第十五話アリーシャ

 彼がリオンを守る、と決めたのはごく最近のことだ。


 彼が折れそうな少年の体を抱き、心を手に入れた後は恋したのだと思った。だが自分ひとりのわがままでリオンを困らせるわけにいかない。


 罪を一人で背負う覚悟がなければ、おかすものではないのだ。


 それにリオンはすでに夕べを忘れかけている。肝心のことに至っては完璧にだ。


 チャンプは、最初とぼけているのだと思った。


 しかし、薬の副作用で口の中がからからになっているというのに、当の本人は原因がわからないでいる。


 足元もふらふらしているが、それも同様だった。


 青年は沈みこみながら聖堂を出た。


 と、そこに紅いドレスの乙女が、腰に手を当てて待ち構えていた。領主の娘だ。リオンの姉。


 ヴェールもつけないままで、チャンプを待ち伏せていたらしい。


「私からきてあげたわ、チャンプ」


 まるで、逢引きでも見つかったようにチャンプは焦った。


「お嬢さん、なんで……ここが?」


「あら、敬虔な信者だったら、朝のおいのりは欠かさずにおくものだわ」


 彼はどうやらかいかぶられていたらしい。


 彼にとっては敬虔な気持ちなど、とっくに雲散霧消していたのだ。


 女性はくびれたウエストから腕をあげ、胸をそらし、肩をそびやかした。


「妹はどこなの? 会わせるって言ったじゃないの! いつなの、それは」


 思い至ったようにうなずくチャンプ。だがわすれていたわけではない。


 あきれて、女性はますます勢いづいた。


「それに、お嬢さんじゃなく、アリーシャ! そう呼んでっていつも言ってるじゃないの」


 これにはチャンプは震えた。


「俺はね、お嬢さん。あんたのいないところでそう呼ぶことにしてるんだ。アリーシャのヤツってね」


 目を剥く女性は、リオンと瓜二つのあやうい印象。白い頬、黒い巻き毛。茶水晶の瞳。違うのは目の光の強さだ。彼女には勝気なまでの勢いがある。チャンプが妖精と呼んだのは間違いではない。


 険高く主張すると、結い上げた髪のおくれ毛が微細にはずんでいる。絹糸のような黒髪はリオンと同じつややかな色合いをしている。瞳は磨き抜かれた珠のよう。


 表情には険があった。万事につけ強気なのだ。


「まあ! 人前で? そんなに私のなにが気にくわないのよ」


「田舎の金持ちふぜいがいい気になりすぎなんだよ」


 青年が軽口を言う。


「まあ!」


「少しは女性らしくつつしみを……」


 青年が言いかけると、


「ああっ、もう、はやく知りたいというのに、のろまね!」


「リオン……リオナはあんたを知らない。だからほとんど口をきかないと思うが」


「もったいぶらずにさっさと教えなさーい」


「ああもう、わかったって」


 参った、というように、チャンプは髪をかきむしった。

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