答えを言ったら鼻であしらわれるだろう。できるだけゆっくりと考えかんがえ、青年は口をひらいた。


 ひらいたとたんにアリーシャがしゃべった。


「私は、本当に妹に会いたいの! それはあんただって知っているでしょう? なにをどうしたって会いたいものは会いたいの!」


 わかってるさ、と目をそらしたチャンプ。リオンの味方であるのは彼女だけなのだ。


「仲間としてみてるよ、あんただけは、ずっとね」


「じゃあ、教えなさい。チャンプ、きちんと全部、妹のことを!」


 チャンプは話したかったがリオンをよく知らない。


 それ以上に、さしあたって余計な事ばかり知ってしまっているのだ。知らなくていいことが――知らないほうが良いことがあるように思える。ならば教えなくてもいいのではないか?


 これは不自然な気持ちなのだろうか。


 それは彼にもわからない。


 不思議に満ちているリオンとの友情は、もはや踏み越えた一線の先にある。なにがあっても自分だけは彼を裏切るまい。


 だから正直に言う。


「俺は魔女じゃないから、人の考えなんて読めないんだ。本人がろくにしゃべらないことを知るはずがない」


 じゃあ、と眼をみひらいてその女性は両腕を胸の高さで開いた。


「ここまできたのに! リオナというのね。彼女には私のことは確かに言っていないというのでしょうね」


 どちらかといえば、チャンプの恋人だった件のみ知っている。


 姉といってもピンとこないだろう。


「じゃあ、私は実は兄ということにします。たった今から男になります」


 飛び上がってチャンプは制止した。彼女にいたずら癖が出てしまったのを止めるのは彼の仕事だ。


「おいおい、それはなんだか本末転倒だ。リオン、じゃない……あいつには姉といってある」


 そうなの、と気落ちしてアリーシャはすっかり勢いをなくした。特に意味はなかったとみえる。


「でも、それじゃあ妹の好みは? 性癖とかは? あいつと呼ぶくらいなら親しいのでは?」


 しまった、とチャンプは口を抑えた。


「あ、ああ……偶然知り合ってよ。よく見ると神秘的な美人で、その、確かに親しいけど」


 けど、とはなんです? などと聞かれたらどうこたえよう。


 チャンプはいいごもって、ごまかそうとめまぐるしく頭を回転させた。


「その……ものごとはよく見ているつもりらしい。けど、けんかっぱやいというか、なんというか」


 けっきょく、チャンプの口から出た言葉はごまかしにならなかった。そのまんまだ。


 けんかと聞いて、アリーシャの眉がつりあがった。


「けんか? 子供じゃあるまいし。彼女は考えがないの?」


 そこはさすがにきょうだいなんだよなあ、というのをこらえてチャンプはいう。


「心配はいらない。ものごとがわかったやつだよ。したくさせてゆくから、待っててくれ」


「ああ……どんなふうに育ったのかしら。けんかだなんて、教育が必要よ。私の館につれてきて」


 全部本当のことだった。目に見えてアリーシャはがっかりした様子だ。しかたがない。


 チャンプはあえてつっこまない。


「領主さまには伝えてあるんだろうな」


 アリーシャのこげ茶の目がいきいきとして、チャンプをその中にうつした。


「もうすでに知ってるわよ。私がいったもの。待ち遠しいわ。さっ、ぐずぐずしないで早くくるのよ!」


 陽気なお天気娘は、領主の館にかえっていった。リオンを迎えるために、彼女がどんな趣向をこらすか、リオンにはわかるまい。


 そして太陽がのぼりきり、そのときがきた。

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